Attraction Garden


悟浄が風呂から上がると、室内にはイイ匂いが充満してた。
急いで着替えると、キッチンへ顔を出す。
「八戒、何作ってんの?」
八戒の肩越しに悟浄は顔を出して覗き込んだ。
「あ、悟浄出たんですか。ちゃんと暖まってきました?」
「茹だってるっつーの、熱くてしょーがねーよ」
「どれどれ?」
振り向くと、八戒は悟浄の頬を掌で触れる。
先程の冷え切った体温と違い、充分に暖かい。
肌も紅潮して、うっすらと汗が浮き出ているほどだ。
「よかった…体温も戻っていますね」
八戒は安堵して、小さく微笑む。
「戻ったっつーよりは、逆上せた」
羽織っただけのシャツを、悟浄はパタパタと閃かせた。
「ダメですよ、ちゃんと着ないと。今度は湯冷めしちゃいますからね」
「へーい。もうちょっと汗引いたらな。で?すっげイイ匂いだけど〜」
悟浄は八戒の手元の鍋を覗き込む。
「これは野菜のコンソメスープですよ、味見します?」
小皿にスープを掬って、悟浄へと渡した。
受け取ると悟浄は嬉しそうに口を付ける。
「…どうですか?」
神妙な表情で八戒が悟浄を見つめた。
「ん!旨いっ!塩加減も丁度良い♪」
「そうですか…よかった」
「他には何作んの?」
「メインはハンバーグですよ。後はサラダも作りましたし」
「…すっげぇ手際いいな」
「そうですか?でも下ごしらえなんて、そんなもんじゃないですか?」
あんまり早く上がると文句を言われそうだったので、悟浄は自分にしては長く風呂に入っていた。
それでも30分程度だ。
その時間に全ての準備を済ませるのは、普段から料理をしているからだろう。
「後はハンバーグ焼くだけですから、もうちょっと待ってて下さいね」
「ほ〜い♪」
悟浄は冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、椅子に腰掛けた。
テキパキとキッチンで動く八戒の姿を、口元を緩めながら楽しそうに眺める。
視線に気付いて八戒が振り返った。
「何ですか?どうかしました??」
「いや…なぁ〜んかそうやって八戒が俺んちのキッチンに居るとさ、新婚さん見たいじゃね?」
デレッと頬を緩ませて笑う悟浄に、八戒は真っ赤になってフライ返しを取り落とした。
慌てて拾い上げると、悟浄に背を向ける。
ムキになって流しで洗う八戒に、悟浄は笑いを噛み殺して近付いた。
ふいに背中から抱き締められて、八戒の身体が驚いて跳ねる。
「ちょっ…悟浄!?」
身体を捩って逃げようとする八戒を、ますます強く抱き締めた。
逃げられないと諦めて溜息を吐くと、八戒は身体の力を抜く。
「もぅ…いきなり何ですか?」
「んー?いやぁ何かエプロン姿っていーよなぁ〜」
「…は?僕いつもエプロンしてますけど??」
八戒は訳が分からず首を傾げた。
いつも保育園ではエプロン姿で仕事している。
制服のようなもんだから、悟浄だって見慣れているだろうに。
「そういう意味じゃなくってさ。自分の家で八戒がエプロンしてるっていうのがイイのっ!」
妙に気合いを入れて力説する悟浄に、八戒は呆れ返る。
悟浄の掌が、エプロンをしている胸元に忍び込んできた。
「何つーかさ…すっげ興奮する」
「ごじょっ…ちょっと…っ!?」
耳朶を舌で舐め上げながら囁かれ、八戒が首を竦める。
悟浄の指先が、シャツのボタンを片手で器用に外していく。
「も…っ…さっきからっ…食事…作れないじゃ…っ」
「でっもぉ〜俺メシより八戒が食べたいなぁ〜♪」
悟浄は楽しげに熱くなった股間を、八戒の双丘に押しつけた。

プチッ。

八戒の脳の何処かで忍耐の緒がキレた。
「折角作ってるのに…僕の料理が食べたくないって言うんですか?」
「はっ…八戒さ…あぶっ…危ないって!」
悟浄の鼻先に包丁の切っ先が突き付けられる。
ドッと悟浄の身体から冷たい汗が噴き出した。
顔面蒼白にして悟浄が硬直する。
「僕…悟浄に手料理食べて貰いたくって…頑張ったのに…っ」
相変わらず包丁は向けたまま、八戒は哀しそうに涙ぐんだ。
グスッと鼻を啜って俯く。
「あ…うんっ!嬉しいな〜!もの凄ぉ〜っく楽しみっ!!早く食べたいなーっっ!!」
そっと八戒の身体から手を離すと、悟浄はじわじわと後ずさった。
包丁を下ろすと、八戒は上目遣いに悟浄を見つめる。
「本当…ですか?」
瞳を潤ませ、縋るような視線。

うわわっ!めっちゃくちゃ可愛いんだっつーのっ!!

「あれ?悟浄、どうしたんですかぁ〜?」
悟浄は股間を押さえながら、床に屈み込んでいる。

あーっ!もうさっきからさっきからっ!!
俺を試してんのか?そうなのか!?
んなモン、試す必要なんか無いって!
無茶苦茶グッチャグチャに八戒とヤリてぇっっ!!!

