Attraction Garden


翌朝。
捲簾は休みにも係わらず、平日と同じ時刻に目覚めてしまった。
「う…寒ぃっ」
空調の切ってある室内はさすがに肌寒い。
傍らにある暖かな温もりへと無意識に身体を寄せた。
心地よさに溜息を吐いて、再び微睡む。
しかし。
唐突に捲簾がパッチリと目を開けた。
唇が触れるほど間近に、綺麗な男の寝顔。
何からナニまで全てを一瞬にして思い出し、捲簾は全身を真っ赤にして固まる。

ついつい求められるままに、あーんなコトやこーんなコトをしてしまった。
抵抗感があったのも最初のうちだけ。
あとは想像を絶する快楽に翻弄されて、啼いて強請って。
相当な痴態を晒してしまった…ような。
「…すっかり騙された」
先入観とは恐ろしい。
こんなに綺麗で清廉な雰囲気の男が。
淫らなケダモノに豹変して、散々卑猥な言動で辱めたりするとは夢にも思わなかった。
きっと自分よりも周到に計略を巡らせていたんだろう。

狡い。
あんな顔であんな声で。
見つめられて口説かれたりしたら、拒絶なんか出来ないじゃないか。

欲しいと思った相手とするセックスが、あんなに気持ち悦いなんて知らなかった。
理性も理屈もグチャグチャに乱されて掻き回されて。
何も考えられなくなるほど堕ちたことなど、今まで一度だってない。
捲簾はまだ眠っている天蓬の顔をじっと見つめた。
「ったく…俺だって人のこと言えねーけど、どんな遊び方してきたんだよ?」
アレは絶対、男を相手にするのも初めてじゃないだろう。
初心者の捲簾を怖がらせず、大した苦痛もなく快感だけを与え続けられるなんて絶対ムリに決まっている。
自分の知らない、自分と出逢う以前の天蓬。
ふと嫉妬の感情が込み上げてきた。
「あ〜もうヤダヤダ」
自分の気持ちを誤魔化すように、天蓬の身体に腕を回す。
「…っん?」
天蓬が僅かに身動いだ。
無意識に伸びた腕が、捲簾の身体を抱き竦める。
聞こえてくるのは規則正しい、穏やかな寝息。
「ちぇ…満足そうな顔しやがって」
捲簾は額をコツンと当てて、小さく笑う。

まだ、もう少し寝よう。
起きたらコイツを叩き起こして、ブランチ取って…。
車で来てるって言ってたから家まで送らせよう。
簾も待ってるしな。
ああ、そうだケーキ買わなきゃ。

やがて捲簾からも穏やかな眠りに誘われ、再び瞳を閉じた。






「いいぃぃーっっ!!!」
予想通り捲簾は足腰が立たなくなっていた。
初めてだというのに、あれだけ無茶苦茶にされれば当たり前だ。
暫くジタバタと藻掻いていたが、今は諦めてベッドに突っ伏している。
全身の筋肉と関節がギシギシと軋む。
少しでも力を入れると、痛みで身体が強張った。
「捲簾、ちょっと俯せて下さい」
バスルームから天蓬が戻ってくる。
手にはタオルを持っていた。
「何…それ?」
「熱めのお湯で浸してきました。暖めれば筋肉の緊張も解れますから」
天蓬は捲簾の腰に熱したタオルをそっと置く。
心地良い暖かさが、腰から全身に広がっていった。
緊張していた筋肉が次第に弛緩する。
「はぁ…」
気持ちよさそうに捲簾が吐息を零した。
「少しは楽でしょう?」
「まぁな…ったく、無茶しやがって」
捲簾は横目でキッと天蓬を睨み付ける。
肩を竦めて天蓬が苦笑した。
「捲簾があまりにも可愛い声で啼いて僕に縋り付くから、我慢出来なくって…こんなこと初めてですよ」
さすがに、天蓬にもかなり無理を強いた自覚はあるらしい。
「俺のドコを見て可愛いなんて言えるんだよっ!」
「え?勿論、顔も性格も身体も全部ですvvv」
「…もういい。それ以上何も言うな」
真顔で断言する天蓬に、捲簾は脱力して枕に突っ伏した。
顔は枕に埋められて見えないが、髪から覗いている耳朶が真っ赤に染まっている。
天蓬が幸せそうな笑顔を浮かべた。

「捲簾、愛してますよ」
「………。」
「…捲簾は?」
「………俺もだよ、チクショー」

くぐもった声で捲簾は小さく呟く。
ベッドサイドに天蓬は腰掛け、捲簾の髪に触れる。
「安心して下さいね。もし起きあがれなかったら、僕が捲簾を抱き上げて車まで運んで上げますから♪」
天蓬の爆弾発言に捲簾が慌てて顔を上げる。
「じょ…う…だん、だろ?」
口元を引き攣らせ、捲簾が天蓬を縋るように見つめた。
天蓬は不思議そうに首を傾げる。
「え?何でですか?」
天蓬が本気だと分かって、捲簾は愕然とした。
コイツには世間の常識とか羞恥心なんてモンは無いのかっ!?

