Valhalla Egg



フカフカの布団に乗っかる真っ白なタマゴは、それはもう違和感があるなんてモンじゃなかった。
広いベッドの真ん中に鎮座するタマゴを挟んで、天蓬と捲簾は全裸のまま向かい合って座っている。
言葉を発すことも忘れ、ただひたすらじーっとタマゴを見下ろしていた。
そっと天蓬がタマゴへ手を伸す。

「…暖かいですよ?」
「そりゃ〜産み立てだからな」
「………。」
「………。」

二人は無言で視線を合わせると、またタマゴへと視線を落とした。
白くてつやつやでまん丸なタマゴ。
こうして改めて見れば、ニワトリのタマゴの優に5倍はある。
天蓬は深々と溜息を零した。
「コレ…本当に捲簾が産んだんですか?」
「お前産んだ記憶あんの?」
「無いですよっ!」
「だろ?こんなモン誰かがコッソリ入ってココに置いていけるはずねーじゃん」
仮にも百戦錬磨の現役バリバリの軍神二人が居る部屋に、全く気配を殺して布団の中へタマゴを入れて見つからずに逃げられる芸当を持ち合わせた者など、全軍通しても皆無だろう。
そんな剛胆な者なら是非とも部下へスカウトしたいところだ。
しかも寝首を掻くならいざ知らず、意味不明にタマゴを置いていくなんてありえない。
「…ちょっと言ってみただけです」
現実逃避気味に自嘲して、天蓬は遠くのお空へ視線を漂わせた。
現実を直視したくないのは捲簾も同じ。
何せこの謎のタマゴを産んじゃったのは自分なのだ。
あの腹部を通過する激痛といい、外へ零れ落ちる瞬間の何とも言えない感覚といい、タマゴを産み落としたのは紛れもなく自分だった。
捲簾はそっとタマゴを取り上げてみる。
見た目真っ白なタマゴは、意外と弾力性があった。
殻は鳥類のような硬い殻ではなく、プニプニと柔らかい。
両手に包み込んでいると、中から命の感触が伝わってきた。
捲簾の額をつつーっと汗が伝い落ちる。

「天蓬ぉー…」
「どうしました?」
「な…何かコレ…ドキドキいってるんだけど…っ」
「ーーーーーっっ!?」
「やっぱ…鼓動?だよな」
「いっ…生きてるんですか?」

天蓬がゴクリと息を飲んでタマゴを見つめると、捲簾が慎重に手渡した。
確かに、命の鼓動が掌へ伝わってくる。

と、いうことは?
つまり。

「まさか…俺…ケロッピの子供産んだのかっ!?」
考えたくなかった事実に、捲簾は顔面蒼白になった。
よりによってオトコの自分が、しかもカエル妖獣の子供を孕んであまつさえ産み落とすなんて厭すぎる。
さすがの捲簾もショックの余り泣きそうになって顔を歪めると、天蓬が慌てて首を振った。
顔色を無くして慌てふためく捲簾を眺めて、漸く天蓬も冷静さを取り戻す。
「それはあり得ませんからっ!捲簾落ち着いてっ!」
「アイツのっ!雌の毒浴びたからっ!俺はケロッピのタマゴなんか産んじまった…っ!」
「捲簾っ!」

バチンッ!

天蓬の両手が興奮して喚く捲簾の頬を叩いた。
不意打ちを喰らって捲簾が瞠目して固まる。
「落ち着いて…捲簾」
「てんぽ…ぉ…っ!」
「コレはカエル妖獣のタマゴなんかじゃありませんから、ね?」
「ホント…か?」
捲簾の声が上擦って震えた。
天蓬は落ち着かせるよう、包み込んだままで居た捲簾の頬を両手で優しく撫でる。
「確かに、あのカエル妖獣の毒を浴びて体内へ取り込んでしまうと、生殖器へ何らかの影響が出るという結果は出ています。それはあくまでも毒を取り込んでしまった者の身体に変調を来すのであって、カエル妖獣に変貌する訳じゃありません。ましてや妖獣の子供を孕むことは100%あり得ませんから」
殊更穏やかな口調で天蓬が説明すると、捲簾の身体から強張りが解けた。
まだ顔色は良くないが、とりあえず安堵して笑みを浮かべる。
そうなると気になるのは。

