Fugitive again |
以前来た賑やかな街並みを、天蓬は上機嫌で歩いている。 何かの紙袋を両手で大切そうに握っていた。 「よかった…思いだして。時間が経っていたから処分されてしまったかと思いましたけど」 今日は随分と人が多い。 天蓬は人並みに紛れて遊歩道を歩いた。 店先を見るともなしに眺めていると、ふと華やかなポスターが目に留まる。 「…今日は花火大会、ですか」 その場に立ち止まり、天蓬はポスターに目を走らせた。 今日、街の直ぐ側の河川敷で花火大会があるらしい。 近辺では祭も開催されていて、そのメインイベントに花火が打ち上げられると書かれてあった。 「花火…何かの書物で写真は見たことありますけど…綺麗なんでしょうねぇ」 ふと、脳裏に何時か見た花火の写真が浮かんできた。 漆黒の夜空に鮮やかに花開く火の大輪。 ああいう風情のある物が捲簾は大好きだ。 「そうだと知っていれば…捲簾も誘ってくればよかったかなぁ」 もう定例会議は終わって、今時は部下達と訓練している頃か。 つい、我を忘れて天界を飛び出してきたけど、部屋に籠もっていることの多い自分は居なくなったことに気付かれていないかも知れない。 以前、捲簾と二人でデートした街に、今は自分一人でいる。 らしくもなく感傷的になっている自分に、笑いが込み上げてきた。 捲簾と離れていることに不安を覚えるなんてどうかしている。 日常ではそれこそ何日も、捲簾が下界に遠征していれば数ヶ月遭えないことも当たり前なのに。 この街に…自分だけ居るのが不自然に思えるから。 天蓬は奇妙な感情を、緩く首を振って断ち切った。 「折角下界に来たんですから、少し街を見てから戻りましょうかね…」 ボンヤリと眺めていたポスターから視線を外して、また歩き出そうとする。 しかし、自分の後ろから伸びていた手が、ポスター横の壁に手を着いて行く手を阻んでいた。 天蓬は不審気に眉を顰める。 何時の間に背後を取られていたのか。 全く気配を感じなかったのに。 天蓬が注意深く、背後の気配を探ろうとしたその時。 「へぇ〜、今日って花火大会があるんだ。ラッキー♪」 背後から聞き覚えのある暢気な声が聞こえてきた。 「捲簾っ!?」 天蓬は慌てて後ろを振り返る。 予想通り、天界に居るはずの捲簾が、銜え煙草で頬笑んでいた。 「よー。軍規違反の逃亡者を捕獲しに来たぜ〜」 捲簾はニヤニヤと楽しげに軽口を叩く。 「…もうバレてるんですか。随分と早いですねぇ」 「ゲートで派手に騒いだらすぐバレるに決まってんだろ?何たって天界軍随一の頭脳派が正面強行突破なんてやらかしてんだからよ」 まるで考え無しとからかう口調に、珍しく天蓬の頬が羞恥で赤らんだ。 「ちょっと慌ててたモノですから…」 言い返す言葉もどこか歯切れが悪い。 双眸を細めて、捲簾が頬笑んだ。 「で?写真はあったのか?」 「え…っ?」 天蓬の瞳が驚きで見開かれる。 「この前来た時に撮った写真、引き取りに来たんだろ?」 「そう…ですけど。よく分かりましたねぇ」 「まぁ、そこはホレ。俺って結構頭脳派だし〜?第一お前が逃亡した原因が分からなかったら、ココには来てねーだろう?」 「それもそうですね。でも、何で分かったんですか?」 不思議そうに天蓬が首を傾げた。 突然思い立ったのだから、当然行き先を告げるどころか書き置きさえしていない。 「以心伝心…って訳じゃねーけど。部屋の状態と、門番がゲートで見かけたっつーお前の様子を分析したらココしかないだろう、ってな」 「…成る程。さすがはクサッても軍大将ですね〜」 「それ褒めてんのかよ?」 軽くあしらわれて、捲簾が不満そうに頬を膨らませた。 苦笑しながら天蓬は頬をムニッと引っ張る。 「拗ねないでくださいよ。それにちょっと嬉しいんです、僕」 「嬉しい?何が??」 捲簾はきょとんと瞳を瞬かせた。 「大したことじゃないって理由が分かってても、貴方は僕を迎えに来てくれたんでしょ?」 「…元帥が無許可で下界に逃亡したら大したことだろうが」 「そうじゃなくて…」 天蓬が鮮やかに頬笑む。 いつもの体裁を取り繕ったものではなく、飾り気無い綺麗な微笑み。 天蓬に見つめられて、捲簾の心臓がトクンと大きく脈打った。 吸い寄せられるように、その笑顔に見惚れてしまう。 「すぐに戻ってくるって分かってても、心配してくれたんでしょう?」 