Attraction Garden


何だか随分時間が経ってるような、そうでも無いような。
悟浄はそわそわしながら、見るともなしにテレビの画面を眺めていた。
サニタリーの方から音がすると、意味もなく姿勢を正してしまう。
「いや…だからぁ…落ち着けよ、俺」
自分を叱咤しつつ、誤魔化すように何度も髪を掻き上げた。
少しすると扉が開いて、八戒が出てくる音が聞こえる。
さりげなさを装って、悟浄はテレビに夢中になっている振りをした。
フローリングの床を、ペタペタと裸足の足音が近付いてくる。
「悟浄、お風呂のお湯抜いて掃除しちゃいましたけど」
「あ…そう。さんきゅ」
テレビから視線を離さないで、悟浄は答えた。

しかし、心の中では。

どうせ後で一緒に入ろうと思ってたから、そのままでもよかったけど、とか。
何も今日初めて来た他人の家で、風呂掃除までしなくても、とか。
いやいや、恥ずかしくってなかなか出て来れなかったのか?チクショーッ!可愛いヤツ〜!
などなど。
色んな妄想を膨らませていた。

八戒が悟浄から一人分離れた場所に腰を下ろす。
「あれ?お酒の用意したんですか」
ローテーブルにはグラスとバーボンが用意してあった。
「ちょっと飲もうかなぁって。もしかしてアルコールだめ?」
「普段はあまり飲みませんけど、大丈夫ですよ」
「そっか。んじゃ氷持って来る」
悟浄が漸く八戒の方を振り返る。
その途端、もの凄い勢いで首ごと視線を逸らした。
何だか肩で深呼吸したり。
「悟浄?どうかしたんですか??」
あからさまに背中を向けた悟浄の肩に、八戒が心配して触れる。
八戒の掌の感触に、悟浄は悲鳴を上げそうになるのを無理矢理飲み込んだ。

うわっ!バカッ!さ〜わ〜る〜なぁ!!

悟浄は早まる鼓動を必死になって宥める。
ついでに熱くなってしまった股間も。
そんな悟浄の必死さに気付かない八戒は、背中を向けて動かない悟浄に首を傾げた。
「大丈夫ですか?悟浄」
ひょい、と肩越しに八戒が覗き込んでくる。
慌てて悟浄は前屈みになって潰れた。
これだけ不審な行動を取れば、いい加減八戒だって気付く。
呆れた溜息を吐くと、悟浄の身体がピクリと揺れた。
「何だっていきなり…」
八戒は言葉を詰まらせる。

おかしいな?
天ちゃんのアレは、そんな副作用無いハズなんですが。

悟浄の背中を眺めて、八戒は無言で思案した。
まだ薬を飲んでから1時間しか経っていない。
体質で差はあっても2〜3時間だと天蓬は言っていた。
そう考えると、悟浄のこの反応は薬のせいでは無いはず。
だとしても、理由が分からない。
自分はただココに座っているだけで、特別に意識して何かした訳でもないのに。
どうして悟浄がいきなり欲情するのか。
八戒にはさっぱり分からなかった。
相変わらず悟浄は突っ伏したまま、もじもじと身体を捩っている。
どうしようかと、八戒が悟浄を見つめて考え込んでいると。

