Attraction Garden



八戒お手製の夕食を終えて、悟浄は満足そうにリビングの床で転がっていた。
「料理上手で家事も完璧。んでもって超絶美人…嫁さんとしては言うことナシ〜」

…但し、ベッドじゃ絶倫の旦那か?
うーん…どうにかならねーかなぁ。

チラッとキッチンで片づけをしている八戒へと視線を向ける。
悟浄の視線に気付いた八戒は、嬉しそうにニッコリと微笑んだ。

あ〜んなに可愛いのに、詐欺だ。

クッションを抱え込んだ悟浄は、コッソリ溜息を零す。
まぁ、八戒とのお付き合いは始まったばかりだから、悟浄としては気長に口説いていくしかない。
でも、何となく。
既に力関係が見えてるような気がしないでもないが。
結局先に惚れた弱み。
八戒に情で訴えられると、悟浄は強く拒絶出来ない。
昨夜のことがその証拠。
だからといって、悟浄も八戒を抱くことを諦める気は更々無い。
「こ〜もうちょっと親密なお付き合いになってから、さりげなーくお願いしてみるってのがいいのか?」
既にお願いしなくてはいけないという何とも情けない感覚に、悟浄は全く気付いていなかった。
「…何をブツブツ言ってるんですか?」
いつの間にかエプロン姿の八戒が悟浄の横へ座っている。
さすがに驚いて、悟浄が慌てて身体を起こした。
「えっ!?あ…いや、何でもねーよ」
邪な企みをしていた悟浄は、そわそわと視線を泳がせる。
そんな挙動不審な悟浄を、八戒はじーっと無言で見つめた。

悟浄ってば、嘘や誤魔化しがヘタクソですねぇ。

落ち着きがない様子から悟浄が何を考えてたのか、八戒は何となく察する。
洗い物をしていても、悟浄の視線はずっと自分へと向けられていた。
そうして何を考えていたのか。
考えつくことと言えば一つしかない。

ま、分かった所で、こればかりは叶えてあげる気は全然ありませんけどねvvv

八戒は気付かないふりをして、小さく首を傾げた。
可愛らしい仕草に、悟浄がゴクリと喉を鳴らす。
「もうちょっとで片づきますけど…もしかして寂しかった?」
悟浄の頭を園児にするようにヨシヨシと撫でると、悟浄が思いっきりしがみ付いてきた。
「そーなのぉ〜。八戒が構ってくんねーから、ごじょ寂しーっ!!」
「はいはい。もうちょっと我慢して下さいね。終わったらコーヒーでも…」
「ヤダッ!コーヒーより八戒がいい〜」
悟浄が頭をグリグリ八戒へと擦り付けて我が儘を言う、が。

「…ちょっと悟浄。どこに頭擦り付けてるんですかっ!」

悟浄の顔をすっぽり八戒の股間に嵌っている。
エプロン越しに鼻先で擦ったり噛みついたり。
楽しげに悪戯を仕掛けていた。
八戒の瞳が物騒に眇められる。

ガツッ!

「イッてええぇぇっっ!!!」
後頭部を殴りつけられ、悟浄が頭を押さえてジタバタと藻掻いた。
「ちょっ…そんなところで暴れないでくださいよっ!」
股間に顔を埋めたままのたうつ悟浄に呆れ、八戒はシャツを掴んで引き離す。
持ち上げられた悟浄は、涙の滲んだ上目遣いで八戒を睨め付けた。
唇を尖らせて、明らかに拗ねている。
「もぅ…悪戯しないで下さいよ。ビックリしちゃったでしょう」
「んだよ…スキンシップじゃん。俺が触んのヤなのか?」
「そんなことないですけど…」
「じゃ、いーじゃぁ〜んっvvv」
満面の笑みを浮かべて、悟浄が八戒目がけてダイブした。
八戒は悟浄の勢いを支えきれずに、二人揃って床へと転がってしまう。
「イタタ…もっ…いきなり危ないじゃないですかっ!」
背中を強か打った八戒が、悟浄を見上げて叱りつけた。
「あ…っ」
自分を見下ろす悟浄の顔に、八戒の鼓動が大きく脈打つ。

