Attraction Garden


ブクブクブク…

水面にはポッカリ丸いクラゲが浮かんでいた。
ゆっくり水中に沈むと、細かな気泡が次から次へと湧き上がる。
「…天蓬のヤツ、やっぱり帰る気ねーのかよ」
捲簾は湯船に身体を沈めて、タオルクラゲで遊んでいた。
どうせ、今頃は手ぐすね引いてベッドで待ってるんだ。
それがイヤな訳じゃないけど。
「まだ腰が痛ぇんだよ」

ブクブクブク…

「あ〜あぁ…」
タオルを湯から出すと、固く絞って頭に乗せる。
湯船の縁に腕を掛け凭れ掛かった。
結局。
未遂に終わった、あの後。
簾がベッタリと天蓬に懐いて離れなくて。
「れ〜ん〜、もう寝る時間過ぎてるぞ!」
「えーっ!明日休みなんだから、もうちょっと起きてる〜」
駄々を捏ねて、簾は天蓬の腕にしがみ付く。
天蓬はただ苦笑を零した。
先程から簾の持ってきたノートに、天蓬は字を書く練習をさせている。
流麗な文字の横に、かなり歪だけど一生懸命書いた文字が書かれていた。
「ダメだ。子供が遅くまで起きてたら、病気になるんだぞ?」
眉間に皺を寄せた厳しい表情で捲簾が脅す。
「えっ!病気になっちゃうの!?」
簾は怯えた顔で、確認するように天蓬を見上げた。
「そうですねぇ…病気になったら大変ですよ?」
天蓬は簾の頭を撫でて、ニッコリ微笑む。
「病気になると…苦しいよね?」
「もちろん。それに、簾クンの嫌いなおっきな注射を、いーっぱい打たなければなりません」
「注射っ!?」
一気に簾の表情が真っ青に変化した。
天蓬にしがみ付いている小さな手も、ガクガクと震えている。
「でも、お父さんの言うことをちゃーんと訊いて、早く寝るよい子は病気になりませんから。簾クンは大丈夫ですよね?お父さんとのお約束、ちゃんと守れますか?」
「うんっ!」
腕を上げて、簾が元気に返事をした。

さすが、小児科医。
子供の扱いは天下一品だなぁ。

成り行きを見守っていた捲簾は、ただただ感心する。
簾は立ち上がり、トコトコと捲簾の元にやってきた。
脚にぎゅっと抱きついて、捲簾を見上げる。
「パパ…ごめんなさい」
素直に謝る息子に、捲簾は小さく微笑んだ。
ポンポンと宥めるように頭を叩く。
「簾クンはお父さんに似て、素直で可愛いですねぇ」
ソファに腰掛けて、天蓬が意味深な笑みを口元に浮かべた。
捲簾の眉がピクリと動く。
「お前…簾に妙なコト教えんなよ」
不信感も露わに、捲簾は息子を自分の背後へと避難させた。
天蓬は腕を組んで何やら思案する。
「そんな妙なコトって…僕としては後10年ぐらい育った方が」
「10年経ったらナニする気だっ!変態犯罪者ーっっ!!」
足下に落ちていたクッションを拾い上げると、天蓬へ向かって投げつけた。
あははは、と天蓬は笑いながらクッションを避ける。
「冗談ですってば♪」
「当たり前だバカッ!簾は真っ直ぐ素直な子に育てるんだからなっ!!」
「う〜ん…でも、子は親の背中を見て育つっていいますし?」
「…テメェは何が言いたいんだ」
捲簾が思いっきり天蓬を睨み付けた。
「ですから。スッゴク可愛く成長するんだろうなぁって。10年経ったら簾クンも14歳。いやぁ〜楽しみですよね♪」
楽しげに双眸を細めて天蓬が微笑む。
「やっぱりナニ企んでるんだーっ!!」
顔面蒼白になって捲簾が絶叫した。
天蓬はニコニコと捲簾を見つめる。
「いえね?何でしたら簾クンが初めての時は、手解き指南でもしようかと…実践で」
「余計なことすんなっ!!」
「まぁ…ソレは冗談ですけど?」
「けど?何だよ」

