Attraction Garden


衣類を乾燥機に放り込むと、悟浄はすぐに戻ってきた。
ダイニングに戻ると、八戒がボンヤリ考え込んでいる。

『まぁ、体質にもよりますけどね。遅効性なので効き始めるまで2〜3時間ってところでしょうか』
『…そんなに遅いんですか?』
八戒は袋をじっと眺めた。
『おや?八戒はせっかちですねぇ。いきなり効いちゃったらつまらないじゃないですか。じわじわと効能が侵蝕して気が付いたら…っていうのがいいんですよ』
『まさか、天ちゃんもコレ簾クンのお父さんに使ったんですか?』
『いえ?僕は使いませんよ。堕とす手間を掛けてますからね』
楽しそうに天蓬は笑う。
余裕があるように見せて、天蓬も必死だった。
今まで、誰かを好きになって、こんなに手間暇掛けて口説き落とそうと思ったことなど一度もない。
八戒はふいに視線を落とした。
少し逡巡しながら口を開く。
『僕…まだ良く分からないんです』
これが今の本心。
悟浄から強引に迫られると、つい条件反射のように拒絶するが、決して嫌じゃなかった。
大きな掌に触れられるのも、低い声音で囁かれるのも。
心地良いと感じている。
でも。
上手く言えないけど。
もっと心の、身体の奥深いところで。
何かが上手く噛み合っていない気がしていた。
それがどういう事なのか、八戒にはまだ分からないけど。
『そうですか?でも…きっとお手伝いすることになると思いますけどねぇ』
天蓬は艶やかに微笑んで、励ますように八戒の手を力強く握る。
『悟浄のこと、嫌いじゃないんですよ。好きですけど…悟浄と同じような気持ちかというと…答えられる自信がないんです』
『人を好きになるのなんて時間じゃないでしょう?僕は捲簾と初めてあった時からずっと好きですよ…日毎好きになってるかも知れない』
天蓬の瞳が此処にいない捲簾を思い出して、綺麗な笑みを浮かべた。
あんな風に笑うことの出来る天蓬が、八戒は少し羨ましい。
『そういうことってあるんですか?』
『人それぞれ、ですよ。八戒だって明日いきなり悟浄クンのことが恋愛対象として好きになるかも知れない。明日の自分は八戒でも分からないでしょうし』
『そうですけど…そうなのかなぁ。何かあんなに必死な悟浄を見てると、答えたいとは思うんです。でも…』
八戒は切なそうに溜息を零した。
そんな八戒の様子を、天蓬は穏やかに見つめる。
『明日の貴方のことは僕にも分かりませんよ。でもね』
一呼吸置いて、天蓬が八戒の瞳を覗き込んだ。
『…僕の予感は当たるんです』
『え…っ?』
驚いて視線を合わせると、天蓬は悪戯を仕掛けた子供のように表情を綻ばせる。
『ま、邪魔になるモノでもないですから、持っていていいですよ』
『はぁ…』
気の抜けた返事をして、八戒はぎこちなく頷いた。

