Valhalla Egg



産んだからにはきちんと孵す!と高らかに宣言した捲簾だったが、実際どうやって孵せばいいかなんかやったことないから分からない。
しかも自分が産み落としたタマゴは鳥のように硬い殻でもなければ、は虫類や両生類のような小っちゃくもない。
とりあえず毛布にくるんだタマゴを前に、産みの親である捲簾母さんと産ませてしまった元凶である天蓬父さんは首を捻ってしばし考え込んだ。

「やっぱさ〜孵すんだからそれなりに暖めなきゃダメなんだよな?」
「そうですねぇ…鳥などは大体38度前後の体温がありますから、それぐらいは必要でしょうか」
「…俺そんな平熱高くねーぞ?」
「平熱がそんなにあったら生きてませんって。まぁ、そこら辺は代用品で補うしかないでしょうけど…湯たんぽなんか丁度良さそうですね」
「湯たんぽね…ふんふん」
動物の生態図鑑を眺めている天蓬の意見に頷いて、捲簾は手にしたノートへメモをとる。
天蓬は物凄い勢いでページを繰ると、参考になりそうな部分を捲簾へ逐一伝えた。
それを捲簾も真剣に記載しては、疑問になることを天蓬へ問い返す。
「うーん…鳥なども種類によって暖め方もまちまちですねぇ…雛が孵るまで飲まず食わずでずっと暖めるモノもいるし。日中は太陽光を利用して暖めて、夜は自分の体温で暖めるだけのモノもあるようですから。一概にコレ、っていう方法は無いみたいです」
「そりゃそうだろ?だってコイツ鳥のタマゴじゃねーし…つかコレの育て方なんかどの書物読んだって載ってる訳ねーじゃん」

それもそうだ。
ヒトがタマゴを産んで、尚かつ孵化させた例など今まで無い。
ましてや自分達は神サマなのだ。
天界広しと言え、タマゴを産んだ話など結構長い間生きてきたけど聞いたことも見たことも無かった。
当然そんな事例はないのだから、正しい最適な孵化方法など誰にも分からない。

捲簾は腕を組んで思案する。
「俺が暖めるんだったら、こ〜腹ん所に入れてやった方がいいよな?」
こんな感じで。と捲簾が図鑑のカンガルーを指差した。
フカフカの毛に覆われたお腹は見るからに暖かそうだ。
天蓬は図鑑を見ながら小さく首を傾げる。
「確かに…タマゴを暖かい布でくるんで、お腹に当てるのがいいかもしれませんけど」
「けど?何?」
曖昧な返事をする天蓬に、捲簾は不思議そうに瞬きした。
「いえね?四六時中その格好で居る訳にはいかないでしょう?まぁ、事務的な書類整理してる時はいいでしょうけど、それだけじゃなく訓練があるし。お腹にタマゴ抱いたまま暴れるのは捲簾だって無理でしょう?」
「そりゃ〜そん時はお前が暖めればいいじゃん」
「ええーっ!僕がお腹で暖めるんですかぁっ!?」
「当たり前だバカ!」
厭そうに顔を顰める天蓬の頭を捲簾がポコンと叩く。
「お前は『お父さん』だろうがっ!俺が出来ない時はお前が協力するのが当然だろ!」
「それは…そうですけど…でもぉ」
ゴニョゴニョ往生際悪く言い淀む天蓬を、ジロッと捲簾は睨み付けた。

天蓬だってタマゴを産ませてしまった負い目はある。
間違いなくこのおっきなタマゴは自分と捲簾愛の結晶だと言い切れた。
別にタマゴを暖める行為そのものが厭な訳ではない。
こんなモノいちいちお腹へ入れて歩くのが面倒臭いとかそう言う理由じゃなくって。
俯いたままの天蓬が何やら独り言ちた。
「あ?何言ってんだよ?聞こえねーっての」
胡乱な視線で天蓬を疑視すれば、突然ガバッと顔を上げる。
「ですからっ!僕は熱に逆上せ易いんですよっ!」
「………は?」
物凄い剣幕で喚く天蓬に、捲簾がきょとんと目を丸くした。
「だってだってっ!38度ですよ?ちょっとした温めのお風呂と同じ温度じゃないですか!そんな温度を長時間保つなんて…無理ですよぉっ!!」
真っ赤な顔で言い募る天蓬をまじまじと見つめながら、捲簾はふと考えを巡らせる。

言われてみれば、確かに天蓬は逆上せ易い体質だ。

風呂だっていつも烏の行水。
長風呂なんてしたことがない。
捲簾と一緒だと少しは湯船に長く浸かる…というか不埒な理由で浸かりたがるが、大抵真っ赤な顔であっという間に逆上せてしまい、慌てた捲簾が抱き上げて介抱するハメに陥ったこともしばしば。
そんな天蓬が風呂に浸かっているのと同じ状態を我慢できるかかなりアヤシイ。

