Attraction Garden |
そろそろ昼の時間になる。 捲簾は事務所で落ち着かなげにソワソワとし始めた。 先程から何度も、充電器に差し込んだままの携帯に視線を向けている。 「主任、どうしたんですか?さっきから携帯眺めながら、溜息なんか吐いちゃったりして。取引先で何かトラブルでも?」 後ろを通りかかった部下が、不思議そうに話しかけてきた。 「へ?あ…違う違う。そんなんじゃねーよ」 慌てて捲簾は愛想笑いを浮かべて手を振る。 意識していなかったが、相当舞い上がっていたようだ。 天蓬からの電話を待ち侘びすぎて、全然落ち着かない。 すると部下は、書類を抱え込んだまま思案し始めた。 「週の頭っから、ましてや昼の時間にデートのお誘い…な訳ないですよね〜」 ギクッ。 捲簾の肩が小さく揺れる。 「あっはっはっ!んな訳ねーだろ〜?第一、昼にあってどーすんだっての!」 焦って言い返すが、捲簾は微妙に視線を逸らした。 まだ口説き落としてもいないのに、変な横槍は入れられたくない。 ましてや相手は男なのに。 「でもよくランチ合コンとかしてるヤツラもいるでしょ?まぁ、主任に限ってそんなことないか。何たって『下半身、夜の帝王』だし?」 「お前は一言余計なんだよっ!」 捲簾は部下の腹を軽く小突いた。 どうにか部下を追い払って安堵すると、充電器から携帯を外して手に取る。 その途端、掌にマナーモードの振動が伝わった。 すぐに通話ボタンを押す。 「もしもし?」 『あ、天蓬です〜。今日は事務所でお仕事ですか?』 「うん、そう。今日は1日デスクワーク」 『よかった…じゃぁお昼ご一緒できますね』 「何?そっちはもう終わった?」 『ええ。午前中は会議で、診療は午後からなんです。捲簾の方は時間大丈夫ですか?』 「俺はへーき。じゃぁ、すぐ出れる?」 『これから病院出ますから』 「そっか。じゃぁ下で待ってる」 『5分ほどで着けると思いますので』 「うん、分かった。じゃーな」 『ええ、後ほど』 通話を切ると、つい嬉しさで笑いが込み上げてきた。 捲簾は鞄から財布を取り出して上着を羽織る。 「んじゃ、俺昼食ってきます」 向かいにいる上司へ声を掛け、席を離れた。 「な〜んだ。やっぱデートじゃないんですかぁ?」 資料を棚に戻していた部下が、ニヤニヤと捲簾を眺めてからかう。 「んなんじゃねーよ、バァ〜カ」 「またまた〜」 「ホントだって。相手男だし」 「…何だ、そうなんですか」 部下は棚に懐いてガックリ項垂れた。 あわよくば、オンナを紹介して貰おうという魂胆がミエミエだ。 「んじゃ、おっ先〜♪」 部下の肩をポンッと軽快に叩いて、捲簾は上機嫌で事務所を出て行く。 「じゃぁ、何であんなに嬉しそうなんだろ?」 理由が分からず、部下は頻りに首を捻った。 エントランスホールのソファで一服していると、白衣姿の男がのんびりと捲簾に向かって歩いてきた。 「お待たせしちゃいましたか?」 天蓬は申し訳なさそうに苦笑する。 煙草を灰皿に押しつけ、捲簾も直ぐに立ち上がった。 「いや?一服してたからそうでもねーよ。そんじゃ行こっか。今日は何が食いたい?」 「え?でも僕に合わせてばかりじゃ…」 「何言ってんだよ。天蓬の栄養管理で昼飯食うんだから、どうせならお前が食べたい物の方がいいだろ?俺の食生活は大丈夫だし」 「何だか気を使わせてるみたいですねぇ」 「俺が好きでやってることだから、天蓬が気にすることないだろ?」 「え…あの、好きでって」 驚いた天蓬が捲簾を見上げる。 妙な天蓬の反応に、捲簾は自分の言葉を思い返して真っ赤になった。 「うわっ!違う違うっ!そーゆー意味での好きじゃなくって!!」 