Attraction Garden |
「てんぽ〜、まだかよぉ!コーヒーおかわりっ!!」 「ちょっと待って下さいねっ!もう少しで落ちますから…」 何故かエプロン姿の天蓬は、キッチンの中をウロウロしている。 「んー…じゃぁ、腰揉め」 捲簾は抱えたクッションごとゴロリと転がって、俯せになった。 息子の簾はただいまお昼寝中。 午後のひとときを捲簾はのんびりと過ごしていた。 ただし未だ腰が痛くて動けないので、元気いっぱいの天蓬を顎でコキ使っている。 呼びつけられた天蓬は、捲簾の横に腰を下ろすと、ツボを探して指で押さえた。 押さえた部位を解しながら、少しずつ探って力を入れる。 「この辺ですか?」 「あ〜もうちょっと左…で、指1本分上」 「えっと…この辺?」 「あっ!ソコソコ!はぁ…気持ちいー♪」 ダラリと力を抜いた捲簾は、溜息を吐いてクッションに顔を埋める。 「この辺っていうか…腰全体解した方がいいんじゃないかなぁ?蒸しタオルで暖めましょうか?」 「ん…でも蒸しタオル用意すんの面倒くせぇ…」 「電子レンジですぐ作れますけど?」 「へ?そうなの?んじゃ〜そうして〜」 だらけきったネコ状態で、捲簾は振り返りもせずに天蓬へ手だけ振った。 天蓬は素直にいそいそとサニタリーへタオルを取りに行く。 横目でその姿を確認した捲簾の口元が、フッと弛んだ。 実のところ、今は大して腰も痛くない。 鈍痛はするが、立てないほどではなかった。 それでも、こういう時の天蓬は素直に捲簾の言うことを訊いてくれるので、ここぞとばかりに甘えてしまう。 たまには、こういうのも悪くはないな、と。 天蓬に甘やかされるのは案外気分が良い。 普段なら絶対口にしない我が儘も、天蓬になら強請ってしまう。 やっぱり、絆されてるんだろうか? 昔からお山の大将、親分肌の捲簾は人に甘えるのが苦手だった。 頼られることはあっても、自分が背中を預けられるほど安心出来る人間がいなかったからというのも理由だけど。 それプラス愛情。 天蓬に出逢ってからだ。 自分がこんなに子供じみた愛情に飢えていたなんて気付いたのは。 今まで付き合ってきたオンナ相手にだってしたことない。 だけど天蓬にはそういう体裁とかプライドなんか張る必要が無かった。 気を使うだけ馬鹿らしいというか。 どんな自分でも、天蓬は両手を広げて抱き締めてくれる。 それが心地よくて、嬉しくて。 際限なく天蓬を求めてしまう。 尤も天蓬が同じだけ自分を求めてるから、おあいこだ。 こういうのが愛する、って事なんだろう。 天蓬に出逢わなかったら、自分は一生分からなかった感情なのかも知れない。 ぼんやりと考えていると、キッチンから軽快な電子音が響いてきた。 どうやら蒸しタオルが出来上がったらしい。 天蓬が中からタオルを取りだして、パタパタと振り回した。 熱しすぎたので冷ましているようだ。 「お待たせしました〜出来ましたよ♪」 タオルを持って戻ってくると、天蓬は捲簾の横にしゃがみ込む。 「う〜ん…直接乗せた方がいいですかね?」 「何でも良いよ」 「それじゃ乗せますから。ちょっとTシャツ捲りますよ」 天蓬は俯せに寝ている捲簾のTシャツを、腰の所からペロッとたくし上げた。 手に持っていたタオルを、そっと捲簾の腰へ押し当てる。 じわじわとタオルから暖かさが伝わってきて、思わず捲簾は溜息吐いた。 捲簾の気持ちよさげな声に、天蓬が小さく笑う。 「気持ちいいですか?」 「ん…暖けぇ〜」 身体から全ての力を抜いて、クッションに顔から突っ伏す。 「あんまり気持ちいいからって寝ちゃわないで下さいよ?