Attraction Garden



ピンポーン☆
朝っぱらからの訪問者に、捲簾はベッドの中で嫌そうに顔を顰めた。
「ったく…誰だよぉ。天蓬っ、出てくれよ〜!セールスだったら追い返せよなっ!」
寝室からの怒鳴り声に、捲簾の機嫌が最悪なのが分かる。
「はいはい。でもセールスマンじゃないですよ〜」
天蓬はソファから立ち上がると、玄関へいそいそ向かった。
インターフォンで確認もせずに、鍵を外して扉を開ける。
「すみませんねぇ。朝早くから♪」
「…全くですよ」
暢気な天蓬に対して、八戒の声は刺々しい。
恨めしそうに強い視線で睨み付けた。
天蓬の方はそんな八戒にも全く動じず、ニコニコと微笑みを浮かべている。
「あ、入って下さい」
「自分の家じゃないでしょう。人様の家でくつろぎすぎです」
「いーじゃないですか。捲簾が出てくれって言ったんですよ?」
「はぁ…お邪魔します」
礼儀正しく挨拶をして、八戒は玄関に上がった。
天蓬に導かれるままに、ダイニングへ入っていく。
基本的に室内の造りは悟浄の所と同じ様だ。
八戒はサンドイッチの乗った皿をテーブルに置くと、室内を見回す。
「あれ?簾クンのお父さんは…」
「起きてはいるんですけどねぇ〜」
あははは、とわざとらしく笑って、天蓬が視線を逸らした。
不審気に八戒が眉を顰める。
「天ちゃん…一体何をやらかしたんです?またご迷惑かけたんでしょうっ!」
「え〜?だって僕だけのせいじゃないですよぉ?捲簾だって、僕の上に乗っかってガンガン腰を動かし…うわっ!?」
突然寝室から目覚まし時計が飛んできた。
「余計なこと言ってんじゃねーっ!」
次いで怒鳴り声。
床に転がる時計を拾い上げると、天蓬はクスクスと笑みを零す。
「もぅ。ダメじゃないですかぁ。時計壊れちゃいましたよ?捲簾」
「誰が壊させてるんだよっ!あぁっ!?」
のほほんと長閑な声と恐ろしい程不機嫌な声。
八戒はどうすればいいか分からず、硬直してしまった。
天蓬が気付いて、苦笑を漏らす。
「捲簾ってば…八戒が驚いてるじゃないですか」
「へ?八戒??」
虚を突かれた間抜けな返事に、八戒が我に返った。
「あっ!僕まだきちんとお会いしたことないんですよ。簾クンや悟浄のこともありますしご挨拶を…あれ??」
八戒が天蓬に紹介して貰おうと、振り向くと忽然と消えている。
何故だか立っている正面のドアに貼り付いていた。
「今はダメですっ!捲簾は昨夜僕と愛し合ったまま、セクシーダイナマイツな素肌を惜しげもなく晒してるんです!身内とは言え絶対見せることは出来ませんからねっ!!」
必死になって寝室のドアをバリケードする天蓬に、八戒は心底呆れ返る。
「いえ…別に僕は覗きがしたいんじゃなくって、ご挨拶をしたいんですけどぉ」
「イヤですぅっ!捲簾の素っ裸を隅から隅、奥からアソコの奥まで見ていいのは僕だけで…」

「やかましい、エロ天!」

もの凄い轟音が響いて、寝室のドアごと天蓬の身体が吹っ飛ばされた。
キィキィとネジの弛んだドアが音を立てる。
入口には怒り心頭で、額にクッキリ青筋を浮かべた捲簾が仁王立ちしている。
天蓬は床に倒れて全く動かなかった。
どうやら頭をどこかに打ち付けて昏倒しているらしい。
「あ…てててっ!くっそぉ〜腰がっ!!」
突然捲簾がその場で呻きながらへたり込んだ。
「あのっ!大丈夫ですか!?」
慌てて八戒は捲簾の側に座り込む。
この場合天蓬は自業自得なので放置した。
「ったく…余計なコトさせやがって…っ」
「もぅっ!ほんっとぉーに申し訳ないですっ!すみませんっっ!!」
八戒が深々と頭を下げて、捲簾に土下座する。
「天ちゃんが常識無さ過ぎるばかりに、ご迷惑おかけしてしまって…」
「あ…えーっとぉ?」
捲簾は床に座り込んだまま、まじまじと八戒のつむじを見つめた。
何度も何度も頭を下げて、額を床に擦りつけている。
「いや…アンタのせいじゃねーから。天蓬がアホすぎるのが悪いんだし」
「いえっ!もぅ何てお詫びすればいいのかっ!自分だけならまだしも、人様に迷惑かけたらダメだって散々言ってるのに…しかも園に通ってる簾クンのお父さんに」
「あー…そうだった。こっちこそ息子がいつもお世話になってマス」
漸く捲簾は、八戒がいつも簾の面倒を見て貰っている保父さんだと思い出した。
つられてペコリと頭を下げる。
「そんなっ!こちらこそ天ちゃんがお世話になってる挙げ句、ご面倒までおかけしてっ!」
「いやいや。天蓬のは…まぁ、成り行きっつーか。好きで構ってるんだから、気にしないでいいよ」
「本当に…これからも天ちゃんを宜しくお願いします」
丁寧に挨拶をすると、八戒が顔を上げた。
「………なるほど、ね」
「はい?」
八戒の顔を眺めて、捲簾が感心したように呟いた。

