Attraction Garden



パッチリと。
八戒はベッドの中で目を覚ました。
普段の習慣からか、まだ薄暗いうちから覚醒してしまう。
閉じられたカーテンの向こうには、朝陽は感じられなかった。
「今…何時だろう?」
視線が時計を探して彷徨うが、一向に見つからない。
それよりも問題があった。

「…コレは一体、何の体勢なんでしょうか?」

昨夜散々啼かされて達かされ捲った悟浄は、結局最後は感極まり失神してしまった。
呼んでも頬をペチペチ叩いても全く意識が戻らなかったので、八戒はとりあえず悟浄の身体を綺麗に拭って後始末をする。
自分はシャワーを借りて汗と残滓を洗い流し、身繕いをしてすぐにベッドへと戻った。
そっとベッドに潜り込み、暖かな温もりをしっかりと抱き締め、八戒は幸せな気持ちで眠りについた…はずだった。
そして、目覚めてみればこの状態。
仰向けに寝そべっている八戒の身体に、悟浄の手脚がガッチリ巻き付いていた。
強力にロックされ、まるで逃げないように拘束されて羽交い締め状態。
八戒の首と頭はホールドされている。
試しに身動いでみても、悟浄の拘束は全く緩まなかった。
ふと、八戒は思案する。

もしかして…夢の中で仕返しでもしてるんでしょうか?

悟浄が受け身になるのは初めてだと分かっていても、八戒はかなり無茶を強いた自覚はあった。
気遣う余裕もない程悟浄が欲しくて、見境無く溺れてしまう。
我に返った時は、悟浄が気絶した時で。
疲れて眠る悟浄の頭を抱き締め、八戒は何度も寝顔に謝った。
許しを請うように、何度もその頬に口付けを落とす。
以外にあどけない寝顔にドキドキしながら、八戒は飽きることなく眺めていた。
そうして気が付けば、いつの間にか八戒も眠っていて。
目覚めてみればこの状態。
大柄な悟浄に羽交い締めされているのは結構ツライ。
無意識に力も入っているのか、骨の当たっている場所が痛かった。
何よりも息苦しい。
こんな体勢で、悟浄を起こさずに熱烈抱擁から脱出できる自信は八戒になかった。
溜息を吐くと、八戒は自分に絡まっている腕を軽く叩いてみる。
「あのー…悟浄?」
声も掛けてみるが、反応は返ってこない。
「ご・じょ・うっ!」
少し声のトーンを上げて呼びかけると、悟浄はう〜んと唸ってますます八戒にしがみ付いた。
ホールドされたままの首がギシッと軋む。
「いたたたっ!悟浄ってばぁ〜!」
涙目になって八戒が悟浄の肩を叩くと、今度はふにゃっと相好を崩して擦り寄ってきた。

…可愛い。

思わず八戒は痛さも忘れて見惚れてしまう。
「う〜ん…困りましたねぇ。どうしましょう」
今度は八戒の方が、悟浄を離したく無くなった。
どうにか無理矢理身体を捻り、悟浄と向かい合わせの体勢を取る。
そうすると、悟浄の力が少し弛んだ。
長い腕が八戒の首へとスルリと回される。
八戒も抵抗しなかった。
悟浄の背中をあやすように撫でると、口元に笑みが浮かぶ。
一瞬起きてるのかと思ったが、寝息は規則正しく続いている。
無意識にでも甘えてくれるのが、八戒は嬉しくて仕方なかった。
「以外と甘えっ子なんですね…悟浄は」
普段の飄々とした態度や、男クサイ仕草とは大分違う。
それだけ八戒には心を許している証拠だ。
嬉しくて、幸せで。
八戒は自然と微笑んでいた。
「あ…明るくなってきましたね」
視線を窓に向けると、うっすらとカーテンの外が明るい。
首に回されていた悟浄の腕を持ち上げ、そっと外した。
悟浄を起こさないようにベッドから身体を滑らせて降りると、シーツに落ちた手が何かを探してパタパタと蠢く。
きっと、無意識に八戒を探して居るんだろう。
クスクスと小さく笑いを零すと、八戒は枕を掴んで悟浄の胸に抱かせた。
悟浄は枕をギュッと抱き締めると漸く落ち着いたのか、顔を埋めて深い眠りに入っていく。
穏やかなその寝顔を、八戒は身体を屈めてじっと見入った。
「さてと。とりあえずお湯を沸かして…お腹空いてるだろうから朝食でも作りましょうか」
身体を起こすと、静かに寝室の扉を開ける。
「もう少し…お休みなさい悟浄」
そっと声を掛けて、八戒は微笑みながら扉を閉めた。






