Attraction Garden |
「ぅん…?…寒ぃ…っ」 微かな肌寒さに、悟浄はぼんやりと覚醒してくる。 ゴロンと寝返りを打って、抱き締めた枕に顔を埋めた。 まだ頭の中は、心地よい眠りに支配されているらしい。 暫く枕に懐いていたが、唐突に瞳を開いた。 勢いよく起き上がり、慌てて室内を見回す。 「あ…れ?八戒?…八戒っ!?」 ベッドの傍らから、八戒の温もりは当に消えていた。 シーツの冷めた感触に、悟浄は不安を覚える。 「まさ…か…」 自分が寝ている間に帰ってしまったんだろうか。 考えたくもない結果ばかりが頭に浮かぶ。 「もしかして…」 やっぱりイヤだった、とか。 行き着いた考えに、悟浄は身体を震わせる。 やっぱりオトコを抱いたコトを、後悔したのかも知れない。 そりゃ、身体なんか節っぽくって硬いし筋肉で重い。 付いてるモンも一緒だし。 女性のように暖かな柔らかさなんかない。 包み込んで優しく受け入れる粘膜だって、勿論持っていない。 あるのは擬似的粘膜なアレだけ。 しかも、あんなこと初めてだったから、八戒を悦くしようとか全然考えられなかった。 ただ即されるままに、身体を開いて飲み込んで。 八戒が満足したのかどうかも分からない。 でも、今ココに居ないって言うことは。 「幻滅…したんかなぁ」 小さく呟いて、悟浄は項垂れた。 夢の中で八戒は優しく自分を抱き締めて、嬉しそうに微笑んでくれていたのに。 感触だって思い出せる。 「………ん?何で感触なんかあったんだ??」 顔を上げると、悟浄は腕を組んで唸った。 まぁ、尤も。 これで八戒が幻滅しようが、悟浄には関係ない。 昨夜のセックスは契約だ。 八戒が自分のモノになった、何よりの証。 自分の身体がこんなにも覚えているのに、無かったことなんかに絶対させない。 八戒の欲情で潤んだ瞳、紅潮した頬、忙しない呼吸、暖かい体温、灼熱の劣情。 どれも全て自分の身体に刻み込まれた。 もし、八戒が二度と自分を抱く気がないなら。 今度は俺が抱けばいいだけ、だ。 「でも、マジで八戒のヤツ帰ったのか?」 悟浄が視線を巡らせると、サイドチェストに昨夜悟浄が来ていた部屋着が畳んで置いてあった。 それに手を伸ばすと手早く着込んで、ベッドから立ち上がろうと脚を下ろす。 「よっ…と…ととととと…どわぁっ!?」 ガクッと膝が崩れ落ち、悟浄は前のめりに勢いよくひっくり返った。 大きな音を立てて床に背中を打ち付ける。 「イッデーーーッッ!!何だよぉっ!!!」 あまりの痛さに、つい涙目になってしまった。 「あ〜痛いっ!い〜たぁ〜いぃぃ〜っ!!」 一人大声を発しながら、床の上で悶える。 それも何だか恥ずかしいし虚しかった。 とりあえず身体を起こすと、腕に力を入れて反動で立ち上がろうとする。 が、できなかった。 「おいおい…うっそだろぉ?」 悟浄は小さく一人言ちて唖然となる。 腰から下に全く力が入らない。 それどころかヘンに力を入れると、口では言いづらい恥ずかしいトコロに激痛が走った。 悟浄の額に脂汗が滲む。 「まさか…俺、今日一日動けねーのかよぉ!?」 情けない声でぼやくと、悟浄はガシガシと寝癖の付いた髪を掻き毟った。 とは言え、愚痴ったところで立ち上がれないのはどうしようもない。 悟浄はさっさと諦め、這い蹲った状態でリビングに続くドアを開けた。 「八戒…居る?」 悟浄が恐る恐るドアから顔を覗かせる。 室内を見回しても八戒の気配は無かった。 既に人の居る空気じゃない。 「何だよぉ…」 不安に瞳を揺らして悟浄がリビングに入った。 「あれ?」 リビングに八戒の来ていたコートが掛かっている。 