Attraction Garden


お互い息を切らせてひたすら歩く。
駅前から離れ暫くすると、閑静な住宅街になった。
八戒がこの辺りを通るのは初めてだ。
物珍しげにキョロキョロと見回す。
ふいに悟浄が立ち止まった。
引きずられていた勢いのまま、八戒は悟浄の背中に追突する。
「痛っ!どうしたんですか?悟浄」
「俺んち、このマンション」
悟浄は一言告げるとエントランスに入っていった。
八戒も傘を閉じ、慌てて後を追う。
オートロックを解除している悟浄の後ろで、八戒は周りを見回した。
「…結構立派なマンションですねぇ」
「最近のはこんなもんだろ?天蓬の所と比べたら至って庶民的だし?」
悟浄は肩を竦めて苦笑した。
ロックが解除され、目の前の扉が開く。
八戒の肩を押し、悟浄は中へと入った。
「そりゃ…天ちゃんの所と比べれば、大抵のマンションは普通でしょ?ここはセキュリティーもしっかりしてるしいいですねぇ」
二人はエレベーターの前で、降りてくる数字を見上げる。
「最近は結構物騒だからな。オートロックだって完璧安心じゃねーし。ここは管理人が常駐だからそれでもマシだけど。八戒の所は違うの?」
「僕の所は普通のアパートですから」
着いたエレベーターに二人で乗り込んだ。
「気を付けろよ?八戒美人なんだから変質者っつーかストーカーとか」
「僕は男ですよ?」
「そんなのっ!イッちゃってるヤツには関係ないって。それにそういうのでなくても強盗とか…あ、すっげぇ気になってきた」
「大丈夫ですって〜」
「いんや!こういうことに絶対なんてありえねーって!」
話しているとエレベータが止まる。
「こっちこっち♪」
嬉しそうに悟浄は八戒の手を引いていった。
伝わる温度は相変わらず冷たい。
八戒は眉を顰めた。
ドアの前に辿り着くと、悟浄はジーンズのチェーンに引っかけていたキーを取り出す。
「はい、どーぞ♪」
恭しくドアを開けた悟浄の尻を、八戒は室内に蹴り込んだ。
「おわっ!?なっ何だよ??」
「悟浄はそのままでいて下さい。タオルはどこにあります?」
「え?えーっと…ソコの洗面所の棚に」
「洗面所ですね?あ、その前にエアコン入れますよ!」
八戒は勝手にズカズカと上がり込み、テーブルに置いてあったリモコンでエアコンを付けた。
慌ただしく戻って、サニタリーのドアを開ける。
「タオルは棚…あ、あった!」
重ねて置いてあったバスタオルを掴むと、急いで玄関に戻った。
「はい、まずこれで頭拭いて!それと、濡れている服はカゴに入れて下さいね」
テキパキと仕切り出す八戒に、悟浄は呆然と立ち竦む。
「あのさー…俺とりあえず上がってもいい?」
「あっ!すみません!えーっと…ポットはありますね。やかんは〜」
「八戒さぁ〜ん…」
情けない声で呼びかけると、勢いよく八戒が振り返った。
「何もたもたしてるんですっ!早く濡れてる服脱いで着替えて下さいっ!」
「…はぁい」
目の前に置かれたカゴに、悟浄は着ていた上着と長袖Tシャツを放り込む。
「いけないっ!お風呂にお湯溜めないと…」
やかんを火に掛けて振り返った八戒が、突然真っ赤になって硬直した。
背後では丁度悟浄がパンツ1枚でジーンズをカゴに放り込んでいる。
視線に気付いて、悟浄が首を傾げた。
「どーした?八戒??」
「え…っと…何でもないですっ!あ、お風呂にお湯溜めますね」
前を横切ろうとした八戒の腰を、悟浄は腕で抱え込む。
「は〜っかい♪顔…すっげぇ真っ赤だけど?」
「ちょっ…離して下さい…っ」
身体を捻る八戒の身体を、背中から強く抱き締めた。
「悟浄…風邪引いちゃいますって」
「んー?だって八戒が暖めてくれるんだろ?」
耳朶を舌で舐りながら、悟浄が卑猥な声で低く囁く。
ビクッと八戒は首を竦めた。
悟浄は片手で八戒の腰を抱き、もう片方の掌で八戒の身体をまさぐった。
「ごじょ…っ…ダメ…ですっ」
藻掻く身体を更に引き寄せ、器用な指がシャツのボタンをどんどん外していく。
「八戒…震えてるよ?すっげ可愛いー…」
悟浄が首筋に口付けると、、八戒が吐息を漏らした。
綺麗な指先が、悟浄の腕に爪を立てる。
「ダメだって…」
「んー?」
「言ってるでしょうっっ!!」
大声で叫ぶと、八戒は悟浄の素足を思いっきり踵で踏みつけた。
「いっでえええぇぇーーーっっ!!!」
腕の拘束が緩んだ隙に、八戒が悟浄から離れる。
足を抱えて、悟浄は床にしゃがみ込んだ。
あまりの痛さに声も出ない。
「全く…そんな身体が冷え切っているのに何考えてるんですかっ!先にお風呂で身体暖めて下さいっ!」
八戒は怒りも露わに床を踏みしめ、バスルームに向かった。
すぐに勢いよく水音が聞こえ出す。
「10分ぐらいで溜まりますね」
戻ってきた八戒が、悟浄の身体をバスタオルでくるんだ。
丸まっている背中をポンポンと叩く。
「ほら、風邪引いてしまいますから、早く着替えて」
「ひでぇよ…八戒。俺の切なぁ〜い男心を踏み躙ったな」
悟浄は涙目になって、思いっきり拗ねまくる。
床にのの字を書いていじけだした。
八戒はふぅっと大きく溜息を吐く。
「…切ないのは心じゃなくって、ココでしょっ!」
指を伸ばして八戒が悟浄の股間を握った。
「うっ!?」
八戒の掌で、ドクンと大きく脈打つ感触。
悟浄の分身があからさまな反応を示した。
「はっかいいいぃぃーっっvvv」
のし掛かろうと飛び込んできた身体を、八戒はひょいと避ける。
悟浄が勢いよく床を転がっていった。
「…八戒のいじめっこぉ」
グッスンと鼻を啜って、悟浄は膝を抱えてリビングまで転がる。
「本当に風邪引いちゃうでしょ。ちゃんと身体を暖めて、薬も飲まないと。身体は氷みたいに冷たいのに、悟浄顔が熱いんですよ?熱が少しあるみたいだし。それに…僕のせいで悟浄が具合悪くなるなんてイヤなんです」
膝を抱えて背中を向けている悟浄が、チラッと肩越しに八戒を振り返った。
八戒が心配そうに悟浄を見つめる。
「分かったよっ!」
悟浄は勢いよく立ち上がり、八戒の元へと戻ってきた。
「ちゃんと風呂に入って身体暖める。その代わりっ!」
所在なげに立っている八戒の身体を抱き締めた。
「…今日は泊まってけよ?」
「悟浄…っ」
耳元で囁かれた言葉に、八戒が恥ずかしそうに俯く。
そっと腕を上げて、ぎこちなく抱き締め返した。
顔を悟浄の肩口に伏せて、小さく頷く。
「夜は八戒が熱くして?」
「もぅ…ヤラしいことばっかり言って」
「だってすっげー八戒とヤラしいことしたいもん」
悟浄は口端をあげて微笑んだ。
羞恥で火照った頬を、八戒は悟浄の肩に押しつける。
「八戒は?シたくねー?」
「…シたいです」
八戒は消えいるような声で呟いた。
もちろん、悟浄が聞き逃すはずがない。
「八戒…」
無骨な指先で八戒の顎を上向かせた。
艶やかに濡れた瞳を向けられ、悟浄の心臓が大きく高鳴る。
そのまま口付けようと顔を伏せた。

