Attraction Garden |
「…何ですか?その顔」 「ちょぉ〜っと男前が上がり過ぎちゃって〜」 朝のお見送りラッシュに現れた悟浄の顔を見て、八戒はまん丸く目を見開いた。 腫れ上がった頬には湿布、瞼や口元は血が滲んで絆創膏が貼ってある。 「あのね〜ごじょちゃん、パパにボコボコってブッたりケッたりいっぱいされたの〜」 何も事情を知らない簾が、無邪気に報告した。 「えーっと。簾クンのパパっていうと…」 「俺の兄貴」 「もしかして…天ちゃんが関係してるんですか?」 八戒が頬を引きつらせて確認すると、悟浄が憮然とする。 「八戒の従兄…ありゃ悪魔だな。きっと腹ん中は真っ黒でドロドロしてるんだっ!」 「………。」 暴言を吐き捨てる悟浄に、何故だか八戒も否定はしなかった。 確かに、その通りだ。 昔から天蓬は質が悪い。 野放しにすると、ロクでもないことを企てたりしでかしたり。 ところが、何分あの美貌だ。 ニッコリと微笑むだけで、大抵の人間は性別年齢関係なく、コロッと面白いぐらい騙される。 どんなことでも大抵のことは許されてしまう。 勿論、天蓬は確信犯だ。 外面だけは鉄壁なせいで、言い寄ってきた連中にも気紛れか、相当ヒマならある程度付き合うが、見限る時は恐ろしいぐらい冷酷無情に振る舞う。 天蓬の傍若無人な言動をまともに受けて振り回され、心身共にボロボロにされた連中を八戒は何人…いや何十人も見てきた。 だから。 八戒は先日の天蓬の言葉が気がかりだった。 『僕は今、捲簾をタラシ込んでいる最中なんです。』 ああいう時の天蓬は危険だ。 心底相手を陥れる行為を楽しんでいる。 しかも天蓬が執心なのが、受け持ち園児の父親なんて。 何事もなければと危惧していたのだが。 早速何かしでかしたようだ。 悟浄がふて腐れながら門に寄りかかる。 「天蓬のヤツ!俺にはケン兄に黙ってろって言った癖に、この前のこと自分からホイホイしゃべってんだぜ?しかも都合の悪いところだけ省いて」 「は?えっと…その事で何故悟浄が殴られるんですか?」 八戒には関連が分からない。 「あれ?言ってなかったっけ??」 「何がですか?」 「うちのケン兄…天蓬に惚れてんの。だから俺が天蓬の家に行ったの知って、嫉妬バクハツでこーなった訳よ」 「………何ですって?」 今のは空耳だろうか。 予想外の告白に、天蓬は金縛りにあった。 背筋を冷たい汗が伝い落ちる。 まさか。 まさかそんなことがっ! 僕ってイヤな予感ほどバッチリ的中しちゃうんですよねぇ〜あははは。 って、笑い事じゃなくって!! 「あのね〜、パパって天ちゃんセンセーが大好きなんだって〜♪」 またもや簾の無邪気な一言に、八戒は雷が落ちたような衝撃を受ける。 「そんなのダメですっ!悟浄も何暢気に見守ったりしてるんですかっっ!!」 「んー?だって俺口止めされてるし〜」 「口止めって…貴方のお兄さんが不幸になってもいいんですか!?」 身内だからこそ八戒の天蓬評は辛辣だ。 悟浄はひょいっと肩を竦めた。 「まぁ、所詮他人事だろ?恋愛沙汰なんてさ。結局周りが何言ったって聞き入れやしねーよ。それにああ見えてケン兄も似たり寄ったりだし?」 「似たり寄ったりって…天ちゃんみたいな人がこの世に二人も居るなんてっ!」 「いやいや、あーいう生態のコト言ってる訳じゃないって。そうじゃなくってだな…ケン兄も結構図太いし、仮に天蓬にタラシ込まれてオチたりしても一筋縄ではいかないってゆーか?ケン兄も恋愛事には質悪ぃからなぁ」 「…そうなんですか?」 「ま、身内の俺が言うんだから。