Valentine Attraction



夜になっても天蓬からの連絡はなかった。
気合いを入れて作ったタンシチューも、圧力鍋で絶妙に煮込めたし。
渡そうと思っているチョコも、冷蔵庫でバッチリ待機中だ。
来るかどうかも分からないし、来るとしても何時になるのか分からないので、とりあえず簾には先に食事を取らせた。
今はお風呂おもちゃを持ち込んで入浴中だ。
捲簾はソファに転がって時計を眺める。
もう8時になってしまった。
さすがに痺れを切らせて、鞄から携帯を取り出す。

来るにしても、来ないにしても。
ハッキリさせたいし、来ないなら来ないで夜中に押しかけてやる。

今日の捲簾は何時になく気合いが入っていた。
案外バレンタインで浮かれているのかも知れない。
アドレスから番号を探してかけようとした時。

ピンポーン♪

部屋のチャイムが鳴った。
もしかしたらと、捲簾は期待してしまう。
慌てて立ち上がるとインターフォンを取った。
「…はい?」
ドキドキと鼓動が高まって、静かに息を飲んだ。
『あ、けんれーんっ!僕です〜♪』
受話器越しに聞こえてきた声に、思わず顔を綻ばせる。
「チョット待って。今鍵開けっから」
インターフォンで返事を返すと、すぐに駆け寄りたいのをどうにか我慢した。

久しぶりに天蓬と逢える。

そう思うと内心嬉しくて心臓が破裂しそうなほどだったが、いつも通り何食わぬ顔をして玄関の鍵を開けた。
「捲簾っ!こんばんわーvvv」
相変わらずの美貌で、天蓬がニッコリ微笑んでいる。

しかし。

「…天蓬。お前、夜逃げしてきたのか?」
目の前の恋人の姿に、捲簾はあんぐりと口を開けて絶句した。
天蓬は何が入ってるのか、パンパンに膨らんだ唐草模様の風呂敷を背負っている。
片手には特大お徳用サイズの『きのこの山』を抱えていた。
どこから見ても怪しいったらない。
この姿で何も考えず此処まで来たのかと思うと、捲簾は頭が痛かった。
なまじ超絶美形だけに、イタ過ぎる。
「何で僕が夜逃げしなきゃなんないんですかっ!」
自分の姿がいかにおかしいか分かっていない天蓬は、プクッと頬を膨らませて拗ねた表情を見せた。
そういう姿はメチャクチャ可愛い。
可愛いが、格好がソレでは素直に喜べなかった。
捲簾は額を押さえて溜息を零す。
「僕…今日来ない方がよかったですか?」
あまり歓迎されていない様子に、天蓬が不安そうに小さく呟いた。
我に返った捲簾が、何度も首を振って否定する。
「んなことねーよっ!と…とにかく入れよ。寒いだろ?」
こんな怪しげな姿を近所の住人に見つかれば、何を噂されるか分かったモンじゃない。
捲簾は天蓬を急かして玄関に招き入れた。
「おじゃましますー」
天蓬が荷物を背負ったまま、捲簾の後に続いて部屋へと入る。
キョロキョロと首を巡らせると、小さく首を傾げた。
「あれ?簾クンは…」
いつも嬉しそうに飛びついてくる簾の姿がない。
「あぁ。今風呂に入ってる。最近この前悟浄に貰ったお風呂おもちゃが気に入ってるみたいでさ」
「そうなんですか〜。簾クンにバレンタインのチョコ持ってきたんですけど」
「簾に…チョコ?」
天蓬の言葉に捲簾が過剰反応した。

確かに。
背負っている風呂敷に何が入ってるか分からないが、手にしているチョコは一つだけ。
しかもウケ狙いとしか思えない、定番チョコのお徳用版。
それしか、持っていなかった。