「いきなり居なくなれば…気になるだろうが」 フイッと視線を反らせて、捲簾が小声で呟いた。 ますます天蓬の笑みが深くなる。 「ちょうどね…このポスターを見てて、捲簾のことを考えていたんですよ」 「俺のことって…花火で?」 「ええ。捲簾こういうの好きでしょう?一緒に来ればよかったかなぁって、思ってたところだったんです」 「何だよ、天界に帰らない気か?」 チラッと視線を向けると、天蓬はまるで悪びれずに肩を竦めた。 「だって、貴方のことだからちゃんと根回しはしてきたんでしょ?なら急いで戻らなくてもいいじゃないですか」 「…そういうことに悪知恵働かせるなっての!」 捲簾は呆れながら大きく溜息を吐く。 途端に天蓬がじーっと捲簾を上目遣いで見つめてきた。 それが天蓬の手だと分かっていても、ついつい鼓動が跳ね上がってしまう。 「花火…見ましょうよ。せっかくなんですから。結構大きな打ち上げ花火も上がるみたいですよ?」 花火に誘われ、捲簾の好奇心が疼きだした。 捲簾は一度だけ下界で見たことがある。 暗い夜空に華麗に花開く大輪の花弁。 初めて見た時、あまりの美しさに感動したものだ。 あの時は下界へ帰還準備している途中で、一人高台の上で眺めていた。 そういえば、あの時。 『…天蓬にも見せたかったなぁ』 次々と花開いては散っていく花火を見上げながら、捲簾は隣に天蓬が居ないのを妙に寂しく思ったから。 「ね?捲簾…花火一緒に見ましょう」 ぼんやりと考え込む捲簾の手を、天蓬がギュッと握り締めた。 自分よりも低い体温の感触に、捲簾の掌が熱を上げる。 確かに此処にいる、天蓬と一緒にいる安堵感。 捲簾は天蓬の掌を握り返した。 「そうだなぁ…どうせ敖潤は明後日まで帰ってこねーし。今日ぐらい別にいっか!」 照れくさそうに捲簾が頬笑む。 「じゃぁ、今日は捲簾と二度目のデートですね」 「まぁ…そういうことになるな」 口籠もりながら捲簾が視線を泳がせると、何人もの通行人とバチッと目が合った。 我に返って見回すと、何だかやけに自分達が注目されていることに気づく。 「天蓬…河岸変えようぜ。何か視線がうるせーや」 「えっ?」 言われて天蓬も通りに視線を向けると、何人もの人たちが慌てて視線を反らせた。 「ふふっ…捲簾があまりにも可愛らしいんで、皆さん見惚れてるんですね?」 自慢げに不敵な笑顔を向けると、容赦なく頭を叩かれた。 「痛っ!いきなり何するんですかぁ〜!?」 「何するんですかじゃねーよっ!」 ふと捲簾の顔を見つめると、真っ赤になって肩を震わせている。 訳が分からず天蓬は小さく首を傾げた。 「どうしたんですか?捲簾真っ赤ですよ??」 「俺のドコが可愛いんだっ!恥ずかしいこと平然と言ってんじゃねーよっ!!」 「え?だって可愛いし」 何でもないことのように即答され、捲簾がグッと言葉を詰まらせる。 本気で不思議そうに見上げてくる天蓬の視線を無視して、捲簾が強引に腕を引いた。 「あーもうっ!さっさと行くぞ!」 ぐいぐいと引っ張りながら歩き出した捲簾に、天蓬は慌てて横に付く。 「行くって…捲簾ドコに行くんですか?」 「あ?ドコにって…ドコだろう?」 捲簾の間抜けな答えに、天蓬が前のめりに転けた。 「何バカなこと行ってるんですか〜」 「冗談だっての。とりあえずソレ見ようぜ」 天蓬の持つ袋を視線で指す。 「…そうですね。僕もまだ見てないんですよ」 「んじゃ〜とりあえず茶でも飲むか」 天蓬が頷くのを見て、捲簾は手を繋いだまま通りを横切った。 「ふーん…こんなの撮ったんだっけ?」 カフェのテーブルに写真を広げて、二人がそれぞれ写真を眺める。 「ああ、それは泊まった宿で飼っていた犬と捲簾が、楽しそうにじゃれてたのが可愛かったので」 「…だから、俺は男前だっつーのっ!」 ムッと唇を尖らせて、捲簾が天蓬の額を指で弾いた。 「痛いですよぉ。でもその写真はどう見たって無邪気で可愛いと思いますけど?」 言われてみれば、確かに自分は子供みたいにはしゃいで犬を抱き締めている。 コホンと誤魔化すように咳払いすると、捲簾は別の写真を捲った。 「これはちょっと…ナニじゃね?」 わずかに頬を紅潮させている捲簾の手元を、天蓬は覗き込む。 「ん?ラブラブカップルでいーじゃないですかvvv」 「コレ取りに行った時、ヘンな顔されなかったのかよ」 「いえ?