穏やかで優しい表情。
でも、瞳の色が欲情を孕んで卑猥に輝いていた。
獲物を欲して射止める肉食獣のようで。
渇いた唇を舐める仕草もイヤラシイ。

「なぁ…八戒ぃ」
鼻に掛かった甘ったるい声音で八戒を呼んだ。
悟浄が蕩けた表情でウットリと見つめてくる。
いつの間にか両手は悟浄に拘束されて床に縫いつけられていた。
「ごじょ…う…っ?」
「…イイ?」
悟浄の膝頭が、八戒の股間を緩く刺激する。
「あ…ちょっ…」
拘束を振り解こうと腕に力を入れるが、上から押さえつけられてはビクとも動かない。
そうしている間にも、悟浄は膝を使って八戒の股間を弄っていた。
回すように押さえたり、下から押し上げたり。
緩急つけて、八戒の雄を煽った。
次第に身体の熱が下肢へと集まり出す。
悟浄の悪戯に八戒の雄が、エプロン越しでも分かるほど硬く形を変え始めた。
さすがに八戒も焦ってしまう。
「悟浄っ…待って…っ…あっ」
「ヤダ。待てねー…八戒がすっげ欲しい…っ」
悟浄も興奮してきたのか、息遣いが荒くなっていた。
覆い被さってくる悟浄の顔を八戒は驚いて見上げる。
あと少しで唇が触れる、その時。

ピンポーン☆

部屋の中にチャイムの音が響いた。
二人の身体がビクッと硬直する。

ピンポンピンポーン☆

先に我に返ったのは八戒だった。
真っ赤な顔をして身体を身動がせる。
「悟浄っ!誰か来ましたよっ!出ないとっ!!」
「あー?放っとけっての。イイところで邪魔しやがって…気にすんなよ、なvvv」
「気にしますってっ!ダメですよっ!!ごじょーっっ!!」
強引に口付けてくる悟浄に、八戒は首を振って抵抗した。
嫌がる八戒を物ともせず、ケダモノモードの悟浄は露わになっている首筋へと舌を這わせる。
「やっ…ダメです…って…ごじょっ」
「八戒…すっげ可愛いー」
もぅ、このまま一気に!と悟浄が期待に胸と股間を高まらせていると。

ガチャッ…ガチャンッ☆

何故だか玄関の鍵が勝手に回される。
「ごじょちゃーんっ!!」
すぐにドアが開かれ、元気な簾の声が聞こえてきた。
「うわあああぁぁっ!!」
「うがっ!?」
大慌てで八戒が悟浄の身体を足で蹴りつける。
ふいを突かれた悟浄は、思いっきり身体を吹っ飛ばされた。
「あれ?ごじょちゃん…八戒センセーもどうしたの?」
リビングの前で簾がきょとんと目を丸くする。
「んだよ…居るんじゃねーか。何居留守つかって…」
「おや?」
後から入ってきた捲簾と天蓬もリビングの前で立ち止まった。
「もしかして…お邪魔しちゃいました?」
天蓬は訳知り顔でニッコリと微笑む。
中の惨状を眺め、捲簾の口元も僅かに引き攣った。
服を乱した八戒が襟元を押さえて、乱れた呼吸を必死に整えている。
悟浄はと言えば、八戒に吹っ飛ばされた状態で、ソファに脚をかけて仰向けに転がっていた。
「天ちゃ…まだお邪魔してたんですか?」
どうにか呼吸を整え、八戒がぼんやりと天蓬を見上げる。
未だ悟浄は床に転がったまま。
みすみすチャンスを逃して、相当悔しいらしい。
ブツブツと小声で悪態を吐きながら、全然動こうとしなかった。
何となく雰囲気を読んで察した捲簾が、バツ悪そうに頭を掻く。
それは天蓬も同じ。
「悟浄クーン。血気盛んなのは分かりますけど、無理矢理しちゃ〜ダメですよ?」
「なっ!?」
天蓬の揶揄に悟浄は真っ赤な顔で起き上がった。
「別にっ無理になんか…っ」
「してませんか?どうです?八戒」
悟浄が座り込んでいる八戒へと視線を向ける。
髪を乱して頬を紅潮させた八戒が、瞳を潤ませて悟浄をじっと睨んでいた。
明らかに怒っているのが明白だ。
最初は単に悪戯のつもりが調子に乗りすぎて勝手に盛ってしまい、湧き上がった衝動を抑えきれなかった。
それで八戒を傷つけたのなら、自分が悪い。
「あ…八戒…ゴメン」
しゅんと落ち込んで悟浄が項垂れた。
膝を抱えて座り込むと、上目遣いに八戒の様子を伺う。
睨んでいた八戒は強張っていた身体から力を抜くと、深々と溜息を吐いた。
ビクッと悟浄の身体が竦んで小さく跳ねる。
何よりも悟浄は八戒に嫌われることに怯えていた。
「悟浄…」
八戒の声に悟浄はますます身体を縮こまらせる。
「僕は悟浄に触れられるのもイヤじゃないです。だけど、ああいう強引な真似は止めて下さいね」
「ん…ホントにゴメン」
小さく呟いて素直に謝罪する悟浄に、八戒は笑みを浮かべる。
座り込んでいる悟浄へ近づくと、八戒は優しく抱き締めた。
「分かってくれればいいですから、ね?」
「八戒ぃー…」
悟浄はぎゅっと八戒にしがみ付く。
八戒もニッコリ微笑むとポンポンと背中を叩いて宥めた。

