Fugitive again |
遠くからドンという地鳴りが聞こえ、漆黒の夜空に大輪の花が花開く。 「…鮮やかで綺麗ですねぇ」 「だろ?」 天蓬と捲簾は寂れた古寺の境内に来ていた。 花火会場からは大分離れているが、場所自体が台地上なので打ち上がる花火がよく見える。 街の人々も今日は花火会場に総出しているせいか、辺り一帯静まりかえっていた。 時折聞こえてくるのは残暑を惜しむ蝉の音だけ。 「それにしても、天蓬よくこんな場所知ってたな?」 捲簾は首を傾げ、隣に座る天蓬を覗き込んだ。 この場所は街から大分離れている。 街とその近郊は前回来た時に散策したが、さすがにここまで遠出しなかった。 「結構穴場でしょ?ここ」 天蓬は満足げにニッコリと微笑む。 花火を見ることに決めてから、二人は会場から近い場所に宿を取ろうと探し歩いた。 しかし、生憎とどこの宿も満室。 この街の花火は結構有名らしく、近隣の街からも見物人が大勢遊びに来るらしい。 かといって、人混みにごった返す会場で見るのも、何となく気が引けた。 結局は花火会場から離れた、逆方向の街外れに宿を取ったのだ。 これじゃ綺麗に見れないかもな、と捲簾は多少気落ちしていたが、天蓬の方は全く気にしてないらしい。 それどころか、 「折角花火見るんですから、お酒でも用意して行きましょうか」 などと、楽しそうに提案までしてきた。 きっと何か企んでいるに違いないと、問いつめても意味深に微笑みを返すばかりで。 それでも諦めずしつこく食い下がれば、 「それは〜後のお楽しみです〜♪」 と、あっさりはぐらかされてしまった。 何を言ってもムダだと捲簾は諦めて、ソワソワ夜になるまで待ったのだが。 部屋に差し込む陽射しが燃えるような金色から、やがて漆黒の空へと変化しはじめる。 宿の食堂で二人軽く食事を取ってから、とりあえず部屋に戻った。 ゴロンと備え付けのベッドに捲簾が転がると、遅れて天蓬が戻ってくる。 手に素焼きの酒瓶を掲げて微笑んだ。 「もう少ししたら花火の打ち上げ始まるそうですから、出かけませんか?」 「んー、いいけど。でもあの会場に行くのかぁ?」 何となく気後れして、捲簾は思い溜息を吐く。 「いいえ。さすがに人混みは捲簾もイヤでしょう?」 「まぁな。大騒ぎするよりは、風情を楽しみたいってカンジ?」 「だと思いましたので、絶好の場所へ案内しますよ」 「へ?そんな場所あんの??」 「ええ。行きましょうか?」 そうして、天蓬に導かれるままやってきたのが、この寂れた古寺だった。 「以前貴方が失踪した時に、この辺一帯の地形は頭に入れましたからね。会場の位置と花火が打ち上げられる方角を考えたら、この場所を思い出したんです」 「成る程ね…さっすが元帥閣下」 ククッと喉で笑って、捲簾は漆黒の夜空を見上げた。 子供のように無邪気に喜ぶ捲簾に、天蓬も自然と笑みが零れる。 捲簾の視線を追って、天蓬も次々打ち上げられる花火をボンヤリと眺めた。 「それにしても、花火って一体どうやって作ってるんでしょうか?」 天蓬が空を見上げながらボンヤリと呟いた。 手酌で酒を飲みつつ、捲簾も首を傾げる。 「さぁな…火薬使ってるんだろうけど。あっ!天蓬お前!ぜーったい作ろうとすんじゃねーぞ。失敗して軍舎全壊な〜んてシャレになんねー」 捲簾はじっとり横目で睨んで釘を刺した。 「悟空にも見せたいなぁ、と思ったんですけど」 「う〜ん…それは分かるけどさ。ダメなもんはダァ〜メ!」 「天界でも花火大会やりませんかねぇ…」 「天帝のオッサンは案外好きそうだけどな」 「全く…同じパフォーマンスなら下らない演説より、こういう派手な催ししてくれればいいのに」 「じゃぁ、お前が進言しろよ」 「そうですねぇ…でも天帝にセクハラされるのはヤなので、観音辺りにでも吹き込んでおきますか」 視線を捲簾へ戻すと、天蓬がニッコリ頬笑む。 