「絶対、何が何でも起き上がってみせるっ!」

力一杯宣言をした捲簾は、激痛にそのままベッドに撃沈した。






チェックアウト間近。
捲簾の執念と天蓬の甲斐甲斐しい手当の結果、どうにかふらつきながらも立ち上がることが出来た。
天蓬に支えられホテル内のカフェでブランチを取ってから、地下に駐車してある車へと向かう。
医者と言うから派手な高級外車にでも乗っているのかと思いきや、以外にも国産のステーションワゴンだった。
少し驚いて捲簾が瞳を瞬かせる。
助手席のロックを解除して捲簾を乗り込ませると、直ぐに天蓬も運転席へ乗り込んだ。
「シートは楽なように調節して下さいね」
エンジンをかけて、天蓬が微笑む。
「何か…もっと派手な車に乗ってると思った」
「え?そうですか??」
「だってさ。何か医者って言うと金持ってて高級外車乗り回して〜ってイメージあるじゃん」
「そういう方も居ますけどね。僕はモノにステータスを求めないので」
「ふーん…」
何気なく返事をするが、捲簾は内心では安堵した。
そういうのは捲簾も苦手だ。
「さて…行きましょうか。捲簾は寝ててもかまいませんよ?近所に来たら起こして上げますから」
「え?でも…」
確かに身体は疲れ切っている。
自分でも眠ってしまいそうだと思っていただけに、天蓬から言われると申し訳なくて躊躇してしまう。
天蓬だって昨夜は大して眠っていないから。
「僕は元々睡眠時間少ないから平気です。遠慮しなくてもいいですよ?」
「でもさ…何か悪いし…」
「僕としては捲簾の可愛い寝顔が見れるから、嬉しいぐらいですけど」
「…危ないから前だけ見てろっ!」
真っ赤な顔で捲簾がそっぽを向く。
天蓬は楽しそうに笑いを零した。
「信号待ちぐらいはいいでしょう?それぐらいの役得は欲しいです〜」
「…もう、勝手にしろ」
捲簾は顔を背けて目を瞑る。
ギアを下ろすと、天蓬は静かにアクセルを踏み込んだ。





「捲簾…着きましたよ?捲簾」
「ん…あぁ?」
ぼんやりと捲簾が瞼を上げる。
「家に着きましたよ。このマンションでいいんですよね?」
「え…あ…れ?…着い…た??」
目を擦りながら、窓から外を眺めた。
見覚えのあるマンションが目の前にある。
「あっ!悪ぃっ!俺結局寝ちまった!!」
申し訳なさそうに捲簾は手を合わせて謝った。
「構いませんよ。捲簾ってばあんまり気持ちよさそうに眠ってたから起こせなくて。さすがに途中から道が分からなかったので、悟浄クンに電話して教えてもらいましたけどね」
「へ?悟浄に電話??」
何で天蓬が悟浄の番号を知ってるんだ?
疑問が顔に出ていたのか、天蓬がニッコリと笑う。
「以前僕のマンションに八戒と一緒に来たって言いましたでしょ?その時に聞いたんですよ」
「何で?」
「それは〜八戒をネタに、悟浄クンから捲簾のコト色々聞き出そうと思って♪」
天蓬の用意周到さに、捲簾は呆れ返った。

でも。
何となく、少し嬉しいような。

「…バァカ」
照れくさそうに、捲簾が視線を逸らす。
「捲簾身体動けます?座りっぱなしだったでしょう?」
「んー…エレベーターもあるし」
捲簾はシートベルトを外して、シートに手を着いた。
少し腕に力を入れ、身体を持ち上げてみる。
「何とか大丈夫そう…」
天蓬を振り向こうとした捲簾の顔に影が落ちた。
「あ…んんっ!?」
運転席から身を乗り出した天蓬が、捲簾の唇に口付ける。
歯列を強引に割って侵入する舌先が、捲簾の舌へと絡みつく。
口腔を舐って激しく蹂躙してきた。
粘膜を舐め尽くし、互いの舌を吸い合って。
何度も角度を変え、唾液と舌を激しく貪る。
あまりの気持ち悦さに捲簾が夢中になって天蓬の頭を引き寄せる。

コンコン☆

突然車のウィンドーが叩かれた。
捲簾が我に返って、慌てて天蓬の肩を押し返す。
叩かれたウィンドーの外には。
「おっかえり〜!お兄様ぁ〜♪」
ニヤニヤと捲簾達を覗き込む、悟浄が立っていた。


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