Attraction Garden



「なぁなぁ〜八戒ぃ〜」
「…何ですか?悟浄」
「喉乾いたぁ」
悟浄はフローリングに転がったまま、八戒の膝枕に頬を擦り寄せる。

悟浄宅での午後のひととき。

休みの日らしく、のんびりとした時間を二人は堪能していた。
特に何をするのでもなく。
八戒は、リビングに放置してあった普段自分が読まないような情報系雑誌を読んでいた。
ソファに寄りかかってフローリングに座り込んでいる八戒に、悟浄はダラリと寝転んでじゃれつき甘え倒している。
昨夜の慣れない行為で、悟浄の身体は未だに疼痛で悩まされていた。
身体を少し身動がせただけでも、あらぬ場所に激痛が走り抜ける。
眉を顰めてへたり込む悟浄を八戒は心配するが、だからといって詳しい症状なんか恥ずかしくって言える訳がない。
立ち上がると更に痛いので、悟浄は起床してから殆ど床に転がっていた。
まさか自分がこんなコトになろうとは。
とんでもない誤算に頭を抱えるが、だからと言って後悔してるかと訊かれれば答えはノー。
立場が逆転だったとはいえ、八戒を手に入れた事実は変わらない。
悟浄は心も身体も満ち足りた幸福感に浸っていた。

「じゃぁ、お茶でもいれましょうか?それともコーヒーがいいですか?」
八戒は読んでいた雑誌を閉じると、微笑みながら悟浄を見下ろす。
「んー。コーヒーがいい…身体怠いからカフェオレのがいっかな〜」
普段悟浄はブラックで飲んでいるが、バイトが忙しかった時や朝まで飲んでいて疲れている時などはミルクを入れていた。
気休めかも知れないがその方が胃に浸透して、身体が暖まる感じがする。
自分の腿に懐いている悟浄の頭を、八戒は掌で優しく撫でた。
「大丈夫ですか?やっぱり昨夜のが…僕、あんまりにも嬉しくって歯止めが利かなかったから。こんなに悟浄の身体に負担を掛けてしまうなんて、全然気がつかなくって」
「なっ…何言ってんだよっ!」
途端に悟浄の顔が羞恥で真っ赤に染まる。
そんな顔を見られたくなくって、悟浄は慌てて八戒の腿に顔を伏せた。
おや?と八戒が首を傾げる。
「本当にごめんなさい。でもっ!僕今度はちゃんと悟浄の身体のことも考えますからねっ!!」
「そんな心配すんじゃねーっ!!」
悟浄はくぐもった声で思いっきり喚いた。

今度ってことは…八戒のヤツ、今度も俺を抱く気なんかよぉ〜っ!

悟浄は八戒の腿に抱きついて大きく溜息を零す。
昨夜のは一服盛られた不可抗力だから、仕方なかったとしても。
いや…確かにきっ…気持ち悦くって、それこそ打ち止め状態まで散々弄られ、ついつい自分から強請るような真似もしちゃったけどっ!
俺だってオトコなんだから、八戒のこと抱きてぇよ〜っ!!

だが、しかし。

昨夜の八戒の言動から察するに、絶対うんとは言わないだろう。
どうやら八戒は悟浄は好きだけども、抱かれたいとはこれっぽっちも思っていないようだ。
思ってもいないどころか、自分が悟浄に抱かれるという選択肢自体皆無らしい。
好きなんだから抱くのが当たり前だということが悟浄にも当てはまっていると、八戒の脳みそからは都合良く削除されている。
まぁ、実際のところ。
悟浄も八戒があんなに雄くさいセックスをするとは、夢にも思っていなかった。
あんなに普段は清廉で、卑猥な想像すらしたことがないんじゃないかという純情可憐な雰囲気を持っているのに。
悟浄に散々嬌声を上げさせ、あまつさえ撃沈させるほどの精力なんて詐欺としか言いようがない。
しかもしでかす行為そのものが卑猥でケダモノで。
悟浄は身を以て淫猥な辱めを受ける言葉責めのオンパレードに、危うく憤死しかけたぐらいだ。
そもそも八戒に全く自覚がない所が恐ろしい。
本人は至って真剣そのもので、わざと悟浄の羞恥を煽るとか、互いに身体の熱を昂めて刺激的なセックスを楽しむ為、なんてことは全く考えていなかったようだ。
その気もなくて、アレだけ濃密でイヤラシイ行為を平然とするとは。
しかもセックスに慣れている自分を、泣き言を漏らすまで追い上げる手腕。
確かに愛撫自体は拙くて、経験があまり無いんだろうなというのは分かった。
悟浄が必要以上に感じまくったのは、八戒のアノ表情だ。
あんな綺麗な八戒に、イヤラシイ行為をされているという自虐的な快感。
一心不乱に自分に奉仕する、八戒の淫猥な顔。
アノ顔を思い出すだけでも2〜3発はヌける。
あんな顔だったら、毎日でも見ていたい。

