Attraction Garden


悟浄は目の前の男をじっくりと観察する。
捲簾情報で言うところの、『超絶極上美人。』

うん、確かにそれは俺も認める。

『妙に抜けてるところとか何だか可愛いし、つい構いたくなる。』

まぁ、本雪崩の生き埋めになるぐらいだしな。
八戒みたいな世話好きなら構いたくなるだろうけど…あ、ケン兄もそっか。
でも可愛いかぁ??

『すっげぇ常識ハズレでプッ飛んでる。』

うんうんっ!力一杯納得。
部屋をサバンナにするだけでも相当だけど、本雪崩れに巻き込まれて尚かつ熟睡出来る神経だもんな〜。

『何やら胡散臭い雰囲気。』

…よく分かんねーけど、表面と内面が噛み合ってないような。
何だか言われてみれば胡散臭さプンプンだ。

と、ここまで捲簾の話を照合して、悟浄は恐る恐る確認する。
「なぁ?さっき八戒に訊いたんだけど、アンタ医者なんだって?」
「…そうですけど?」
「もしかして、小児科だったりしちゃう?」
「何で分かるんですか?」
「あー…ビンゴだ〜」
悟浄が天井を見上げながらぼやいた。
天蓬も訳が分からず、首を傾げる。
「じゃぁさ…アンタ捲簾って知ってる?」
「…捲簾、ですか?」
初対面の男からいきなり出た思いもよらない名前に、天蓬は探るような視線を向けた。
その視線の凶悪さに悟浄は肩を竦める。
「俺を威嚇したって意味無いんだけどぉ?」
おどけながら悟浄が口端を吊り上げた。
あからさまな嫉妬を向けられて、悟浄は小さく溜息を吐く。

確かに胡散臭いわ、この兄ちゃん。
ケン兄にはちょーっと手強いかもなぁ。

暢気な感想を思い浮かべていると、天蓬が身を乗り出してきた。
「貴方、捲簾とはどういう関係なんですか?」
「俺?捲簾の弟でーっす!正真正銘血ぃ繋がってるぜ?」
「弟…さん?」
「そ。似てるっしょ?俺ら」

言われてみれば。
確かに目元や口元、ちょっとした仕草なんかは似ているかも知れない。

「成る程…弟さんねぇ?」
天蓬を取り巻く雰囲気が、先程よりも一気に凶悪さを増した。
思わず悟浄は後ずさってしまう。
それを許さず、天蓬はいきなり悟浄の手をガシッと両手で握り締めた。
「…折り入ってご相談があるんですが?」
「なっ…何でございましょう??」
悟浄が顔を強張らせながら身体を引くが、天蓬はもの凄い力で握った手を自分の方へと引き寄せる。
真剣な表情で、これでもかっ!という程顔を近寄せてきた。
「何卒、ココで見聞きしたことを、捲簾には内密にお願いしますね?」
花が綻ぶような鮮やかな笑みを浮かべ、天蓬が悟浄の瞳を覗き込む。
ソノ気がなくてもあまりの美麗さに、悟浄はつい息を飲んだ。
「僕は今、捲簾をタラシ込んでいる最中なんです。余計なお節介をされると計画が狂ってしまいますからね♪」
「ケン兄をタラシ込む…」
綺麗な顔をしてとんでもないコトを口にする。
悟浄の額に冷や汗が滲んできた。
「…約束して頂けますか?」
可愛らしく小首を傾げて天蓬が念を押すと、悟浄がはっと我に返る。
「え〜?どーしよっかなぁ〜」

