Attraction Garden |
爽やかな朝。 いつもと変わらぬお見送りラッシュの真っ直中。 保育園前の道は車や自転車でごった返している。 新人保父八戒も、他の保母達に混じって園児達を迎えていた。 「センセーおはよう〜」 「はい、おはよう」 「今日もお願いします」 「お預かりいたします」 一人一人の保護者に挨拶して行く。 八戒が門のところに立っていると、測道から1台のバイクが入ってきた。 徐行すると門の前でバイクが止まる。 園児も連れていないし何だろう?と八戒が不思議そうに見ていると、バイクにまたがったまま男がメットを外した。 「八戒ぃ〜おっはよ〜ん♪」 脳天気な声と共に、男が笑顔を零す。 「………おはようございます。簾クンは?」 「あ、そんな嫌そうな顔しなくってもいーじゃ〜ん。哀しくってごじょ泣いちゃう〜」 しくしくとわざとらしく泣き真似をする悟浄に、八戒が呆れた視線を向けた。 「んー、でもその顔も綺麗だけどね〜」 全くめげずに、悟浄は嬉しそうに破顔する。 八戒は溜息を吐くと、悟浄の方へ近づいた。 「大体、男の僕に綺麗って何なんですか」 「え〜?オトコでもオンナでも綺麗は綺麗だろ?」 「全然嬉しくもないです」 「そーお?俺は八戒の顔見れて嬉しいけど♪」 「………貴方、ホモなんですか?」 嫌悪感を隠そうともせず、八戒が胡乱な視線で睨め付ける。 「俺?オンナだぁ〜い好きだから、違うな。強いて言うならバイ?でも男相手に一目惚れしちゃったのは八戒だけだから、どうなんだろ?」 自分で言いながら、真剣な顔で悟浄は悩んだ。 あまりにも明け透けな表情に、八戒がつい噴き出してしまう。 「ん?なぁ〜んだよ、いきなり」 「貴方って…ヘンな人ですねぇ」 八戒は肩を震わせて笑いを零した。 「何ソレ?俺なんかヘンなコトしたか??」 「男の僕に一目惚れなんかして、口説こうと思うんですから充分ヘンでしょ?」 「えー?何でぇ??」 一般的な常識から言えば、自分の性癖がヘテロなら、同性に興味を持ったこと自体悩むもんだろう。 悟浄はそのことに嫌悪感を抱くどころか自己嫌悪にも陥らず、積極的にアプローチしてくる。 八戒でなくてもおかしいと思うだろうに。 本気で分からない顔をする悟浄に、ますます笑いの発作が襲ってきた。 何だか可愛いなぁ、と思った途端、我に返って八戒は頭を振る。 「それで。簾クンはどうしたんですか?やはり昨日の風邪が?」 脳裏に一瞬過ぎった感情を誤魔化そうと、八戒は気になっていたことを問い掛けた。 「ああ、そうっ!やっぱ微熱があるらしくって、今日は休むって。大事を取って医者に連れてくみたい」 「そうですか…ひき初めにちゃんと治療を受ければ、酷くはならないうちに直りますからね」 「明日来れるかはまだ分かんねーけど」 「ああ、無理しない方がいいですよ。小さいから抵抗力も少ないですし。体調崩してるところに無理したら、また違うウィルスに感染しやすいでしょう?」 「まぁ、明日になって休むようなら、また俺が言いに来るし」 「え?わざわざ大変でしょう?電話連絡でも構いませんけど」 「そうじゃなくって!俺が八戒に逢いたいの〜♪」 悟浄が口端に笑みを浮かべ、差し出した掌で八戒の頬を撫でた。 その手をビシッと無言で叩き落とす。 「いったぁ〜い!」 「自業自得です。全く油断がないったら…」 「だって…好きな相手には触れたくなるのが、切ない男心ってなもんでしょ?」 「…知りませんよ。