だけど。

言うまでもなく、八戒のアノ壮絶にイヤラシイ顔が見れるのは、多分自分を抱いている時だけで。
悟浄の中で葛藤が起きる。
それでも、あんな八戒が見れるのは自分だけの特権のようで嬉しいから。
まぁ、しょうがないか、と思ってしまった。
だけど、悟浄だって諦めた訳ではない。
実際昨夜だって、どうにかして形勢逆転しようと試みたのだが。
薬の効能は凄まじく効きまくり、少し身体を身動がせただけで、脊髄から脳天まで死にそうなほどの快感が突き抜けた。
あんなにイキまくって、感じまくったセックスしたことがない。
クセになったらオトコとして非常にマズイと内心で焦った。
ところが身体は現金なモノで、八戒の指先、舐る舌の動き、体内で脈動する肉芯からもたらされる快感を際限なく欲してしまう。
自分があそこまでセックスに対して貪欲になれるとは。
例え抱かれたのだとしても、好きな人とする行為があんなに気持ち悦いなんて。
そうなると、やっぱり八戒を抱いてみたいと思ってしまう。
悟浄の思考が無限のループに嵌っていく。

はぁ…どうしたらいいんだか。

スリスリと腿に頬擦りしながら、悟浄は深々と溜息吐いた。
「悟浄?あの…もしかして後悔してます?」
八戒の小さな震える声に、悟浄は目を見開く。
驚いて見上げると、八戒が泣きそうな顔で悟浄を見下ろしていた。
どうやら押し黙って考え込んでいた悟浄に、八戒が不安を覚えたらしい。
悟浄は腿にポテッと頭を落とした。
照れくさそうに髪を掻き上げ、八戒を見上げる。
「んな訳ねーじゃん。昨夜は…その…すっげぇ悦かったし。オトコとしては不本意だけどな」
「…ホントですか?」
「あのなぁ〜、昨夜俺ンこと何回イカせたと思ってんだよっ!オトコは即物的なんだから、悦くなかったら勃ちもしねーよ。ったく…最高記録なんじゃねーか?憶えてない程ヤッたなんて今までねーもん。八戒ってば見かけによらず絶倫なんだから、ごじょ困っちゃう〜vvv」
「ぜっ!?だって…悟浄があんまりにも可愛くて。僕だって今までこんなこと無かったですよ?」
「ふぅん…それほど俺が好きなんだ?」
「好きすぎて、どうしようかって困ってるんですけど」
「困るな、バカ」
クスクスと笑いを零すと、悟浄が八戒の胸を軽く小突いた。
八戒も嬉しそうに穏やかな笑みを浮かべる。
「なぁ、八戒…何か忘れてねー?」
「え?何がですか?」
「コーヒー。すっげ喉乾いたんですけど?」
「あっ!そうでした。えっと…僕立ちますから、頭下ろしますよ?」
「ん。そこのクッション取って」
八戒は側に転がっていたクッションを取った。
そっと悟浄の頭を持ち上げると、クッションへ丁寧に下ろす。
「さんきゅ」
コロンと寝返り打つと、悟浄がニッコリ笑った。
八戒は笑い返して、悟浄の顔を覗き込むように頭を下げる。
「…ちょっと待っててくださいね」
すぐに立ち上がると、八戒がキッチンへ向かった。
後ろ姿をぼんやり見送りながら、悟浄は掌で自分の額を押さえる。