僕が寂しいですから」 「あ?別に眠気はねーよ」 「なら良いんですけど…」 天蓬は苦笑しながら捲簾の腰をタオル越しにポンポンと叩いた。 「そういやさぁ…アイツらどうしたかなぁ」 「アイツら?」 「悟浄達だよ。アイツ、まだ潰れてんのかなぁ〜クククッ」 捲簾の笑い声がクッションでくぐもる。 朝、天蓬に呼び出された八戒から、根ほり葉ほり聞いた訳じゃないが。 昨夜は相当頑張ってたらしい。 何しろあの体力だけはバカみたいにある悟浄が撃沈していると聞いて、捲簾はポカンと口を開けたまま固まったぐらいだ。 さすがは天蓬の血縁者。 綺麗な顔をして清純な雰囲気を漂わせているにも拘わらず、あの百戦錬磨の悟浄につきあって疲れなど微塵も感じさせずケロッとしてるとは。 ヤル時はヤルんだな、と捲簾は内心で感心してしまった。 八戒の言葉の端々から察するに、悟浄は今日一日まともに動けないんじゃないかと捲簾は推察した。 ふと、捲簾の瞳に底意地の悪い光が閃く。 「なー天蓬?」 「何ですか?コーヒーなら今持っていきますよ」 「コーヒーもそうだけど〜、ちょっとそこの棚に突っ込んであるタウンページ持ってきて」 「タウンページ…ですか?」 天蓬がカップを持って首を傾げた。 一体何を探す気なんだろうか。 とりあえずカップをローテーブルに置くと、天蓬は言われた通りタウンページを持ってきた。 捲簾はそれを目の前に置くと、俯せたままペラペラとページを捲り始める。 「えーっとぉ…何で探しゃいーんだ?ケーキ屋?洋菓子店か??」 「あのぉー…捲簾?一体何を探してるんですか?」 捲簾の側に座り込んで、天蓬もタウンページを覗き込んだ。 「ん?ちょっとケーキ注文しようと思ってさ。いつも簾が好きで買いに行く駅前のケーキ屋。そこの番号調べようと思って…あぁ、菓子店な」 職種で探し出せた捲簾は、ページを開いて店の名前を探し出す。 「ケーキでしたら僕が行って買ってきますけど?」 「勿論買いに行くのは天蓬に頼むけど。その前に注文することがあんの〜♪」 「…注文?」 鼻歌交じりに機嫌良く店を探す捲簾に、天蓬は腕を組んで考え込んだ。 ケーキを買いに行くのに? わざわざ注文することって?? 「あ、あったっ!天蓬、電話取って」 「え?あぁ、はい」 天蓬は身体を伸ばすと、ローボードの上に置いてある電話の子機を取って、捲簾へと渡した。 「えーっと〜」 電話帳を目で追いながら、捲簾は片手で番号を押す。 数回のコールですぐに相手が出たようだ。 「あ、もしもし〜誕生日ケーキの注文したいんですけど〜」 「誕生日ケーキ!?」 天蓬が目を見開いて驚くのも無視して、捲簾はケーキの大きさや種類を相手に注文していく。 今日誰が誕生日なんだろう? 当然、自分の誕生日ではない。 捲簾は違うし、簾クンでもないはず。 第一、簾クンが誕生日なら体調が悪いとはいえ、捲簾がこんなにダラダラしている訳がない。 だとしたら、誰の? 天蓬が一人困惑している間も、捲簾は電話で注文を続けていた。 「あ、それでメッセージ入れて貰いたいんですけど〜。チョコ文字で『ごじょうくん、おめでとう』って入れて下さ〜い♪それと別に文字書き用のチョコペン、別で入れて貰える?出来ればピンクの…そうそう、イチゴのヤツ。それ一緒に入れておいてくれるかな?」 何だって? ごじょうくん、おめでとう!? と、言うことは…今日は悟浄クンの誕生日なんでしょうか? 天蓬が難しい顔で煩悶していると、注文を終えて捲簾が通話を切った。 「天蓬、30分ぐらいしたら駅前にケーキ取りに行ってくれる?」 