全然」 写真屋がこういうのを現像したことがあるのか、天蓬の神経が図太すぎて気が付かなかったのか。 捲簾の持つ写真の二人は、上半身裸で絡まっている舌も生々しいディープキスをご披露していた。 もっとも、実際は上半身裸どころか全裸だったのだが。 余ったフィルムが勿体ないからと、ベッドでふざけ合って撮ったのは捲簾だ。 「いやぁ〜、適当に腕を伸ばしてシャッター切ったにしては綺麗に撮れてますよね、コレ♪」 天蓬がクスクスと笑いながら、写真を閃かせる。 あの時は二人きりで、初デートで。 妙に気分が高揚していて、自分の言動なんか気にも留めなかった。 しかし、後になって冷静に考えると、かなり恥ずかしい真似をしまくっていたのかも知れない。 こんな証拠のような写真、部下達に見られたら何を言われるか。 段々気まずくなって天蓬をちらっと盗み見ると、これ見よがしな全開企み笑顔。 ビクッと捲簾の頬が引きつった。 硬直している捲簾にススッと近寄り、耳元に唇を寄せる。 「…大丈夫ですって。これは僕と捲簾だけの秘密ですから。誰にも見せたりしませんよ」 小声で囁かれ、捲簾の額に嫌な汗が噴き出してきた。 『何で分かったんだコイツ!?』 捲簾はギクシャクと顔を天蓬へ向ける。 「分かりますよ。だって捲簾ってば顔に全部出てますもん」 頬杖を付きながら、天蓬が楽しげに笑いを零した。 『だ・か・らっ!何で分かるんだよっっ!!』 ニッコリ頬笑む天蓬へ、捲簾は頬を引きつらせる。 「だって、僕と捲簾は夫婦関係でしょvvv」 「………。」 もう、何も考えまい。 捲簾は少し冷めたコーヒーを一気に飲み干した。 それにしても。 出来上がった写真の半分以上は普通のスナップだが、残りは全てベッドでいちゃついてる恥ずかしいモノだった。 「はぁ…俺も何舞い上がってたんだか」 「それはお互い様でしょ?」 「…まぁな」 コーヒーのお代わりを注文していると、天蓬が1枚の写真をウットリ眺めていた。 何だか瞳が潤んで、やけに艶っぽい。 「何惚けてんだよ?」 捲簾が不審そうに視線を向けると、天蓬がほぅっと溜息を零した。 「この写真…この捲簾の表情がこうしていつでも見れるなんて」 「あ?俺が写ってんの??」 天蓬の指から写真を取り上げる。 「あっ!その写真は僕の宝物にするんですからね!!」 そこに写っているのは確かに自分だ。 写真いっぱいに下からのアングルで俯いて写っている。 眉を顰めて苦しそうな、でも頬は紅潮して興奮しているような。 何をしている訳でもない写真だった。 「…コレのドコが?」 捲簾は天蓬へ視線を向ける。 「ああ、この時捲簾は必死だったから覚えてないんですねぇ」 何となく嫌な予感がした。 「これは、捲簾が騎乗位でガンガンに腰を使って達った瞬間の顔を、下から撮ったんですよ〜vvv」 「お前っ!いつの間に!?」 あまりの羞恥に顔中真っ赤に染めて捲簾が喚く。 「しっ!そんなに目立ってどうするんですか」 はっと口に手を当てて周りを伺うと、痛いほど好奇の視線が突き刺さった。 身体を小さく屈めて、捲簾は小声で天蓬へ食って掛かる。 「お前なぁ〜っっ!!」 「捲簾の好きな表情って色々ありますけど、特にこの表情が僕は大好きなんです」 「………エロ天」 ますます頬を紅潮させて、捲簾が悪態吐いた。 「捲簾だって好きでしょう?僕のケダモノじみた表情。僕が達く瞬間だって絶対視線を外さないクセに」 …いつの間にバレてたんだろう。 言い返せなくて、捲簾はふて腐れて睨め付けた。 「拗ねないでくださいよ。仕方ないですねぇ…じゃぁ、今度僕の達く瞬間の写真、撮らせてあげますから」 「…今度じゃなくて、今日撮らせろ」 捲簾の呟きに、天蓬の瞳が見開かれる。 テーブルの下で捲簾の太腿に触れながら、天蓬が嬉しそうに頬笑んだ。 「捲簾のお誘いじゃ断れませんね」 「当然だろ?」 「じゃぁ、またカメラ買わないと」 「今度はさ、花火も撮ろうぜ。きっと悟空も見たこと無いから喜ぶだろ?」 「そうですね。それじゃ…」 天蓬が捲簾の方へ顔を寄せる。 「花火が綺麗に見えるところで、泊まりましょうか?」 掠れた甘い声音に、身体の芯がズクンと疼いた。 身体が覚えのある熱を産み出す。 「じゃぁ、また観光案内所で宿探さなきゃな」 二人は互いに欲情した瞳を合わせて、クスクスと笑った。 |
Back Next |