悟浄の言い分も眉唾かと思ったけど、これなら納得。
確かに容貌も天蓬によく似ている。
綺麗な瞳に、聡明そうな面立ち。
肌理の細かい美しい肌。
捲簾の第一印象は、卑猥な毒気を抜いた天蓬という感じだ。
「うん、悟浄が執心するのも分かるな」
正直に感想を述べた途端、見る見る八戒の頬が紅潮する。
「え…あの…っ」
恥ずかしそうに視線を逸らして俯いてしまった。
「うんうん、可愛い」
悟浄の言葉を思い出すように、捲簾は八戒の一挙一動を眺めて頷く。
八戒にしてみれば、真っ正面から品定めをされているようで居心地が悪い。
ましてや、悟浄の身内となれば尚更だった。
「ったくなぁ〜。天蓬も黙って笑ってりゃ美人で可愛いのに」
捲簾は立て膝に肘を突いて、しみじみと不平を漏らす。
「ん?そういや…何でうちに居んの?」
ふと、根本的なことに気付いて、捲簾が首を傾げた。
八戒は正座した状態で、背後に撃沈している天蓬へと視線をやる。
「さっき、携帯に天ちゃんから電話がありまして。簾クンの朝ご飯がないから買いに行きたいんだけど、どうしようって」
「…コンビニに行けって言ったのに」
捲簾がガシガシと髪を掻き乱した。
コンビニに買い物なんか、子供だって出来る。
教えたことも出来ないなんて、呆れて物も言えない。
「あ、そうじゃないんです。育ち盛りの簾クンに、コンビニのご飯じゃ気が引けるらしくって、この辺りにカフェがあるかどうか聞いてきたんですよ」
「は?カフェ??」
「ええ。ああいうお店だと、最近のオーガニックブームで具材も気を使ってますから」
「あ〜、そう言う訳な」
漸く納得して、捲簾が頷いた。
「ん?何で俺に訊かねーんだ?」
天蓬は頬に微苦笑を浮かべる。
「何か天ちゃん…捲簾さんを怒らせた後だったみたいで、訊き辛かったみたいです。それで僕の携帯にかけてきたらしいですよ?」
「素直に訊きゃぁいいのに…バカ」
仕方ねーヤツ。と肩を竦めながらも、捲簾の顔には優しい笑みが浮かんでいる。
「僕、丁度悟浄の朝ご飯にサンドイッチ作ってたので、持ってきたんです」
八戒がニッコリ微笑むと、捲簾が不思議そうに首を傾げる。
「え?あれ?何で悟浄の朝飯作ってんの??」
「あっ…」
口を押さえた八戒の顔が真っ赤に染まった。
それだけで、捲簾は全てを理解する。
「へぇ?悟浄のヤツ…デート初日から自分の家に連れ込んじゃったんだ〜」
「あのっ!それは…ちょっとしたアクシデントがありましてっ!別にやましい気持ちがあったとかそんなんじゃっ!」
「いやぁ〜?俺、デート前に会ったけどさ。悟浄はやましい気持ちパンパンだったけど?」
捲簾がニヤニヤと口端を上げて笑った。
ますます八戒の顔が羞恥で赤くなる。
「ん?あれ?でも悟浄は?アイツ何してんの??」
「悟浄は…その…まだ寝てます」
「と、いうことは?」
「昨夜あんまり…えっと…寝る時間が遅かったので」
しどろもどろに言い訳する八戒の言葉を、捲簾は頭の中で反芻した。

えーっと。
八戒はココにいて、どう見たって元気だな。
でもって、悟浄の方は未だベッドでお休み中と。
しかも寝るのが遅くなる程、頑張っちゃった訳だ。
へー?ふぅ〜ん。

ちょっと待てっ!

