Attraction Garden


いよいよ念願のデート当日。
緊張しているせいか、捲簾はいつもより早く目覚めてしまった。
ベッドからのっそり起き上がると、ガシガシと寝癖のついた髪を掻き回す。
「…遠足前の子供かよ」
独り言ちると勢いよく立ち上がり、カーテンを引いた。
「よし、良い天気!絶好のデート日和だな♪」
デートは夜なんだが。
シャワーを浴びて身支度を整え、朝食の用意を済ませると、簾を起こしに子供部屋へ行く。
「れ〜ん〜!朝だぞ〜」
ベッドの中でまん丸くなってる息子の布団をポンポンと叩いた。
のそのそと布団の隙間から、簾が顔を覗かせる。
「ほら、ちゃんと目ぇ覚ませよ〜」
「ん〜」
暖かい布団の中でぐずる息子を抱き起こした。
「…おはよーパパ」
「ほい、おはよ。先に顔洗ってこい」
「ん…わかったぁ」
まだ眠い目を小さな手で擦って、簾が洗面所へと向かう。
捲簾はダイニングへ戻ると、タイマーで炊きあがっていたご飯を簾の小さな茶碗によそった。
洗面所から戻ってきた息子を椅子へと座らせる。
「パパぁ〜ふりかけは?」
「ん?海苔じゃイヤなのか??」
「たまごふりかけがイイの〜」
「はいはい」
捲簾は苦笑して、簾にふりかけの小袋を手渡した。
玄関のチャイムが連打され、勝手にドアが開かれる。
「はよーっす…って、ケン兄早くねーか?」
「…早く目が覚めたんだよ」
バツ悪げに視線を逸らすと、悟浄が小さく噴き出した。
「何だよぉ〜今日のデートにドキドキしすぎて眠れなかったとか?」
「ちゃんと寝たってーの!」
「またまた…照れなくてもいいのにぃ。いやん、お兄様ったらウブウブねvvv」
「うっせーよ!」
照れ隠しに捲簾が悟浄に向かって新聞を投げつける。
分かりやすい反応にますます悟浄は大笑いした。
「いやぁ〜ケン兄ってば可愛い過ぎ!」
悟浄のからかいに捲簾は顔を真っ赤に染め、自室へと逃げていく。
部屋のドアが閉じられたのを確認すると、悟浄は思わす溜息を零した。
「あ〜あ…あんな可愛い反応してたら、一髪即喰いだな。明日はお赤飯ね」
「明日のごはんお赤飯なの?」
ふりかけを口の周りにつけた簾が悟浄を見上げる。
「そうだなぁ、簾お赤飯好きか?」
「うんっ!」
「そっか。んじゃ〜おばあちゃんに頼んでお赤飯炊いてもらおうな〜♪」
「わぁ〜い♪」
何も知らずに簾は箸を振り上げて喜んだ。
ふと、悟浄は腕を組んで思案する。
「あ、でもパパにはナイショな!」
「え?何で??」
きょとんと簾は小首を傾げた。
「ケン兄もお赤飯大好きなんだよ。ナイショで用意してビックリさせような♪」
ナイショ、と聞いて簾の小さな心臓がドキドキと高鳴る。
「うんっ!レン、パパにはナイショにする〜♪」
ニッコリ微笑むと、悟浄が頭を撫でてきた。
「ほら、ご飯早く食べな。今日は保育園終わったらケーキ食べに行こうか?」
「ホント?ごじょちゃん!?」
簾の表情が嬉しそうに輝く。
悟浄も何だかんだ言って簾を甘やかしていた。
「おい、あんまり甘いもん食わせんなよ?虫歯になる」
荷物を持った捲簾がリビングに戻ってくる。
「いーじゃん。毎日じゃないんだから」
「お前はしょっちゅう買ってくるだろうが。自分は全然甘いもん好きじゃない癖に」
「え〜、だって簾が喜ぶ顔ってすっげ可愛いもん」
悟浄の言葉に、捲簾が怪訝な顔で眉を顰めた。
「あ、そのままおっきくなったケン兄も可愛いけど?」
無言で捲簾が悟浄の頭を殴りつける。
「いってーっ!暴力反対!!」
「テメェは一言多いんだよ!超絶男前の俺サマを捕まえて可愛いとはなんだっ!」
「…そーやって過剰反応するところ」
「そっくりそのまま返してやる」
「えぇっ!?俺のドコが!ケン兄目ぇクサってんぞ!!天蓬って眼科は持ってねーの?」
真剣な表情で首を捻る弟に、捲簾はコッソリ溜息を漏らした。