ソノ気の無い相手に、ベタベタ触れたらセクハラって言うんです」 「ふぅ〜ん。じゃぁ八戒がソノ気になってくれたら、いっぱい触ってもいーんだ?」 しまった、と自分の失言に口を塞ぐが、目の前の男は心底楽しそうに頬笑んでいる。 八戒は気を取り直して、悟浄を冷たく見据えた。 「誰がソノ気に何かなるんですか」 「そんなの分かんねーじゃん?」 「生憎と、同性を欲望の対象にするような興味ありませんから」 「え?いやんっ!俺は全然オッケーだから、対象にシテシテ♪」 「しないって言ってるでしょうっ!」 つい大声を上げてしまい、一斉に周りの視線が集中する。 ぎこちなく頬に愛想笑いを浮かべて、八戒はその場をどうにかやり過ごした。 その間も悟浄は口端を緩めてニヤついている。 「もぅ…余計な恥かいちゃったじゃないですかぁ〜」 羞恥で目元を染めながら上目遣いに睨むと、何故か悟浄が視線を逸らした。 「…その顔反則。自覚ねーなら質悪ぃぞ?」 「は?その顔って…」 「すっげぇ可愛いんだもん。俺ってば心臓バクバクよ?ホラ」 悟浄は八戒の手を取ると、自分の胸に押し当てる。 暖かい温度と早い鼓動が掌から伝わってきた。 知らず八戒の頬も紅潮してしまう。 慌てて手を引き戻すと、視線を逸らして俯く。 ま、今日はここまでって感じ? 内心で悟浄がほくそ笑んだ。 「あっと…名残惜しいけど、俺これから授業があるんだ」 さり気なくその場を濁して、悟浄が頬笑む。 八戒も我に返り、腕時計で時間を確認した。 悟浄は抱えていたメットを持ち直して被る。 「そんじゃ、ハニーまた明日ね〜♪」 エンジンを掛けると、あっという間に走り去っていった。 その後ろ姿を八戒はぼんやりと見送る。 「…ハニーって何ですか、もぅっ!」 八戒は呆れ返りながら、火照った頬を掌で包んだ。 夜になってから、悟浄は兄の部屋を訪れた。 やはり、可愛い甥っ子の病状は気になるらしい。 手土産のプリンを持って部屋にはいると、丁度夕食が済んだところだった。 「簾〜イイ子にしてたか?お土産持ってきたぞ〜♪」 「わーいっ!ごじょちゃんありがとー」 嬉しそうに簾が悟浄の脚に抱きつく。 「こら、まだメシ食ったばっかだろ?先に薬飲まないと」 「…薬苦いからヤ」 悟浄の脚に貼りついたまま、簾が駄々を捏ねた。 「ダメだぞー?ちゃんと薬飲まねーとプリンは俺が食っちゃうからな〜」 「やだやだっ!」 「じゃぁ、薬飲む?」 「…飲む」 悟浄は簾を抱き上げると、ソファに上へと降ろす。 「ケン兄〜?コレキャップ1杯でいーの?」 「おう」 後片付けで流しに背を向ける捲簾に、いちおう声を掛けて確認した。 袋から飲み薬のボトルを出すと、キャップに注いで簾に手渡す。 嫌そうに受け取った簾はじっと薬を睨んでいたが、意を決して一気に飲み干した。 「マズイ〜ッッ!!」 「はい、よくできました♪」 悟浄は薬の苦さにソファでじたばた暴れる簾の頭を撫でて、買ってきたプリンを簾の目の前へと置く。 「パパぁ〜!プリン食べていい?」 「薬飲んだか〜?」 「ちゃーんと飲んだよな?」 「飲んだっ!」 簾が胸を張って自慢した。 捲簾は笑いながら頷く。 「おっし!じゃぁ、ちゃんと悟浄にいただきます言ってから食えよ?」 「ごじょちゃん、いただきまーす♪」 「はい、どーぞ〜」 プリンを手に取ると、簾は嬉しそうに蓋を開けた。 美味しそうに食べ始める甥っ子を、悟浄は楽しそうに眺める。 「あ、そうだ。病院行ってきたんだろ?