Attraction Garden |
食事が終わると、八戒が跡片付けを始めた。 後姿を確認しつつ、悟浄はそっとダイニングを離れる。 自室に入ると、ベッドに視線を落とした。 「…昨日取り替えたけど」 ベッドからシーツを引き剥がすと、クロゼットから新しい物を出す。 いそいそと真新しいシーツと交換した。 「よっし!」 上掛けは用意周到に足許の方へ畳んで置く。 悟浄はベッドに腰を下ろして、腕を組んだ。 しばし、考え込む。 「…やっぱゴムはいるな、うん♪」 引き出しから買い置きしてあったコンドームの束を引っ張り出した。 「…3つ?いや、5つ」 プチプチと取り分けながら悟浄が唸る。 ベッドヘッドに置いてある缶に数えて放り込んだ。 「面倒だから10個入れとこ〜♪」 上機嫌に缶の蓋を閉め、元の位置に戻す。 「あれ?悟浄??」 ダイニングから八戒が呼んでる声が聞こえた。 慌てて悟浄が自室から顔を出す。 「ん?どした〜?」 何食わぬ顔で悟浄が戻ってきた。 「ああ、コーヒー入れようと思いまして。豆とコーヒーサーバーありますか?」 「あるよ。ちょっと待って。豆モカブレンドでいい?」 「ええ。モカは好きです」 「そっか。駅の近くにコーヒーの旨い茶店があるんだよ。そこで豆分けてもらってんの。かなり旨いぜ〜♪」 「へぇ。それは楽しみですねぇ」 悟浄はダイニング横の棚を漁っている。 あったあった、とサーバーと豆の入った缶を嬉々として取り出した。 引き出しからフィルターを出して、八戒に手渡す。 「こんなもんでいい?」 悟浄がお伺いを立てると、八戒は少し考え込んだ。 「あとできれば洋酒…スコッチでもあれば」 「ん?あるけど…飲む?」 「コーヒーに香り付けで入れようかと」 「ああ、香りね。えっと…」 リビングに戻ると、悟浄はボトルに半分ほど入っているスコッチ瓶を持って戻ってくる。 「ほいよ。オッケー?」 「ありがとうございます、じゃぁ準備しますね」 八戒はニッコリ微笑むとコーヒーの缶を手に取った。 煙草に火を点けて、悟浄は時計に視線を向ける。 まだ時間は8時少し過ぎ。 「…さすがにまだ早ぇか」 煙を吐き出して、悟浄が独り言ちた。 「え?何がですか??」 「いんや〜?何でもない。さすがにメシ食った時間早かったから、まだこんな時間かーって」 「そうですね…まだ8時回ったばかりなんですか」 挽いた豆の分量をスプーンで量りながら、八戒が相槌を打つ。 「あ、八戒。それ俺がやろうか?八戒も風呂入ってくれば?」 悟浄の申し出に、八戒は小さく首を傾げた。 しかし、直ぐに首を振る。 「いえ。食べたばかりでお風呂に入るのは…眠くなってしまいそうだし」 苦笑して八戒がやんわりと辞退した。 確かに、結構ボリュームのあった食事を平らげ、かなり満腹状態だ。 それに。 さぁ、これから!っていうところで、八戒に眠くて愚図られるのも困る。 「そっか。んじゃ俺洗濯機回すかな〜」 先程雨で濡れた衣服はカゴに放り込んだままだった。 「僕やりましょうか?」 「いいって。放り込んで回すだけなんだから」 悟浄は手で制すと、サニタリーに入っていく。 姿が完全に見えなくなってから、八戒はポケットからお守りを取り出した。 中を開けると小袋が2つ入っている。 取り出すと、袋の中には白い粉が入っている。 八戒は袋を破いて、粉をマグカップに篩った。 「…本当に効くんでしょうかねぇ、コレ」 胡散臭げに八戒が眉を顰める。 何と言っても天蓬が趣味で作ったというのが怪しい。 とりあえず自分で実験して、問題はなかったらしいので害はないと思うが。 「いちおう保険を掛けましょうか」 お守りからもう1袋取り出すと、同じようにカップに入れた。 そのカップに落ちたばかりのコーヒーを注ぐ。 スプーンで掻き混ぜてから、八戒はカップを鼻先に持ち上げた。 鼻腔にアルコールのような刺激臭がある。 「成る程ね。コレを誤魔化すためにお酒を入れるんですか」 八戒は天蓬の指示通りに、カップへスコッチを適量落とす。 『これはね、八戒がソノ気になった時、とっても役に立ちますよ』 『何の薬なんですか、コレ』 『ああ、僕が自分の身体で投薬テスト済みですから、全く害はありません』 『ですから!一体どんな薬だって訊いてるんです!』 『それはですねぇ―――――』 再度、薬が入っているカップと入っていないカップを、交互で嗅いでみる。 今度は仄かに漂うスコッチの香りで、先程の独特の刺激臭は全く感じなかった。 カップを下ろすと、八戒はほくそ笑む。 薬の入っていないカップのほうへ、先にたっぷりとミルクを注いだ。 サニタリーからは洗濯機の動く音が聞こえてくる。 「あ、すっげぇイイ匂い〜♪」 椅子に座る悟浄の前へ、コーヒーを注いだカップを置いた。 「悟浄、砂糖とミルクは?」 「あ、いらない。俺ブラック派だから」 「…ミルクぐらいは入れたほうがいいですよ?