Attraction Garden


夜、捲簾が簾と共に悟浄の部屋を訪れた。
直にフローリングに座ってくつろいでた悟浄の目の前に、ドサッと大量の服が山積みにされる。
「どれが良いと思う?」
真剣な表情で、捲簾は悟浄にお伺いを立てた。
ラフな物からブランド物のスーツまで、一通りの種類が揃っている。
「仕事の後に会うからそれだとスーツなんだけど、それって天蓬も見慣れてんだろ?となるとやっぱ着替え持ってった方がいいかな〜って」
「…何だ、俺にくれるんじゃねーの?」
「お前は俺以上に衣装持ちだろうがっ!な〜どれが良いかな?」
ウキウキと上機嫌に服を広げ始める捲簾に、悟浄はコッソリ溜息を漏らした。
訊くまでもなく、金曜のデートに着ていく服の相談だ。
「そこまで気合い入れる必要ねーと思うんだけどなぁ」
「あ?何でだよっ!デートだぞデート!しかも初めてのっ!ココで気合い入れねーで何時入れるんだっての」
舞い上がってるせいか、ちょっと興奮気味に捲簾が捲し立てる。

ケン兄気付いてんのかねぇ。
それじゃ、思春期のガキが初めてのデートで盛ってるのと一緒だって〜の。
それにだ。
あの天蓬がケン兄の服装なんか気にするとも思えねぇしさ。

悟浄は数日前の凄まじい光景を思い出す。
天蓬のマンションのサニタリーはドアを開けた途端、服雪崩を起こして悟浄を襲ってきたのだ。
廊下で膨大な服に遭難し掛けた悟浄は、八戒に掘り起こされ救助される。
その理由が凄まじかった。
「天ちゃん…何度教えても洗濯機の使い方覚えないんです」
「は?使い方って…」
サニタリーに鎮座しているのは、どう見ても全自動洗濯機だ。
汚れ物と洗剤を入れて、スイッチをポンと押せば勝手に全てやってくれるのに。
「そう思うでしょ?でも何故か天ちゃんは、その便利で簡単な全自動洗濯機をことごとく壊すんですよ。ちなみにソレは5代目です」
服の山を眺めながら、八戒が深々と溜息を零した。
「何をして壊したのか説明されても全く意味不明で要領を得ないし、それならいっそ弄らないでくれた方がマシだって思いまして。そうしたらこの状態です」
「この状態って言ったってさぁ…」
呆れ返って、悟浄はグルリと自分の周りを観察する。
白衣やらシャツやら、ありとあらゆる衣服が膨大な量あった。
案外オシャレさん?とか思っていると、衣服の色分けしていた八戒がボソッと呟く。
「放っておくと同じ服をずーっと着ているんです。さすがに医者としては不衛生でしょ?なので最低毎日着替えるようにお願いしてるんです。そうすると洗濯出来ないんだから服だって着る物が無くなるでしょ?で、衣服が底を着くと買ってきて着替えるんですよ」
何だか凄いことを聞いた気がする。
「じゃぁそれって…単なる物臭ってコト?」
「物臭以外の何者でもないでしょうねぇ…お風呂だって面倒がってなかなか入ろうとしないんですよ?さすがに医者になってからは入ってるようですけど、ちゃんと洗ってるのかどうか…烏の行水ですし」
「うっわぁ…信じらんねぇ」
「本当にねぇ」
テキパキと服を仕分けて山を作りながら、八戒は相槌を打った。
「ココにある服だって結構イイ物もあるんですよ?殆どが頂き物ですけど。天ちゃん自分でオシャレに気遣って買ったりなんかしないんで、服の質なんか全く分かってないし」
「ここまで贈り甲斐がないのも珍しい」
「天ちゃんに好きな人が出来て、自分を良く見せようって気概が少しでも出ればいいんですが…」
「でも、後で真実を知った時のダメージがデカくね?」
「…それもそうですねぇ」
やっぱりムリでしょうね、と八戒が苦笑した。

