Attraction Garden


八戒はオートロックを解除すると、悟浄を従えてエレベーターホールへと向かう。
止まっていたエレベーターに二人で乗り込むと、最上階のボタンを押した。
小さく揺れて、直ぐに独特の浮遊感が起きる。
「へぇ〜最上階…つーと、もしかしてペントハウス?」
「さぁ?僕は詳しいこと分かりませんから。もっともこのマンション自体、従兄の持ち物なんですよ」
「へっ!?このマンションの??」
「資産運用の一環なんでしょうかね?この手の物件って空き待ちしている人も結構いるらしくって、部屋によっては20人待ちとからしいですよ。結構家賃高いんですけどね」
「…だろうなぁ。デザイナーズマンションって人気あるから」
悟浄が感心しているとエレベーターが止まった。
扉が開くと、少し離れた正面にスチール製の高いゲートがある。
その奥にドアが見えた。
先を歩く八戒に付いていくと、呼び鈴も押さずに鍵を差し込んだ。
しかもカードキー。
カチッと音がして、ドアロックが解除された。
ノブを掴んで八戒が振り向く。
「…いいですか?驚かないで下さいね…と言っても驚くでしょうけど。このマンションのイメージはこの際捨てて下さい。この中は魔境なんですから」
真剣な表情で念を押す八戒に、悟浄は息を飲んだ。

この先に一体どんな世界が広がっているのか?

ゆっくりとドアが開かれる。
玄関口はかなり広かった。
いや、きっと広かったんだろう。
その玄関と真っ直ぐ垂直に廊下があるのだが、既に垂直じゃなくなっていた。
悟浄は大きく目を見開いて愕然とする。
「…何かに似てると思いません?この風景」
のんびりとした声で八戒が訊いてきた。
広い廊下には大量の本が山を作って、天井付近まで塔を築いている。
しかも廊下のあちこちに点々と。
あんぐりと口を開いたまま悟浄が放心していると、八戒はニッコリと笑いながら悟浄の顔を覗き込んできた。
「テレビの動物番組なんかでサバンナの特集とかやるでしょ?コレに良く似たもの見たことありませんか?」

サバンナって言えばアフリカ。
アフリカでコレに似たモノ?

悟浄は暫し考え込む。
堆く幾重にも重なり天井まで伸びている本の塔。
しかも本の大きさもまるで揃っていないので、かなり不格好だ。
サバンナの風景を、悟浄は頭の中で回想する。
八戒は風景と言ったのだから動物ではないだろう。
と、言うことはサバンナの自然?
ふと、悟浄の脳裏にあるモノが浮かび上がった。
「あっ!?」

