Attraction Garden


「いやぁ〜ホントに助かっちゃいましたvvv」
先程出会った珍妙で綺麗な男は、お目当ての煙草をカートン買いしてご満悦だ。
それにしたって。

「…ちょっと買い過ぎじゃねーの?」

ショッピングモール内にあるカフェで、捲簾はコーヒーを飲みつつ突っ込んだ。
いくら何でも、店に置いてあった在庫を全てカートンで買い占めることはないだろう。
「だって、吸いたい時に吸えないのってツライじゃないですか?とりあえず5つあれば10日は保ちますし」
「はぁ?10日だってっ!?」
「ええ、そんなもんでしょう?」
「おいおい…1日5箱は吸い過ぎだろ!」
極上美人のクセに、どんなヘビースモーカーだよ。
見かけに反して、中身はとんでもねーな、コイツ。
捲簾は呆れながら、相手の顔をまじまじと見つめる。
それにしても。
見れば見るほど綺麗な顔だよなぁ。
ぼんやり眺めていると、バッチリ視線が合った。
目の前の男が、不思議そうに首を傾げながらもニッコリ微笑む。
その笑顔のまた綺麗なこと。
自然と捲簾の頬が僅かに紅潮した。
何となく気まずくて視線を外すと、その服装が目に留まる。

こんな場所で白衣姿。
ポケットにはペンらしき物を挿している。
何故かそこからウサギのマスコットがぶら下がり、ユラユラと揺れていた。
ますますもって怪しい雰囲気だ。

「なぁ…何でアンタそんな格好してんの?」
さすがに気になって、捲簾は直接聞いてみる。
男は一瞬きょとんとするが、直ぐに合点いったらしく小さく頷いた。
「え?あぁ、コレですか。僕は―――」

PPPPPP…

突然大きな電子音が店内に響く。
「あ…っと、あんまり戻らないんで痺れを切らしたようです」
苦笑しながら男がポケットからカード状の物を取り出した。
一昔前、ブームになった過去の遺物。
「…今時ポケベル持ってるヤツなんかいるんだぁ〜」
メッセージを確認している男が、肩を竦める。
「職場で携帯が禁止されてるんで。業種によっては、まだまだ便利に活躍してるんですよ?」

ポケベルが必要な業種?

訳が分からず、捲簾が首を傾げた。
「ああ、やっぱり。強制送還命令が来ちゃいました。すみません、僕戻らないと」
男は申し訳なさそうに頭を下げる。
「仕事なんだろ?俺も早々のんびりしてられねーし」
捲簾が残ったコーヒーを一気に飲み干した。
煙草を抱えて、男は伝票を手に取り立ち上がる。
「それじゃ…コレ、ありがとうございました〜」
煙草を指差して鮮やかに微笑んだ。
捲簾はまたもやその笑顔に見惚れてしまう。
会計を済ませてカフェから出て行く男を、そのままぼんやり見送った。
視界から姿が消えると、小さく溜息を漏らす。
「あっ!しまったーっ!アイツの名前訊くの忘れたっ!!」
捲簾が悔しそうに頭を抱えた。
低く唸りながら、ふと冷静になる。

いや…別にヤロウの名前訊いたからってどうなるんだよ?

そう思うのだが、あの綺麗な笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。
こんなことは生まれて初めてだった。
「もしかして…いやいや、それはさすがにマズイだろ俺っ!」
神妙な顔で捲簾がブツブツと一人言ちる。

相手はどっからどう見ても自分と同じ性別男、で。
確かに自分に比べれば華奢な印象だが背はさほど変わらないので、一般の平均から言えば大柄な方だろう。
しかし、稀に見る美人だ。
ちょっとあのレベルの最上級美人は、交際範囲の広い捲簾でもお目にかかったことがない。
でも、どんなに美麗でも男。
尚かつ何だか得体の知れない胡散臭さがあった。
でも、抜けてるカンジが何となく愛嬌があって可愛い気もするし。