こんな面白いことを黙ってるなんてツライ。

はなっから捲簾に言う気満々の悟浄は、わざとらしく悩んでる振りをした。
そこで、天蓬の瞳の色が変わる。
「もちろん…お願いするからにはタダ、とは言いません」
「別に俺金なんかいらねーし?」
ニヤッと悟浄が口端を上げた。
金なんか稼げばいいだけだ。
しかし、こんな面白いことは金を出したって買えない。
捲簾がもし天蓬の本性を知ったら。
その先を想像するだけで、笑いが込み上げてくる。
余裕の表情で悟浄が居ると、天蓬の双眸がすっと眇められた。
「八戒魅惑のセクシー生写真…欲しくないですか?」
「絶対、他言いたしませんっ!」
「チョット待って下さいっっ!!!」
二人の間に八戒が割り込んでくる。
「僕のセクシー生写真ってなんですかっ!いつそんなモノ撮ったんです!?」
八戒はもの凄い形相で天蓬に詰め寄った。
ふと、天蓬が視線を逸らす。
「八戒って隙が無いんですけどねぇ…シャッターチャンスって、案外どんな時にでもあるモノなんですよ?」
天蓬がぼそっと呟くと、見る間に八戒の表情が顔面蒼白になっていった。
「どこにあるんですかっ!全部出しなさい!処分しますーっっ!!」
八戒は天蓬の襟首を捕まえてガクガクと揺さぶる。
「い・や・で・すぅ〜♪こんなコトもあろうかと秘蔵していた貴重品なんですからね〜」
「一体どんなことですかっ!!天ちゃん、貴方って人はああぁぁっっ!!!」
八戒が羞恥と怒りで真っ赤になりながら天蓬を罵った。
「まぁまぁ、八戒落ち着けよ」
悟浄が口を挟むと、八戒が思いっきり睨み付けてくる。
「悟浄っ!天ちゃんから写真なんか貰わないで下さいね!」
「あ、それは嫌。すっげぇ欲しいも〜ん♪」
「悟浄ぉー…」
情けない顔で八戒が床にへたり込んだ。
悟浄はポンポンと八戒の肩を叩いて慰める。
「だって生唾モン八戒のセクシーショット…独り寝の寂しい夜にはソレをオカズに〜」
「しないでくださいっ!!!」
「え〜?何でぇ〜??」
「何でもですっ!」
「八戒ってば照れちゃって…もぉ〜可愛い〜んvvv」
ドサクサ紛れに悟浄が八戒を抱き締めた。
すかさず鉄拳が頬にお見舞いされ、悟浄が吹っ飛んだ。
「いいですねぇ…ラブラブ仲良しさんで」
本の山に凭れて、天蓬がのほほんと呟く。
「どこがですかっ!もう、天ちゃんもヘンに悟浄を煽ったりしないで下さいよ」
「悟浄ク〜ン、生きてるかな〜?」
「…どうにか」
頬を抑えてヨロヨロと悟浄が起き上がった。
「あぁ、そうだ。もし、捲簾の耳よりプライベート情報を提供してくれれば、情報のグレードによって、写真のセクシー度もアップしていきますからね〜♪」
「任せてくださいっ!天蓬サマァ〜♪」
すっかり悟浄はエサで天蓬に手懐づけられている。
「天ちゃん!悟浄もっ!いい加減にして下さいっっ!!」
ふと、何か思いついたのか、悟浄が八戒を振り返った。
じっと見つめられると何だか居心地が悪い。
八戒が不信感露わに眉を顰めると、悟浄がポッと頬を染めた。
「何だったら、八戒にも俺のセクシープライベートショットあげよっか?」
悟浄は恥ずかしげに床にのの字を描く。
プチン、と八戒の脳裏で神経の切れる音がした。
八戒はニッコリと極上笑顔を悟浄に向ける。
「そうですか、是非とも下さい。そ〜んなにお望みなら、毎晩毎晩写真の貴方の顔に向かって、思う存分顔射して差し上げますよ」
八戒らしからぬ下品発言に、悟浄が驚いて言葉を無くした。
そのまま硬直して動かない。
「悟浄、ど〜しましたか〜?」
意地悪く頬笑んだまま、悟浄の顔を覗き込む。
すると悟浄は突然勢い良く立ち上がった。
「ちょっと…トイレ借りたいんだけど」
「玄関右側1番目の扉ですよ」
天蓬が教えると、悟浄は猛ダッシュでトイレに駆け込んだ。
廊下から本が崩れる轟音が聞こえてくる。
八戒は呆れて頭を抱えた。
「全く…何を想像してるんだか」
「何でしたら貴方も入って、クチでお手伝いでもしてきたらどうですか?」
「天ちゃんと一緒にしないで下さいっ!」
憤慨しながら八戒がキッチンへと消えていく。
「…僕はまだ捲簾にそこまでシテませんけど?」
リビングに取り残された天蓬が、暢気に一人言ちた。






「ふぅ…どうにかまともな部屋に戻りましたね」
八戒は汗を拭うと、満足げに室内を見回した。
煙草のヤニで変色していたスチール製の壁も、元の光を取り戻す。
大量の本も本棚へと戻され、入りきらない分はきちんと紐で括って纏めた。
カビでダルメシアン柄になっていた風呂の壁も、白く清潔な色へと元通り。
使っていないせいで埃の膜を作っていたキッチンも、ピカピカに輝いていた。
窓もヤニを落としたせいか、室内まで陽射しが入って明るい。
確認して頷くと、八戒は後方を振り返った。
悟浄が肩で息をしながら、床へと座り込んでいる。
トイレから戻った悟浄を、八戒はキレたまま遠慮無くコキ使った。
「お疲れさまでした。今お茶の用意しますね」
「その前に…水くんねーかな」
「ちょっと待ってて下さい」
八戒が苦笑しつつキッチンへ向かう。
「天ちゃん。折角纏めた本、崩さないで下さい」
「………え?」
掃除の邪魔だとリビングの端に追いやられていた天蓬は、既に紐を解いて本を眺めていた。
目の前に置いた灰皿は、山を作った吸い殻で溢れかえっている。
床にも灰を落としまくっていた。
八戒は近づくと灰皿を取り上げ、持っていた雑巾で床を拭う。
そのまま灰皿をキッチンへ持っていき、丁寧に洗うと水と一緒にリビングへ戻った。
ドンッと乱暴に灰皿を床へ置くと、座り込んだまま動かない悟浄の元へ行く。
「はい、お水」
「さんきゅ〜」
悟浄が一気にグラスを呷った。
「あー…すっげ旨い」
「すみません。結局全部手伝って貰っちゃいましたね」
「それはいいんだけどさ。でも八戒一人でやろうとしてたんだろ?俺が居るからこの時間で終わったけど」
「そうですね。いつもなら終わる頃には、すっかり外が真っ暗になってますから」
「いや、今日中に終わる方が不思議だって」
悟浄が苦笑する。
「天ちゃん灰。落ちますよ」
「あ…ああ」
本に没頭してるのか、返事も曖昧だ。
視線を本から上げない。
「いつも本を読み出すとああなんです」
「…ホント変わってるよなぁ」
悟浄は天蓬をしげしげと眺めた。

マジで、手強いかも。
ケン兄大丈夫かなぁ。

真相を知らずに舞い上がっている兄を思い浮かべて、悟浄は小さく溜息を零す。
でも考えようによっては結構似合いかも。
相当大変そうだけどなぁ…。
悪い、ケン兄!
不甲斐ない弟を許してくれ。
賄賂ですっかり懐柔された悟浄は、心の中でひたすら捲簾に手を合わせた。


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