「じゃぁ、このタマゴは?」

一体何のタマゴなのか。
天蓬が転がっているタマゴを真剣眼差しで見つめた。
「調べてみないことには断言できませんけど…あくまでも僕の推測ですよ?多分…」
「多分?」
「僕と捲簾のタマゴ、でしょうか?」
「と?ゆーことは??」
「タマゴから産まれてくるのは僕と捲簾の可愛い子供ってことですね〜あはははっ!」
「あははじゃねーだろっ!!」
捲簾は真っ赤な顔で暢気に笑う天蓬の頭を叩き付ける。
「痛いですよぉ〜」
「笑い事じゃねーっ!おっ…俺とお前の…こっここここ子供だとぉっ!?」
「だってそうとしか考えられませんもん♪」
「何でだよっ!?」
捲簾はムスッと顔を顰めて天蓬を睨み付ける。
しかし真っ赤に紅潮した顔では、いつもの強面も威力はない。
可愛らしい捲簾の表情を眺めていたくご満悦な天蓬は、ニコニコ上機嫌にタマゴを掲げて見せた。
「まぁ、数日でここまで育つのはケロッピ妖獣の毒の影響かも知れませんけどね。ちゃーんと僕は説明したでしょう?雌ケロッピの毒に冒されると?」
「…女性ホルモンが異常に発達するんだろ?」
「雄ケロッピだと?」
「その逆…だから何なんだよ?」
「僕の憶測ですが、先日の討伐で雌ケロッピの毒を取り込んでしまった捲簾の体内で、どうやら仮腹が出来てしまったのではないかと」
「仮腹?」
「要するに女性で言えば子宮です」
「しっ…子宮ぅっ!?」
「それだけではなく、こうしてタマゴまで産まれた訳ですから、卵巣も形成された可能性もありますねぇ」
「卵…巣…」
衝撃の真相に捲簾は茫然自失。
確かにそうでなければ自分がタマゴなど孕んで尚かつ産めるはずがない。
そんなとんでもない毒の影響が出ていたのかと、捲簾はガックリ項垂れた。
「そして更に」
「まだ何かあんのかよっ!?」
情けない顔で捲簾が顔だけ厭そうに上げる。
「タマゴは受精しないと無精卵しょう?こうして命の鼓動を刻むはずがないんです」
「って、ことは?つまり…」
「捲簾の体内で産まれたタマゴに、これまたナイスタイミングで強力な精液が受精しちゃったようです〜vvv」
「きょ…強力ぅ?」
捲簾が不審気な眼差しで天蓬を睨め付けると、何が楽しいのか天蓬がムフムフッと含み笑いを漏らす。
「だって僕もケロッピの毒浴びましたからね…雄ケロッピのvvv」
「オス…」
「捲簾と同じように僕も男性ホルモンが何らかの影響で物凄ぉ〜く発達しちゃってるハズなんですよね。それこそオトコである捲簾を孕ませる程の強力な男性ホルモン、と言えば?」
「せ…精液?」
「その通りです〜パチパチパチ!百発百中、それはそれはもう濃ゆ〜い元気溌剌な僕の精液を、昨夜はタップリと捲簾のナカへ仕込んじゃったしvvv」
「じゃぁ、俺がタマゴ産んだのは…」
「たまたま女性ホルモンが活発化して体内までも変調してしまった捲簾と、男性ホルモンが異常な程高まって強力化した僕の精液が、これまた偶然にもバッチリ受精しちゃったからでしょうね〜♪」
「テメェのせいかあああぁぁーーーっっ!!」
憤慨した捲簾は、嬉しそうに顔を弛ませる天蓬をゲシゲシ蹴り付けた。
「イタッ…イタタタ!僕のせいだけじゃないでしょうっ!痛いですってっ!」
「テメェのせいだっ!テメェがドバドバ中出ししなかったらタマゴなんか産んでねーっっ!!」
「それは結果論でしょう?だって捲簾中出しされて僕のモノで掻き回されながら突き上げられるの大好きじゃないですか〜っ!昨夜だって捲簾の方が大胆に僕の上へ乗っかって…」
「うるせぇっ!バカ天っっ!!」
ギャーギャーとベッドの上で暴れていると、スプリングの勢いで真ん丸いタマゴがコロリと転がる。

