Attraction Garden


「…何かすごい食欲ですねぇ」
「そう?野郎の食欲なんてこんなもんだろ?食っとかないと1日保たねーし。天蓬もシッカリ食えよ?」
既にご飯のお代わりを掻き込みながら、捲簾が天蓬のお膳を指す。
箸を運んではいるのだが、食べる速度が捲簾の半分だ。
「やっと名前で呼んでくれましたね?」
天蓬が嬉しそうに頬笑むと、捲簾は慌てて視線を逸らす。
「え?そ…そーだっけ??」
誤魔化すようにご飯を口に運ぶが、目元がうっすらと赤く染まっていた。
改めて指摘されると、妙に照れくさいらしい。
天蓬もそれ以上は突っ込まないで、食事を再開した。
それにしても。
「天蓬…魚食うの下手くそだなぁ」
先程から天蓬はサンマ定食を食べているのだが、とにかく不器用で折角美味しい身があちこち残ったまま。
中骨だけ外せばいいのだが、ちまちまと身を箸で摘んでは口に入れている始末。
見ている方がイライラしてきた。
「お魚好きなんですけど、どうやって食べればいいのか分からなくて」
「しょーがねーなぁ。ちょっと貸してみ?」
天蓬のお膳から魚の皿を取り上げ、自分の膳を端に避ける。
捲簾は箸を使って、器用に骨から身を解して外していった。
見事な手際で骨と身が綺麗に分けられる。
「ほら、これ食えよ」
「捲簾って凄いですねぇ〜サンマの骨が標本みたい」
「こうやって食うモンなの!感心する程じゃないだろ」
自分の膳を引き戻すと、捲簾は食事を再開した。
天蓬も解して貰ったサンマの身を口に入れる。
「脂がのって美味しいですね〜♪」
「サンマは今が旬だからな。旬の時に食べると栄養価も高いんだぞ?偏食してるみたいだから、せめて1日1食ぐらいはまともな食事しろよ?」
「でも…一人で食事って美味しくないんですよねぇ」
ぽつりと天蓬が呟いたのを、捲簾は一言一句聞き逃さなかった。
とりあえず、いちおうは首を捻って考え込むフリをする。
「んじゃ、昼は俺と一緒に食う?」
「………え?」
突然の申し出に、天蓬は目を見開いた。
何か言い出すのを遮って、捲簾は更に畳み掛ける。
「事務所で内勤してる時だけでも付き合うけど?俺と食事取るなら少なくとも適当に済ませようとは思わねーだろうし…どーよ?」
「それはそうですけど。でも捲簾はいいんですか?僕に付き合ったりして」

食事どころか違うお付き合いもしたいんだけどぉ。
つーか、食事よりも天蓬が喰いたいな〜♪
…なーんて、バカか俺。

自分の欲望にツッコミ入れつつ、捲簾は湯飲みを手に取った。
平静を装って、ニッコリ笑う。
「俺は全然構わねーよ?まぁ、結構得意先回りで居ないこともあるけど」
「捲簾が迷惑でないなら。じゃぁ、僕が昼頃エントランスに来ればいいんですよね?」
「そうだな。あ、でも俺居ない時に待たせたら悪ぃから、来る前に電話してくれる?えーっとチョット待って」
捲簾はゴソゴソと掛けてあった上着を探り、手帳を取り出した。
サラサラと何か書くと、ページを破って天蓬に渡す。
その紙に天蓬は視線を落とした。
「それ、俺の携帯番号。本当なら俺も連絡できればいいんだけど、天蓬は携帯持ってないんだろ?病院内は禁止だもんな」
「持ってはいるんですけどね。仕事中は電源入れられませんから」
天蓬は苦笑しながら、渡された紙片を白衣の胸ポケットにしまう。
「ああ、そうだ。捲簾さっきのペンと紙、貸して貰えます?」
「ん?いいけど…」
言われたとおり、天蓬へ手渡す。
その紙に何やら数字を書き込んでいった。
「これ、僕の携帯番号です。僕も不定期ですが病院に居ないこともあるんで。連絡無かった場合、試しにココへかけて貰えますか?外にいれば出ますので」
「あ…うん。分かった」
天蓬から渡された紙を、何気なく手帳へ挟み込む。
しかし、心の中で捲簾は大絶叫中。

やりーっ!!携帯番号ゲットオオオォォッッ!!!