ヤな予感がする。

言い知れぬ不安に、捲簾の背筋がゾクリと怖気立った。
ふと、天蓬が何処か遠くを見るように、視線を宙に彷徨わせる。
「手解き…映画にあったプライベートレッスン。14歳の時の捲簾に出逢ってたらなぁ…」
天蓬はほんのり頬を染めて、感慨深げに溜息を漏らした。
瞳まで切なそうに濡れている。
表情だけなら生唾モノで扇情的だが、考えていることが雄丸出しでケダモノくさい。
一人で妄想の世界に旅立っている天蓬を、捲簾は呆然と眺めた。

いきなり何を言い出すやら。

「でも俺、その頃はもう童貞じゃなかったケド」
「何ですってっ!?」
もの凄い形相で天蓬が睨め付ける。
思わず捲簾の脚が一歩後ずさった。
「捲簾?初体験はおいくつの時ですかぁ〜」
優しげな猫なで声に、捲簾は顔を引き攣らせる。
「えーっとぉ…13、かな?」
「ちなみにお相手は?」
「近所に住んでた未亡人」
「…中学生で人妻好きとは、また剛胆な」
「たまたまだよっ!」
呆れた視線で見上げてくる天蓬に、捲簾は顔を真っ赤にして言い訳した。
「そういう天蓬はいくつの時なんだよ?」
「え?僕…ですか?」
天蓬は瞳を瞬かせる。
腕を組んでしばし考え込んでから、捲簾へ視線を戻した。
「ところで、女性のですか?男性のですか??」

ムカッ。

「オンナに決まってんだろっ!!」
捲簾は大声で怒鳴りつける。
訳の分からないカタマリが、胸の辺りから迫り上がってくる不快感。
鼓動が耳について、鬱陶しい。
掌にまで汗が滲んできた。

これは。
明らかに嫉妬だ。

我に返って、捲簾がバツ悪げに視線を落とす。
「パパぁ…どうしたの?」
心配そうに簾が見上げてきた。
部屋の中が静まり返る。
「僕は…15の時でしたねぇ。相手は多分、女子大生」
ぽつりぽつりと、天蓬が話し出した。
「多分って何だよ?」
「分からないんですよ」
「は??」
捲簾が目を丸くして顔を上げる。
「その頃僕、高校受験で塾に通ってましてねぇ。授業が終わると夜でしょう?お腹が減ってしまって、帰る前によくコンビニでパン買って食べてたんです」
「…そんで?」
捲簾は簾を伴って、天蓬の横に座った。
そのまま天蓬の肩へ寄りかかる。
「いつもパン買って、僕は車の輪留めにしゃがみ込んで食べてたんですけど。そうして道を歩く人達をぼんやり眺めて…」
「ダチ…居なかったのかよ?」
「結構進学塾でしたから、周りはみんな敵、みたいな雰囲気があって。これまた僕が優秀だったりしちゃったもんで、友人どころか敵視されてましたねぇ」
「ふーん…そんなもん?俺塾って通ったことねーから知らないけど」
天蓬は苦笑をしながら頷いた。
「親の期待とか背負ってる分、子供なりに必死なんですよ」
「天蓬も…そうだったのか?」
「僕は全然。学校で教わる授業がつまらなかったから、通ってただけです」
「かぁ〜わいくね〜の〜」
天蓬らしいと言えばらしいけど。
ククッと喉を鳴らして捲簾が笑う。
「まぁ、そうやって毎日同じ場所にいると、声を掛けてくる人も居まして」
「それが女子大生らしい、っての?」
「近所に女子大があったんですよ。場所的にプレイスポットがある訳でもないし、何か目的でもなければ来ないようなところでしたから」
「…なるほど。で、誘われて喰われちゃったんだ」
捲簾が面白そうに口端を上げた。
「失礼ですね、据え膳喰わぬは男の恥でしょ?でもさすがに3Pは疲れましたねぇ」
「初体験で3Pだぁっ!?」
「あれ?ダメですか??」
「ダメっつーか…」