「何お前…天帝にセクハラって?」 捲簾が不愉快そうに眉を顰めた。 「あのヒト、昔っからしつこいんですよねぇ。肩やら腰にベタベタ触ってきて」 溜息混じりに天蓬は肩を竦める。 天界でも希に見る美貌で通っている天蓬のこと。 そういう輩が居ることも知ってはいたが、本人の口から事実を訊かされると何だか胃の辺りがムカムカしてきた。 捲簾は不機嫌さを隠しもせずに、天上を睨み付ける。 分かりやすい捲簾の態度に、天蓬は苦笑を漏らした。 「でも、最近は僕も貴方の副官に着いて一線から退きましたし、実害は無くなりましたよ?」 「ふぅ〜ん」 「…焼いちゃいました?」 「………。」 図星を突かれて、捲簾が押し黙る。 気のない振りで、手にした酒杯を一気に煽った。 それ以上何も言ってこない天蓬が気になり、捲簾はチラッと横目で盗み見る。 「んな目で…見んなよっ!」 見る見る捲簾の頬が紅潮してきた。 天蓬は頭上で花開く大輪よりも艶やかな微笑みを浮かべ、捲簾を愛おしげに真っ直ぐ見つめる。 「だって、捲簾にヤキモチ焼いて貰うなんて…凄く嬉しいですから」 感極まったかの様な天蓬の声に、捲簾の心臓が鼓動を跳ね上げた。 天蓬に触れている肩から、じんわり身体中の体温が上昇するのが分かる。 決して季節のせいでも、気温のせいでもなくって。 勝手に身体が発情して体温を上げる。 こんな些細なことで欲情してしまう自分が信じられない。 ドコの初なガキだよ、おい!と捲簾は心の中で自分に突っ込んだ。 こんなこと、もし天蓬にバレたりしたら。 きっと、事ある事に話を蒸し返してはからかうに違いない。 バツ悪そうに、捲簾は俯いて天蓬から視線を逸らした。 「いつも嫉妬してヤキモチ焼くのは僕ばっかりでしょ?たまにはこういうのもイイもんですねぇ」 「浮かれてんじゃねーよ…バカ」 捲簾が恥ずかしさを誤魔化すように、唇を尖らせて悪態を吐く。 ますます天蓬の笑みが色濃くなる。 腕が捲簾の腰に回り、引き寄せられた。 「だって…それだけ僕を好きだってことでしょう?」 低い声音で天蓬が耳元に囁く。 捲簾の頬が羞恥で真っ赤に染まった。 らしくもない反応に、捲簾自身戸惑ってしまう。 落ち着かなげに瞳を揺らして、ぎこちなく視線を反らした。 常にない捲簾の慌てぶりに、天蓬は小さく笑いを零す。 「笑うなっ!」 「だって…捲簾があんまりカワイイ反応するから」 「誰がカワイイだっ!」 「モチロン捲簾に決まってるでしょvvv」 「お前…帰ったら医局へ行って眼球検査しろ」 「そんなに照れることないのに〜」 「照れじゃねーよっ!!」 「もうっ!捲簾ってば可愛すぎますっっ!!」 「わーっ!バカッ!何抱きついて…ケツを撫でるなっ!!」 ぎゅうぎゅうと抱き締めてくる天蓬の身体を、捲簾は必死になって押し止める。 ドンッ! 一際大きな地鳴りがすると、今まで以上に大きな花火が天上で花開いた。 舞い落ちてくる火の花びらに、二人は抱き合ったまましばし見惚れる。 「すっげぇー…」 「綺麗ですねぇ…」 互いに感嘆の声を漏らしながら、散って消えゆく花弁を見上げた。 直ぐにまた地鳴りがして、連続で花火が打ち上げられる。 楽しそうに眺める捲簾の顔を、天蓬はじっと見つめた。 捲簾が視線に気づいて天蓬を振り向く。 「何だよ??」 「捲簾の瞳…花火が映り込んでキラキラ輝いてますよ〜♪」 「へぇ?お前は何だか瞳がギラギラしてるよな、ってオイッ!」 股間で妖しく蠢き出す手首を、捲簾は慌てて押さえ込んだ。 捲簾が睨み付けると、天蓬が不満そうに見上げる。 「いいじゃないですかぁ〜ちょっとぐらい」 「お前がちょっとで済むのか!?」 「それは…捲簾次第ですって」 「は?何だよ、俺次第って??」 