簾どーだった??」 悟浄の声に食器を拭きながら捲簾が振り返った。 「んー、大したことないって。いちおう大事を取って、3日後にもう1回診察来いってさ」 「ふーん。よかったじゃん」 「…まぁな」 食器を重ねて捲簾が安堵の笑みを零す。 無心にプリンを頬張る簾の頬を、悟浄はニヤニヤと突っついた。 「れ〜ん?病院で注射されて、わーわー泣いてねーだろうなぁ?」 「お注射しなかったもんっ!」 「なぁ〜んだ。すっげーデッカイ注射打ってもらえばすぐ直ったのに〜?」 「レンがお注射じゃなくってパパがお注射だって、天ちゃんセンセーゆってた」 「…天ちゃんセンセー?」 「今日見て貰った医者」 片付けを終えた捲簾が、煙草を銜えてリビングに来た。 ソファに座ると、灰皿を手元に引き寄せる。 「何でケン兄が注射なんだ?」 「どうせ注射打つなら、予防で俺に打つぞってからかわれたんだよ」 「…何ソレ?」 「知るかよ」 捲簾はムッとしながら煙を吐き出した。 「ふぅん…ヘンな医者」 さして興味も無さそうに悟浄が呟くと、簾が悟浄を見上げてくる。 「天ちゃんセンセーはヘンじゃないよ?すごいキレーだったし優しかったもん」 「…凄い綺麗?」 簾の一言が悟浄のアンテナに引っかかった。 「なっ…何だよ??」 ニヤニヤと意味ありげに、悟浄が捲簾の顔を見つめる。 「なぁ〜、簾?そぉ〜んなにセンセー美人だった?」 「うんっ!」 「おい、悟浄てめぇ…」 何だか嫌な予感に、捲簾が低い声で牽制した。 聞こえない振りで、悟浄は尚も簾に問い掛ける。 「へぇ?じゃぁ、どれぐらい美人なのかなー?」 「…どれぐらい?」 答えが分からず、簾が首を傾げた。 「そうだなぁ…八戒センセーより美人?」 「八戒センセー?んと…おんなじぐらーい♪」 「…何だって?」 もの凄い勢いで、悟浄が捲簾を注視する。 我関せずと、捲簾も思いっきり視線を反らせた。 「ケン兄…本音はソッチ狙いか?」 「今日初めて行った病院の医師が美人かどうかなんて、知る訳ねーだろっ!」 「ふぅん。じゃぁラッキー儲けモンって?で、ケン兄のことだから、早速フェロモン垂れ流しで口説いたんだろ〜?」 思いっきり図星を突かれて、捲簾が派手に咽せ返る。 「…やっぱりな。簾?ケン兄、その女医さんと何かしてたか?」 「じょいさんって、なぁに?」 「簾のコト診察してくれた女のお医者さんだよ」 「え?天ちゃんセンセー、オンナじゃないよ?」 「………はいぃ!?」 驚愕の形相で悟浄が捲簾を見つめ返した。 視線を逸らしていても、ジクジクと悟浄の視線が突き刺さる。 「ケン兄も…もしかして?」 「………。」 無言で返事を拒絶していると、何も知らない簾が父親にトドメの爆弾を落とした。 「もぅパパってば、天ちゃんセンセーのおてて、いきなりギューするからビックリしちゃった」 「れーんーーーーーっっ!!!」 「あ…やっぱりそうなんだ」 悟浄は勝手に納得して、うんうんと頷く。 「違っ!アレは条件反射で!!」 「条件反射で美人の手を握ったんだろ?相手が男でも」 「う…っ」 痛いところを突かれて、捲簾がグッと言葉を飲み込んだ。 羞恥で真っ赤になっている兄の顔を眺め、悟浄は大きな溜息を漏らす。 「兄弟だからってさぁ…何でそんなところまで似るかね?」 「それは俺の台詞だ」 ふと視線を合わせ、同時に深々と項垂れた。 「パパ?ごじょちゃんも…どうしたの?」 凹む大人に、子供だけが無邪気だ。 悟浄が情けない顔でちらっと視線を上げる。 