「それはかまいませんけど…今日って悟浄クンの誕生日だったんですか?」 捲簾から受話器を受け取ったのを元の場所に戻しながら天蓬が問い掛ける。 「はぁ?悟浄の誕生日はまだだけど?」 「え?だって今電話でケーキの注文してたじゃないですか」 「ケーキの?って…あぁっ!アレは違う違う。マジで誕生日ケーキ頼んだ訳じゃねーから♪」 「誕生日ケーキじゃないって…でも、おめでとうってメッセージ入れるんでしょう?」 天蓬が聞き返すと、捲簾の口元が楽しげに攣り上がった。 不気味な笑顔に、天蓬が眉を顰める。 「クックックッ…あれはだな〜可愛い弟の悟浄に、兄から『ロストヴァージンおめでとうvvv』ってお祝いのケーキなんだな〜」 「はぁ!?」 我ながらおかしくて仕方ないのか、捲簾はクッションを抱えて大笑いし始めた。 天蓬は呆然と転げ回る捲簾を眺める。 「くぅっ!ケーキ見た時の悟浄の顔…ぜってぇ真っ赤な顔でバカッ面晒すに決まってるっ!うわーっ!早く見てぇ〜わっはっはっ!!」 「捲簾ってば…」 身内とはいえ、こうもあからさまに笑い事にしてもいいものなんだろうか? いくら仲の良い兄弟でも、あまり触れられたくないのではないかと天蓬は思うのだが。 それとも男兄弟だと、そういうことまで普段から明け透けなのか。 生憎一人っ子の天蓬にはよく分からない。 まぁ、でも。 「確かに…面白そうですよねぇ」 大概天蓬も人が悪かった。 すっかり捲簾の悪ノリに付き合う気満々だ。 捲簾が注文していたのは、かなり大きめのケーキだった。 それにチョコで下世話なメッセージ付き。 それを見た二人がどんな反応をするか、想像するだけで噴き出しそうになる。 天蓬も一緒になって笑いを漏らすと、笑いすぎで涙目の捲簾が見上げてくる。 「だろ?アイツ絶対まだバレてねーと思ってっからな〜。キッチリ仕返ししてやらぁ」 「仕返し?前に何かされたんですか?」 天蓬が尋ねると、途端に捲簾の頬が真っ赤になった。 プイッとクッションで顔を隠してしまう。 「え?捲簾??」 横から顔を覗き込もうとすると、捲簾はますますクッションにしがみ付いて顔を伏せた。 「捲簾〜どうしたんですかぁ〜?捲簾ってばぁ〜」 わざとらしく甘えた声音で、天蓬が捲簾の肩を揺さ振る。 それでも頑なにクッションへ貼り付いてる捲簾に、天蓬がムッと頬を膨らませた。 少し考え込むと、ニンマリと人の悪い笑みを浮かべる。 「け〜ん〜れ〜ん〜♪」 天蓬は俯せに寝そべっている捲簾の背中へペッタリと貼り付く。 ビクッと捲簾が微かに震えた。 髪から覗いている耳が真っ赤になっている。 捲簾の肩に腕を組んで乗せると首を傾け、耳元に唇を寄せた。 「捲簾…何で教えてくれないんですか?」 低く掠れた甘い声。 天蓬は囁きながら、捲簾の耳朶に濡れた舌を這わせる。 「んぁ…っ!」 思わず上げてしまった嬌声に、捲簾は慌てて口を押さえた。 それでも天蓬の悪戯は終わらない。 「ねぇ…何をされたんですか?」 何度も耳朶を行き来する舌が耳に入り込んで舐め上げると、捲簾の身体が大きく身震いした。 うーん、結構頑張りますねぇ…それなら。 肩口に組んでいた腕を上げると、掌を捲簾の二の腕に滑らせる。 天蓬はゆっくりと、押しつけるように撫で下ろしていった。 指先まで辿ると、今度は徐々にまた上に戻っていく。 脇の下から手を差し込んで胸元に回すと、捲簾の肩が跳ね上がった。 天蓬の指先が、Tシャツの上から捲簾の乳首を捻り擦る。 「ひぁっ!や…めっ…やだぁっ!」 捲簾は首を振って嫌がった。 それでも天蓬の指の動きは拒まない。 ただ胸元で蠢く天蓬の指を、必死になって震える手で押さえつけた。 