順調に近づく天蓬との距離に、捲簾は頬が弛みそうになる。
ウキウキ上機嫌で食後のお茶を啜った。
「あ、明日は病院に簾連れてくんだっけ?午前中ギリで行くから、そのあとメシ一緒に食う?」
「え?でもいいんですか?折角簾クンと外食なのに、僕がお邪魔したりして」
「構わねーよ。簾だって全然知らないヤツと一緒じゃないんだし。アイツは人見知りしないから平気」
「それじゃ、お言葉に甘えて。でも大変ですね…奥さんはそんなにお忙しい方なんですか?」
「あー…俺独身なの。しかも未婚の父ってヤツ」
「え…あ、すみません」
天蓬は自分の失言に頭を下げる。
「いいって。別に気に病むような不幸も修羅場もあった訳じゃないから。ま、早い話遊んでたオンナ孕ませちゃってさ。で、ソイツは黙って簾産んで、俺に押しつけて逃げちゃったの」
「そう…なんで…っか…」
「…そ〜んな肩震わせてないで、笑いたきゃ笑えば?」
「すっ…すみませ…っ…ぷっ」
天蓬は腰を折ると、テーブルに突っ伏して笑い出した。
「…そこまで笑うことねーじゃん」
派手に笑っている天蓬に、捲簾は思いっきりふて腐れる。
どうにか笑いを治めて、天蓬が姿勢を正した。
「何か…捲簾って可愛いなぁ」
「あ?この男前のドコを見て可愛いなんて思うんだよ?」
「…そうやって自分で言っちゃうところですかね」
「いーじゃん…本当のことなんだし」
唇を尖らせて拗ねると、天蓬が捲簾を見つめて微笑みかける。
「やっぱり可愛いですよ♪」
「ぜ〜んぜん嬉しくなぁ〜い」
「褒めてるんですけど?」
「からかってるの間違いだろ?」
嫌そうに顔を顰めると、天蓬はますます微笑みを深めた。

…なんつー目で見てるんだよ。

捲簾の頬が自然と熱くなる。
「あ、捲簾そろそろ時間じゃ…」
「もうそんな時間か。何か早かったなぁ〜」
上着と伝票を掴んで立ち上がる。
「ごちそうさまでした」
「いえいえ」
店を出て、エントランスホールまで二人で歩いて行った。
「それじゃ、明日ちゃんと診察来て下さいね」
軽く手を挙げて天蓬がビルから出るのを、捲簾はぼんやり見送る。
その姿が見えなくなった途端、顔がニヤけてきた。