その頃、兄捲簾の部屋では。

ゲシッ!!!

見事な蹴りが天蓬の脇っ腹へと炸裂した。
熟睡しているところを襲撃され、受け身を取る間もなくベッドから転げ落ちる。
「起きろっ!天蓬ぉ〜!!」
「う…う〜ん…」
ベッド下から寝惚けた唸り声が聞こえてきた。
捲簾は枕元の目覚まし時計を掴むと、ポイッと投げ落とす。
「痛っ!!!」
ガコンとぶつかる鈍い音が聞こえるのと同時に、天蓬が叫んだ。
「もぅっ!捲簾いきなり何するんですかぁっ!」
時計が頭を直撃したのか、天蓬は涙目になって頭をさすっている。
そのまま床に座り込んで、じーっと恨めしそうに捲簾を見上げた。
「大声で呼んでも耳元で怒鳴りつけても、寝汚く起きねーからだろ?」
「え?そんなに僕のこと呼んでいたんですか?」
「まぁな。いっくら呼んでも天蓬、全っ然目ぇ覚まさないし」
捲簾の言葉に天蓬は僅かに目を見開いた。

天蓬は比較的眠りが浅い。
常に人の気配を感じると、すぐに目覚めた。
耳元で叫ばれたりされても、全く起きないなんて初めてのことだ。

「ん?何そんなに驚いてんだよ??」
「いえ…今までそんなこと無かったもんですから」
「何が無かったって?」
「大声で呼ばれても気付かずに寝入ってしまう程激しいセックス、今までシタことなかったなぁ〜ってvvv」
天蓬はわざとイヤラシイ笑みを浮かべて、意味深に微笑む。
「あー、それは俺もねーな」
ケロッと捲簾も頷き、相槌を打った。
「…そうなんですか?」
「そうなんですよ、これが」
ベッド上で寝返りを打つと、捲簾は天蓬の側まで近寄る。
「だって今までオンナに『あぁ〜んっ!すごぉい!死んじゃうぅ〜』な〜んて言われたことはあっても、まさか自分が言う羽目になるなんて思わなかったし。人生分かんねーもんだよなぁ?」
ククッと喉で笑いながら、捲簾が天蓬を見つめる。
天蓬は目をまん丸く見開いて唖然とした。

えーっと。
とりあえず今の話をおさらいしましょうか。
……………。

「ええっ!?捲簾ってば、そんな死んじゃいそうな程悦かったんですかっ!?」
ワンテンポ遅れて、天蓬が真っ赤な顔で叫んだ。
そのままベッドに膝を掛けて、身を乗り出す。

ポスッ☆

天蓬の顔に枕がヒット。
「落ち着け、ケダモノ」
今にものし掛かりそうな勢いの天蓬を、捲簾は枕でガードする。
強い力で押し返され、天蓬はジタバタと藻掻いた。
「捲簾なんですかぁ〜っ!ヒドイですよぉ〜っ!!」
「うるせーっ!朝っぱらからサカッてんじゃねーっての!」
ふいに腕から力を抜くと、天蓬がベッドに顔から倒れ込む。
そのまま天蓬はピクリとも動かなかった。
さすがに心配になって、捲簾は頭をそっと撫でる。
「おーい?てんぽ〜??」
「…煽ったのは捲簾なのにヒドイですっ!」
天蓬は顔を上げると、上目遣いで捲簾を睨んだ。
瞳を潤ませて明らかに拗ねている。

…可愛い顔すんじゃねーよ。
って、俺がサカッてどうするっ!

