Attraction Garden


「はぁ…久々に飲むと、美味しいですねぇ」
八戒はニコニコしながらグラスを傾けた。
既にバーボンの瓶は空になり、今は日本酒に変わっている。

おかしい。
こんなハズじゃなかったのに。

悟浄はチビチビと酒を嘗めつつ、八戒の表情を伺った。
ハッキリ言って悟浄の酒量を上回っている。
にも係わらず、顔色一つ変化していない。
言動もシッカリしていて、呂律が回らなかったり身体が揺れているようなこともなかった。
いつもと変わらず、清廉とした雰囲気を漂わせている。
それに比べて。
悟浄の方は、すっかりペースダウンしている。
飲めないという訳ではないが、いつもの調子で飲んで、いざという時に役立たなかったら洒落にならないと危惧したからだ。
それでも少しはアルコールも回っているらしく、ほんのりと目の縁が色付いている。
頭の中もほわんとして気持ちがイイ。
バーボンを飲んでいる時に、悟浄は八戒の酒豪振りに気付いた。
とにかくグラスを空けるペースが早い。
途中でマズイと思った悟浄は、種類を変えることにした。
チャンポンで飲んだ方がアルコールは回りやすいから。
そう思い、あえて日本酒を選んだのだが。
どうにも思惑が外れているらしい。
平然とした顔で、八戒は美味しそうに酒を飲んでいた。
この後どうなるのか、八戒だって分かっているはずなのに。
悟浄が酔いつぶれては元も子もない。
「どうしたんですか?あまり飲んでいませんね?」
八戒は水のように酒を一気に飲んで、グラスをテーブルへと置いた。
悟浄に近寄って、顔を覗き込みながら額に手を当てる。
少し温度の低い掌が心地良い。
悟浄は息を吐いて、ウットリと目を閉じた。
「…大丈夫ですか?」
心配そうな八戒の声が耳元で聞こえる。
「ん…へーき。別に酔ってる訳じゃないから」
「それならいいんですけど。お水持ってきましょうか?」
「大丈夫だって〜。でも、八戒の手ぇ…冷たくって気持ちいいー」
額に触れる掌を、悟浄は手で押さえた。
「熱は無いみたいですけど。頬が少し赤いかなぁ」
小さな笑い声が耳朶を擽る。
悟浄は目を開けて、わざと八戒を睨んだ。
「ちぇ…八戒って酒強いよなぁ〜。全っ然顔変わんねーじゃん、ずるい!」
頬をプクッと膨らませて、子供のように悟浄が拗ねる。
八戒は微笑んだまま小さく肩を竦めた。
「そういえば僕…お酒で酔ったコトって今までないんですよ」
「それはそれでちょっと可哀想かも?」
「どうしてですか?」
不思議そうに見つめてくる八戒に、悟浄はニッと口端を上げる。
「だぁ〜ってさ、やっぱ気持ち良く酔うのって楽しいもん。それを八戒は体感出来ない訳だろ?」
「でも美味しいものを頂くのは嬉しいし、楽しいですよ。それに差はありますけど、僕だって気持ち良くはなりますし」
「ふーん…」
八戒を眺めながら、悟浄が何事かを考え始めた。
「あの…悟浄?」
視線も逸らさずに真っ直ぐ見つめられ、八戒の頬が紅潮する。
額に触れたままだった手を引こうとすると、逆に掴まれ引き寄せられてしまった。
八戒は勢いよく悟浄の胸に倒れ込んだ。
「あ、すみませ…っ」
慌てて身体を引こうとするが、強く抱き締められ動けない。
「悟浄…あの…」
「はぁ〜っかい♪」
悟浄の唇が首筋に触れた。
濡れた舌先が伝いながら耳朶まで上がる。
「あ…っ」
真っ赤な顔で八戒が悟浄にしがみ付いた。
背を抱く掌に小さく震えが伝わってくる。
「なぁ…もっと気持ち悦いコト、しよっか?」
「えっ…ごじょ…っ?」
驚いて顔を上げる八戒の顎を、無骨な指が掴み上げた。
「ごじょっ…んっ…っ」
何か言おうと開いた八戒の唇を、悟浄は無遠慮に塞ぐ。
「ふ…っ…んんぅっ…」
強引な舌が歯列をこじ開け、無理矢理侵入してきた。
深く深く口付けられて、呼吸すらままならない。
逃げる舌先を追いかけ捕らえると、舌根からネットリ舐めて強く吸い上げる。
湧き上がる快感に、二人ともゾクリと背筋を震わせた。
八戒が遠慮がちに舌を差し出すと、悟浄の舌が嬉しそうに絡みついてくる。
互いの口腔を舐め尽くし、溢れる唾液を飲み干して。
ただ、夢中になって互いの唇を貪り続けた。

