Attraction Garden


その頃、御近所の捲簾宅では。
「いっただきまぁ〜っす♪」
簾が礼儀正しく、手を合わせる。
鍋の火を調節しながら、捲簾は首を傾げた。
「簾、タマゴ割れるか?」
「んー…出来なぁ〜い」
タマゴの器を簾は目の前に差し出す。
本日のメニューはスキヤキ。
どうにも体力の消耗が激しい捲簾は、手っ取り早く精力を付けようと考えた。
室内に食欲を刺激する甘い匂いが漂っている。
「はい、簾クン。タマゴ割れましたよ〜」
「ありがとー、天ちゃんセンセー」
「いえいえ♪」
何故か、家族の食卓に天蓬が居た。
捲簾もエプロンを外すと、席に着く。
「ったく…結局来るなら、ストーカー電話なんかしてくんなよ」
あれから天蓬の電話攻撃は午後まで続いた。
漸く治まったと捲簾が安堵していると、夕方になって天蓬が押しかけてきたのだ。
しっかりお土産持参で。
ドアチェーン越しに、不機嫌全開の捲簾は睨みつける。
その鼻先に、何やら高級デパートの包装をした箱が突きつけられた。
「…何コレ」
「捲簾ダルそうでしたから、元気になってもらおうと思いまして♪」
「…誰のせいだと思ってんだよ?」
能天気な天蓬の様子に、捲簾の態度は素っ気無い。
「僕だけのせいなんですか…」
しゅんと寂しそうな瞳で、天蓬が捲簾を見つめた。
瞳を潤ませる儚げな表情に、捲簾は視線を逸らした。

うっ…すっげー可愛いかも。

あんなことがあっても、捲簾の面食いはちっとも懲りていない。
盲目的に天蓬に惚れているのを、捲簾は痛烈に自覚した。
しかし。
いくら好きだからといって、ここで天蓬を迎え入れるのは自殺行為だ。
先日アレだけ互いに交わり合って貪り尽くしたというのに、翌日に朝っぱらからハイテンションの天蓬は、しつこい程捲簾にテレフォンセックスまで要求してきた。
家に入れたが最後、天蓬が素直に帰るとは到底思えない。
そう分かっているけど。
天蓬が自分を心配して来てくれたのは正直に嬉しかった。
漸く欲しいと渇望した相手と結ばれたばかりの恋人同士。
一緒に居たいという気持ちは捲簾にもある。
あるのだが。
捲簾が密かに煩悶していると、天蓬がポツリと呟く。
「美味しい松阪牛なんですけどねぇ…コレ」
天蓬の目の前で、ドアが大歓迎で開かれた。

「パパ〜このお肉おいしいーっ♪」

簾が嬉しそうに捲簾を見上げる。
「喜んでもらえて嬉しいです」
天蓬はニッコリと微笑んだ。
確かに。
そう滅多なことでは手を出せない高級牛肉。
昨日の今日で勘弁してくれと捲簾は思ったが、つい手土産に釣られてしまった。
しかも、それだけではない。
「ねー、このキノコなぁに?」
簾がじっと鍋の中を覗き込む。
「これは松茸って言うんですよ♪」
「へー、おいしいの?」
「美味しいですよ〜。取って上げましょうか?」
「うんっ!」
天蓬は簾の器に、程よく味の滲みた松茸を入れた。
そう、天蓬は牛肉だけではなく松茸まで持ってきたのだ。
しかも国産、桐の箱入り。
このスキヤキの原材料など、捲簾は恐ろしくって考えたくもない。

俺ってば、つくづく庶民だよなぁ。

我ながら自分の現金さに、深々と溜息を漏らす。
「はい、捲簾。あ〜んvvv」
天蓬がタマゴをつけた松茸を、捲簾の口元に運んだ。
つい、条件反射で口を開いてしまう。
「うっ…旨いぃ〜♪」
捲簾は租借しながらジタバタと悶えた。
「捲簾、僕も食べたいですぅ♪」
「あ?」
横を向くと、天蓬がニコニコと微笑んでいる。
「…食えばいいじゃん」
頬を染めて捲簾がプイッと視線を逸らした。
「食べさせてくれないんですかぁ…」
天蓬は寂しそうに落ち込んで、シュンと俯いてしまう。

わざとだ。
絶対にわざとに決まってる。
簾が居るのに。
んなこっぱずかしい真似できるかよっ!!

キッと捲簾が睨んでいる視線の先に、ひょいと箸が出てきた。
「はい、天ちゃんセンセー、あ〜ん♪」
「あ〜ん♪」
「あ゛ーーーっっ!!!」
簾の箸から天蓬は松茸を食べる。
「天ちゃんセンセー、おいしい?」
「美味しいですよ〜♪」
「………。」
もの凄く情けないが、捲簾は息子に嫉妬してしまった。
不機嫌な顔で拗ねてしまう。
すぐに天蓬は気付いて、苦笑を漏らした。
「はい、捲簾。今度はお肉ですよ〜」
「あ〜」
差し出された箸に、今度は素直に口を開ける。
「美味しいですか?」
「んっ!肉がっ!肉が口でとろける〜♪」
コクコクと頷いて、捲簾が喜んだ。
「僕もっ!」
「はいはい、簾クンあ〜ん♪」
「あ〜ん♪」
雛の餌付けのように、天蓬が簾の口に肉を運ぶ。
「天蓬も食えよ、ほら」
捲簾が天蓬の口元に肉を差し出した。
嬉しそうに微笑んで、天蓬は自分から箸に食いつく。
「美味しいです♪捲簾って本当に料理上手ですよねぇ。割下の甘さも丁度いいですし」
「そっか?まだいっぱいあるから食えよ〜♪」
天蓬の絶賛に、捲簾は照れながら笑った。