「卑怯だぁー…」

悟浄が涙目になって肩越しに振り返る。
その表情があまりにも可愛くて、淫らで。
八戒は思わず無意識に喉を鳴らす。
「誰が…卑怯なんですか?人聞きの悪い」

ああ、声が物欲しげに掠れてしまう。

八戒の心情など、幸か不幸か悟浄は気付かない。
「だって俺が渾身の忍耐で我慢してるっつーのに!そんな湯上がりで肌をピンクになんか染めちゃってっ!早く食べちゃって下さいvvvなぁ〜んて言わんばかりの旨そう身体なんかして、ぜってぇ卑怯だっ!!」
「…どんな理屈ですか、それ」
さすがに理由を聞いて、八戒は呆れ返った。
「大体、湯上がりに火照って肌が染まるのは当たり前でしょう?それこそ真っ青で出てきたらコワイじゃないですか」
「いや…俺が言いたいのはそういう事じゃなくて〜」
ゴニョゴニョと口籠もる悟浄に、八戒が膝を着いてにじり寄ってくる。
八戒は悟浄の側に来ると、姿勢を正した。
「悟浄…そんなに僕のことが好きなんですか?」
溜息混じりに悟浄の耳元で囁くと、もの凄い勢いで首が振られる。
「うん、好き。すっげ〜八戒が好き」
「そうですか…僕も悟浄が好きです」
八戒がニッコリ清廉な笑顔を向けると、悟浄の左手が伸びてきた。
すかさず八戒はビシッと叩き落とす。
「ひっでぇ〜俺のこと好きじゃないのかよぉっ!」
叩き落とされた手を撫でて、悟浄が不満そうに唇を尖らせた。
「好きですよ…でも…」
ふと、八戒が俯く。
「好きですけど…悟浄があんまりにも性急だから。僕、不安なんです」
寂しげな声に、悟浄が振り返った。
「何が不安なんだ?」
相変わらず八戒は悟浄から視線を逸らしている。
物憂げな表情を浮かべている八戒に、悟浄の心臓も痛い。
八戒にはそんな顔させたくなかった。
宥めるように、優しく肩を抱く。
「言ってくんなきゃ…俺には、さ」
「悟浄…」
八戒が瞳を潤ませて見上げてくる。
危うく悟浄の理性がキレかかったが、自分の足を抓ってどうにか持ち堪えた。
戸惑いながら八戒は口を開く。
「何か悟浄って…僕としたいしたいってソレばっかりで。悟浄のこと好きだから僕だって欲しいって思いますけど」
恥ずかしそうに八戒が視線を落とした。
「でも…セックスしてしまったら、悟浄僕のことどうでも良くなるんじゃないかって。何か悟浄見てると僕とスルことが目的で、それが達成されたら…もう…」
「馬鹿にすんなよ」
掠れた低い声に、八戒が顔を上げる。
悟浄は、怒っていた。
赤い瞳が燃え立つように揺れて。
思わず息を飲んで八戒は見惚れた。
「要するに。八戒は俺が身体目当てだって思ってるんだ?」
「………。」
突き放すような悟浄の声。
八戒の肩が小さく震えるのが、掌に伝わる。
悟浄は溜息を吐いて、落ちてきた前髪を掻き上げた。
「あのな?よーっく聞けよ?」
「…はい」
八戒を目の前に座らせると、真っ直ぐに見つめる。
「俺は身体目当てだったら、まず八戒を口説こうなんて思わない。オトコは俺の範疇じゃないの。ヤローの身体見たって何とも思わなねーし。それと、いちいち口説くなんて面倒なことしなくても勝手に脚開くオンナには不自由してなかったの」
悟浄の言葉に八戒の表情が青ざめた。
「ちなみに…手持ちのオンナは全部キッたから。どういうことか意味、分かるよな?」
八戒はコクリと頷く。
それに満足すると、悟浄は微笑んだ。
「そんだけ俺は八戒に惚れてるの。じゃなかったら…今日だってあんな雨の中何時間も待ったりしねーよ」
「あ…ごめんなさい…っ」
「別に責めてんじゃねーの。本気で好きだから、そういうことも苦にならないって言いたいんだけどなぁ?」
わざと戯けながら言うと、八戒の頬が見る見る染まっていく。
「さて、ココで問題」
「………は?」
突然の展開に、八戒は瞳を丸くした。
悟浄の顔が、ゆっくりと近付いてくる。
「好きで好きで、メチャクチャ惚れてる相手とココロが通じて自分のモノになりました。さて、次に思うことは何でしょう?」
「えっと…」
八戒の視線が困惑して揺れた。
悟浄は自分たちのことを言ってるのだ。

そうなると、答えはひとつ。

「あっあの…」
「ブーッ!タイムオーバー」

濡れた吐息が唇に触れる。
「…身体も欲しいって思うだろ?俺ってば結構貪欲なのよ〜」
悟浄が楽しそうに口端を上げた。
もう、こうなったら一気に!と期待と股間を膨らませて、悟浄が口付けようとする。

ビタンッ!