「だから…教えて下さいよ。何をされたんですか?」 「ん…っ何…って?」 クッションに頬を押しつけて、捲簾が息を切らして聞き返す。 「さっきの話ですよ。一体悟浄クンに何をされたから仕返しするのかって」 「あ…え?」 快感に流されつつある捲簾の頭からは、すっかりソレまでの話が飛んでしまっているらしい。 「ケーキの話ですよ」 天蓬が爪で強く乳首を弾くと、捲簾の腰がもどかしげに悶えた。 「んっ…話す…っか…らぁ…やめっ…話せ…ね…だろっ」 「そうですか?」 そう言うと、天蓬はあっさりと捲簾の身体から身体を引いた。 「え…あ?」 途端に無くなってしまった心地よい刺激に、捲簾がポカンと天蓬を見上げる。 「それで?悟浄クンと何があったんですか?」 ニッコリと天蓬に微笑まれ、捲簾はカッと真っ赤に頬を染めた。 「天蓬っ…お前えぇっ!」 快感を堰き止められた状態の捲簾は、瞳を情欲で潤ませながら天蓬を睨み付ける。 「だって、捲簾が話せないっていうから」 「それはっ!そうだけど…だからって…」 物欲しげに見つめてくる捲簾に、天蓬が相貌を眇めて笑った。 「中途半端にされると気になって仕方ないんですよ。捲簾も分かりますよね?」 まるで、先程話を誤魔化したのと今の捲簾の状態を揶揄しているようだ。 捲簾は湧き上がってくる快感をどうにかやり過ごそうと、深く呼吸をする。 話をしない限り、天蓬の意地悪は止まらないらしい。 諦めて身体を起こすと、捲簾が胡座をかいた。 「ったく…だからさ。この前…俺が天蓬と泊まって朝帰ったろ?」 「あぁ…僕と捲簾の記念すべき初めての日の朝、ですね?」 「…んなもん記念にすんな」 頬を紅潮させながらむくれる捲簾に、天蓬はウットリとした笑みを浮かべる。 「そんなに恥ずかしがらなくってもvvv」 「お前の表現がいちいち恥ずいんだよっ!どこの女子高生だっ!!」 「まぁまぁ…捲簾が照れ屋さんなのは分かってますから。それで?帰ったから何かあったと?」 「あぁ。悟浄に掴まって家に帰っただろ?そしたらテーブルに…」 「テーブルに?」 「…ドンッと赤飯が載ってた」 「お赤飯…ですか…っ」 「笑ってんじゃねーよっ!!」 天蓬が肩を震わせて笑いを堪えていると、捲簾が赤面して喚き出す。 「なる…ほどっ…所謂お祝い返しをする訳ですか…ぷっ!」 とうとう耐えきれずに天蓬が小さく噴き出した。 ますます捲簾の機嫌が急降下していく。 すっかり拗ねてしまったらしく、天蓬に背中を向けてしまった。 天蓬は必死に笑いを治めると、後ろからそっと捲簾を抱き締める。 「…離せよ、鬱陶しい」 「怒らないで下さいよ。すみません、その時の捲簾を想像したら…すっごい可愛かったんだろうなーって思って。気分を害したのならいくらでも謝りますから、ね?」 腕の中に抱き込むと、捲簾の肩へと顔を伏せた。 溜息を零す振動が捲簾の肩から頬に伝わる。 「も、いい。それよりケーキ取ってきてくれよ」 捲簾が天蓬の胸へ寄りかかり、腕の中で見上げてきた。 天蓬は小さく微笑む。 「…続き、しなくてもいいんですか?」 露わになっている首筋に唇を落とすと、捲簾が目を見開いた。 見る見る全身真っ赤に紅潮する。 「簾も起きてくるしっ!おっ…落ち着かねーからっ!早くケーキ取ってこいっ!」 じたばたと腕の中で暴れ出す捲簾を、天蓬は強く抱き竦めた。 なかなか動かない天蓬に、とうとう捲簾の方がキレる。 「いいからさっさと行ってこーいっ!!!」 捲簾の怒声が、開いた窓からマンション中に響き渡った。 |
Back Next |