そんな天蓬が、乙女のように捲簾の見栄えに心ときめかせるとは到底思えない。
無駄な努力と言うモンだ。
「でも飲みに行くんだろ?ホテルのグレードがどの程度か知らねーけど、そこら辺のクラブ行くような服装は返って浮くんじゃねーの?」
そう思いつつも、悟浄は一応尤もらしい意見を述べてみた。
「そっか…じゃぁやっぱスーツのがいい?」
捲簾が悟浄の前にスーツを掲げて見せる。
「んー?まぁ無難ではあるけど、ケン兄はスーツじゃない方がいいんだろ?となるとぉ〜」
悟浄は積まれた服の中から、ゴソゴソと服を一組選び出した。
「この辺が俺はイイと思うけど?」
床の上にコーディネートした服を並べていく。
上着は黒のジップアップジャケットで、ファスナーの上から留め金を嵌めるタイプ。
素材はシープスキンで、切り返し部分にパイソン柄の革が縫いつけてある。
それに黒のシンプルなカットシャツに『¥jeans』のスーパーローライズブラックデニム。
「こんなもんでどーよ?」
悟浄がニヤッと満足そうに口端を上げた。
確かに趣味としては悪くはない。
悪くはないが。
「コレって…何かすっげぇ脱ぎづらくねーか?」

ギクッ。

内心で悟浄は冷や汗を掻く。
「え〜?イヤン、ケン兄ってばvvvそぉ〜んな脱ぐこと優先で洋服選んじゃうわっけ〜?」
「そっ!そんなんじゃねーけどっ!何か…いやっ!そうじゃなくって…」
顔を真っ赤にしながら、捲簾はしどろもどろ言い訳した。

あーあ…ケン兄、天蓬の前でそぉ〜んな顔したら即喰いされるぞ〜。

悟浄はひそかに考えながら服を選んだ。
ジャケットはファスナー上の留め金が多く、脱ぐにはいちいち外さなければならない。
ローライズデニムはかなりタイトなストレートなので、脚を抜くのもそれなりに時間が掛かるのだ。
天蓬に万が一襲われたとしても、時間稼ぎが出来るようにと考慮した弟の気遣いだった。

まぁケン兄、自分の方が組み敷かれるなんて経験なさそうだから、パニック起こしそうだしさ。
でもアノ天蓬相手じゃ、気休めにしかなんねーだろうけど。

悟浄には何となくコトの顛末が見えている。
ただその後どうなるかは、まるっきり予想が付かない。
ぼんやりと考えている悟浄の前で、仲良し親子が何やら相談していた。
「どーだ?簾。この服カッコイイ?」
「うんっ!パパが着るの〜?」
「そう。パパ、カッコよくなるかな〜?」
「パパはいつもカッコイーよ♪」
「そっかそっか♪簾はイイ子だな〜」
捲簾は息子を膝に乗せると、グリグリ頭を撫でる。
簾も嬉しそうにはしゃいだ。
「これ着て天ちゃんセンセーとパパがデートすんだぞ〜」
「じゃぁ、天ちゃんセンセー、すっごい喜ぶよ?」
「そっかぁ〜?」
息子の励ましに捲簾はデレッと相貌を崩した。