このまま一気に雪崩れ込んで!

悟浄が力を掛けて上体を倒した…ハズだった。
「―――――あれ?」
離れていく唇に、悟浄が目を開ける。
見上げた先には、八戒の陶然とした笑顔。
何故だか八戒が悟浄の上に乗っていた。
状況がよく分からず、悟浄はぼんやりと八戒を眺めてしまう。
「あぁ…悪ぃ」
自分が勝手に倒れてしまったんだろうと、悟浄は謝って起き上がろうとした。
「―――――あれ?」
起き上がろうとしているのに。
身体が全く動かない。
悟浄は不思議に思って、腕を上げてみた。
少し重たい感じはするが、ちゃんと上がる。
それに指も動いた。
試しに足先も動かしてみたが、とりあえず動くようだ。
思いのほか自分は酔いが回ってるのか?
そう考えるが、自分の具合が分からないほど酔っていない自覚はある。
それなのに。
「あれ?んんっ??」
腰から下肢に全く力が入らなかった。
起き上がろうとしても、上にも横にも動かせない。

一体どうなってるんだ?

必死になって動かそうとするが、自分の意思を身体が裏切る。
段々と悟浄は不安になって焦り始めた。
腰から下が自分の身体じゃないような感覚。

「…ムリですよ」

頭上から穏やかな声音が降ってきた。
悟浄は我に返って、視線を上げる。
そこには。
覆い被さったまま、八戒が楽しそうに悟浄を眺めていた。
悟浄が小さく目を見開く。

違う。
何か…違う。
八戒の様子がヘンだ!

本能的に冷たい汗が滲んできた。
愕然と悟浄が八戒を見つめていると、ゆっくりとしなやかな身体が近付いてくる。
八戒の双眸がすっと眇められた。
濡れた瞳が怪しい光を湛えている。
思わず悟浄は喉を鳴らした。
壮絶な色香を放っているのに、もの凄い威圧感がある。
その不安定さに悟浄は無意識に怯えた。
何だか唇さえ渇いてくる。
「えと…はっか…い?」
「起きあがれないでしょう?」
「あ…うん」
悟浄は素直に頷いた。
これがさっぱり。
全く全然ウンともスンとも動かせない。
「へぇ〜天ちゃんも、たまにはまともなモノ作るんですねぇ」
「………ちょっと待て」

天ちゃんが?
まともなモノ?
作った…だって!?
何を作ったってゆーんだっ!!!

「おいコラッ!何の話してんだよ!」
悟浄がきつい眼差しで八戒を睨め付けた。

一瞬の間。

ポッと頬を染め、八戒が恥ずかしげに視線を逸らす。
その態度に、悟浄の不信感が膨れあがった。
「天蓬が…何を作ったって?」
恐る恐る悟浄が問い返す。
八戒はチラリと悟浄へ視線を戻すが、直ぐに反らして俯いてしまう。
しかし。
相変わらず悟浄の上に乗ったまま、もじもじと照れまくっていた。
その姿は可愛らしいが、状況が状況だけに薄気味悪い。
「あの…ですね?あ、やっぱりどうしようっ!」
頬を掌で覆い、八戒は潤んだ瞳で悟浄を見下ろす。
「いーから吐け!」
「少し前に、天ちゃんに悟浄のことどう思ってるか、正直に話して相談したんです」
「…それで?」
違う意味で悟浄もドキドキしてきた。
「その時は、悟浄と同じ気持ちで僕も好きなのか、本当に分からなかったんです」
「うん…」
「そうしたら、天ちゃんが…僕は絶対悟浄のこと好きになるって断言して」
そこで八戒が悟浄に熱い視線を向ける。
悟浄の心拍数も一気に昂まった。
期待でソワソワと身体が落ち着かない。
身体は全く動かなかったが。
「でも、僕は極度の照れ屋だから…悟浄に本当の気持ちはなかなか伝えられないだろうからって…」
悟浄がゴクリと息を飲む。
「天ちゃん特製の薬を悟浄に盛っちゃいました〜♪」
「なんだとおおおぉぉっっ!!!」