もしかしたら。

幾重にも層状に重なって積み上がった塔状。
しかもどれも形は均一でなく、不規則に点々といくつも点在している。
コレによく似た光景を悟浄は知っていた。
「なぁ…もしかして、アリヅカ?」
「そうっ!悟浄よく分かりましたね!だって似てると思いませんか?」
「つーか、何でこんなものが出来あがってんの?」
呆れ返りながら悟浄はしみじみと塔の天辺を見上げる。
あんなところまでわざわざ積み上げる方が面倒だろうに。
「従兄的には、自分が分かるように本を置いてあるらしいんですけどねぇ」
八戒が部屋に上がって、悟浄の分のスリッパを差し出した。
小さく会釈しながら悟浄は上がり込む。
「片づけねーヤツって、み〜んなそう言うんだよ」
「…ですよね。なのでコレも後で崩します」
こんな状況に慣れきっているのか、八戒もそっけない。
ひょいひょいと本の塔を避けて、廊下を進んでいった。
突き当たると左右にスチール製のドアがある。
そのうち左の方に向くと、八戒は勢いよく扉を開け放った。
目の前に広がった光景に、暫し二人とも放心状態に陥る。
「悟浄…あれは何に見えますか〜?」
「そうだなぁ…古墳?」
「あ、悟浄にもそう見えました?」
目の前のリビングには、ドンッと本の山が作り上げられていた。
その高さ1.5mはあるだろうか?
リビングのど真ん中に山は築かれている。
しかも、よくよく観察してみると、山が微妙にだが上下に蠢いている。
一定のリズムで上がったり下がったり。
その状態を眺めて、八戒は深々と溜息を吐いた。
「…また生き埋めになっちゃったんですか」
「えっ?いっ生き埋めーっっ!?」
驚いて八戒に視線を向けると、ガシガシと頭を掻いている。
持っていた買い物袋とデイバッグをその場に置くと、中からエプロンを取りだした。
手際よく身につけると、来ていた長袖シャツの袖を捲り上げる。
正に戦闘準備といった風情だ。
「なぁ、八戒。予備のエプロンってある?」
「え?エプロンですか??」
「そう。この分だと結構埃も凄そうだしさ。本格的に手伝うなら、やっぱした方がいっかなーって」
悟浄が言うと、八戒がぎこちなく視線を伏せた。
「あの…本当に手伝ってくれるんですか?」
「そのつもりで来たんだけど?」
即答すると、八戒は押し黙ってしまう。
ふと視線を落とすと、見る見る八戒の首筋から耳元が朱色に染まっていった。
悟浄の頬に笑みが浮かぶ。
「コレ見ちゃったらさぁ〜?いくら何でも帰るな〜んて言えないって。二人でやった方が能率的だし早く終わるだろ?」
「でも。悟浄だって予定があったんじゃないんですか?折角のお休みが…」
「それは八戒だって同じだろ?それに俺ヒマだって言ったじゃん」
「本当にいいんですか?」
「おうっ!あ、どうせならお駄賃欲しいなぁ〜♪」
ニコニコと笑って、悟浄が掌を八戒へ差し出す。
「お駄賃…えっと時給でってことですか?」
「金じゃないっての。お駄賃つーよりお手伝いのご褒美?」
小首を傾げながら様子を伺ってくる悟浄に、八戒の眉が顰められた。

とてつもなくイヤな予感がする。

「ご褒美って…何が欲しいんですか?」
「えっ!八戒マジでくれるの!?ラッキ〜vvv」
悟浄が喜び勇んで飛び上がるのを見て、八戒が慌てだした。
「まだご褒美が何かも言ってないし、第一上げるとも言ってませんっ!」
強い口調で八戒が告げると、悟浄はわざとらしく両手で耳を塞ぐ。
「ごじょ〜聞こえないぃ〜ん♪」
そっぽを向いて知らんぷりする悟浄を、八戒が上目遣いにジットリ睨んだ。
悟浄がチラッと盗み見る。
微動だにせず睨み続ける八戒に、さすがの悟浄も脂汗が滲んできた。
ご機嫌で跳ね上がっていた真っ赤な触覚が、へにょんと垂れ下がる。
次第に縋るような視線で八戒を伺った。
何だか大きな犬がご主人様に叱られて項垂れているみたいで、八戒は我慢出来ずに小さく笑いを零す。
ピンッと張り詰めた空気が一気に撓んだ。
「もぅ…仕方ないですねぇ。何が欲しいんですか?」
「え?」
悟浄がきょとんと目を丸くする。
「ご褒美いらないんですか?」
八戒の言葉に、悟浄は嬉しそうに破顔した。
どうも八戒は悟浄のこの表情に弱い。
気が付けば引き込まれてしまっていた。
「あんまり無理なこと言わないで下さいね」
いちおう釘を差すことは忘れない。
悟浄は腕を組んで考え込んだ。

しかし、あくまでも振りだった。
そんなもの、とっくに決まってる。

「じゃぁさ、八戒から俺にチュウして?」
「なっ!?」
八戒の顔が真っ赤に紅潮した。
そこらへんの反応は予測済み。
ちゃんと妥協案も出してみる。
ご褒美自体却下だけは阻止したい。
「どこでもいいから、軽ぅ〜くでいいよ?まぁ、俺としては濃厚なディープキスでもむしろ大歓迎だけどー?」
「そんなこと出来る訳ないでしょうっ!」
「だ・か・ら!唇チョコッとくっつけてチュッでもいーよ?それぐらいなら普段も子供達にしてるだろ?」
「それは…そうですけど」
悟浄は八戒の防御が緩んだのを見逃さなかった。
「んじゃ、ご褒美貰えるように頑張らないとな〜♪八戒、エプロン貸して?」
さり気なく話を逸らし、絶妙なタイミングでご褒美の件は決定事項にしてしまった。
キッチンから戻った八戒が、悟浄へとエプロンを手渡す。
「さてと。とりあえずコレをどうにかしないことには始まんねーよな?」
相変わらず目の前の山は上下にユラユラ揺れていた。
「さっきから気になってるんだけど…何でコレ動いてんの?」
「生き埋めになってるって言いましたでしょ?そのまま寝てるんですよ」
「…こんな状態でか?」
思いっきり悟浄は呆れ返る。
「とにかく、下の方に埋まってると思いますから。ざざっと手荒に崩しても大丈夫ですから」
「まぁ、この状態で爆睡してるんだからそうだろうな。んじゃ、いっちょやっつけますか!」
悟浄が腕を伸ばして、山の頂上から手前に本を掻き落とした。
ドサドサと崩れ落ちる本を、八戒が数冊ずつ端に綺麗に積み直す。
暫く繰り返していると、本の隙間から腕が出てきた。
「あ、発掘〜」
身体に積み重なっている本を取り払うと、漸く全身が現れる。