いや、どっちかっていうと、あんま天蓬を喜ばせない方がイイと思うけどな。

心の中で悟浄はツッコミを入れる。
何だか捲簾はヤケに天蓬を勘違いしているというか、美化し過ぎてる気がした。
そこら辺が天蓬の『タラシ込んでいる』手腕なんだろうが。
「なぁ、ケン兄」
「ん?何だ??」
「もしさ…もし天蓬がケン兄の認識とスッゴイかけ離れてたらどーすんの?」
「んー?何でそんなこと訊くんだ?」
「いや…何かケン兄から聞いてた天蓬と実際会った天蓬って、ちょっとイメージが違ってたってゆーか」
とりあえず取引の件があるので、遠回しに聞いてみた。
捲簾は簾を抱えたまま考え込む。
「そうだなぁ…別にどーでもいいっていうか。『あ、そうなの?』ってな感じ。実際初めて会った時と今じゃ全然イメージ違うから。綺麗なだけかと思ったら結構質悪ぃし、神経図太いしさ。だからって飽きるとか嫌いになるってこともないなぁ…逆に面白い?」
「ケン兄って…趣味悪っ!」
「どーいう意味だ、コラッ!」
「いやぁ〜?べっつに〜」
適当に悟浄が誤魔化して視線を逸らすと、捲簾が襟を掴んできた。
「吐け。てめぇ何か知ってんな?」
背筋が怖気立つほど鋭い視線で、捲簾が双眸を眇める。
悟浄はめいいっぱい煩悶した。
欲望か義理か。
心の中で天秤がグラグラと揺れる。
「別に大したことじゃねーって…俺の見た感じでは結構大雑把というか、男クサイっつーか」
「そりゃ、天蓬は男なんだから女クサかったら変だろ」
あっさり納得する捲簾に、悟浄は目をまん丸くした。
もしかしたら捲簾は天蓬の本性に気付いているのか。
「女だからイイっつーなら天蓬に惚れたりしねーよ。最初はルックスだけど、今はあの胡散臭い中身もひっくるめて好きなんだもん…って恥ずいこと言わせんな!」
捲簾はしきりに照れている。
悟浄は口元に笑みを浮かべて脱力した。
「ま…金曜はガンバレよ。簾の面倒はちゃーんと見るから」
「悪ぃな」
「ほら、簾も言っとけ?『パパ、忘れずにお土産買ってきて〜』ってさ」
「パパ〜レン、ケーキ食べたい〜♪」
捲簾に膝抱っこされた息子が無邪気に見上げる。
「りょ〜かい!ケーキ買って帰るからな〜」
「ぜったいだよー!」
ギュッと簾がしがみ付くのを笑って抱き返した。
「お兄さまぁ〜ん、ごじょもお土産欲しいの〜♪高くて美味しいお酒がいーなぁ」
「味も分かんねークセに。バーボン1本でいいだろ」
「あ、ひっどぉ〜い!ごじょオトナだからお酒の味ぐらい分かるもぉ〜ん」
上目遣いで拗ねた顔をする弟の頭を、捲簾は呆れながらベシッと叩く。
「んじゃ、お前がデートで上手くいったら、お祝いに美酒を飲ませてやるよ」
「おおっ!ぜってーだな!?ヤリッ♪」
「やだやだ、コイツってばもう飲める気でいるよ」
「ふふふふ…この男前な俺サマが全身全霊かけて口説いてるんだぜ?八戒だってオチない訳がなーいっ!!」
悟浄は興奮気味に立ち上がると、強気に勝利宣言をする。
「ふーん…俺はまだ噂の八戒に会ったことねーけど。天蓬と従兄ってコトは似てんの?」
「………え?」
悟浄は驚いて捲簾を見つめた。

天蓬と八戒が似ている?
あの人の皮を被ったケダモノと八戒が??

「全然っ!似てないっっ!!」
悟浄は力いっぱい否定をする。
過剰な反応に捲簾が首を傾げた。
「ふーん…お前が美人っつーから似てるのかと思ったけど」
「あ…え?あれ?顔のこと言ってたの??」
「………は?」
捲簾は不思議そうに瞳を瞬かせる。
「いっ…いやっ!何でもない!!んーっと…顔は…うん、似てるな。簾、八戒センセーと天ちゃんセンセーって似てるよな〜?」
「んと…似てるっ!」
両方お世話になってる簾がニッコリと答えた。
「じゃぁ、何でさっき似てないなんて言ったんだ?」

ギクッ。

「いや…だから…八戒は結構おっとりして人がイイけど、天蓬は違うかなぁ〜って」
自分でも苦しい言い訳だ。
悟浄は気まずそうに視線を泳がせる。
「そっか?天蓬も大概抜けてておっとりしてるけどな」
「へ…へぇ?そうなんだ〜。ほら、俺ってば会ってはいるけど、八戒にくっついてたからそんなに親しく話してた訳じゃねーし」
「ふーん。まぁ、兄弟揃って好みのタイプが一緒なんて、仲良し兄弟だな」

いや、俺は断じて違うっ!
あんな恐ろしいイキモノを口説こうなんて思わねーよ。
それだけでケン兄を尊敬出来るな。
俺ってば若造だから修業が足りませ〜ん。

「やっだ〜ん。俺らってば昔っから仲良し兄弟でショー♪お兄様好きーっっ!!」
「ヨシヨシ、ごじょは可愛い」
背中にタックルしてきた弟の頭を兄が撫でる。
この時悟浄はまだ気付いていなかった。
兄弟がこれだけ似るなら、やはり血の繋がっている従兄でも似たような性質になることを。


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