コロン…コロコロコロ〜

「捲簾っ!タマゴがっ!?」
「うわわっ!!」

捲簾の腕が慌てて伸びた。
間一髪。
床へ落ちる寸前に、捲簾がタマゴを掬い上げてキャッチする。
ホッと胸を撫で下ろす捲簾の掌に、じんわりと暖かな感触が伝わってきた。

小さく響く命の鼓動。
このタマゴは紛れもなく命を宿していた。
しかも、自分と天蓬の命を受け継ぐ命。

捲簾はベッドへ伏せたままタマゴを掌で包む。

子供は無邪気で可愛いと思うけど、今まで自分の子供が欲しいと思ったことは一度もない。
職業柄、何時消えて無くなるかも知れない命だから。
こんな場所に子供を残さなきゃいけないなんて、無責任だし憐れなだけ。
だから今日までどんなに色んな女性と身体を重ねようと、子供を孕ませるような真似はしなかった。

だけど。
今、自分の掌の中に自分の命を受け継いだ者がある。
それも唯一無二と決めて愛したオトコの命を半分融け合って。

「捲簾?」
「俺と…お前の…命なんだよな」
「そうですよ。僕と捲簾二人の命を刻んでいる子です」
天蓬が寝そべっている捲簾の背中に覆い被さり、耳元で嬉しそうに笑う。
「なーんで俺がお母さんなんだよ?」
「しようがないでしょう?だって捲簾が産んじゃったんですから」
「はぁー…ったく。天蓬が雌ケロッピにヤラれたらよかったんだよ。そしたらちっとはまともな性欲になるんじゃね?」
「それはお互い様でしょう?」
二人視線を合わせると、可笑しそうに小さく噴き出した。
暫く身体を揺らして笑いながら、柔らかなタマゴを慈しむように見つめる。
ふと、捲簾が天蓬を見上げた。
「あ。でもよぉ…コレ…どーすんだ?」
「僕は目玉焼きよりスクランブルエッグの方が好きです」
「食わねーよっ!」
「冗談ですって。まぁタマゴですから、とりあえず暖めて孵す。ということでしょうね」
「暖めんの?どーやって?」
「鳥類などは自分のお腹でタマゴを守りながら暖めるんです。は虫類なんかは土に埋めてその地熱で孵すんですけど…僕らには現実的じゃないでしょう?」
「ヤダぞっ!コイツ土に埋めるのなんかっ!」
捲簾が怒ってタマゴを胸の中へ抱え込んだ。
「…母性本能も出てきちゃいましたか」
「あ?何だよ??」
「いえいえ。いちおう軍の研究棟に孵卵器はありますけど…どうします?」
「俺が暖めるっ!」
捲簾がタマゴを抱えて高らかと宣言する。
「ちゃんと俺がコイツ腹で暖めて孵すんだっ!」
「捲簾のお腹で…ですか?」
天蓬の頭に浮かんだのはカンガルー姿の捲簾。
思わず噴き出しそうになるのを天蓬は必死に飲み込んだ。
「それでしたら、保温性の高いモノでくるんで…毎日定期的に観察しないといけませんね」
「それは〜お父さんの仕事だろ?」
「…可愛い奥さんの頼みなら仕方ありませんねvvv」
「俺は男前のお母さんだっ!」
偉そうにふんぞり返って口端を上げる捲簾に、天蓬は今度こそ声を上げて笑った。




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