「…ここで俺一人が煩悶してもなぁ〜」

今日、初めて出会った。
名前も知らない美しいヒト。
もう、会うことがないかもしれない…

「いや…ココに自販機がある限り、最低でも10日後には来るな」

さて、どうしようか。
捲簾は待ち伏せしてまで、再会する気満々だった。






夜、仕事から漸く帰った捲簾は、ドアを開けた玄関先で驚愕した。
「悟浄お前っ…何だぁ?そのツラは??」
あんぐりと口を開いたまま、出迎えた弟の顔を注視する。
「あー…まぁ、ちょぉ〜っとね〜」
バツ悪そうに視線を逸らして、悟浄が渇いた笑いを漏らした。
その様子に捲簾はますます不審げに眉を顰める。
悟浄の左頬にペッタリと湿布が貼られていた。
心持ち腫れ上がってるような気もする。
ダイニングに入って椅子に鞄を置くと、捲簾は息子の姿を探した。
もう夕食は済ませたらしい。
こうして捲簾が残業で遅くなる時は、悟浄が代わりに食事を用意してくれていた。
「簾は?メシは食ったんだろ??」
「んー?さっきまでリビングで絵本読んでたけど」
ネクタイを緩めて上着を脱いでいると、パタパタと可愛らしい足音が近付いてくる。
「パパ〜おかえり〜♪」
パジャマにカーディガンを羽織った息子がダイニングに現れ、勢いよく捲簾に飛びついた。
「おう、ただいま。もう風呂に入ったのか?」
「うんっ!ごじょちゃんと一緒に入ったの〜」
「そっかそっか」
息子を抱き上げると、捲簾は弟を振り返る。
「なぁ、簾。悟浄の頬、何があったのか知ってる?」
「ごじょちゃんのほっぺ?」
簾が小首を傾げると、悟浄がシーッと大袈裟なジェスチャーで慌てた。
「ごじょちゃんねぇ〜、八戒センセーのオシリ触って、チュウしよーとしたら、怒ってぶたれちゃったの〜♪」
「れぇ〜ん〜っっ!!」
羞恥で真っ赤になりながら、悟浄が簾の頬を引っ張る。
「いひゃいよぉ〜」
「チュウしようとなんかしてなかっただろっ!嘘つきはギューだぞっ!!」
「嘘だぁ〜っ!だって、センセーごじょちゃんの口、いっぱいおててで押さえてたもんっ!」
「うっ!いや…アレはついフラフラ〜と…」
幼児と大人が真剣に言い合いをしている様子は、端から見れば妙に滑稽だ。
「ごーじょおおぉぉ〜!お前ええぇぇっっ!!」
地の底から響くような低い声で唸りながら、捲簾が悟浄の襟首を掴み上げる。
「ぐっ…ぐるしっ…」
「テメーはナニ簾のテリトリー内で盛ってんだよっ!あぁっ!?」
「ちょっ…ケン兄〜ギブギブぅ〜!」
首を締め上げられる息苦しさに、悟浄は涙目になって訴えた。
鋭い視線で睨み付けたまま、捲簾は乱暴に悟浄を突き放す。
「お前がドコでナニしようが構わねーし、関知もしねーけどなっ!簾の生活範囲でバカな真似すんじゃねーよ!唯でさえようやっと空きがあって入れた保育園なのに、お前がホイホイ問題起こしたら簾が居づらくなるじゃねーか。分かってんのかよっ!?」
「んなの…分かってるって」
悟浄にしては珍しく歯切れが悪い。
ぎこちなく捲簾から視線を逸らして、何だかふて腐れてたり。
そこで捲簾は根本的なことに気付いた。
「ん?あの保育園の保母さん達、悪いけど俺に言わせりゃレベル並以下だぞ?」
失礼極まりないことをほざいて、捲簾が首を捻る。
捲簾だって簾を初めて保育園に送った時に、モチロン品定め済みだ。
とてもじゃないが、超がつく面食いの悟浄がそうまでして口説こうとする程のオンナはいなかったはず。
「八戒センセー、すっごいキレーだよぉ?ねー、ごじょちゃんvvv」
大人の事情など分からない簾が、悟浄に向かって無邪気に笑った。
「…八戒センセー?」
「新しいセンセー。先週からあの保育園で働いてるんだってさ」
「へぇ?でも、俺今週見てねーなぁ」
「いや、昨日まで研修だったらしい」
「で?お前速攻口説いた挙げ句、そのツラってな訳?」
「…気ぃ強いトコもさぁ〜、すっげイイんだよなぁ」
八戒の顔を思い出しながら、悟浄が切ない溜息を零す。
珍しい弟の態度に、捲簾が意地悪げに口端を上げた。
「へぇ?んじゃ明日会うのが楽しみだなぁ〜♪」
ニヤニヤと悟浄の顔を捲簾が覗き込む。
悟浄はチラッと視線を上げて憮然とした。
「何だよ…ケン兄口説く気か?」
「さぁて?お前が太鼓判押すほどの美人なら、お近づきになりたいかなぁ〜?」
「ふーん。ま、ケン兄には完璧射程外だと思うけどな」
「へ?お前何言ってんの?俺だって美人大好物に決まってんでしょー」
「…喰えないと思うけど〜?」
「何で?」
「だって八戒って保母さんじゃねーもん、保父さんだし?」
「………チョット待て。お前の言ってる美人っつーのは、男かっ!?」
「そ。保母さんじゃなくって保父さんなの」
ローテーブルに頬杖ついて、悟浄は大きく溜息を吐く。
捲簾は愕然と弟の顔を見下ろした。
「悟浄お前…バイだったっけ?」
「さぁ?何分ヤロウに一目惚れしちゃったのなんか初めてだし?」
「一目惚れ…?」
「そう。もう相手が男だって分かってんだけど、どーしようもねーのっ!すっげぇ極上美人でさぁ〜目が合うたびに心臓バクバクしちゃって」
悟浄の呟きに、捲簾は昼間のコトが鮮明に思い浮かんで狼狽える。