捲簾は気落ちする気持ちを隠せない。
自分で自覚しているよりも、天蓬から貰えるチョコを期待していたらしい。
力無くソファに腰を下ろすと、天蓬から視線を逸らして項垂れた。
「捲簾?どうかしました??」
突然様子が変わった捲簾に天蓬もすぐに気付く。
「ん…何でもねーよ」
勝手に期待してたのは自分の方だ。
天蓬が悪い訳じゃない。
鬱蒼とした気分を打ち払うと、捲簾は顔を上げた。
「それ、簾のヤツも喜ぶよ。風呂から出たら渡してやって」
「そうですね。じゃぁ、簾クンには後で渡すとして〜やっぱり本命さんには今渡しちゃいましょうvvv」
「は?本命さん??」
「…それ本気でボケてるんですか?僕の本命なんて捲簾以外誰が居るって言うんですかっ!」
妙にハイテンションの天蓬が、胸を張って高らかに宣言する。
捲簾はただ呆然と天蓬を見上げた。
「俺に…チョコくれんの?」

声が、みっともなく掠れてしまう。

鼻の奥がツンとして。
慌てて捲簾は俯いた。
震えてしまう掌をギュッと握り締める。
「だって、約束したでしょう?今度捲簾に甘くないチョコプレゼントする、って」
「あ…」

天蓬は、ちゃんと覚えていた。
あんな話の流れの中の、たわいもない約束事でも。
自分のために、今日。

「そっか…」
照れくさそうに捲簾が笑みを浮かべる。
喜んでくれている顔を見て、天蓬もホッと息を吐いて安堵した。
そうなると、俄然気合いが入る。
「では、さっそく。僕からの愛がいーっぱい詰まったチョコ…受け取って貰えますか?」
天蓬の告白に捲簾は僅かに頬を染めた。
「俺以外にお前からのチョコ、誰が受け取るんだよ」
口調は素っ気ないが恥ずかしそうに目を伏せる捲簾に、天蓬は双眸を和ませる。
「捲簾のために作ったんですからね」
「はぁ!?」
「…何で驚くんですか?」
天蓬が不思議そうに問い返した。

そりゃ、驚くだろう。
料理どころかまともに出来る家事は、やかんで湯を沸かすことだけ。
その天蓬が?
自分のためとはいえ、自らチョコを作った?
天蓬手作りのチョコ…。

捲簾は複雑な心境で天蓬を見上げる。
天蓬からチョコを貰えるのは嬉しいけど。
何だか素直に喜べなくなった。
一体、どんなチョコを作ったのか。
恐ろしすぎて想像すら出来ない。

どうしよう…どうすればいいんだっ!?

捲簾の頬が思いっきり強張った。
今更いらない、食べたくないなんて言える訳がない。
例え渡されたチョコがどんな物でも。
天蓬が自分のためを想って一生懸命作ったのなら、捲簾はどんな目にあったって食べてしまうだろう。
そうは思うけど。
捲簾だって出来れば腹を壊したくなかった。
しかし天蓬は、そんな心の葛藤など全く気付かない。
「えっとチョコを渡す前に…コレはちょっと置かせて貰って、と」
天蓬が背負っていた風呂敷包みを、静かに床に下ろした。
そういえば。
「なぁ…その風呂敷は何なんだ?」
やけに丁重に扱っているのを見て、捲簾は気になり始めた。
本当に夜逃げをしてきたとは思わないにしても、何で自分ちにわざわざそんな物に包んで持ってきたのか。
一体中に何が入っているのか。
「あ、これも〜捲簾に贈るバレンタインのプレゼントが入ってるんですvvv」
「俺に?バレンタインの??」
「そういうもんだって聞きましたけど?恋人にはチョコと一緒にプレゼントも贈るんだって」
「いや、それは分かるんだけどさ。風呂敷でってのは…今まで経験無いから」
「風呂敷は持っていくのに丁度良かっただけですよ?沢山あり過ぎて鞄にも袋にも入りきらなかったんで」
「は?沢山??」
ますます捲簾は困惑してくる。

沢山のプレゼントって…何を考えてるんだ?