「…八戒ぃ〜」
情けない声がくぐもった。
八戒の掌が悟浄の顔を押さえつける。
「悟浄の気持ちはよぉーっく分かりました。でも、ヤです♪」
「ええーっっ!?何でっ!!」
此処まで我慢して我慢して期待しまくっていた、俺の昂ぶった気持ちと股間はっ!?
唇を噛みしめて、悟浄が大袈裟なほど項垂れた。
思わず八戒は苦笑を零す。
「勘違いしないで下さい。今ので済し崩しに、っていうのが嫌なんです」
ショックで垂れ下がっていた悟浄の触覚が、ピクリと上がった。
そっと上目遣いに八戒を見つめる。
「僕が欲しいなら…ちゃんと口説いて、ソノ気にさせて下さいね」
双眸を眇めて、八戒が妖艶な笑みを浮かべた。
悟浄がゴクリと喉を鳴らす。
「じゃっ…ソノ気になったらっ!」
「悟浄のお好きなように…シテあげます」

ガツッッ!!

「ぐえっ!」
「言ってる側から飛びかかるヒトがいますかっ!」
八戒の蹴りが悟浄の鳩尾に炸裂した。
真っ赤な顔で八戒が怒鳴る。
つい、理性がキレて八戒にのし掛かったらしい。
らしい、と言うのは。
一瞬悟浄も頭が真っ白になって、自分が何をしたのか分かっていないからだ。
自分の失態に、悟浄は大きな体を縮こまらせる。
「…悪ぃ、ゴメン」
相当悟浄は煮詰まっている。
八戒は困った顔で、肩を竦めた。

まだ、もう少し。
我慢して貰わないと、ね。

八戒が時計に視線を向ける。
およそ、あと1時間。
「悟浄…」
八戒に呼ばれて、悟浄が顔を上げた。
「氷持ってきて下さいよ」
「え…っ?」
「飲むんでしょう?」
八戒がローテーブルにあったグラスを振って見せる。
悟浄の顔に笑顔が戻った。
「あ、うんっ!ちょっと待って」
いそいそとキッチンへ悟浄が向かう。
何やら上機嫌で、鼻歌交じりに氷を砕いているようだ。
「本当に…悟浄は可愛いですねぇ」
小さな声で八戒が呟いた。

八戒の一挙一動に喜んだり怒ったり。
色んな表情が見たくなる。
でも、一番見たいのは。

「啼き顔なんか…可愛いだろうなぁ。アレの時、イイ顔しそう。僕のモノ咥えて悶えながらお強請りなんかされたら…あ、いけない」
ポッと処女のように頬を染めつつ、八戒は卑猥な妄想を巡らせる。
熱くなってしまった頬を、ペチペチと叩いた。
「こんなあからさまな顔したら、元も子もないですね。薬が回ってから…じっくりと僕の気持ちは教えて上げましょう。悟浄、待ってて下さいね。今までの分、優しくシテあげますからvvv」
「あー?何か言ったぁ??」
キッチンから悟浄が顔を出す。
「いいえ〜何でもないです。悟浄早く来て下さいよ」
「何だよぉ〜八戒ってば、俺が居なくって寂しいの?」
「そうですよ」
悟浄が息を飲む気配を感じた。
「ちょ…ちょっと待って」
ガラガラと慌てて氷を入れる音が聞こえてくる。
八戒は楽しそうに微笑んで、バーボンの封を切った。


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