「何…男なんかどーでもいいぐらい美人さんなの?その医者」 「すっげー極上美人。もー天下無敵。妙に抜けてるところとか何だか可愛いし、つい構いたくなるっつーか。と思いきやすっげぇ常識ハズレでプッ飛んでたり。それに何となく胡散臭い雰囲気も気になるんだよなぁ。俺を絶妙なタイミングで軽くあしらったりするのもやけに慣れてるし」 捲簾は顔を伏せたまま、ボソボソと呟いた。 「…何か初対面の割りにえらく具体的じゃん?」 やけに詳細なパーソナリティまで及ぶ説明を不思議に思い、悟浄が顔を上げる。 「初対面じゃねーもん。今日で2度目。昨日…まぁ、ちょとしたことで出会してさ」 「…まじ?ケン兄、運命の出逢いとかサムイこと言うなよ」 「そっくりそのまま返してやる」 「俺と八戒は奇跡の出会いだも〜ん♪」 「テメェの方がサムイっつーの!バァカ」 忌々しげに捲簾が悟浄の頭を遠慮無しに小突いた。 「何だよぉ〜?うまく口説けなかったからって八つ当たり?」 「そっちだって似たようなモンだろ?」 「んー?そうでもないけどぉ〜vvv」 「…あぁ?」 驚いて捲簾が視線を上げると、悟浄は自信に満ちた笑みを浮かべている。 昨日の今日でこの変わり様は一体? 「今日のトコロは結構イイ反応だったし?ま、焦らずに口説こうと思って」 「あ、そーかい。揉め事起こして簾にだけは迷惑かけんなよ」 「だ〜いじょうぶだって!」 「ホントかよ…」 何を言っても浮かれている悟浄に、捲簾は眉間を抑える。 散々下半身に節操のないタラシでも、悟浄は不思議とオンナ達に恨まれたことがなかった。 誰のモノにもならない悟浄を、暗黙で了解しているからだ。 その悟浄が誰か一人に囚われるとなるとどうなるか。 「おい、今手持ちのオンナは何人居るんだ?」 「んー?メンドくせぇから今日全部切った」 「全部…かよ?」 正直今まで捲簾は半信半疑だった。 いくら美人だからとはいえ、悟浄が男を口説いてることも大して信じて居なかったのだ。 根っからの女好きで遊び人。 誰か一人に囚われるのを悟浄自身が一番嫌っていたのに。 裏を返せば、今まで本当の意味で恋愛をしていなかったことになる。 愛し愛され、互いを共有しあう。 自分はどうだろうか? ふと脳裏に天蓬の綺麗な微笑みが蘇った。 「…重症だな」 捲簾が口端に苦笑いを浮かべる。 「そんなの…らしくないって、俺の方が分かってるって」 「いや、重症なのは俺」 「ケン兄…?」 こと色恋沙汰には経験豊富で百戦錬磨。 いつでも自信と余裕を見せて、オンナ達との駆け引きを楽しんでいる兄だった。 それが、目の前の兄は。 切なそうに自嘲浮かべる捲簾に、悟浄は驚いて目を見開いた。 「すげーなぁ…ケン兄にこんな顔させるなんて」 「ん?何がだよ」 「その表情…オンナ連中が見たら、みんなぶっ倒れるぜ?100%落ちるって」 「どうでもいいのが落ちたって仕方ねーだろ?」 軽口叩く悟浄に、捲簾が肩を竦める。 「でもさ、諦める気はねーんだろ?」 「…まぁーな」 「ケン兄がマジんなってフェロモン撒き散らしたら、速攻撃沈でしょ?その変わりモン極上美人でも」 「オンナだったら俺も自信ありまくるんだけどさー」 「こればっかりは、口説いて口説いて口説き倒してみないとねー」 お互い顔を見合わせると、同時に噴き出して大笑いした。 |
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