天蓬特製の薬ぃ!?

ドッと脂汗が噴き出してきた。
悟浄の顔が思いっきり引き攣る。
「だってっ!悟浄のこと好きなんですっ!抵抗されたら哀しいじゃないですかぁ〜」
八戒はぶつぶつ言いながら、悟浄の腹にのの字を描く。
「うわっ!ちょっ…擽ってぇ!!やめっ…」
悟浄は動く上半身を必死で捩った。
何だか皮膚がゾクゾクと粟立つ。
「やっぱり好きな人と初めて一つになるのに…気持ち悦くなってもらいたいですし」
「別に…八戒に触れるの気持ち悦いけど?」
「本当、ですか?嬉しいです…っ」
扇情的な表情で、八戒が悟浄をウットリ見つめた。
「悟浄にそう言って貰えるのは嬉しいんですけど、やっぱり心配だったので…天ちゃんに1包って言われた薬を2包ほど…」
「倍量…って、だから何を俺に飲ませたんだよーーーっっ!!!」
アノ天蓬が作ったモノなんて怪しいに決まってる。
現に悟浄は今、身体が動かせない状態。
不安でどっかの線がプッツリ切れてしまいそうだ。
「えっとですね。抵抗できないように、腰が抜けてしまう薬…だったんですけど、どうやら副作用があるらしくって」

ふっ…副作用!?

顔面蒼白になって、悟浄は泣きそうになる。
「あ、たいしたことじゃないんです。何でも天ちゃんが自分で人体実験したら、普段よりも感覚が鋭くなってしまったらしくって」
「感覚が…鋭く?」
「はい。例えば…」
八戒の指先が、パジャマから覗いている鎖骨をつつっと撫でた。
「んぁ…っ!?」
身体中を電流のように快感が駆け巡る。
思わず漏れてしまった甘ったるい嬌声に、悟浄が驚いて口を塞いだ。
「ね?普段よりも感じてしまうでしょ?」
小さく首を傾げて、悟浄に同意を求める。
確かに。
たかが鎖骨に指先が触れたぐらいで、あんなに気持ち悦くなるなんて。
いつもなら絶対ありえない。
「特にね?粘膜の感覚が異常に鋭くなるらしいんです」
「粘膜の感覚って…」
意味が分からず、悟浄は眉間に皺を寄せた。
「まぁ、触れられる粘膜って言えば、口の中とか…性器に腸壁」
「腸壁…って、まさかっ!?」

もしかして、もしかしなくても。
八戒の思惑ってのは。

「大丈夫ですよ。僕は悟浄や天ちゃんみたいに無駄な経験値ないですけど、ちゃーんと悟浄が気持ち悦くなれるよう、天ちゃんにレクチャーして貰いましたから♪」

もしかして。
やっぱりそうなのかっ!?

「悟浄のナカで、僕の想い…い〜っぱい受け止めて下さいねvvv」
「嘘おおおぉぉっっ!!!」
悟浄は動く上半身でジタバタと抵抗する。
「そんなに…初めてで不安ですか?」
「初めて…」
処女のように扱われて、悟浄の顔が真っ赤に染まった。
八戒が最上級の笑顔を悟浄に向ける。
「悟浄に僕の全てを捧げますから…ね?」
八戒に自分と同じ雄の匂いを感じて、悟浄は動けなくなった。


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