「っかい…八戒ってばっ!」

突然頬を叩かれ、八戒の意識が戻ってくる。
しばし瞳を瞬かせてから、横に立っている悟浄を見上げた。
「どーしたんだよ?呼んでも全然反応無いし」
「あ…そうでした?すみません」
八戒は申し訳なさそうに頭を下げる。
髪を掻き上げながら、悟浄は八戒の横に座った。
「んで?せーっかく二人っきりで居るのに、何を考えてたんだよ?俺よりも大事なこと??」
少しふて腐れ気味に悟浄がぼやく。
悟浄が拗ねてしまうほど、呆けていたんだろうか。
かといって、本当のことを言う訳にもいかないし。
内心八戒は焦った。
天ちゃんの悪巧みなんか…ああ、そうだ。
八戒が悟浄を見つめながら首を傾げる。
「気になってるんですけどね?一昨日、うちの天ちゃんと簾クンのお父さん…悟浄のお兄さんがデートしたって訊いたんですけど」
突然悟浄が驚いて目を見開いた。
何だか口元が震えているのは気のせいだろうか?
とりあえず八戒は話を続ける。
「僕気になって、昨日天ちゃんに電話したんですけど、全然繋がらなくって」
「あ…そー?うん、だろうな…」
やはり悟浄は何か知っているらしい。
でも何で、身体が震えてるんだろう?
どうにも悟浄の反応はおかしい。
八戒は気になって仕方がなかった。
「今朝までずっとですよ?受話器が外れてるのかとも思ったんですけど、電話局で調べて貰ったら違うって言うし」
ますます、悟浄の頬が奇妙に歪む。
「話し中だった…けど、八戒の掛けるタイミングも悪かったのかも…っ」
とうとう悟浄は思いっきり噴き出して、テーブルに突っ伏した。
そのまま大声でゲラゲラと大爆笑する。
「何がおかしいんですか?悟浄っ!」
話が見えないのに、いきなり笑われては蚊帳の外にされてるようで気分が悪い。
八戒が拗ねて頬を膨らませると、悟浄が咽せながら視線を上げた。
「わっ…悪ぃっ!んな可愛い顔して怒んなよぉ」
涙目のまま悟浄が身体を起こす。
それでも気を抜くと笑いの波が押し寄せるのか、喉が変な音を立てた。
「いや…天蓬とケン兄…バッチリくっついて上手くいったことはいったんだけど…さ」
言葉を詰まらせると、悟浄は腹を抱えて身体を曲げる。
「天蓬…がっ…テンション上がりまくりで…ケン兄に…すっ…ストーカー…電話攻撃…をっ…ぶっ!」
余程おかしいのか、肩を震わせてまたもやテーブルに突っ伏す。
「天ちゃんが…ストーカー電話ですって!?」
ああ、やっぱり。と八戒は天を仰ぐ。
迷惑かけるんじゃないかと、危惧していたとおりになっていた。
八戒はガックリと肩を落とす。
どうにか笑いが治まった悟浄が、顔を上げた。
「そんな八戒が気にすることなんか全然ねーよ」
悟浄がポンッと肩を叩く。
「でも…お兄さんにご迷惑を…」
「んー?ケン兄もさすがにキレてたけど、嫌がってはなかったぞ?」
「………はい??」
八戒がキョトンと瞬きをする。
「え…だって!天ちゃんがしつこく電話して…」
「そうなんだけどさ」
悟浄はニヤリと口元に笑みを浮かべた。
「案外喜んでたりして?何たって天蓬にテレフォンセックス強要されたって、文句言いながらも相手しちゃったんだから」
「てっ…テレフォン!?」
途端に八戒の頬が真っ赤に染まる。
悟浄がククッと面白そうに喉を鳴らした。
「言っただろ?うちのケン兄も天蓬並に質悪いって。案外似たもの同士でお似合いだよ」
「そう…なんですか…ははは」
話を訊いただけで、八戒はもの凄い人物像を描いてしまう。

あの天ちゃんと。
渡り合えるようなとんでもない人物。
何だか、お会いした時に顔が引き攣りそうです。

八戒は思いっきり脱力した。
「ご迷惑じゃないなら…いいんですけど。何か無茶なことをしでかしそうだったら、遠慮無く張っ倒しちゃって下さい。って伝えて貰えますか?」
「…多分もうド突いてるかも?」
悟浄が冗談めかして言うと、八戒が苦笑する。
それぐらいで天蓬が懲りるとは思えないが、きっと上手く手懐けるだろう。
あの車での別れ際の遣り取りで、悟浄は確信していた。
「ああ、そういえば…」
八戒が何かに気付いて、悟浄を見つめる。
「さっき、僕になんか用だったんですか?」
言われて悟浄も思い出した。
「そうそうっ!いや、風呂に入ってくればって言おうとしてたんだよ。もしかしたら湯少し冷めちまったかもしれねーけど。壁のパネルで追い炊きボタン押せばまた暖かくなるし」
「そうですねぇ…それじゃ入らせて貰おうかな?」
八戒は立ち上がると、エプロンを外す。
悟浄も一緒に立ち上がった。
「着替えはパジャマでいいだろ?下着は…穿いてない買い置きがあるけど、そんでもいい?サポータータイプのだけど」
「あ、何かすみません」
「何謝ってんの?急に泊まるんだから気にすんなって!」
むしろそのパンツは俺が後で貰う。とか、悟浄はとんでもないことを考えている。
「えっと〜タオルの場所は分かるよな?着替えは出したらカゴに入れておくから」
「ありがとうございます」
悟浄の下心など知らずに、八戒はニッコリ微笑んだ。
そのままバスルームへと消える。
扉が閉まると、悟浄は妙に力の入っていた首をコキコキと鳴らした。
「さてと。どのパジャマにしよっかなぁ〜♪どうせならシルクのとか着て欲しいかも?そんで、こ〜裾からスルスルッと手を差し込んじゃったり…いっそズボンは穿かないで欲しいよなっ!」
妙な興奮をして、悟浄が悶える。
「…まぁ、それは追々。今日は大人しく普通のパジャマで。今度シルクのナイティとか買ってきて着て貰っちゃおっかな〜♪」
頬を緩ませ笑いを漏らして、悟浄はいそいそと自室へ向かった。






