Attraction Garden


天蓬が助手席側のドアロックを解除する。
「…随分とお楽しみだったようで?俺もうちょっと後から迎えに来た方がよかった?」
ドアを開けて悟浄がからかった。
捲簾の頬が見る見る赤面する。

あーあ…ケン兄ってば、すっかり可愛くなっちゃって。

内心で悟浄は笑いを噛み殺した。
「すみませんね、わざわざ出てきて貰っちゃって」
天蓬が悟浄を見上げてニッコリ微笑む。
「別に大したことじゃねーし、面白いモンが見れたから〜」
「おも…」
「ケン兄のイッちゃってる顔なぁ〜んて、俺初めて見たし?」
「誰がだっ!!」
真っ赤な顔をして捲簾が喚き立てた。
「シテたシテた♪熱烈ベロチューかまして、もぅ気持ち悦くって『好きにシテ〜んvvv』みてぇに陶酔しちゃってたじゃん」
「詳しく状況説明すんなっ!」
「捲簾って、キス上手ですよねぇ〜♪」
「お前も調子に乗るんじゃねーよっ!!」
悟浄の言葉尻に乗って煽る天蓬を、捲簾は真っ赤な顔で小突く。
「もうっ!捲簾ってば可愛過ぎますーーーっっ!!!」
感極まって叫ぶと、天蓬は思いっきり捲簾の身体を抱き竦めた。
「おわっ!?ばっ…馬鹿っ!離せって!!」
ぎゅむっと羽交い締めにして頬擦りしてくる天蓬に、捲簾は不自由な体勢でジタバタと暴れる。
「あのさ…お楽しみの所悪ぃんだけど、まだ昼間だし。昨夜散々濃厚スキンシップしまくっちゃったんでショ?見せつけられる方が恥ずいんだけどぉ〜?」
やれやれ、と悟浄が呆れ返って溜息を零す。
「俺じゃねーっ!コイツがっ!コ〜イ〜ツ〜がぁ〜っっ!!お前も見てねーで助けろっ!!」
情けない声で捲簾が悟浄に助けを求めた。
天蓬は相変わらずウットリとした表情で捲簾を抱き締めている。
その表情は本当に綺麗で幸せそうで。
悟浄は複雑な笑みを浮かべる。
「悟浄?どした??」
突然黙り込んだ弟を、捲簾は不思議そうに見上げた。
「あ…や、何でもねー。天蓬、てんぽ〜さん?」
悟浄に肩を叩かれ、天蓬が視線を向けてくる。
「名残惜しいだろうけどさ。ケン兄も疲れてるだろうから解放してくんねー?」
『疲れてるだろうから』という言葉に、捲簾が過剰に反応した。

もしかして。
もしかしなくても。
悟浄に、全部バレてるのか!?

思いも寄らぬ展開に、捲簾は密かに衝撃を受けた。

何でバレてるんだ、とか。
さっき天蓬が電話したって言ってたけど、まさかその時に昨夜のことを言い触らしたとか。

一人グルグルと頭を巡らせる。
別に天蓬に抱かれたことを悟られたのが嫌な訳ではなく。
単純に兄の心情として恥ずかしいだけだった。
兄弟なんてそんなモンだろう。
バツが悪いというか、気まずいというか。

天蓬の重さが漸く退いて、捲簾はほっと胸を撫で下ろす。
「そうでしたね…昨夜は楽しくて、あまり眠れませんでしたし」
飄々と言ってのける天蓬を、捲簾が赤面したまま横目で睨み付けた。
天蓬は双眸を眇めて意味深に微笑む。
その視線はアノ瞬間を思わせるような。
捲簾を見つめる瞳が、扇情的で艶めかしい色を帯びていた。
天蓬の温もりを思い出し、捲簾の背筋がゾクリと快感で震える。
沸き上がる熱をやり過ごそうと、捲簾が小さく吐息を漏らした。