疑問が顔に出ていたのか、天蓬が笑いながら風呂敷包みをポンポンと叩いた。
「やっぱり捲簾が喜んでくれそうな物を贈ろうと思って、すっごく考えたんですけど。いざ買いに出かけるとアレも喜びそうだな、コレもきっと喜んでくれるかもって。気が付いたらこんなに買い込んでしまいました」
「…バァカ」
捲簾は照れ隠しに天蓬の頭を軽く小突いた。
そんな風に想われると分かって、捲簾も嬉しい気持ちが隠せない。
瞳を潤ませると、天蓬に手を伸ばした。
指先で、掌で。
天蓬の髪を、頬を。
愛おしそうに触れていった。
天蓬は捲簾の手を握ると、そっと指先に口付ける。
「あ…っ」
上目遣いに捲簾を見つめながら指を口に含んで吸い上げると、どんどん捲簾の瞳が欲情で濡れてきた。
「天蓬ぉ…」
コクリと小さく喉を鳴らして、捲簾が物欲しそうに天蓬を呼ぶ。
ところが。
すぐに天蓬は捲簾の指を解放した。
捲簾は拍子抜けして、まじまじと天蓬を見つめる。
正直な捲簾からのお誘いに、天蓬は苦笑を零した。
「続きは後でね。簾クンだってまだ起きてるでしょう?」
「あっ!」
天蓬に突っ込まれて、漸く風呂に入ったままの息子を思い出した。
突然気恥ずかしくなって、捲簾はカッと頬に朱を上らせる。
「捲簾から誘って貰えて我慢するのは凄く辛いんですけど、ね?」
「う…もぅいいってっ!」
顔を真っ赤にして捲簾がプイッと視線を逸らした。
そんな仕草に、天蓬は笑みを零す。
「とりあえず、先に僕からのチョコ受け取って下さい」
「あ…チョコ…な」
唐突に切り出されて、捲簾は緊張する。
一体天蓬はどんなチョコを作ったのか。
嫌な感じに心拍数が乱れてきた。
今か今かと覚悟を決めて待ち構えると。
目の前で天蓬が立ち上がった。

が。

「ちょっ!?お…おいっ!何いきなりベルト外してるんだよっ!?」
着たままでいたコートを無造作に放ると、天蓬は何の前触れもなくベルトに指を掛けて外し始める。
簾が起きてるからって、さっきはお預けになったはずなのに。
この展開は何なんだっ!?
おもちゃを持ち込んで風呂に入って既に30分は経っていた。
そろそろ飽きて出てくる頃合いだろう。
そんな時に、息子が自分と天蓬の濡れ場なんか目にしたら。
どう考えたってマズイ。
捲簾がグルグルと煩悶している間も、天蓬のほうはお構いなし。
とうとうベルトを外すと、ズボンのファスナーをゆっくりと下ろしていく。
「だからここじゃヤバイって!そ…そうだっ!寝室行こっ!な?天蓬っ!!」
「え?何でチョコ渡すだけなのに寝室に行くんですか?」
「はぁ??今更何とぼけたことを…って、うわあああぁぁっっ!!」
ファスナーも全開にした天蓬が、自分の股間へ手を入れる。
下着に指を潜らせて、一体何を取り出すのか。
いや、股間にあるのはナニだけだ。
一人でボケて突っ込むほどに捲簾はパニックになる。
しかし。
「よ…っと。イタタ…角が刺さった」
硬直して天蓬の手の動きを見つめていると、漸くおかしなことに気付いた。

天蓬の股間が。
妙なカタチになっている。
何だかやけに膨らんで角張っているような。

じっと捲簾が天蓬の股間を注視していると、下着の中の膨らみが蠢いた。
そう思った瞬間。
そこから小さな箱が出てくる。
黒い包み紙に、金のリボンで綺麗にラッピングされた箱。
股間の中から出てきていいモンじゃない。
捲簾が唖然としていると、天蓬は極上笑顔で箱を差し出した。
「はいっ!僕の愛がいーっぱい詰まりまくったチョコですvvv」
目の前に差し出された箱と天蓬の笑顔を交互に見つめる。
捲簾はガックリと肩を落とすと、思いっきり肺に空気を吸い込んだ。
顔を上げると、ニッコリと微笑む。

「お前はっ!ドコにチョコを入れてやがんだあああぁぁっっ!!!」

夜の閑静な住宅街に、捲簾の怒声が響き渡った。



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