俺結構人を見る目はあるつもりだけど、天蓬とケン兄って案外似たもの同士な匂いが…」 悟浄が腕を組んで唸る。 八戒はただ呆然と悟浄を見やった。 「何かそれ…ハブ対マングースってことですか?」 「お?そんなカンジ!ケン兄はヤラれたらヤリかえす主義だし」 「疲れそうなカップルですねぇ…」 八戒は未だ捲簾に会ったことがない。 捲簾が仕事前にお見送りに来る時間は、閉門間際が多かった。 その時間になると、八戒は園児達を集めて室内に入っている。 「僕はまだお会いしたことがないんですよ」 「え?そうなの??」 相槌を打って、八戒はエプロンに懐いている簾を見下ろす。 「ふーん…そっか。でも、そんな顔だぜ?」 悟浄はニッコリ笑って簾を指差した。 「そんな顔って…簾クンに似てるんですか?」 「いや、似てるどころじゃなくってソックリ。簾がデカクなったら間違いなくケン兄になるってぐらい」 「ごじょちゃん、レンっておっきくなったらパパになるの?」 不思議そうに簾は小首を傾げる。 「おうっ!ケン兄みたいに男前になるぞ〜♪」 「わーいっ!レンおとこまえ〜♪」 嬉しそうに簾が飛び跳ねてはしゃいだ。 「ちょっと悟浄…簾クンに変なこと言わないで下さいよ。小さい子は何でも真似しちゃうんですからね」 八戒は悟浄を睨んで釘を差す。 「え〜?俺の真似したらオンナにモテモテだぞぉ〜?よかったな、簾♪」 「モテモテってなぁに?」 「お?モテモテっつーのはな〜」 「ごぉ〜じょおおぉぉ〜〜〜」 地を這う声音で八戒が唸った。 「簾、お子様にはまだ早いってさ」 「え〜?そうなのぉ〜つまんなぁ〜い」 「違いますよ?簾クンみたいなお利口さんには関係ないんですよ〜」 「やるな八戒…上手く丸め込んで」 「ちょっと、人を詐欺師みたいに言わないで下さいよ」 指を伸ばして八戒が悟浄の頬をムニッと抓る。 「イデッ!口切れてんだからぁ〜」 「ああ、丁度良いですね。そんなに痛いなら、貴方は当分口開かない方がいいですよ」 「八戒ってば冷たいぃ〜」 「大体いつまで居るんですか。大学あるんじゃないんですか?」 「いや、俺には授業より、八戒との楽しい一時の方が全然大事だから」 悟浄は嬉しそうに微笑んだ。 八戒の頬が僅かに紅潮する。 「…誰にでも言ってるんでしょ?何たって悟浄はおモテになるようですから」 照れくささを誤魔化すように、八戒は憎まれ口を叩いた。 「んー?おモテにはなりますけど〜こんな恥ずかしいコト、八戒にしか言わないぜ?つーか言う気ねぇし」 双眸を和らげて悟浄が見つめてくる。 八戒はますます頬が熱くなり、困って俯いた。 ヨシヨシ。 いい感じになってきたなぁ〜♪ 「あ、そうだ。八戒、土曜のことなんだけどさ」 「は?土曜って何ですか??」 「何ですかって…お〜い」 悟浄はヨロヨロと門にしなだれかかった。 「デートしようって約束したじゃんかよーっ!」 思いっきり膨れっ面で悟浄がごねると、八戒が胡乱な視線を返す。 「そんなの悟浄が勝手に決めたんでしょ。僕行くなんて言ってませんもん」 「八戒ってばヒドイッ!俺の純情を弄んだのねええぇぇっ!!」 「何馬鹿なこと言ってんですか。それで土曜がどうしたんですか?」 「あ、そうそう。土曜じゃなくって日曜に変えても平気かなーって。週末三連休じゃん?日曜でも翌日ゆっくりできるしvvv」 上目遣いで悟浄が伺ってくる。 「何か…もの凄ぉ〜くイヤな下心を感じるんですが?」 「え〜?そんなことないもぉ〜ん。いやん、八戒のエッチvvv俺的には大歓迎だ・け・ど〜♪」 無言で八戒が悟浄の額にビシッとデコピンをおみまいした。 「イデッ!痛ってぇよソレ!!」 涙目になって悟浄は額を押さえる。 