俺の100倍は無邪気な癖に自覚ねーのかよ。

そういう甘え上手で子供っぽい部分が、年上お姉様に可愛がられてる所以だと分かっていない。
まぁ、確かに一見じゃ分かりづらいかもしれないが。
付き合っていくと天性の甘え上手に母性本能が刺激され、必要以上に構いたくなってしまうらしい。
もっともその持って生まれた悟浄の性質が、男の八戒に通用するかどうかはナゾだけど。

「ごちそーさまでした〜」
元気な声に振り向くと、食事を終えた簾がきちんと両手を合わせていた。
「ケン兄もさっさと食った方がいーんじゃねーの?」
簾の食器を流しに浸けて、悟浄が茶碗にご飯をよそう。
時計を見ると早く起き出したにも拘わらず、いつもの時間になっていた。
席について食事をし始めると、悟浄が簾を追い立てる。
「ほらほら〜早く着替えろよ〜!園服はドコ?」
「タンスにおしまいしてる〜」
「んーと…チェックのシャツでいいか?」
「あっちの水色のがいーのっ!」
「はいはい」
悟浄はテキパキと着替えを手伝うと、準備完了で戻ってきた。
「簾、忘れ物ないか?」
「ないよー」
「おっし!んじゃ行くか。んじゃケン兄、保育園行ってくっから…ま、今日は頑張ってね〜ん♪」
「おー、簾のこと頼んだぞ」
「ま〜かしてっ!」
悟浄はニッコリ微笑んで、ビシッと指を立てる。
賑やかな声がドアの外へと消えていった。
途端に部屋が静まり返る。
「…何か緊張してきた。って、朝っぱらからどーすんだよ俺」
捲簾は天井を見上げながら、緊張で強ばった身体から力を抜いた。






夕方。
さすがに定時にキッチリ上がることは出来ず、キリの良いところまで仕事を終わらせ、捲簾は荷物を持って会議室へと入った。
そこで持参した服に着替えていると、ちょうど携帯が鳴る。
「もしもし、天蓬?」
『あ、捲簾!お仕事の方大丈夫ですか?』
「あ、うん。ちょうど終わったところ。天蓬の方は?」
『僕の方も早めに終わったんです。今から来れますか?』
「うん、大丈夫。えーっと…今から出ると…20分ぐらいかなぁ」
『そうですか。それじゃ僕は先に最上階のバーに居ますから…待ってますね』
甘く掠れる囁きが耳に届いて、捲簾の背筋がゾクリと震えた。

はっ!イカンッ!俺が雰囲気に飲まれてどーすんだよっ!!

負けずに捲簾が低い声音で笑う。
「ん…直ぐに行くからさ。ちゃーんと浮気しないで待ってろよ?」
『こうして見た限りでは…貴方ほど魅力的な方はいらっしゃらないようですから、大丈夫ですよ。寂しいので早く来て下さいね?』

撃沈。
まっ…負けた!

捲簾は股間を押さえながら、机に突っ伏して悶えた。
「いて…てっ…」
『捲簾?どうかしたんですか??』
携帯越しの呻き声に、天蓬が心配して声を掛ける。
ちょっと暴れん坊なムスコさんが、ジーンズに挟まれて痛いとはさすがに言えなかった。
「や…ちょっと脚を机にぶつけた…だけ…っ」

この正直者の馬鹿ムスコ!さっさと鎮まれよぉ〜!

