Attraction Garden |
悟浄との待ち合わせ場所は、駅前のモニュメント。 八戒は息を切らせながら走る。 漸く辿り着いたコンコースは、閑散としていた。 人々は皆駅の中か、ショッピングモールに流れている。 いつも、待ち合わせの人々でごったがえしている広場には誰も居ない。 誰も居なかった。 悟浄も、居ない。 八戒は傘を差したまま、ぼんやりと立ち竦んだ。 「当然…ですよね」 小さくぽつりと呟く。 冷えた片手をポケットに入れた。 こんなに寒い中、悟浄はどれだけ待ってくれたんだろう。 ずっと、一人で。 「謝らなきゃ…悟浄に。とにかく電話を…」 そこで八戒は気付く。 悟浄の連絡先を知らないことに。 住所も、携帯の番号も。 いつもどんな生活を送っているのか。 どこの大学に通って、何を専攻して。 どんなバイトをしているのかも。 悟浄のことを、何一つ知らなかった。 八戒は改めて気付いて愕然とする。 あんなに毎日会っていたのに。 僕は今まで何をしていた? 『流されるままだと後悔するよ?』 同僚の言葉が脳裏に蘇る。 本当ですね。 僕は今まで悟浄の優しさと強引さに甘えてばかりで。 彼はもちろん、自分のことさえ考えていなかった。 やっと分かったのに。 僕がどれだけ悟浄のことを好きなのか。 ようやっと気付いたのに。 だから。 もう後悔はしたくありません。 「とりあえず連絡先は…園に戻れば簾クンのところが分かるから、教えてもらって。自宅が分かれば直接謝りに行かなきゃ―――」 八戒が考えながら園に戻ろうと踵を返す。 噴水を回って遊歩道に向かおうとした時。 視界に鮮やかな赤。 何処にいようと一目で惹き付けられる深紅。 「嘘…でしょ…っ?」 八戒の手が震えた。 視線の先には、逢いたかった人が居る。 降りしきる雨の中。 悟浄は噴水の縁に腰掛けていた。 「悟浄っ!!」 八戒が大声で叫ぶ。 俯いていた頭が、八戒の声に反応した。 ひょこっと起き上がり、キョロキョロと周りを見回す。 八戒も悟浄の場所へと駆け寄って行った。 悟浄が八戒を見つけ、嬉しそうに破顔する。 「やーっと来たぁ〜」 「悟浄…」 呆然とする八戒の周りを、悟浄は1周した。 「よかった。事故とかケガした訳じゃなかったんだな」 確認をして、悟浄は安堵の溜息を零す。 八戒は悟浄の方へと傘を差しだした。 「バカッ!それじゃ八戒が濡れるだろ!!」 悟浄が傘の柄を押し返す。 「馬鹿は…貴方でしょうっ!」 「へ?何がよ??」 きょとんと悟浄は目を見開く。 「何がじゃないでしょうっ!こんな雨の中でなにやってんですかっ!濡れないように駅の中に入るとか、どこかでお茶でも飲んでるとかっ!もっと頭を使ったらどうなんです!!」 八戒は一気に喚き立てた。 本当はこんなコトが言いたいんじゃないのに。 それでも。 自分を待って何時間も雨の中ずぶぬれになっている悟浄を見つけて、八戒の胸は張り裂けそうだった。 頭の中が歓喜と罪悪感でグチャグチャになって。 視界まで歪んできた。 「え…?ちょっ…八戒?どーしたんだよっ!?」 突然悟浄が慌てだす。 八戒は悟浄を睨み付けながら、ポロポロと涙を零した。 次第に瞳から溢れかえり、幾筋も頬を伝って濡らしていく。 「八戒…」 悟浄が八戒に触れようと手を伸ばす。 その手を払い除け、八戒は身体ごと悟浄の胸にぶつかった。 「本当に馬鹿ですよっ!来るか分からない僕のことなんか雨の中何時間も待ってっ!」 「でも…来てくれたじゃん」 悟浄の胸元を掴んだ指が微かに震える。 「ちゃんと…八戒来てくれただろ?」 「悟浄…」 八戒が視線を上げると、悟浄が幸せそうに微笑んでいた。 ますます八戒の視界が涙で霞む。 「…ごめんなさ…いっ」 嗚咽を堪えて八戒が謝った。 「ん…来てくれたんだからいーよ。でも何かあったの?」 肩口に顔を伏せる八戒の頭を、悟浄は引き寄せる。 「昼の少し前に…うちの園児が事故にあったって…連絡が。お母さんが取り乱してしまって、同僚と二人で病院に行ってたんです」 「ええっ!?それで大丈夫だったのかよ」 「不幸中の幸いというか…骨折で済んで。リハビリをすれば元通り回復するって、お医者様が仰ってました。それで気が付いたら…」 八戒が申し訳なさそうに言い淀む。 ポンポン、と悟浄は八戒の頭を叩いた。 「仕方ねーよ。それが八戒の仕事なんだからさ。俺も悪かったんだよなぁ〜。八戒に俺の携帯教えておけばよかったって」 「そんなの…悟浄は悪くないです。僕だって…番号訊いておけばよかったって」 「そっか…んじゃ、後で俺の番号教えるから」 「ええ。ちゃんとメモリー入れますね」 顔を上げると、漸く八戒が微笑む。 