焦りまくった捲簾がしどろもどろに言い訳をする。 「あ…そう…ですよねぇ。何か変な勘違いしちゃって」 少し寂しげに微笑むと、天蓬は俯いてしまった。 捲簾の心臓がドクンと跳ね上がる。 何?何だよその反応はっ! あれ?もしかして…すっげぇ都合の良いこと考えちゃってもいーのか!? そうなのかっ!? 内心バクバクに鼓動を高鳴らせて、捲簾が息を飲んだ。 「天蓬…あのさ…」 さり気なく天蓬の方へと腕を伸ばす。 触れて引き寄せようとすると、突然天蓬が顔を上げた。 「あっ!僕今日は中華がいいです。飲茶みたいなランチメニューってありますかね〜?」 いきなり話を振られて、延ばし掛けた手が彷徨ってしまう。 諦めて腕を下ろして、捲簾がガックリと項垂れた。 何だよぉ〜もうっ! あの雰囲気は何だったんだ!? 俺の勘違いかよぉっ!! 「捲簾?どうしました?中華はお好きじゃありません??」 ショックでちょっと涙目になっている捲簾の顔を、天蓬が心配そうに覗き込む。 「あ…いや、中華ね。いいよ。それだったら向かいのビルに、点心が旨い中華料理屋があるな。確かランチコースもやってるはずだし。そこでいい?」 捲簾は開き直って、天蓬が好きそうな提案をした。 天蓬も嬉しそうに頷く。 「じゃぁ、行くか〜」 先に歩き出した捲簾の腕を、天蓬が突然引き寄せた。 「ん?どうした??」 捲簾が振り向くと、天蓬がはにかんだように微笑んでくる。 腕を掴んだ掌がするりと降りて、捲簾の掌をギュッと握り締めた。 「…ありがとうございます」 うっすらと頬を染めて俯く天蓬に、捲簾は思いっきり視線を奪われる。 ここが公衆面前でなければ、そのまま抱き締めて押し倒してるところだ。 しかし、現実に実行したら大馬鹿な犯罪者になってしまう。 捲簾は理性を総動員して、ぐっと耐えた。 何でもない顔をして、自分の最大の武器であるフェロモン全開な眼差しで微笑む。 「言ったろ?天蓬が気にすることなんかないって。俺も結構楽しいし」 「そうですか…よかった」 天蓬は上目遣いに捲簾を伺い、安堵の溜息を零した。 その表情の妖艶なこと。 危うく捲簾の理性が焼き切れるところだった。 「早く行きましょう!ね?」 ニッコリと笑顔を見せると、天蓬は手を握ったまま捲簾を引っ張る。 「うわっ!てっ…天蓬!あのっ!!」 さすがに大の大人が、しかもヤロウ同士なのに、お手手を繋いで雑踏を仲良く歩くのは恥ずかしい。 しかし捲簾は自分から手を解こうとはしない。 真っ赤になって狼狽えていると、天蓬が振り向いて気付いた。 「あ、すみません。何だかはしゃぎすぎですよね、僕」 苦笑しながら、そっと手を離す。 いや、可愛いから全っ然オッケーなんだけどさ。 あーっ!もうっ!!さっさと天蓬をどうにかしてぇ〜〜〜っっ!!! 捲簾は心の中で悶えまくった。 天蓬はリクエスト通りの飲茶ランチセットを頼んで、カニ蒸しシュウマイを嬉しそうに口に運ぶ。 「おいしいですぅ♪」 「だな。値段の割りに結構ボリュームもあるし」 もくもくとエビチリを食べながら、捲簾も頷いた。 ふと、天蓬の箸が止まる。 「そういえば…一昨日弟さんにお会いしましたよ?」 「へっ!?悟浄に?何で??」 驚愕のあまり、捲簾はポロッとエビを取り落とした。 「いえね?僕の従兄と一緒にうちへ来たんですよ〜」 「天蓬の…従兄?」 「あ、捲簾も知ってるのかな?八戒って、簾クンの保育園で保父やってるんですけど」 捲簾はまん丸く目を見開く。 八戒と言えば、悟浄が熱烈アタックをかましている相手だ。 しかも天蓬の従兄ぉ!? いや、その前に。 「…何でうちの弟が天蓬の家に?」 週末に悟浄とは会ったが、特に何も言ってなかった。 捲簾は嫉妬でこめかみが引き攣る。 