内心で喚きつつ、悟浄は疼く股間を両手で押さえつけた。
「あのー…悟浄?」
八戒が心配そうに声を掛けると、悟浄はスッと立ち上がった。
「………トイレ」
前屈みの状態で、ヨロヨロと悟浄はトイレに歩いていく。
扉が閉まると、八戒は肩から力を抜いた。
「悟浄ってば…せっかちさんですよね。今シちゃったらご飯食べる時間無くなっちゃうのに」
八戒はポツリと本音を呟く。
すぐに我に返って、恥ずかしそうに視線を泳がした。
「あ…何だか今のって、すっごくイヤらしいですよね」
羞恥で赤らむ頬を、八戒は掌で押さえる。
チラッと八戒は視線をトイレへ向けた。
「お手伝いしてもいいんですけど。初めてでいきなりじゃ、さすがにはしたないかなぁ…でも」

悟浄がどんな顔でシテるのか、すっごい見たいんですが。
僕の事オカズにして、アレをいやらしく弄ってるんですよね…今。

「あ、いけない…鼻血出そう」
八戒は激しい動悸を深呼吸で宥め、ダイニングの椅子に腰を落とした。
何だか身体中の血液が逆巻いて、熱が上がってくる。
「ふぅ…落ち着かないと。こんなんじゃ悟浄が怖がっちゃいますからね」
テーブルに置きっぱなしになっていたビール缶を手に取ると、八戒は一気に煽った。
冷たい喉越しに、高ぶっていた気持ちが少し落ち着く。
「さて、早く料理仕上げちゃいましょうか」
勢いよく椅子から立ち上がって、八戒は再度キッチンに向かった。

その頃トイレでは。

「はぁ…あーもうっ!抜いても抜いても萎えねーぞっ!このバカ息子!!勿体ねーじゃんかコイツ〜!!」
悟浄はトイレットペーパーをガラガラ回して八つ当たっていた。






どうにか元気すぎる自身を宥めて、悟浄は漸くトイレから出てくる。
「あぁ、丁度良かった。出来上がりましたよ」
にこやかに八戒が悟浄を手招いた。
何となくバツ悪く、悟浄は髪を掻き上げながらダイニングを見遣る。
「…すげぇ」
悟浄は素直に言葉を漏らすと、瞳を輝かせて喜んだ。
テーブルには野菜のコンソメスープに、彩りも鮮やかなミモザサラダ。
メインのハンバーグは食欲を刺激する香ばしい匂いを漂わせている。
付け合わせにはチーズクリームのリングイネにソテーした温野菜。
悟浄はワクワクと心躍らせて席に着いた。
それと同時に、炊きたてのご飯が手渡される。
「なーなー?食ってもイイ!?」
子供のように足をバタつかせ、悟浄が期待した眼差しで八戒を見つめた。
既に両手にはフォークとナイフを握っている。
素直すぎる反応に、八戒が笑みを零す。
「冷めないうちにどうぞ」
「いっただっきま〜っす♪」
八戒のお許しと同時に、悟浄はハンバーグに手を付けた。
口に入れると、じんわりと旨味の詰まった肉汁が滲み出てくる。
「う〜ま〜いいぃぃ〜♪」
フォークを握り締め、悟浄がジタバタと悶えた。
「お口にあったようで…よかった」
「もーっ!合いまくりよ♪マジで八戒嫁さんに欲しいーっっ!!」
さり気なく本心を言ってみたり。
「でも、僕男ですからねぇ。やっぱりお嫁さんが欲しいんですけど」
悟浄のフォークがピタリと止まった。
「…お嫁さん?」
「ええ。僕料理も洗濯も掃除も好きなので、家事一切はしなくても構わないんですけど。一緒に居るだけで幸せな気分になれる、可愛らしいお嫁さんが欲しいなぁ」
「可愛らしい…お嫁さん…」
何やら難しい顔をして、悟浄が唸る。
上目遣いに視線を上げれば、ニコニコと楽しそうに八戒が微笑んでいた。
ますます悟浄の眉間に皺が寄る。
ひとしきり唸っていたが、突然悟浄が顔を上げた。
「よしっ!んじゃ八戒、ごじょをお嫁さんにして〜んvvv」
両手を組んで、小首を傾げて見上げる。
一瞬八戒は目を見開いて硬直したが、すぐに双眸を和らげ微笑んだ。
テーブル越しに腕を伸ばして、悟浄の手を握り締める。
「…大切にしますからねvvv」
「―――――っっ!?」
艶麗な笑みを浮かべて囁かれ、悟浄の頬が真っ赤に染まった。

こんなの、冗談だって分かってるのに。

触れている八戒の掌が、優しくて、熱くて。
誤魔化すことも振り払うことも出来なかった。
驚愕したまま、悟浄は固まってしまう。

八戒は一度強く手を握り締めると、さり気なく離した。
離れていく八戒の掌を、悟浄は目で追ってしまう。
何となく物足りなくて。
そんな風に思ってしまった自分に、悟浄はますます恥ずかしくなった。
顔の火照りを誤魔化して悟浄は俯く。
「さ、悟浄。冷めてしまったら美味しくないですから、食べて下さいね」
八戒の明るい声に、悟浄が視線を上げた。
急須を取って、八戒はお茶を注いでいる。
恥ずかしくって視線を合わせられなかった悟浄は、申し訳ないと思いつつ肩から力を抜いて安堵した。
フォークを持ち直して、食事を再開する。
「あ、悟浄。スープ熱いですから気を付けて…」
「熱っ!!」
「あー…間に合いませんでしたか」
「でも旨いっ!コレ後で作り方教えて。野菜いっぱい入ってるから簾にも食わせてーし」
「いいですよ。後でレシピ書きますね」
「さんきゅ♪」
こちらの二人も、比較的和やかに食事時間を過ごした。


Back    Next