その綺麗な笑顔に、悟浄の心臓がドクンと脈打った。 どんどんと鼓動が激しく高鳴っていく。 「あの…さ。八戒…」 悟浄の指が、傘の柄を持つ八戒の掌に触れた。 ビクッと一瞬震えたかと思いきや、反対に悟浄の手をガッシリと握り締める。 「何ですかっ!この手は!!」 「いやん…八戒ってば大胆ねvvv」 「冗談言ってる場合じゃないでしょうっ!」 悟浄の手は、氷のように冷たかった。 八戒は左手で悟浄の頬に触れる。 「こんなに冷えてしまって…風邪引いたらどうするんですかっ!拗らせたら肺炎にも成るんですよっ!!」 「そんなこと言ったってさぁ〜」 やれやれ、と悟浄が肩を竦めた。 八戒が悟浄の頭を思いっきり殴りつける。 「いっでええぇぇっっ!いきなり何だよっ!!」 喚く悟浄を無視して、八戒は悟浄の服を持ち上げた。 長時間雨の中に居たせいで、すっかり水を吸い込んで重い。 悟浄の身体も服も、何もかも冷え切っていた。 「早く暖かくしないと。どうしよう…着替えて服を乾かすっていっても、僕のアパートは此処からじゃ車で20分は掛かるし。この辺にビジネスもラブホもないしなぁ…」 八戒がブツブツと独り言ちる。 一瞬、悟浄は瞳を瞬いた。 もしもし、八戒さん? 今、なんて仰いました? 何かスッゴイ楽しそうな言葉を聞いたんですけどぉ。 悟浄は頭の中で、もう一度八戒の言葉を反芻する。 えーっと。 八戒の家はちょっと遠いと。 それならビジネスかラブホでもあれば、なぁ〜んて。 「ラブホッッ!?」 悟浄の声が裏返った。 「はい?どうかしました??」 八戒は自分の考えに没頭していたのか、悟浄の声だけにしか反応しない。 「いやっ…あのっ!は…八戒…今…そのっ」 悟浄にとっては願ったり叶ったりな八戒のお誘いに、ゴクリと生唾を飲み込んだ。 「とにかくっ!こんなところで話している場合じゃないんですっ!早くしないと悟浄、肺炎になってしまいますよっ!!」 「肺炎〜?」 「…さっきから気になってるんですけど。悟浄、寒くないんですか?」 呆れた声で八戒が呟く。 「そう言われてみると、何だか身体がゾクゾクしてるような…」 「何暢気なこと言ってるんですかっ!熱が出てきてるんですよ」 「熱?まっさかぁ〜」 悟浄が苦笑していると、八戒の掌がペタッと額に触れてきた。 「少し…熱いですよ。早く着替えて身体の体温戻さないとっ!ああ、もうっ!この渋滞じゃ僕の家まで30分以上掛かりそうだし…」 煩悶する八戒に、悟浄は目の前で後方を指差す。 「俺の住んでるマンション…こっから歩いて10分ぐらいだけど?」 「それを早く言って下さいっ!何ボケッとしてるんですか!行きますよっ!!」 八戒は悟浄の腕を掴んで、先を即した。 これ以上濡れないようにと、傘を悟浄の身体に差し向ける。 「八戒、傘貸して」 悟浄は八戒から傘を取り上げた。 空いている方の手で、八戒の肩を自分の方へ引き寄せる。 「今度は八戒が濡れてるだろ?風邪引いたらどうすんだよ」 「悟浄こそ…濡れてるじゃないですか」 「俺はもう濡れてるからいーの」 「よくないですっ!僕が…イヤです」 うっすら頬を染めて、八戒が顔を伏せた。 悟浄の双眸が嬉しそうに眇められる。 「はーっかいっ!」 名前を呼ばれて、八戒が顔を上げた。 唇に、柔らかく触れる冷たい温度。 「悟浄…」 八戒が驚いて瞳を見開く。 「…すっげぇ好き」 「唇まで…冷たいですよ…」 恥ずかしそうに八戒が視線を伏せた。 「じゃぁ…熱くシテ?」 「あっ…」 八戒の身体が強い力で掬い上げられる。 傘に二人の身体が隠された。 「ご…じょっ…んぅ…っ」 強引な舌が、八戒の歯列から潜り込む。 口腔を熱い舌に舐られ、身体が震えてきた。 何度も角度を変え、互いの舌を夢中で貪る。 次第に八戒の熱が悟浄へと移された。 吐息が、熱く甘い。 名残惜しげに唇を離しても、舌先は触れたまま。 互いの熱を上げるように愛撫する。 八戒はゆっくりと悟浄の肩を押し返した。 「八戒…俺…っ」 腰に絡んでくる腕を、八戒は押し止める。 「早く悟浄の家に行きましょう…本当に風邪を引いてしまいますよ。身体…暖めましょうね?」 意味深に囁いて、扇情的な笑みを八戒は浮かべた。 悟浄の喉が小さく鳴る。 大きな掌が、八戒の手を握り締めた。 「早く行こうっ!」 切羽詰まった様子の悟浄に、八戒は小さく噴き出す。 「あっ!ちょっと…悟浄ってば傘っ!また濡れてますって!」 「もーいいっ!早く帰るのっ!!」 悟浄は子供のように駄々を捏ね、八戒を強引に引きずっていった。 |
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