極上美人だけど男で。
笑顔に見惚れて、らしくもなく心臓の鼓動跳ね上げたり。

「ケン兄…何だよいきなり黙り込んで?」
突然無言で動かなくなった兄を、悟浄は肘で突っついた。
捲簾は視線を上げて、じっと悟浄の顔を注視する。
真正面からまじまじと見つめられ、悟浄が居心地悪げに視線を逸らした。
すると、いきなり捲簾が大袈裟なほどガックリと項垂れる。
「よりによって…なんだってそう言うトコまで似るかねぇ」
「あ?似るって何が??」
悟浄は訳が分からず、そのまま首を傾げて聞き返した。
掌に顔を埋めて、捲簾が苦笑する。
「あー、イイって。何でもねーよ」
「んだぁ?そんな言い方されたら気になるじゃんかよっ!」
悟浄が文句を言うが、捲簾は誤魔化して簾の身体を膝に乗せる。
嬉しそうに抱きついてくる息子を抱えて、ふと捲簾が眉を顰めた。
「ん?簾お前…何か熱くねーか??」
「あっ!そうだ忘れてた。ケン兄、連絡帳預かってきたんだ」
「何かあったのか?」
息子の身体を抱き直して、捲簾がソファから悟浄を見上げる。
「はい、これ。八戒の話だと、簾どうも風邪気味らしいんだ。今日は元気に遊んでたらしいんだけど、気を付けてくれってさ」
「んー…簾?ちょっと顔見せてみな?」
眠そうに身体を預けている息子に、捲簾が声を掛け身体を揺すった。
「や…眠いのぉ…」
半分夢の中に入って嫌がる簾の頬に掌を当てる。
普段よりも僅かに高い熱の感触に、捲簾は心配そうに双眸を眇めた。
「少し…熱があるかもな」
「どうする?明日俺、病院に連れて行こうか?」
「お前、明日も大学あるんだろ?」
「ん…でもどうしても出なきゃ行けない実験とか無いから。ケン兄仕事忙しいって言ってたじゃん?」
「そうだけど…いや、やっぱり俺が連れて行く。コイツの親は俺なんだから」
「…そー言うと思ったけどね〜」
悟浄は苦笑しながら、無防備に眠る簾の顔を覗き込む。
捲簾は息子を抱えて立ち上がると、リビングを出て子供部屋に向かった。
そっとベッドに横たえると、布団を首まで掛け上げポンポンと叩く。
汗ばんで額に貼り付いた前髪を、優しく掻き上げ何度も撫でた。
「ゴメンなぁ…簾の親父なのに、気付いてやれねーなんて」
眠る息子の顔を眺めつつ、捲簾はちょっと落ち込む。
コイツが頼れる親は俺だけなのに。
捲簾はコツンと息子の額に額を寄せた。
「ケン兄〜、薬局でコレ買ってきといたから」
悟浄が部屋に顔を覗かせ、熱冷まし用のシートの箱を渡す。
「さんきゅ、な。悟浄」
「簾…熱下がるといーな」
「ああ…」
捲簾と悟浄は飽くことなく、眠る天使の寝顔を眺めた。


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