どんな中学生だよ、おい。

呆れ過ぎて、捲簾は言葉を詰まらせる。
しかし、天蓬の方は一向に気にも留めていないようだ。
「ま、それっきりだったので。美しい思い出も何もないですけど」
「美しい思い出って…今時乙女でも言わんだろ」
捲簾は深々と溜息を吐く。
いつの間にか、簾は捲簾の膝枕で眠ってしまっていた。
「でも…」
暖かい感触が捲簾の肩を包む。
天蓬に抱き寄せられ、捲簾が視線を向けた。
「捲簾の初体験は僕ですよね…コッチの」
肩を滑った掌が背筋を撫で、腰まで落ちてくる。
「あっ…ちょ…天蓬っ!」
咎めるように捲簾が小さく声を上げる。
それでも天蓬の悪戯は止まらない。
引き締まった小さめの臀部を、あからさまに撫でたり掴んだりと弄ぶ。
「バカッ…簾が…居るんだぞっ!」
小声で文句を言うと、天蓬が耳元に唇を寄せてきた。
「…12歳の捲簾も可愛かったろうなぁ」
一瞬、捲簾の思考が真っ白になる。

12歳の…俺?

「お前は小学生の俺にナニする気だっ!変態っ!変態っ!ド変態ーっっ!!」
ベシベシと真っ赤な顔で捲簾が天蓬を叩いた。
天蓬は笑いながら掌で受ける。
「だって〜『紫の上』って、やっぱりオトコとしては憧れるじゃないですか〜」
「天蓬が…俺を育てるってコト?」
「モチロンvvv」
「それって…」
「そのままでも貴方は充分可愛らしいですけど。どうせなら僕好みに…淫らに僕だけを欲しがって腰を上げて、貪欲に強請る捲簾……………あれ?」
突然天蓬が首を傾げた。
捲簾は不審気に顔を顰める。
「何だよ?」
「いや…別に僕が育てなくても、この前の捲簾がそうだったなーってvvv」
ウットリと頬を染め、天蓬が幸せそうに呟いた。
「天蓬のバカーッッ!!!」
真っ赤に顔を紅潮させ、捲簾が渾身の力で頭を殴りつける。

このっ、厚顔無恥っ!!
もうヤダ、コイツ〜っっ!!!

捲簾はソファの背もたれにグッタリと突っ伏した。
しかし、天蓬は分かっていない。
「僕…ヘンなこといいましたっけ?」
殴られた頭をさすりながら、天蓬はしきりに首を捻る。
今の騒ぎで、簾が起きてしまった。
眠そうに目を擦って、ぼんやりと二人を見上げている。
「ん〜パパぁ?」
息子の声に、捲簾がはっと振り返った。

これ以上天蓬と居たら醜態を晒すことになりそうだ。

「簾、眠いんだろ?ベッドに行こう」
「ん…パパ、天ちゃんセンセーおやすみなさい」
「はい。ちゃんと暖かくして寝ましょうね」
「はぁ〜い」
捲簾に手を引かれて、簾が自室へと歩いていく。
途中で捲簾が振り返り、思いっきり天蓬を睨んだ。

眼の縁を赤く染めたまま。

パタン、と扉の閉まる音が聞こえてきた。
天蓬はゆったりとソファに身体を預ける。
「本当に…捲簾はいちいち反応が可愛いですよねぇ」
満足そうに天蓬が微笑む。
さて、これからはオトナの時間。
「そういえば…八戒もそろそろ、ですかねぇ」

きっと、自分が渡した薬を使っているだろう。

「さて、どうなるんでしょう?後は八戒のお手並みは、ですし」
天蓬は煙草を銜えると、楽しげに唇を緩めた。


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