しかし、捲簾はむむ?と首を傾げた。
「でもお前さ、下界の熱帯雨林とか出征した時は案外ケロッとしてるじゃん」
以前降りた下界での討伐任務を思い出して、捲簾の眉間に皺が寄る。

あの遠征は捲簾の経験上3本指に入るぐらい過酷な任務だった。

何せ捕縛対象の妖獣は熱帯雨林に生息している中型の甲殻類。
異常繁殖して生態系に歪みが生じ、人間への生活にも悪影響を及ぼしていた。
エサを根絶やしにした妖獣は、人間の住む場所まで大量の群れを形成して侵入し、小動物や幼い子供までもが襲われ始める。
その妖獣の一斉捕縛の任務を受けて下界へ降り立ったのだが、その熱帯雨林独特の高い温度と湿度に、下界のあらゆる地域へ出征しているはずの部下達が一斉に参ってしまった。
暑さには結構強い捲簾さえも、疲労度はいつもより酷かった記憶がある。
ところが。
天蓬だけは自分や部下達と比べて涼しげな顔で密林地帯を縦横無尽に駆け巡り、次から次へと妖獣を封印場所へ追い詰めていく。
あの悪条件の中、あれだけ動き回れる強靱な精神力と肉体に、捲簾は内心で密かに感嘆していた。

そんな天然サウナ状態の場所で動き回れるのに、何でぬるま湯の風呂に呆気なく逆上せるのか。

全然分からなくて『何で?』と素直に疑問を顔へ浮かべていると、天蓬がコホンと咳払いした。
「あの時は…走り回ったじゃないですか」
「そうだけど?」
「だから平気だったんです」
「はぁ?」
何で平気なのかさっぱり分からない。
湿度と温度の高い場所で走れば、余計に体温が上がって最悪だろうに。
目を白黒させている捲簾に注視され、天蓬がプクッと頬を膨らませる。
「ですから!走り回れば風が起きるでしょう?」
「まぁ、空気が流れるから多少は…」
「それで平気なんですってば!」
「はぁ〜いぃ〜?んじゃ何か?どんなに暑くても湿度が高くても空気が動けば平気ってな訳ぇ?」
「だから!さっきからそう言ってるじゃないですか〜」
「…嘘くせぇ」
つい本音を呟けば、天蓬がますます不機嫌そうに頬を膨らませた。

だってそうだろう。

どう考えたって走る方が体温は上がるし、居る場所は高温多湿で劣悪な環境下。
走った時に起こる風なんか、全力疾走したって大したことはない。
それだから平気なんて、馬鹿げてるとしか言いようがないだろう。
「嘘でも何でも本当なんだから仕方ないでしょうっ!とにかく、僕の周囲の空気が絶えず動いていれば平気なんです…から」
終いには語尾を掠れながらふて腐れる天蓬に、捲簾はやれやれと肩を竦めた。
「それならさー、お前がタマゴ抱いてる時は扇風機当ててやっから。それならどーよ?」
「扇風機ですか?」
「そ。まぁ、ココなら熱帯雨林でもなんでもねーし、腹が温度上がっても扇風機で風流せば平気なんじゃねーの?」
「それなら…大丈夫だと思いますけど」
「けど?まぁ〜だ何かあんのかよ?」
捲簾がじっとり睨め付けると、天蓬は難しい顔でタマゴへ視線を向ける。
「それだと、常に僕はお腹の温度を気にしないといけませんよね?」
体感温度が下がれば、それに合わせて体温だって多少下がるはず。
それではタマゴを暖めるのに良く無さそうだ。
天蓬に言われて捲簾も考え込む。
「んー?やっぱタマゴと一緒に体温計も入れて置くとか…温度確認してくるむ布を変えるとか、湯たんぽのお湯入れ替えるとした方がいいんじゃね?」
「そうですねぇ…それなら専用のタマゴ袋作った方がよくありませんか?」
「タマゴ袋ぉ??」
「ええ。その方が受け渡しも楽ですし、安全だと思うんですけど」
「成る程…タマゴ袋か」
天蓬の提案に捲簾がうんうん頷いた。
その方が移動もしやすいし便利そうだ。
「おっし!そんじゃタマゴ袋作るか!生地は何がいいかな〜?」
「やはり毛足の長い生地がいいでしょうね…毛布とか下界の動物の毛を使った物なんか暖かいらしいですよ?」
提案した天蓬がパラパラと図鑑を捲った。
捲簾も興味津々にページを覗き込む。
「これは?アンゴラだって。フワフワじゃん」
「コッチのアルパカって動物の毛の方が暖かいそうですよ?」
「あ、こっちのは?パシュミナっつーの?すっげ貴重なんだってさ〜」
「確かに暖かそうですねぇ…じゃぁ、コレを取り寄せましょうか?」
「そーすっか!んじゃ、俺下界の駐留隊へ通信入れてくる〜」
「僕が入れてきますよ。即日納品って念を押さなければなりませんから」
「………あんま虐めるなよ?」
「いやだなぁ〜ちょこーっとお願いしちゃうだけですってば♪」
あっはっはっーと豪快に笑う天蓬に、捲簾は小さく溜息を零した。
早く手に入れるに越したことはないので、ここは敢えて目を瞑る。
捲簾がベッドの真ん中で毛布にくるまり鎮座するタマゴへそっと手を伸した。
「もうすぐ暖めてやるからなー」
真ん丸くてつるんとした感触を、捲簾は愛おしむように撫でる。
「早く出てくるといいですねぇ…きっと捲簾の子供だから美人さんですよvvv」
「ん?ソレを言ったらお前似だって美人だろ?」
「いえいえ。捲簾似の可愛い子がぜーったい産まれますって!」
「何言ってんだよ〜絶対お前にソックリな超絶美人さんだっての!」
親バカ全開でまだ産まれてもいない自分達の子供を褒めちぎっていると。