捲簾は唐突に天蓬の話を思い出した。
「あのさぁ…天蓬のお守りって〜」
途端に八戒の肩がビクンと跳ね上がる。
捲簾の視線が射るように鋭く見つめてきた。
「アイツ曰く、腰が抜けちゃう薬だって?それをな〜んにも知らない悟浄に一服盛っちゃったんだ?」
「あ…あの…っ…僕…」
八戒の顔色が怯えに変わる。
瞳いっぱいに涙を浮かべて、それでも逃げないで耐えていた。
捲簾は額を押さえて、深々と溜息を吐く。

そんな顔されちゃ、怒れないだろうが。
ああーっ!もぅっっ!頼むから、可愛い顔して上目遣いでコッチの様子なんか伺わないでくれよっ!

「あのさぁ、こういうことは当人同士の問題だから、俺も無粋なこと言わねーけど。そんでも、悟浄には本当のコトちゃんと話してやってくれよな」
「え?本当のコト…ですか?」
八戒は瞳を瞬かせた。
「だから〜天蓬にそそのかされてアイツに一服盛ったコト!」
「それなら…悟浄知ってますけど?」
「………何だって?」
驚いて捲簾が問い質す。
「悟浄は知ってます。それでも…僕のこと許して…受け入れてくれました」
涙を拭って八戒が幸せそうに微笑みを浮かべた。
その笑顔の綺麗なこと。
捲簾は肩から力を抜くと、背後の壁に凭れ掛かった。
「あ〜あ…兄弟揃ってロストバージンかよ〜」
ボソッと気の抜けた声でぼやくと、八戒が恥ずかしそうに俯く。
「ま、ケーキでも買ってお祝いかねぇ」
「…悟浄、怒りませんか?」
「さぁ?その方が兄貴としてはからかい甲斐があって面白いけど?」
口元に笑みを浮かべると、八戒も可笑しそうに微笑んだ。
「パパァ〜おはよ…あれっ?八戒センセーだっ!」
眠い目を擦って起き出してきた簾が、八戒に気付いて駆け寄ってくる。
「簾クン、おはよう」
「おはよーございますっ!」
「元気なご挨拶ですね。簾クンはちゃんと自分で起きられるんですか〜エライですねぇ」
「えへへ…」
誉められた簾は、照れくさそうに頭を掻いた。
「ねーねー?八戒センセー、何でうちに居るの??」
「天ちゃんに頼まれて、簾クンの朝ご飯を作ってきたんですよ」
「ええっ!八戒センセーが簾の朝ご飯作ってくれたの!?」
「はい。サンドイッチなんですけど…簾クン好きかな?」
「うんっ!サンドイッチ大好きーっ!!」
簾は嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねて喜ぶ。
「ほら、簾!先に顔洗ってこいよ」
「はぁ〜い♪あれ?天ちゃんセンセーは??」
「…ソコで寝てる」
捲簾が指差した方向に、天蓬は相変わらず倒れていた。
そのまま睡眠に突入したらしい。
「天ちゃんっ!そんなところで寝ないで下さいよ、もぅっ!」
八戒が起こそうと身体を揺すっても、一向に起きる気配がなかった。
「ああ、いーよ。天蓬もあんま寝てねーからそのままにしといて。悪いんだけどさ、そこの寝室から毛布持ってきて掛けてやってくんねー?」
「あ、はい」
言われた通り寝室から毛布を持ってくると、床で寝ている天蓬の身体へと掛ける。
「捲簾さんも、朝食どうですか?結構作ってあるので」
皿からラップを外して、八戒は声を掛けた。
「あ、うんご馳走になる。それより悟浄放っておいて大丈夫か?それにアイツの朝飯だったんだろ?それ」
「そろそろ起きてくるかなぁ。結構大声で呼んでも叩いても起きなかったんですよ。でも朝食どうしようかなぁ」
思案している八戒の視界に、コンロに置いたままの鍋が入る。
「あの…この鍋は?」
「ん?ああ、それ昨夜の残り物。天蓬が肉買ってきたからすき焼きしたんだけど、さすがに多すぎて余っちゃったんだよなぁ」
勿体ねーけど。と捲簾が苦笑した。
さすがに2日連続ではご馳走も飽きてしまう。
「これ…悟浄の朝食に頂いていってもいいですか?」
「ん?いーよ。アイツすき焼き好物だしな」
「ありがとうございます」
どうせなら悟浄の大好きな物を作って上げたかったから、丁度良い。
コレを持っていってすき焼き丼にしよう、と八戒は嬉しそうに鍋を見つめた。



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