内心で自分自身にツッコミを入れつつ、捲簾は溜息を零した。
「そ。死んじゃいそうなぐらい悦かったから、お陰様で腰がガクガクなの〜」
天蓬を蹴り落とす前に何度も起き上がろうとチャレンジしたが、腰から下の感覚がまるで無くて早々に諦める。
しかし。
だからと言って、何時までも寝ている訳にはいかない事情があった。
ここは自宅。
当然、捲簾の息子も居る。
「あのな、もうすぐ簾が起きてくると思うんだよ」
「あっ!そうでしたね」
天蓬の方もすっかり自分が何処にいるかを失念していた。
「そこで、緊急事態発生だ」
「は?緊急事態…ですか?」
パチクリと天蓬は瞳を瞬かせる。
「簾がさぁ〜ぜってぇ腹減ったって騒ぐと思うんだよ。でもな?俺はこんな状態で朝食の準備が出来ない、と」
真剣な表情で捲簾が見つめてきた。
天蓬の額に冷たい汗が伝い落ちる。
「あの…まさか…僕に作れって?」
恐る恐る天蓬が問い返した。
自慢じゃないが、天蓬は生まれてこの方料理なんかしたことがない。
食器を洗えば、割り捲る。
包丁を持たされても、切り方も知らない。
食材も調味料を見ても、区別も出来ない。
完璧なまでのナイナイづくし。
満足に出来ることと言えば、お湯を沸かすこととお茶やコーヒーをいれるぐらいだ。
その自分が、大切な捲簾の息子のために料理!?
サーッと天蓬の顔色が顔面蒼白になった。
あからさまな表情の変化に、捲簾は苦笑する。
「安心しろ。お前に朝食作れなんて言わねーよ。マンション出て左の方に行くとコンビニあるからさ。適当にサンドイッチかなんか買ってきてくんねー?」
「でも…コンビニのパンなんかでいいんですか?」
「俺は動けねー。天蓬は作れねーんじゃ仕方ないだろ?悟浄が居れば頼めるんだけどなぁ」
捲簾はガシガシと髪を掻き上げた。
「あれ?悟浄くん…居ないんですか?」
「んー?天蓬聞いてねーの?昨日悟浄と天蓬の従兄…初デートだったんだけど」
「えっ!?八戒が悟浄くんと!」
「そうなの。だからさぁ、多分帰ってねーんじゃないかと思って…」
「八戒がとうとう…ですか」
天蓬の口元に怪しげな笑みが浮かぶ。
「…何笑ってんだよ?」
胡乱な表情で捲簾が睨んだ。
「いえいえ。上手くいったのかなー、って思いまして」
「いったんじゃねーの?悟浄のヤツ、やけに気合い入ってたからな」
「ふぅ〜ん…そうですか。悟浄くん気合い入ってましたか…大変だな」
ボソッと天蓬が小声で呟く。
天蓬の笑顔に何だか胡散臭い雰囲気を感じ取り、捲簾は眉を顰めた。
「天蓬…何か知ってるのか?」
探るように捲簾が問い質す。
それに天蓬はニッコリ微笑み返した。
「僕は八戒がデートすることも聞いてなかったんですよ?」
そう言われてみればそうだ。
確かに自分が話した時、天蓬は本当に驚いていた。
でも。
何だか怪しい。
絶対何か隠してる。
捲簾は確信した。
ジットリ睨んでいると、天蓬がポリポリと頬を掻く。
「知らなかったんですけど。八戒に恋愛成就のお守りは渡しました♪」
「はぁ?恋愛成就のお守りぃ??」
ますます混乱して、捲簾は頭を抱え込んだ。



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