これ以上天蓬と居たら、我慢出来なくなる。

捲簾はぎこちなく視線を逸らした。
「ケン兄、大丈夫?ほら、腕掴まれよ」
悟浄が身を乗り出して、捲簾の脇から身体を支える。
言われるとおりに腕を回して、脚を車外に出した。
「手伝いましょうか?」
天蓬が腰を上げるのを、捲簾が手で制す。
心配そうに見つめてくる天蓬に、捲簾は口端に笑みを浮かべた。
「へーき。結構休んだから大丈夫だっての」
脚に力を入れて、捲簾は悟浄に支えられながら立ち上がる。
悟浄の腕を引いて、運転席側までゆっくり回った。
慌てて天蓬はウィンドウを開ける。
「捲簾…」
天蓬が顔を覗かせると、捲簾が腰を屈めた。

唇を濡れた舌先が掠める。

驚いて天蓬が目を見開いた。
捲簾は笑みを浮かべたまま、唇を舌で舐める。
「またな、天蓬」
低く掠れた声音で、甘く囁いた。
悟浄は成り行きを見届け、唖然とする。
捲簾に即され、マンションへと歩き出した。
気になって振り返ると、天蓬はハンドルに突っ伏して撃沈している。

そりゃ、そうだろう。
惚れてる相手に、あんな風に淫猥に煽られたら。

つくづく兄の蠱惑的な質の悪さに、悟浄は感嘆して小さく唸った。
「何だよ?変な声出して??」
悟浄に支えられながら、捲簾が眉を顰める。
「んー?やっぱケン兄って天性のタラシだなぁ〜って感心してたの」
「何だそりゃ?」
「さっきのアレ。絶対天蓬勃ってるぜ?」
「ふーん…ざまぁみろ、だ」
「はぁっ!?」
エレベーターに乗り込むと、捲簾は壁に凭れ掛かった。
「昨夜のアレだけで満足してんじゃねーっての。きっとアイツ、さっきので次に逢うまで俺のことしか考えらんねーだろ」
楽しげに笑みを浮かべる兄に、弟は驚愕して声も出ない。

囚われたのはもしかして天蓬の方か?
それにしても、スゴイ独占欲。

捲簾の意外な面を見せつけられ、悟浄は少しだけ天蓬に同情した。
やっぱり兄には敵わないと、悟浄は改めて思う。
そんな風に誰かを想って、想われて。

自分はどうだろう?
八戒のことは好きだと思う。
でも、捲簾や天蓬のようになれるかと言えば、正直分からない。
ここまで、人の心を縛り付けて独占して。
自分も八戒に対してそうなるんだろうか?
そういう人を持ってしまうことが。
なんとなくコワイ…ような。