額に触れた暖かい感触。

悟浄の顔が見る見る真っ赤に染まった。
クッションをぎゅっと抱え込むと顔を埋める。
「ったく…もぅっ!恥ずかしいコトすんなよぉ〜」
悟浄は低く唸って、ゴロゴロとフローリングで転がり悶えた。
ひとしきり転がりまくると、悟浄は俯せになる。
顔だけ横向け、キッチンで動く八戒をじっと目で追った。
悟浄のためにお湯を沸かして、サーバーに挽いた豆をセットしている。
「何か…いーよなぁ」
嬉しくってついつい頬が緩んでしまい。
何だかくすぐったい気持ちになった。
悟浄は飽くことなく、八戒の仕草を眺める。
見つめていると八戒と視線があった。
ニッコリと優しそうな笑顔で八戒が微笑む。
「もう少しでできますからね」
「うん」
部屋に漂ってきた良い匂いに、悟浄は目を細めた。
「八戒ぃ」
「何ですか?」
「何かさぁ〜すっげ幸せー♪」
甘えた声で悟浄が言うと、八戒の瞳が見開かれる。
すぐに蕩けるような笑みに変わった。
「僕もですよ」
「そっか…へへっ」
悟浄は小さく笑うと、コロンと背中を向ける。
どうやら照れているようだ。
大きめのマグカップに、いれたてのコーヒーを注ぐと、八戒がリビングに戻ってきた。
「悟浄、コーヒーはいりましたよ。カフェオレでよかったんですよね?」
「おぅ!八戒〜」
悟浄が仰向けになると、八戒に向かって腕を上げる。
八戒は悟浄の横にしゃがみ込むと、背中に腕を差し入れ身体を起こしてやった。
「さんきゅ」
「いえいえ」
八戒は悟浄の前にカップを進める。
カップを取って口を付けると、悟浄は溜息吐いた。
じんわりと身体が暖かくなる。
「ねぇ悟浄?夕飯はどうしましょうか?」
「ん?八戒作ってくれんの?」
「悟浄さえ良ければ。材料もありますしね」
「やりっ!あ、じゃぁさ…今日も泊まってく?」
カップに口を付けたまま悟浄が上目遣いに八戒を見つめた。
八戒は苦笑を漏らす。
「今日は帰ります。明日の準備もしてませんからね」
「…そっか」
八戒の言葉に、悟浄はしゅんと俯いた。
「でも明日、仕事が終わったら遊びに来てもいいですか?」
「あ、うんっ!俺も明日はバイトが昼のシフトなんだ。何か貸し切りでパーティーがあるらしくってさ」
「じゃぁ、夜は一緒にゆっくりできますね」
「そうだな♪」
すぐに機嫌が直り、悟浄は八戒にニッコリと笑い返す。
「あ…それなら」
悟浄が何かを思いついたらしく、部屋の中をキョロキョロと見渡した。
「どうかしましたか?」
「えっとー、あっ!八戒、後のローチェストの上に箱乗ってるだろ?取ってくれる?」
「箱…どの箱ですか?」
「一番小っちぇーの。そのステンレスのヤツ」
「コレですか?」
八戒は身体を伸ばして、言われた箱を手に取る。
「はい、どうぞ。でもいきなりどうしたんですか?」
「確かココに入れておいたはず…あったあった♪」
箱をゴソゴソ掻き回していた悟浄が何かを取り出した。
その手を八戒に差し出す。
「はい、コレ。ココの部屋の合い鍵」
「え…っ?」
八戒が驚いて目を見開いた。
悟浄の掌をまじまじと見つめたまま硬直して動かない。
「あったほうがいいだろ?俺の方が遅かったりしたら、八戒外で待つ羽目になるしさ」
「でも…いいんですか?」
八戒の声が小さく震えた。
「いいに決まってんじゃん。というよりか、一緒に住もうって言ってるだろ?」
「ええっ!?」
「…何驚いてんだよ」
「だって…本気…だったんですか?」

どうしよう。
嬉しすぎて声がみっともないほど掠れてしまう。

「当ったり前だろ!俺はもっともっと八戒と一緒に居てぇの!」
悟浄はズイッと更に手を差し出す。
「でも八戒の仕事とか。色々時間的にも都合があるだろうから。とりあえず合い鍵、な」
ポンと手渡された鍵を八戒は握り締めた。
両手で大切そうに抱くと、悟浄を見つめた。

本当に幸せそうな、綺麗な微笑み。

「…ありがとうございます」
八戒の嬉しそうな顔に悟浄も満足して笑った。




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