スカッ。

「ん?あれ??」
「いけないっ!お湯が溢れちゃったみたいですっ!!」
いつの間にか八戒は悟浄の腕から抜け出している。
バスルームに飛び込む八戒を、悟浄は呆然と見送った。
「もしかして俺って…メッチャクチャ焦らされてるの?」
悟浄はガックリと肩を落としながら、髪を掻き上げる。

大胆に煽ってくるかと思えば、あっさりはぐらかされて。
もー、早くどうにかしたいっつーの!
八戒のバカッ!

「あ、悟浄。お風呂溜まりましたから、もうそのまま入っちゃって下さいね」
「へーい…」
悟浄は八戒と入れ違いにサニタリーに入った。
「着替えはどこにあります?」
「リビングの横の部屋。クロゼットあるから」
「クロゼットの中ですね?」
「うん。テキトーに持ってきて」
「分かりました。それと悟浄、台所お借りしてもいいですか?」
「んー?いいけど…」
「お腹空いてるでしょ?何か作りますから」
「えっ!八戒作ってくれんの!?」
悟浄が嬉しそうに瞳を輝かせて顔を覗かせる。
「ええ。材料ありますか?」
「冷蔵庫適当に見て。割とあるから」
「悟浄って料理するんですか?」
八戒には意外だったらしい。
驚いて目を丸くしていた。
「家にいる時は結構作るぜ?簾の食事面倒みたりもするしさ」
「ああ、そうでしたね」
確か父親が忙しい時は、悟浄が代わりに面倒見ていると言っていたのを思い出す。
上機嫌な鼻歌がサニタリーから聞こえてきた。
「悟浄?」
「なぁ〜に〜?」
「ちゃんと湯船に浸かって、茹だるぐらい暖まって下さいね。100数えるまで出ちゃダメですよ〜?」
「俺は子供かっ!」
叫び声と同時にバスルームの扉が閉まる。
八戒は肩を震わせてクスクス笑った。
「さてと。エプロンはあるのかな?」
キッチンを見回すと、椅子の背に掛けてあるのを見つける。
とりあえず鞄をその椅子に置いて上着を脱ぐと、八戒はエプロンを身につけた。
やかん沸かしたお湯をポットへと移す。
「何がありますかね〜」
八戒は冷蔵庫を開けて中身を確認した。
悟浄の言ってた通り、結構色々揃っている。
「んー…挽肉がありますか」
野菜の方も確認すると、タマネギやジャガイモがあった。
冷凍庫を開けると、保存している野菜類も入っている。
「…結構マメなんですね、悟浄って」
八戒は感心しながら頷く。
調味料も問題ない。
「ハンバーグでも作りましょうかね。それとスープにサラダ…ってトコかな?お米はどこでしょう?」
キッチンの戸をあちこち開けると、米の入ったケースを見つけた。
これなら問題なく食事を作ることが出来る。
「とりあえずお米のほう準備して、下ごしらえかな」
手順を考えていると、視界に自分の鞄が入った。
「あ…そうだ」
八戒は何かを思い出し、鞄の中をごそごそと漁る。

取り出したのは、天蓬から貰ったお守り。

暫く無言で眺めると、小さく頷いてエプロンのポケットに入れた。
「イマイチ信用できないんですよねぇ…でも」
ポケットの中でお守りをギュッと握る。
瞳を閉じて、八戒は願を掛けた。
「天ちゃん…お願いしますよ」
小さな声で呟く。
その口元には笑みが浮かんでいた。
すぐに目を開けると、八戒は大きく伸び上がる。
「さてと。始めましょうか」
気合いを入れると、八戒は料理を開始した。



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