悟浄が鍵を回して、ドアを開けた。
捲簾は自宅の室内を見回して、悟浄を振り向く。
「簾は?」
「ん?ダチが来て下の公園で遊んでる」
「おいおい、大丈夫かよ〜」
「ダチのママさん連中も一緒だからへーきだろ?ベランダから見えるけど?」
捲簾がベランダに出て下の公園を見下ろした。
走り回っている子供達の中に、楽しそうにはしゃいでいる簾を見つける。
ほっと胸を撫で下ろして、捲簾は部屋の中に戻った。
「ケン兄、一眠りする?」
悟浄がマグカップにサーバーからコーヒーを入れる。
煙草を銜えながら、捲簾がダイニングへと戻ってきた。
ふと、その視線がテーブルの上で止まる。
「…これは、何だ?」
頬を引き攣らせて、捲簾がテーブルの器を指差した。
「何って…見ての通りお赤飯vvv」
「何で赤飯なんだっ!?」
捲簾が胡乱な視線で悟浄を睨む。
「え〜?だってお祝いにお赤飯はつきものでしょー♪」
「ほほぅ?一体何の祝いなんだ?」
「え…そんな…ごじょ恥ずかしくって言えなぁ〜いvvv」
ポッとわざとらしく頬を染めはにかむ弟を、兄は渾身の力で殴りつけた。
「ぃっでえええぇぇっっ!!」
頭を抱えて悟浄はその場で踞る。
捲簾は真っ赤な顔で震えていた。
「そーいう手の込んだイヤガラセすんじゃねーっ!!」
しゃがみ込んだまま悟浄がチラリと視線を上げる。
「イヤガラセじゃねーもん。お祝いだもん」
「だからっ!何を祝うってんだよっ!!」
「…ケン兄のバックバージン美味しく頂かれちゃった記念」
ボソッと呟かれた言葉に、捲簾は立ち眩みを起こした。
悟浄と同じようにヘナヘナとその場にしゃがみ込む。
「…何で分かったんだよ」
顔を掌で隠して捲簾がぼやいた。
悟浄はひょいと肩を竦める。
「何となく。天蓬とこの前会った時に予感がしたんだ」
「………予感?」
「そ。ケン兄には言ってなかったけど。あの時アイツ堂々と俺に対して、ケン兄をタラシ込んでるって言い放ったんだぜ?」
「タラシ…って…アイツはもぉ〜っっ!!」
捲簾はガシガシと髪を掻き乱した。
こっぱずかしいコトを平然と弟に宣言してるとは。
「で、1日天蓬を観察してたら、コレはケン兄も手こずるだろうなと。何かあーいうの見るとケン兄って構いたくなる質だろ?性格的にケン兄の方が絆されちゃうんだろうな〜って思ったからさ」
「で、お赤飯ね…」
「まぁ、赤飯は成り行きなんだけど?簾に揚げ足とられて」
「はぁ?お前簾に何か言ったのかよ!?」
「言う訳ねーじゃん。ケン兄が上手くいったら赤飯か?ってな話をしたら、簾が食べたいって言っただけ」
「そっか…あービックリした」
捲簾は肩から力を抜いて安堵する。
ふと、悟浄の視線に気付いて、捲簾が首を傾げた。
「…何だよ?」
「いや…ケン兄ってやっぱ天蓬を好きなままなんだ。だって昨夜天蓬と過ごしても気持ちは変わらねーんだろ?」
「何で変わるんだ??」
逆に突っ込まれて、悟浄は絶句する。
捲簾は本気で分からない顔をしていた。
「だってさ…その…ケン兄…抱かれちゃった訳だろ…天蓬に」

要するに。
自分の今までのアイデンティティが覆されて。
ゲイでもバイでもない限り、男に組み敷かれるなんて屈辱的じゃないのだろうか、と。

「は?それはそーだけど…アイツが俺のモンになったことには変わらねーし、セックスは気持ち悦かったぞ?身体の相性がいいのかなぁ…」
捲簾のストレートな惚気に、悟浄は呆気に取られた。
何だか結構心配してたのが杞憂に終わって安心し、突然悟浄に笑いの発作が込み上げてくる。
「なぁ〜んだよっ!いきなり熱烈なお惚気かよぉ〜」
ゲラゲラと悟浄は腹を抱えて笑い出した。
「うっせーよっ!」
捲簾は真っ赤な顔で立ち上がると、よろけながら自室の方へ歩いていく。
「俺は寝るっ!」
大きな音を立てて、捲簾がドアを閉めた。
途端に部屋が静まり返る。
どうにか笑いを治めて、悟浄は天井を仰いだ。
「俺は…どうなんだろ?」

八戒のことが好きで好きで、メチャクチャ抱き締めたい。
けど、八戒は男で。
抱いた後、自分はどうなんだろう。
八戒は?

悟浄は落ちてきた前髪を掻き上げる。
「…抱いた後に考えればいーや」
始まる前から悩んでるなんて、自分らしくない。
悟浄は膝を抱えて、小さく苦笑した。


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