胃が荒れますから」 「いやいや、俺は豆の味と香りを重視してんの」 「まぁ…コーヒーが好きな人は、みんなそう言いますけど」 八戒も椅子に座って、カップに口を付ける。 目の前で悟浄は美味しそうにコーヒーを飲んだ。 「あー…スコッチがイイ匂いするな」 息を吹いて冷ましながら、悟浄は一口二口とコーヒーを口にする。 八戒も同じように飲みながら、じっと悟浄の様子を観察した。 「明日さぁ〜」 「………。」 「八戒?」 ボンヤリしている八戒の視界で、悟浄がパタパタと手を振る。 「えっ!?あ…何ですか?」 「どした?ぼけーっとしてさ。つまんねー?テレビでも点ける??」 テーブルに頬杖付いて、悟浄が上目遣いに見つめてきた。 八戒は首を振ってぎこちなく微笑む。 「すみません…ちょっとボーっとしてしまって。何か今日は色々あったなぁ〜って考えていたんですよ」 「ああ。八戒は仕事してたし忙しかったよな。病院にまで行ったんだし」 「いえ、そうじゃなくて…まさか今日悟浄の家にお邪魔することになるなんて、思ってもいなかったですから」 カップを両手で持って、八戒は視線を落とした。 その頬がほんのり色付いている。 悟浄が楽しげに双眸を細めた。 「八戒だったら毎日だって来て欲しいけど?何だったら一緒に住む?」 「えっ!?」 視線を上げて八戒が驚く。 「社交辞令でも冗談でもないぜ?ここだったらセキュリティーは安心だしさ。それに毎日八戒と一緒に居られるし」 「あの…でも…っ」 戸惑う八戒に悟浄は肩を竦めた。 「別に今すぐって訳じゃないから。八戒だって八戒の生活スタイルがあるんだし。ただ俺の本心言っただけ」 八戒は俯いたままカップをクルクルと回す。 「考えさせてもらえますか?それに僕、保父になりたてで収入もそんなに多くないですし」 「は?何でそこで八戒の収入が関係あんの?」 訳が分からず、悟浄は不思議そうに首を傾げた。 悟浄の言葉に、今度は八戒のほうが呆れ返る。 「関係あるでしょうっ!一緒に済むなら家賃や生活に必要な出費は折半にしなきゃならないんですから」 「んー?家賃はねーよ、ココ」 「えっ??」 悟浄がコーヒーを啜りつつ、ニヤッと笑った。 「だって、この部屋。俺の持ち家だもぉ〜ん♪」 「はぁっ!?」 さすがに驚き過ぎて、八戒の声が盛大に裏返る。 「悟浄…学生ですよね?」 「そうよぉ〜ピッチピチムンムン大学生でぇ〜っす♪」 「何でマンションなんか買えるんですかっ!?」 八戒の疑問は当然だろう。 一介の学生がおいそれとマンションなんか買える訳がない。 「それが買えちゃったんですよ〜、俺ってば博打運最高だから♪」 「博打…ですってっ!?」 「あ、不法な賭博なんかじゃねーぞ?宝くじでドカンと一発!」 「宝…くじで?」 「そーそー。バッチリ1億当てちゃってさ〜、ケン兄とくじ買ったから、二人で山分けしてお互いココのマンション買っちゃったの♪」 得意げに悟浄が自慢する。 八戒はただポカンと口を開けたまま、しばし呆然とする。 「僕…宝くじ当たった人に初めて会いましたよ」 「そ?まぁ、デカイのはそれっきりだけど、10万、100万の小額なら毎回当たってるぜ?」 「…悟浄だけ当たる確立違うんですかね」 つくづくくじ運のいい人はいるもんだと、八戒は溜息を吐いた。 「そういう訳だからさ。家賃の心配はいらねーの。だから八戒は安心して身ぃ一つでお嫁に来ていーぞ〜」 オーバーアクション気味に、悟浄は八戒に向かって両手を広げる。 八戒は椅子に背を凭れ掛け、苦笑を漏らした。 「だってさっき、悟浄がお嫁に来てくれるって言ったじゃないですかぁ」 肩を揺すって笑っていると、悟浄が複雑そうに眉を顰める。 「そうだったか…あっ!でもどっかの地方だと、嫁入り道具ドンと持って嫁に行くんだよな?んじゃ、それと同じで。家付きでお嫁に貰ってね〜んvvv」 悟浄はわざと裏声で乙女ぶり、小首を傾げた。 一瞬八戒の理性がグラリと歪むが、どうにか平静を保つ。 ニッコリと清廉な笑みを浮かべて、嬉しそうに悟浄を見つめた。 「それじゃ、さっそく婚約指輪を買わないと。僕頑張ってお金貯めて給料三か月分の指輪をプレゼントしますからねvvv」 「いっやぁ〜ん!ごじょ嬉しい♪」 一瞬の間があり、同時に二人して噴出す。 「あっはっはっ!うわっ!寒っ!自分で言ってて鳥肌が〜」 腹を抱えて悟浄が笑い転げた。 ふと、サニタリーから洗濯の終わったお知らせ音が聞こえてくる。 「おっと…終わったみてぇだな。さっさと干して洗面所空けるからさ」 悟浄が立ち上がってサニタリーへ消える。 ダイニングには八戒が一人。 「僕…本気なんですけど、指輪」 ぽつりと呟くと、八戒は残りのコーヒーを飲み干した。 |
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