服の下から滑り込んでくる掌に焦った捲簾は、天蓬のシャツを掴んで引き離そうと躍起になった。 それでも動じず、天蓬は両手で捲簾の素肌を撫で回す。 「だって…捲簾がいつも淫猥な身体で僕のこと悩殺してくれるから、我慢出来なくなるんですっ!」 「テメェのケダモノ精力棚に上げて、力一杯ヒトを淫猥呼ばわりすんじゃねーよっ!」 抱き竦めている天蓬の背中を、捲簾は喚きながらバシバシと叩いた。 「いたっ!でも本当のことですから。捲簾は自分の色気を自覚してないから、そんなこと言うんですよ〜」 「そんなのお前だけだって…やっぱ戻ったら医局行けよ」 呆れ果てて、ガックリと捲簾は天蓬の肩に額を落とす。 クスクスと天蓬が捲簾の耳元で笑った。 「それじゃ…僕はどうですか?」 「お前?」 「ええ…」 言われて捲簾は顔を上げる。 至近距離で熱い視線に瞳を射られた。 ゾクリと捲簾の背筋が粟立つ。 熱を孕んだ綺麗な瞳は欲情を隠そうともしない。 酷薄にも見えるその色は、獲物を狙う獣そのもので。 「…すっげぇ、そそる」 捲簾の喉がゴクリと鳴った。 興奮で渇いた唇を舌で舐め濡らすと、天蓬がその舌先を絡め取る。 「んっ…う…んん…っ」 天蓬は唇を押しつけ、強引に捲簾の唇を割り開いた。 歯列をこじ開け口蓋をねっとり舐め上げると、腕の中の身体を小さく震える。 その様子に天蓬は機嫌良く眼を眇めると、更に深く口腔を侵していった。 逃げる舌を絡め取り、強く吸い上げる。 何度も角度を変えながら貪ると、次第に捲簾の舌も答えるように追いかけて絡みついてきた。 口腔に溢れる唾液を、捲簾は大きく喉を鳴らして何度も飲み下す。 それでも飲みきれない唾液が、捲簾の口端を伝って喉元を濡らしていった。 捲簾は身体を擦り寄せて、天蓬の背中にしがみ付く。 あまりに激しく貪られて、頭の芯がグラグラ揺らめいた。 「ふぅ…っ…んぁっ…あっ」 脚から力が抜けてふらつくと、背中が木の幹に当たる。 逃げ場を無くした身体は背後の木に押さえつけられた。 「あ…んんっ…ふ…っ」 捲簾の腕が天蓬の首に回って縋り付く。 そうしないと、腰に力が入らず立っていられなかった。 「は…あっ…てん…ぽっ…」 苦しい息継ぎの間に名を呼ぶと、名残惜しげに唇が解かれる。 途端に力の抜けた身体がガクリと崩れるのを、天蓬が慌てて抱き留めた。 捲簾は甘えるように天蓬の肩口に顔を埋めると、大きく深呼吸を繰り返す。 「も…お前…いきな…り…キレんなっ…て」 乱れた呼吸を整えながら、捲簾は文句を呟いた。 「誘ってきたのは…捲簾ですよ?」 「だって…天蓬…ヤラしい…眼…すっから」 捲簾は強くしがみ付いて、天蓬へと下肢を擦り付ける。 「…もう、我慢できないでしょ?」 「ん…ダメ…ぜってぇ…無理…っ」 「じゃぁ、もう往生際悪く抵抗なんかしませんよね?」 「しねーよ…バカ」 背を木の幹に凭れ掛けると、捲簾は天蓬の眼を見据えながらゆっくりジッパーを下ろした。 「捲簾…っ」 天蓬の喉が大きく息を飲む。 左手でカットの裾を持ち上げ肌を露わにし、右手では興奮した自身を取り出して見せつける。 「…来いよ、天蓬」 捲簾は卑猥な表情で微笑み、天蓬の欲望を煽り立てた。 理性が焼き切れ、視界が真っ赤に歪む。 「捲簾…っ!」 天蓬は乱暴に捲簾を掻き抱き、褐色の肢体に噛みついた。 「んっ…」 捲簾の唇から満足げな甘い声が零れ落ちる。 身体中に舌と指を這わせる天蓬の頭を抱き寄せ、捲簾は幹に身体を預けたまま上向いた。 頭上に咲き乱れる、美しい火の大輪。 ま、こういうのも悪くねーか。 捲簾は艶やかに微笑むと、身体から湧き上がる熱に小さく嬌声を上げた。 |
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