「自業自得です」 不信感露わな八戒に取り付く島もない。 ブツブツと拗ねながら、悟浄は簾を抱き抱えた。 「土曜はさ、簾の面倒見なきゃならなくなってさ」 「簾クンの?お父さんお休みじゃないんですか??」 「パパね〜お出かけなの〜」 「…お出かけ?」 八戒が問い返すと、悟浄が苦笑する。 「金曜の夜に天蓬とデートなんだってさ〜。当然ケン兄としては泊まる気パンパン。で、訊かなくたって天蓬の方もだろ?ちゃっかりホテル取ってるらしいし」 「何時の間にそんな親しく…僕この前の土曜日に、初めて天ちゃんから捲簾さんのこと訊いたんですよ?」 「アッチもコッチも海千山千ってな。俺だってケン兄から訊いてそんな経ってねーよ。もっとも相手が八戒の従兄だとは予想も付かなかったけどさ」 「僕だって…まさか簾クンのお父さんとお付き合いしてるなんて」 「いや、まだお付き合いはしてないみたいよー?だからケン兄も張り切っちゃって」 昨夜帰宅した途端、悟浄はいきなり捲簾の奇襲を受けた。 その後、悟浄はデレデレと浮かれまくった兄の惚気を、眠さで気絶するまで散々訊かされたのだ。 絶対金曜にキメる気だと、悟浄は踏んでいる。 「僕…天ちゃんに釘差した方がいいのかなぁ。何だか無茶しなきゃいいんだけど」 八戒が心配そうに簾の顔を眺めた。 「は?無茶って??」 「天ちゃんって、あー見えてケダモノらしいんで。まぁ、僕も天ちゃんに弄ばれた方々の泣き言で知ったんですがねぇ」 大きく溜息を吐いて八戒が視線を上げると、何故か悟浄は硬直している。 「どうしたんですか?悟浄??」 「天蓬がケダモノ…だって?」 「ええ。あの人見境無いですから。以前、天ちゃんに捨てられるぐらいなら死んでやるって、自殺未遂までした男の人もいましたし。周りは大騒ぎでしたけど本人は知らんぷりで。で、助かった人に対して天ちゃんの捨て台詞が『貴方のアソコって具合悦くないんですよね〜。締まりが悪いっていうか、遊び過ぎじゃないんですか?』ですよ」 「うわっ…俺だってそんなこと言えねー」 天を仰いで悟浄が呆れ返る。 八戒は話が分からずキョロキョロしている簾の頬を撫でた。 「その方もあれからどうなったのか…天ちゃんさっさと留学して逃げちゃうし」 「極悪人…そんなことばっかヤッてて、よく殺されねーよな」 「最近は随分大人しくしてたんですけど…よりによって簾クンのお父さんに」 「んー…まぁ大丈夫だとは思うけど。あれ?ちょっと待てよ??」 悟浄が顔を思いっきり顰めて首を捻る。 もしかして。 天蓬ってタチかっ!? つーことは…。 突然悟浄が盛大に噴き出した。 簾を抱えたままゲラゲラと大笑いしている。 「ごじょちゃんコワイよっ!グラグラしてるぅ〜っ!!」 「何なんですか?いきなり??」 訳が分からず、八戒が慌てて簾を悟浄から取り上げた。 落ちそうになった恐怖でか、簾が涙目でぐずる。 「わっ…悪ぃっ!ちょ…ツボに…っ…ぶっ!!」 悟浄は腹を抱えてしゃがみ込む。 なかなか笑いの発作が治まらない。 息を引き攣らせ、咽せかえりながら苦しげに笑っていた。 ケン兄大変だぁ〜っ! 正真正銘危機一髪! バックバージン争奪戦かよぉっ! どっちの力関係が勝つんだろう? うわっ!すっげ気になるーーーっっ!! 「…さ、簾クン。こんな馬鹿な人は放っておいて中に入りましょうね〜」 「はぁ〜い!ごじょちゃん、バイバ〜イ♪」 よい子に簾は笑い悶える叔父に手を振る。 二人に見捨てられた悟浄は、暫くその場を動けなかった。 |
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