慌てて目を凝らしてダイニングをみれば、椅子の上に八戒のバッグも置いたまま。 「八戒…帰ったんじゃねーんだ」 悟浄が安堵の溜息を零した。 しかし、すぐに顔を顰める。 「ん?それじゃ八戒のヤツ、何処に行ったんだ??」 コートとバッグを置いて帰る訳がないが、かといって部屋に居る気配もない。 八戒は何処かに出かけたらしい、と悟浄にも分かった。 こんな朝っぱらに? 自分を置いて一体何処に? 悟浄は頬を思いっきり膨らませて拗ねまくる。 一夜を共にした恋人を、無粋にも置き去りにして出かけるとは。 いくら何でもデリカシーが無さ過ぎる。 せめて、俺が目ぇ覚ますまで側に居ろよなっ! 八戒のバカアアアァァッッ!!! 悟浄は四つん這いで前進しながら、掛けてある八戒のコートまで近付く。 裾を掴むと、強引にハンガーから外して落とした。 「…バァカ」 腕の中に落ちてきたコートを抱き締め、ゴロンと床に転がる。 「ドコ行ったんだよぉ…」 コートに顔を埋めながら、悟浄が寂しそうにポツリと呟いた。 すると。 ガチャッ☆ ドアノブが回される音が聞こえてくる。 悟浄の顔に笑みが浮かぶが、慌てて表情を素に戻した。 コートを抱えた状態で転がり、玄関に背中を向ける。 直後にドアが開かれた。 「あれ?悟浄…起きてたんですか?」 「………。」 悟浄は何も答えない。 頑なに背中を向けて、無言で押し黙った。 八戒は持ってきたタッパをテーブルの上に置くと、悟浄の側にやってくる。 「悟浄?どうしたんですか??」 「………。」 何だかもの凄く怒ってるらしい。 どんなに優しく声を掛けても、悟浄は答えようとしなかった。 どうしようかと、八戒は思案する。 困ったように悟浄を眺めて、ふいに気付いた。 あれ…僕のコートですよね? 悟浄が転がったまま胸に抱いているのは、間違いなく自分のコートだ。 大事そうに抱えて、顔を埋めている。 思わず八戒の顔が嬉しそうに綻んだ。 脅かさないように、悟浄の肩に優しく掌を置く。 何度も何度も腕を撫でて宥めた。 暫くすると、悟浄の肩から力が抜ける。 今度は髪を梳くように撫でていると、悟浄が僅かに身動いだ。 「俺のこと放っておいて…ドコ行ってたんだよ?」 ふて腐れた声が小さく聞こえる。 「ごめんなさい。悟浄を一人にしてしまって…寂しかった?」 「………うん」 漸く寝返りを打って顔を見せると、拗ねた表情で座っている八戒の腰に腕を回した。 そのまま身体を浮かせると、八戒の太腿に頭を乗せる。 「起きたら八戒いねぇしさ…黙って帰ったのかと思った」 目覚めて気付いた時の寂寥感。 悟浄は思い出して、八戒へとしがみ付いた。 八戒は償うように、優しく悟浄の頭を撫でる。 暖かい掌の感触。 悟浄は安堵して、溜息を吐いた。 「いちおう悟浄のこと起こそうとしたんですけど、あんまりにも気持ちよさそうに眠っていたから、起こしちゃったらかわいそうかなって思って。でもこんなに心配させてしまうなら起こしてちゃんと伝えればよかったですね」 「ん…すっげぇ心配した」 「ごめんなさい…」 「もういいよ。八戒戻ってきたから。でもさ、マジでこんな朝っぱらドコに行ってたんだ?」 そういえば、何かを持って帰ってきたみたいだった。 「実は…天ちゃんに携帯で泣きつかれて、簾クンのお宅にお邪魔してました」 「はぁ?ケン兄のトコ??何で天蓬…あっ!アイツ結局あれから押しかけてたのかっ!?」 「…そうみたいです」 悟浄が顔を上げると、八戒は苦笑する。 「最初はね、悟浄の携帯に電話掛けたらしいんですよ」 「え?何で??」 「天ちゃん、悟浄に近所でカフェがないか訊きたかったらしいです。