携帯の番号も交換して。
昼食デートも約束できた。
で、徐々に仲良くしてって、休みの日なんかもデートしちゃったりして。
そうしたら。
ヤル事は一つに決まってる。

「おーっしっ!がんばっちゃお〜っと♪」
捲簾はスキップしそうな程上機嫌に、仕事へと戻っていった。






「ねーねー、八戒ってさぁ〜土日休みなの?」
「…何でここに居るんですか?」
保育園の帰宅ラッシュ時。
簾がお休みしているにも係わらず、悟浄はちゃっかり保育園に来ていた。
何だか周りの視線が痛い。
園児を連れて帰っていく母親達の笑顔が不気味だった。
「僕は仕事中なんですよ。そんなところにいたら邪魔です」
キッと睨み付けると、悟浄は門の所から園内を覗き込む。
「でもさ〜他の保母さん達、何も言わねーじゃん?迷惑ならとっくに注意されてるんじゃねーの?」
「そ…それはっ」
確かに。
これだけ派手に目立つ男が八戒にまとわりついてても、保母の誰一人として注意に来ない。
それどころか、園長まで一緒になって遠くから様子を伺っているのをヒシヒシと感じ、何とも言えない気分だ。
きっと面白がっているに違いない。
「で、土曜でも日曜でも。休みならどっか行かねー?」
「どっかって何ですか」
「だ・か・ら!俺とデートしよ?」
悟浄が八戒の顔を覗き込んで、甘えた声を出した。
プイッと視線を逸らすと、悟浄はトコトコと回り込んで来る。
「八戒が行きたいところでいーよ?買い物でも映画でもさ。アシはあるから海とか遠出でもオッケーだし?」
「休みの日は忙しいんです」
「え〜?1日ぐらい大丈夫だろ?」
「僕はまだ保父になり立てで勉強中ですから」
「息抜きぐらいした方がいーぞ?八戒って真面目そうだから、悩んだらハマりそうだし」
「…大きなお世話ですよ。貴方は僕のことなんか知らないでしょう?」
「知ってるよ?」
「え…」
「結構気が強くって、仕事に真面目で、笑顔が綺麗な美人」
「そんなの知ってるうちになんか…」
「でも、知ってるだろ?少なくてもそれだけは」
「それは…」
「俺としては、もっともっとだぁ〜い好きな八戒のことが知りたい訳よ」
悟浄のストレートな求愛に、八戒の頬がドンドン紅潮した。
満更でもない反応に、悟浄も気合いが入る。
「今週の土曜か日曜は?休みじゃないとか嘘吐いたってダメだぞ〜?後で保母さん達に訊いちゃうし」
「やめてくださいよぉっ!今週は休みですけど、出かけなきゃならないんです」
「…その用事ってキャンセルできねーの?」
「できませんね。前々から決まっていたことですから」
「何ソレ?まさか、他のヤツとデートとかっ!?」
悟浄がこれ見よがしに打ち拉がれ、身体をよろめかせた。
「違いますっ!それに…悟浄には関係ないでしょう?」
わざと冷たく言い放したのに、何故だか悟浄は嬉しそうに頬笑む。
「やーっと名前呼んでくれた♪」
「あ…」
八戒は慌てて口を噤んだが、悟浄の笑顔は変わらない。
何だか意地を張っているのが馬鹿らしくなってきた。
八戒は苦笑混じりに、溜息を吐く。
健気と言うか、妙に可愛く思えて憎めない。
「じゃぁさ、来週は?来週の土曜日とかどう??」
「来週は…まだ…」
「よっし、デートに決まりっ!俺が先約なんだから、用事入っても絶対俺が優先!」
子供染みた言い分に、八戒はちょっと呆れ返った。
「それじゃ駄々っ子じゃないですかぁ」
「駄々っ子でもデートできるならいいもん」
「子供の世話は仕事だけで充分です」
「え?俺の大人なトコ見たい?イヤン、八戒ってば大胆で積極的〜vvv」
「何の話してるんですかっ!!!」
八戒が真っ赤になって腕を振り上げると、悟浄はひょいと後に逃げる。
「ははっ!真っ赤になっちゃって可愛い〜♪」
「うるさいですっ!!!」
さっさと避難した悟浄は、止めてあったバイクにまたがった。
恨めしそうに八戒が睨め付ける。
「今度上がりの時間教えろよ?俺送ってくから、ドライブデートしよ?」
「時間なんか決まってません」
「え〜?」
「ホントですよ。言ったでしょ?まだまだ勉強中だって」
「ふーん?ま、いいや。今度様子見に来るし」
「…話聞いてなかったんですか?」
「都合のいいことしか頭に入んねーの〜♪そんじゃダーリン明日ね〜んvvv」
言い返そうとした途端、バイクは勢いよく走り去ってしまった。
呆然と見送ってしまい、八戒は肩を落とす。
「今度はダーリンって…はぁ、もう何か意固地になるの馬鹿馬鹿しいですねぇ」
気が付けば悟浄のペースに巻き込まれている。
門に凭れて、八戒は深々と溜息を零した。


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