こうして、和やかに夕食の時間を満喫した。






捲簾は鼻歌交じりに夕食の跡片付けをしている。
食器洗浄器にスイッチを入れ、コーヒーメーカーに挽いた豆をセットした。
微かに楽しげな笑い声が聞こえてくる。
片付けをしている間に、天蓬が簾を風呂に入れていた。
「もうそろそろ出てくるな」
捲簾は部屋から簾の着替えと、天蓬用に自分の部屋着を出して用意する。
サニタリーのカゴに二人分の着替えと、バスタオルを入れて置いた。
丁度コーヒーが落ちたタイミングで、簾を伴って天蓬が風呂から上がってくる。
「パパぁ、ノド渇いた〜!アイス食べてもいい?」
「ちゃんと歯ぁ磨けよ?」
冷凍庫を開けて、捲簾がアイスキャンディーを簾に渡した。
「ふぅ…」
天蓬は頬を紅潮させて、掌でパタパタと扇いでいる。
「簾入れてくれて悪ぃな」
ミネラルウォーターのグラスを、天蓬へと差し出した。
グラスを受け取ると、天蓬が一気に喉を鳴らして美味しそうに飲み干す。
「何だか、茹っちゃいましたよ」
髪をタオルで拭いながら、天蓬が苦笑した。
襟元を寛げたシャツから覗く鎖骨。
肌が上気してほんのり色付いている天蓬から、捲簾はぎこちなく視線を引き剥がす。

うっ…すっげ旨そう、かも。
俺の方が逆上せそー。

捲簾の脳裏にあの夜の痴態が浮かんでくる。
次第に熱を帯びる身体に、捲簾は焦った。
天蓬に触れられた感触を思い出して、背筋がゾクゾクと粟立つ。
「捲簾…どうかしました?」
いつの間にか横に来ていた天蓬が、肩を引き寄せ耳元で囁いた。
カッと捲簾の頬が紅潮する。
覚えのある熱で下肢が疼きだした。
「天蓬ぉ…」
瞳を欲情で潤ませ、捲簾は縋るような視線を天蓬へ向ける。
天蓬が捲簾の耳朶に唇を寄せた。
「…欲しくなっちゃいました?」
「ん…」
捲簾は素直にコクリと頷く。
嬉しそうに微笑んで天蓬が捲簾を抱き寄せた。

「パパ〜!レンも抱っこぉ〜♪」

足許から聞こえてきた無邪気な声に、二人とも瞬間硬直する。
「………忘れてたわ」
「………ですね」
すっかり気持ちも身体も盛り上がっていた二人はガックリ項垂れた。
捲簾は椅子に座ると、膝上に簾を乗せた。
天蓬も向かい合わせに座る。
大きめのマグカップに、淹れたてのコーヒーを注いで天蓬へ渡した。
「そういえば…八戒はどうしてますかねぇ」
カップに口をつけ、天蓬がのほほんと呟く。
「あー、そういやデートなんだって?悟浄が大張り切りで出かけてったけどさ」
「そうなんですか?それはそれは〜」
天蓬の口元が綻んだ。
「大変だろうなぁー…」
「へ?何が??」
呟かれた言葉に捲簾が目を丸くする。
「悟浄クン、張り切ってたんですかぁ〜ふぅ〜ん」
天蓬の瞳が意味深に眇められた。
捲簾が不審気に眉を顰める。
「何だよ?気になるじゃねーか」
「いえね?八戒も頑張ってるかなぁ〜と思いまして♪」
「…頑張る?」
捲簾が首を傾げた。
「ええ。八戒は本当に見ているほうが歯痒く成る程、オクテで照れ屋さんなんです」
「ほー?天蓬とエライ違いだな」
尤も始めの頃は天蓬も奥ゆかしい雰囲気だったが、捲簾は見事に騙されていた。
奥ゆかしい人間は楽しそうに拘束したり、圧し掛かったりしない。
「それだけ捲簾が魅力的なんですよvvv」
艶やかに微笑まれ、捲簾は僅かに頬を染めた。
「まぁ、八戒が悟浄クンのこと好きになっているのは直ぐ分かりましたから」
「へぇ…そうなんだ?」
「ええ。でも八戒自身は自分の気持ちに戸惑っているようでしたので、ちょっと…」

何だかイヤな胸騒ぎがする。

「………ちょっと?何だよ??」
「八戒のお手伝いをしてあげようかと思いまして」

ますます不吉な予感がしてならない。

「八戒がと〜っても素直になれるお守りをプレゼントしたんです♪」
「お守りぃ〜?」
「そうですよ」
天蓬がニコニコと笑みを浮かべる。
願掛けなんて、随分と古典的で可愛らしいことを。
捲簾は当てが外れて、内心で安堵した。

しかし。
天蓬の性格は可愛らしくなかった。

「悟浄クンが〜とぉーっても可愛らしく♪据え膳マグロさんになってしまうお守りなんですvvv」
「へっ!?」
捲簾の額を冷たい汗が伝い落ちる。
「さすがにそんな悟浄クンの姿を見たら、八戒もヘンに我慢なんかしないでしょ?」
天蓬の双眸に妖しく光った。

やっぱりそうなのかっ!?

自分と同じ行く末の弟を案じつつも、捲簾は笑いを噛み殺した。


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