腰骨で穿くスーパーローライズは、捲簾の身体にフィットしている。
生憎と股間が膨らむだけの余裕はなかった。
涙目になって深呼吸を繰り返すと、どうにか落ち着いてくる。
『…大丈夫ですか?』
「あ…ああ、もう平気。じゃぁこれからソッチ行くから」
『はい、それじゃまた後で』
「ああ…後で」
名残惜しげに通話を切った。
どうせ、すぐに会える。
上着のポケットに携帯と財布を突っ込むと、着替えた服を紙袋へ入れて肩に掛けた。
荷物はホテルのクロークに預ければいい。
腕時計を確認すると時間は7時少し過ぎたところだ。
エレベーターホール手前のトイレで、捲簾は髪を整える。
「おっし、我ながら男前♪」
鏡に向かってニッと笑うと、上機嫌で天蓬の待つホテルへと向かった。






エレベーターの静かな振動が止まり、ホテルの最上階に着いた。
ドアが開くと目の前に重厚な木の造りで、落ち着いた雰囲気のバーがある。
捲簾は入口で連れが先に来ていると告げ、店内へ入った。
全面ガラス張りの店内は、美しい夜景が一望出来る。
耳障りにならない程度の音楽が流れ、まだ飲むには早い時間であってもかなり客が入っていた。
店内に視線を巡らせると、夜景の見えるテーブル席から天蓬が手を閃かせている。
捲簾は微笑みながらゆっくりと近付いた。
「お待たせ〜」
「いえいえ、そんなに待っていませんよ」
席について捲簾が天蓬をじっと見つめる。
もちろんだが、いつもの白衣姿ではない。
髪は後ろに流して一括りに纏めていた。
チャコールグレーで、仕立ての良い細身のスーツが案外似合っている。
ネクタイもダークブルーで細かいチェック柄とスタンダードに上品だ。
初めて見る天蓬の姿に、捲簾はぼんやり見惚れてしまう。
「何か…僕はいつも捲簾のスーツ姿しか見ていないので、そういう服装も新鮮でいいですね。凄く似合っていますよ」
穏やかに微笑みながらの賛辞に、捲簾は頬を紅潮させた。
「そっか?結構こういう格好好きなんだけど、さすがに仕事には着ていけないだろ?」
捲簾は照れくさそうに上着を引っ張る。
「僕はこういう肩っ苦しいのは苦手なんです」
「天蓬も似合ってるぞ?何か…凄い視線がうるさいんだけど」
先程から店内のあちこちから伺うような視線が突き刺さっていた。
女だけなら分かるが、男の視線も入っているところが何とも居心地悪い。
ふっと天蓬が艶やかに微笑んだ。
捲簾の手を取ると、自分の口元へ持っていく。
「それは、捲簾に見惚れてるんですよ…その貴方を僕は独り占めして居るんですから、役得ですね」
天蓬は嬉しそうに双眸を和らげると、捲簾の指先に口付けた。
思いも寄らぬ天蓬の所作に、捲簾の頬が羞恥で染まる。
「んなこと…俺じゃなくって天蓬に見惚れてるんだろ?」
触れられた指先に鼓動が移ったようだ。
捲簾はさり気なく指先を引き戻す。

何で乙女みたいに恥じらってるんだっ!
俺が先に口説かれてちゃダメだろうっっ!!

どうにか自分のペースを取り戻そうと、捲簾は一度小さく深呼吸した。
「天蓬は?何頼んだ??」
「僕はギブソンを…捲簾は何頼みます?」

ギブソンって…もしかして天蓬めちゃくちゃ酒強いのか?

捲簾はひそかに天蓬を微酔いにさせて、口説き落とそうと思っていた。
はなっから思惑が外れてしまう。
こうなったら、探りながら口説くしかない。

…何かすっかり遅れ取ってるみてぇだけど。

「んじゃ、俺もギブソン」
気合いを入れ直すと、捲簾は天蓬に微笑みかけた。


Back    Next