着替えをカゴに入れると、悟浄は外から声を掛けた。
「はっかいぃ〜、着替え置いといたからな〜」
「はい。ありがとうございます〜」
浴室独特の響いた声がすぐに返ってくる。
水音が聞こえないので、湯船に浸かっているようだ。
悟浄は何気に目を細めて、磨りガラスを思いっきり見つめる。
当たり前だが、よく分からない。
「…いいや。後で八戒と一緒に入ろうっと♪」
上機嫌にサニタリーを出ると、悟浄は冷凍庫を開けた。
「よし、氷はあるな」
確認すると、扉を閉じる。

八戒が風呂から上がったら、少し二人で話しながら酒でも飲んで。
さりげなくムードを盛り上げて、雰囲気を作ると。
アルコールの酔いも手伝って、八戒のガードも甘くなるだろうし。
そうしたら、後は。

「…完璧っ!」
テーブルに手を付いて、悟浄は小さくガッツポーズを作る。
八戒だって、この後ナニもしないで寝るとは思っていないんだし。
やっぱここは経験豊富な俺のリードに賭かってるよな!
ニヤけながら、悟浄は大きく自分で頷いた。
秘蔵のバーボンを出すと、グラスを2つ用意する。
リビングのローテーブルへと持っていった。
その周りにくつろぎやすよう、大きめのクッションを数個置く。
「結構晩飯食ったから、つまみはいらねーかな」
腕を組んで悟浄は考え込んだ。
自分の腹具合を考えて、頷く。
「いいや。八戒が何か欲しければそん時で」
悟浄は床に座って、ソファを背凭れ代わりにした。
バスルームから微かに水音が聞こえてくる。
「あっ、忘れてた!」
悟浄は慌ててサニタリーへ戻ると、洗面台上の扉を開けた。
中から新しいコンディショナーを取り出す。
さっき悟浄が入った時に、残りが少なく切れかかっていたのだ。
「お〜い、八戒ぃ〜コレ…」
シャワーを使っていた八戒が振り向く。
悟浄はそのまま硬直するが、ぎこちなく手に持ったコンディショナーを差し出した。
「…さっき少なかったから、コレ」
「そうなんですか?すみません」

透明感のある白い肌を、水滴が弾けて転がっている。

しばらく悟浄は見惚れていたが、気付いた八戒が突然シャワーヘッドを向けた。
「うわっぷっ!!」
顔に水流が直撃し、悟浄が慌てる。
「いつまで見てるんですか…寒いから閉めて下さいよ」
頬を真っ赤に紅潮させ、八戒が背中を向けた。
シャワーは相変わらず悟浄を向いている。
「分かったってっ!」
お湯の攻撃を避けて、悟浄は扉を閉めた。
濡れてしまった顔や髪を、とりあえず手で拭う。
手近なタオルを取ると、頭から被った。
「…すっげ旨そうな身体。アレ喰っちゃうんだよな〜俺っ!くうっ!!」
悟浄はその場にしゃがみ込んで、ジタバタと悶絶した。



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