「…何か色着いてませんか?」
「…だな。ほんのりピンク色?」

タマゴの表面がうっすらピンク色に紅潮していた。
気になって捲簾がタマゴを優しく撫でさするほど、ますますピンク色に染まっていく。

「…照れてんのか?」
「…どうでしょう?」

じっと二人で観察している目の前で、次第にピンク色から真っ白に戻っていった。
天蓬と捲簾はそっと視線を合わせる。
「コイツ…もしかして俺らが言ってること理解してんの?」
「そうかもしれません…けど」

そんなことがあり得るのか。

二人はコクリと頷いて、タマゴの方へ躙り寄った。
「本当に…可愛らしいですよねぇ」
「うんうん、俺らの子供だもん。すっげ傾城の美姫になるんじゃね?」
「間違いないでしょう!だって僕らの大事な子供ですからねっ!」

ぽわわわ〜ん。

「…またピンクだ」
「…ピンクですねぇ」
間違いなく天蓬と捲簾の言葉を理解して照れてるようだ。
それに何だかポコポコと殻の中から上機嫌な音まで聞こえてくる。
「褒められて調子に乗る所なんか、間違いなくお前似だ」
「何言ってるんですか?それは捲簾でしょうっ!」
「いーやお前だっ!思いの外自分の作戦通りに任務が進むとえらっそうに威張るじゃねーか!」
「そういう貴方だって僕の作戦無視してくれちゃって、たまたまっ!捕縛が上手くいっただけなのに殊更嫌味ったらしく鼻で笑ったりしてるでしょうっ!」
「あ?てめ、やんのか?コラ」
「上等ですよっ!」
胸倉をつかみ合って一触即発、ギリギリ睨み合って火花を散らすと。

しゅうううぅぅ〜。

「てっ…天蓬天蓬っ!タマゴ…タマゴがっ!?」
「ああっ!?何だかブルーになっていきますっ!」
ただならぬ気配を察知したタマゴが、どうやら怖がっているらしい。
慌ててタマゴを抱き上げると、捲簾がヨシヨシとあやし始めた。
「大丈夫だぞ〜?怖いことなんかなーんにもねーからな?」
「そうですよ〜?ホラ、こんなのはいつものことっていうか!僕たちはラブラブ仲良しさんなんですよ〜」
二人は焦って必死にタマゴを宥める。
すると。
どうにかタマゴは元の白い色へ戻っていった。
天蓬と捲簾はホーッと安堵して胸を撫で下ろす。
捲簾が細心の注意を払って、タマゴをそっとベッドの上に置いた。

「子育てって大変なんだな…」
「捲簾、まだ産まれてないんですからタマゴ育てですよ」
「どっちでもいいけど…今更ながら悟空育ててる金蝉を尊敬しちまうな」
「まぁ、悟空の場合はある程度育ってから金蝉が引き取りましたし」
「でもスゲェよな」
「ですねぇ」

二人は子育ての大変さをしみじみ噛みしめる。
それでもこのタマゴは自分達の愛の結晶。
「大事に育てねーとな?」
「頑張りましょうね?捲簾お母さん」
「天蓬父さんもちゃーんと手伝えよ?」
愛しいタマゴへ視線を向けて、天蓬と捲簾はくすぐったいような面持ちで穏やかに笑い合った。




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