ア〜イ〜ツ〜ッ!! 何でんな大事なこと言わねーんだよっ!! 俺がコイツに惚れてるの知ってる癖にっ!! アノヤロー、帰ったらぜってぇシメるっ!!! 胡乱な表情でエビを見つめていると、天蓬が話を進めてきた。 「従兄の八戒と近所で偶然会ったらしいんですよ。八戒は丁度、僕の家の本整理に来てくれるところで。いやぁ〜悟浄クンにもお手伝いして貰っちゃって助かりました」 ニッコリ天蓬が微笑むと、捲簾の機嫌がますます急降下する。 次第に目が据わってきた。 悟浄のヤツ〜! 俺でさえ天蓬の部屋なんか行ったことねーのにっ! 何でアイツが俺より先に…チクショーッ!! 理不尽だとは分かっているが、怒りが込み上げてきて仕方ない。 「それで、折角人数がいるから八戒がみんなで鍋を囲もうって訊かなくって。何だか悟浄クンを無理に引き留めてしまったみたいで」 「あー?そうなんだ〜へぇ?」 適当に相槌を打つと、怒りが押さえきれずにエビチリの皿をグチャグチャと掻き回した。 「捲簾?どうしたんですか??」 様子がおかしいことに気付いて、天蓬が首を傾げる。 捲簾は視線を合わせることなく、俯いて拗ねまくった。 「人数が多い方がいいならって。僕、捲簾の携帯に電話したんですけど…繋がらなくって」 「え…天蓬、携帯に電話くれたの?」 「はい。夜7時ぐらいだったんですけど、電源が入ってなかったようで。何回かかけ直したんですよ?」 「7時…一昨日…あーっ!そのころ車運転してたから電源切ってたんだぁ〜」 タイミングの悪さに捲簾が頭を抱え込んだ。 折角、天蓬の部屋に行けるチャンスだったのにっ! 「そうしたら悟浄クンが、もしかしたら簾クン連れて遊びにでも出かけてるんじゃないかって」 「うん…久々にゆっくり休み取れたから、簾連れて水族館に行ってたんだ」 「そうだったんですか。じゃぁ、僕お邪魔しちゃうところでしたね」 天蓬が苦笑する。 確かに簾はすっごく喜んでくれた。 父親としてかなり嬉しい。 が。 俺は男であってオスでもあるんだからなっ! 「うん…まぁ…そっかなぁ〜あっはっは」 力の抜けた声で捲簾が笑った。 天蓬は少し考え込む。 「ねぇ、捲簾。金曜日の夜って、時間開いてます?」 「え…?」 「金曜に僕1日学会で、解放されるのが夜なんですよ。ちょっと戻れそうもないので、泊まろうと思ってるんですけど、時間があるなら捲簾も来れないかなーって。そのホテルのショットバーが結構いいんですよ…イヤですか?夜にわざわざ出てくるの?」 上目遣いで天蓬が伺うと、捲簾は大きく首を振った。 「いやっ!そんなのは全然大丈夫っ!金曜も開いてるからっ!!」 「本当ですか?じゃぁ、学会が終わったら電話してもいい?」 「えっと…学会って大体何時ぐらい終わる?俺の方が早く仕事上がったら、そっちに向かうから」 先程とは打って変わって、今にも踊り出しそうなほど上機嫌で捲簾が訊いてくる。 天蓬は予定を思い出すように、視線を上へ向けた。 「そうですねぇ…懇親会終わるのが8時ぐらいですかね」 「そっか。じゃぁ会社出る時にメール入れる」 「あ、ありがとうございます」 天蓬が嬉しそうに微笑んだ。 「ちょっと…悪ぃ!トイレ行ってくる」 捲簾は立ち上がると、早歩きで席を離れる。 トイレに飛び込み、慌てて個室へ綴じ籠もった。 「やりーーーっっ!!念願の天蓬とデート!しかもホテル〜vvv」 どうにも叫びたくて、我慢出来なかったらしい。 これはもしかして、もしかすると? 捲簾は便座に腰を下ろして色んな妄想をしまくり、一人ジタバタと悶え暴れた。 |
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