白い肌に、細い首筋。
艶やかな髪が肩へと流れていた。
瞳は閉ざされていたが、一目見て秀麗な面差しだと分かる。
従兄と言うだけあって、八戒に雰囲気が似ていた。
それだけでかなりの極上美人だ。

急に本が退かされ明るくなったからか、瞼が震えてゆっくりと瞳が見開いていく。
吸い込まれそうな程澄んだ瞳の色。
焦点を結んでいない視線が悟浄へと向けられた。
その容貌はゾクリと震えが走るほどに艶麗だ。
何だか危険で、甘い毒を含んでいる雰囲気さえ感じる。
数度瞳を瞬かせると、その焦点が次第に合って強く鋭いモノへと変わった。
ゆっくりと身体を起こすと、目の前の悟浄を伺う。
「ようやっとお目覚めですか」
端から聞こえた声に首を向けた。
「あれ?八戒来てたんですか?」
「来なきゃずっと生き埋めになったままでしょう。あれほど本は積み上げないで下さいって言ってるのに!」
「また雪崩を起こしたんですか〜、あははは」
「笑い事じゃないでしょう…」
八戒は額に手を当てて愚痴を零した。
ふと従兄は視線を正面に戻す。
「で?こちらはどちら様で?」
身体を起こすと、雪崩れ本の上に膝立ちになって悟浄を観察し始めた。
「僕の勤め先の保育園に通ってる園児さんの身内の方ですよ」
八戒の紹介に小さく首を捻る。
「…何で八戒と一緒にそんな人がココに居るんですか?」
「あ、俺八戒の恋人候補で悟浄って言いまーっす♪ヨロシクお願いしまっすvvv」
「ごじょーっっ!!!」
慌てて八戒が悟浄の口を掌で塞いだ。
「へぇ?八戒もそんなお年頃なんですねぇ」
「ちっ…違いますっ!僕はまだ―――」
「真剣にお付き合いをして、ゆくゆくは八戒をお嫁さんに貰おうかと」
「悟浄ってばーーーっっ!!!」
真っ赤になった八戒が悟浄を背中から羽交い締めにして、強引に口を塞ぎ直す。
「…八戒がお嫁さん?」
不思議そうに従兄は首を傾げる。
再度しつこいほどに悟浄の全身を観察すると、何かを納得してうんうんと頷いた。
「どちらかと言えば、ソッチの彼の方が八戒のお嫁さんってカンジですよねぇ〜何だか可愛いし」
従兄の爆弾発言に二人の身体が硬直する。
ギクシャクと悟浄は本雪崩に正座している男を振り返った。
「ドコをどー見れば、俺が八戒のお嫁さんなんかになるんだ?」
頬を引きつらせて悟浄が睨め付ける。
「え?だってメチャクチャ可愛い顔してますし、美味しそうな身体してますよねぇ。さぞかしイイ声で啼いてくれるんだろうな〜って思いまして?」
男は躊躇もせずに、卑猥な感想をキッパリと言い放った。
さすがに悟浄も、あまりの羞恥で憤死しかける。
「もうっ!天ちゃん、いい加減にして下さいっ!!」
堪りかねて八戒が怒鳴りつけた。
「………天ちゃん、だって?」
聞き覚えのある呼び名に、悟浄が驚いて目を見開く。
どこか困惑したまま、目の前の極上美人を呆然と見つめ返した。


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