「…コホン」

大きな咳払いに二人が我に返り、慌てて振り向く。
楽しげに微笑む天蓬と、簾の目を塞ぎながら捲簾が呆れ返ってリビングの端に立っていた。
「何だよぉ〜そういやケン兄達こんな時間に何で来たん?」
八戒を強く抱き締めて、悟浄が唇を尖らせる。
顔を真っ赤にした八戒が、落ち着かなげに腕の中でモゾモゾと身動いだ。
「捲簾がね、悟浄クンにどうしてもお祝いを渡したいって言いまして♪」
「お祝いぃ〜?何ソレ??」
悟浄は目を見開いて、立っている兄へと視線を向ける。
目が合うと、捲簾はニンマリと口元を上げて笑った。
何だかイヤな雰囲気に、悟浄の眉が顰められる。
「ほら、悟浄には〜わざわざ赤飯なんかで祝ってもらっちゃったしなぁ?コレはお返ししねーと悪いなぁ〜って」
「お…お返し?」
部屋の中に入ると、捲簾は持っていた袋をローテーブルに置いた。
何だか甘い匂いが鼻を擽る。
「折角ですから、八戒と悟浄クンで開けて下さいよ。簾クンだってお裾分け欲しいですよね〜♪」
「うんっ!欲し〜♪」
「お裾分けって…」
八戒は困惑して目の前の箱を眺めた。
どうやらケーキ箱らしいが。
「ほらほら、開けて開けて♪」
「ごじょちゃん、早くぅ〜」
天蓬だけなら無視も出来るが、簾にせがまれてはイヤとは言えない。
悟浄は渋々袋から箱を取り出した。
「何コレ…ケーキ?」
「見たいですねぇ」
八戒と悟浄は顔を見合わせる。
チラッと視線を上げると、目の前には天蓬と捲簾が満面の笑顔。
ますますイヤな予感がして、悟浄の頬が引き攣った。
「じゃぁ、開けますね」
八戒がケーキの箱に手を添え、そっと持ち上げる。

「――――――っっ!?」
「…………あ」

書かれていたメッセージを目にして、悟浄の顔が羞恥で真っ赤になった。
八戒もポッと頬を染める。
「けっけけけけケン兄っ!何だよコレはーっっ!!」
「あ?何だよって…見たまんまだけど?優し〜お兄ちゃんからのお祝いメッセージじゃねーか」
「ドコがお祝いだよっ!こっこんなっ!?」
「悟浄…嬉しいです。初めてだったんですね」
八戒が瞳を潤ませ、ウットリと悟浄を見つめた。
そのあからさまな歓びの表情に、悟浄の思考が真っ白に飛びそうになる。
「おっと…」
フラリと後へ倒れそうになった悟浄を、捲簾がすかさず抱き留めた。
悟浄は放心状態でピクリとも動かない。
「でも、このケーキ…何でデコレーションのクリームが無いんですか?」
「あ、あんまり美味しそうなんで、ついつい僕がつまみ食いしちゃいまして〜」
「もぅっ!天ちゃんってば、はしたないですよっ!」
「すみませんねぇ」
茫然自失の悟浄を余所に、暢気な従兄同士はケーキ談義。
倒れ込んでいる弟に、捲簾は哀れみの視線を向ける。
「おーい、悟浄。帰ってこーい」
捲簾は悟浄の頬をペチペチと叩いた。
遠くに行っていた意識を浮上させて、悟浄の焦点が捲簾で結ばれる。
「ケン兄…」
「ん?何だ」
「何で…分かった?」
「あー…天蓬の話でそんな予感はしてたんだけど。今朝の八戒の様子で確信ってな」
「そっか…は…はははは」
悟浄は捲簾の腕に縋り付いて落ち込んだ。
苦笑を浮かべて、捲簾が悟浄の髪をガシガシと掻き回す。
「でも、好きなんだろ?」

それは以前自分に問い掛けた悟浄の言葉。

悟浄は視線を上げて、小さく溜息を零した。
「変われる訳、ねーじゃん…だろ?」
「…だよなぁ」
二人揃って何度も頷き合う。
「ケン兄ぃ」
「悟浄ぉ」
「頑張ろうなっ!!」
仲良し兄弟は互いにガッチリ抱き合った。
「仲良しさんですね〜二人とも」
「何かズルイです…」
羨ましそうに眺める従兄同士。
「パパぁっ!レンもーっ!!」
キョロキョロと大人達を見ていた簾が、二人に向かって飛び込んでくる。
「おっと…」
「何だよぉ〜簾甘えっ子だなーっ!!」
小さな身体を抱き留めると、楽しそうに構い倒す。
「じゃぁ、ケーキ切り分けましょうか」
「あ、じゃぁコーヒー入れますね」
じゃれあう3人を眺めて、天蓬と八戒は互いに微笑み合った。



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