さすがにこの辺りは詳しくないから」 「成る程ね。でも何でカフェの場所なんか訊きてーの?」 「簾クンのね…朝ご飯を買いに行こうとしたらしいんです」 「簾の?朝飯??だってケン兄居るんじゃ………あ、そっか。動ける訳ねーよなぁ」 先日の光景を思い出して、悟浄は笑いを漏らした。 捲簾に会えないからと、しつこく電話を掛けて尚かつテレフォンセックスまで強請るぐらいだ。 直接逢って、泊まって。 天蓬は勿論、捲簾だって何もしないで大人しく一夜を過ごす訳がない。 ただ問題なのは、天蓬の情熱に捲簾の身体が追いつかないことで。 「あ〜んな虫も殺さないような綺麗な顔して、ヤルこと絶倫らしいから。ま、どうせまたケン兄が必要以上にフェロモン撒いて天蓬のこと煽ったんだろうけどな」 「フェ…!?煽るって??」 八戒が真っ赤な顔で唖然とする。 「ん?ケン兄、天蓬とのセックスは好きらしいから。でもなぁ〜いくら好きだからって天蓬のブチ切れスイッチの加減覚えねーとさ。これからヤルたんびに撃沈じゃ大変だと思わねー?」 「そんなこと…僕に同意求められたって」 恥ずかしそうに八戒が視線を逸らした。 悟浄は双眸を和らげて、羞恥で真っ赤になっている八戒を楽しげに見つめる。 ククッと喉で笑いながら、八戒の腰にギュッとしがみ付いた。 「ごっ…悟浄っ!?」 驚いて八戒の身体が硬直する。 「俺もさぁ〜自分の限界見極めねーとな。もぅ…ダーリンってば激しすぎヨ?」 「激しっ!?」 「だぁ〜ってぇ…俺腰がガクガクで全然立てねーの。こんな凄いの…は・じ・め・てvvv」 「――――――っっ!?」 八戒は首筋まで紅潮させて、動揺のあまり意味不明にオロオロと腕を回した。 瞳に涙まで浮かべて、困惑しまくっている。 「ぷっ!」 異様なまでの慌て振りに、とうとう悟浄は我慢しきれず噴き出した。 八戒の腹に頭を擦り付け、肩を震わせながら大笑いする。 「悟浄っ!からかったんですかっ!酷いですっ!!」 自分の腹に懐いて大爆笑している悟浄の頭を、くやしそうにポカポカ打った。 笑い過ぎで涙目になっている瞳で八戒を見つめ、悟浄は口端を上げる。 「何怒ってんだよぉ〜ホントのことだも〜ん♪マジで立てねーんだってば」 「え…立てないんですか?」 「そーよぉ?お前って結構直情的っつーか、情熱的?こぉ〜んな清廉で綺麗な顔してるクセに。この俺サマ撃沈させる程エッチなコト散々し捲ったりして…ごじょ、もぅメロメロよ〜ん」 「じゃぁ、もっと僕にメロメロになって下さい」 「え?」 悟浄の瞳が驚きで見開かれる。 見上げた先には八戒の真摯な表情。 「もっといっぱい…僕だけを欲しがって下さい。僕を悟浄のモノにして、束縛して拘束して…悟浄だけの僕にして下さい」 「八戒…っ」 どうしよう。 身体中にゾクゾクと震えが走る。 昏い快感で目眩がしてきた。 嬉しくって嬉しくって。 心臓が破裂しそうだ。 悟浄の腕に力が籠もる。 「俺だけのモンだ…もぅ、ぜってぇ誰にもやらねー」 ハッキリした口調に揺るぎない意思。 執着される悦びに、八戒は艶やかな微笑みを浮かべた。 「僕は…悟浄だけのモノですよ?」 「うん…八戒は俺のモン」 「捨てたりしたら…殺しますから」 「いーよ。殺しても…だけど」 悟浄が無邪気に笑う。 「八戒も死んで?他の誰かのモンになるのなんか許さねーから」 「…もちろんです」 八戒は迷いもなく断言すると、喜んで擦り寄ってくる悟浄を愛しげに見つめた。 |
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