Valentine Attraction



ぜーぜーと息を荒がせて捲簾が睨み付けるのを、天蓬は不思議そうに瞳を瞬かせた。
「何で怒ってるんですか?」

コレで怒らないヤツが居る訳ねーだろうっ!

叫びたいのは山々だが、怒りと呆れが脳天まで突き抜けすぎて言葉にならない。
この怒りの矛先をどうしてくれようと身体を震わせていると、天蓬が突然腕を引き寄せた。
「はい、受け取ってくださ〜いvvv」
笑顔でポンッと渡された箱を、捲簾はつい勢いで受け取ってしまう。

な…何か…すっげ生暖かぁ〜くてヤダ。
どうしてコイツは普通に渡すってコトが出来ないんだろう。

チョコの箱から伝わる天蓬の股間の温もりに、思わず頬が引き攣った。
チラッと視線を向けると、天蓬が瞳を輝かせて捲簾に注目している。
どうやら自作チョコの感想が早く聞きたくってしょうがないようだ。
子犬のような目で期待してドキドキと待ち侘びている天蓬に、捲簾は深々と溜息を零した。
とりあえず受け取ってしまった箱へと視線を落とす。
あんなトコから出てきたにも拘わらず、箱は普通の物だった。
ちゃんとしたプレゼントに見える。
ただ、ラッピングの仕方がどうにも不格好で、リボンも少し歪んで結ばれていた。
どうやら包んだのも天蓬本人らしい。
ここまで自分に贈るために徹底したのかと思うと、妙に可愛いいと思えてしまう。
コレが普通に渡されたのであれば、捲簾だって素直に喜べたのに。
どうも天蓬の頭のネジは2〜3本弛んでるらしかった。
捲簾はリボンの端を摘んで、ラッピングを外していく。
包み紙を取ると、蓋付きの箱が出てきた。
蓋に手を掛けると、捲簾がゴクッと息を飲む。

一体この中からどんなモノが出てくるのか。
本当にチョコが入っているのか。

緊張した面持ちで、捲簾はじっと箱を見下ろした。
「捲簾、捲簾っ!早く開けてみて下さいよ〜」
ウキウキと上機嫌に天蓬が捲簾を即す。
何とも言えない表情で天蓬を見た。
そして、もう一度箱へと視線を落とす。
天蓬からの熱い眼差しとプレッシャーに、捲簾の額にジットリと汗が滲んできた。
受け取っておきながら今更いらないなんて言える訳がないし。
捲簾は覚悟を決めると、震える指先で箱の蓋をそっと開けた。

そこに入っていたのは。
以外にも普通のトリュフチョコだった。
白いレース紙に包まれて、小さなチョコが数粒入っている。

捲簾は信じられないモノを見るように目を凝らしてチョコを眺めた。
一粒一粒の形は不揃いで不格好だが、ちゃんとしたチョコに見える。
ココアパウダーの塗したトリュフからは、芳醇なアルコールの香りがして普通に美味しそうだ。
捲簾は別の意味で意表を突かれて、呆然としてしまった。
「あのっ…僕…一生懸命作ったんで…一粒でもいいから食べてくれませんか?」
照れくさそうに頬を染めてはにかむ天蓬に、捲簾はコクリと頷く。
小さめのトリュフを摘んで、口の中に放り込んだ。
恐る恐る歯で噛むと、口一杯にブランデーの香りとチョコの苦みが広がる。
チョコ自体に甘さは無く、冗談抜きに捲簾の好み通りで美味しい。
そのままモグモグと租借して味わっていると溶けて無くなった。
捲簾は信じられないような表情で天蓬を見つめる。

「すっげぇ…旨い」

自然と口をついて言葉が零れた。
勿論お世辞でも社交辞令でもない。
「…本当ですか?」
上目遣いで天蓬が聞き返した。
「ん。マジで旨い。舌に残るヤな甘さもねーし、酒が利いて味も匂いも良いしさ」
捲簾は正直に感想を言って、もう一つ口の中に放り込んだ。
天蓬の顔が見る見る嬉しそうに輝く。
「よかった…どうせ捲簾にプレゼントするなら手作りでって思っても、チョコなんか作ったこと無いから」
「ん?じゃぁコレどうやって作ったんだよ??」
「本を見てもよく分からなかったんで、八戒に教えてもらいました」
「あー…成る程な」
漸くまともなチョコの疑問が解けて、捲簾も納得した。
八戒は料理が好きで、しかもかなり上手い。
その八戒が手解きしたなら、妙な物を作らせたりはしないだろう。
「でもっ!教えてもらっただけで、チョコは自分だけでちゃんと作りましたからねっ!!」
「そっか〜。さんきゅ天蓬」
目の前に座り込んでいる天蓬に捲簾は軽く口付けた。
天蓬も満足そうに微笑む。
「あ、そうだ。天蓬メシは?まだ食ってないだろ?」
「そういえば…捲簾の所に来ることしか考えてなかったので」

きゅるるるるー…。

タイミング良く天蓬の腹の虫が盛大に騒いだ。
捲簾がプッと小さく噴き出す。
「よかった。天蓬来ると思ってタンシチュー煮込んだんだ。お前好きだろ?」
「捲簾…僕のために作ってくれたんですかぁ〜」
天蓬がキラキラと瞳を輝かせ、捲簾に歓喜の視線を向けた。
さすがに気恥ずかしくて、頬が紅潮してしまう。
「まぁ…そうなんだけど。すぐ準備すっからっ!」
誤魔化すように捲簾が立ち上がると、天蓬の腕が腰へと伸びた。
「僕…すっごーく幸せですvvv」
ギュッと捲簾の腰に抱きついて、グリグリと額を擦り寄せる。
「あーもうっ!腹減ってるクセに邪魔すんな!」
腰にしがみ付く天蓬をそのまま引きずって、捲簾はキッチンへと突進した。
「あれ?天ちゃんセンセー、来てたんだ〜♪」
湯上がりの髪からホカホカの湯気を立てて、息子の簾がリビングに姿を現す。
「あ、簾クンおじゃましてます〜。お風呂入ってたんですね」
「うんっ!ごじょちゃんに貰ったおもちゃで遊んでたのー」
嬉しそうに駆け寄ると、簾は天蓬にしがみ付いた。
「あぁ、簾クン髪が濡れてますよ?ちゃんと拭かないと風邪引いちゃいますからね。それにパジャマの上には上着羽織らないと湯冷めしますから」
首に掛かっていたタオルを取り上げると、天蓬は簾の頭を拭い始める。
捲簾へ首を巡らせると、視線でソファを目視した。
その先に小さなカーディガンが掛けてある。
天蓬は小さく頷いて手に取った。
「ほら、コレ着て…あ、じっとしてないと頭拭けませんよ!」
「だってくすぐったい〜」
甘えてはしゃぐ息子を苦笑しながら眺め、捲簾はコンロに火を点ける。
簾と天蓬が仲睦まじいのは結構だが。

簾…許せっ!
今日はバレンタインだから、お前は早寝だ。

心も身体もひそかに盛り上がってる捲簾は、内心で息子に手を合わせた。






捲簾お手製、自慢のタンシチューも堪能し。
天蓬は満足そうに食後の一服を愉しんでいた。
先程まではしゃいでいた簾は。
天蓬の食事が終わるのを待ちきれず、一足先に就寝した。
今頃は天蓬に貰った『きのこの山』の箱を抱えて、楽しい夢でも見ているだろう。
「で。コレは俺から」
突然捲簾が目の前に大きなケーキ箱を置いた。
天蓬は目を丸くして捲簾を見上げる。
「え?あの…」
「だから。俺からのバレンタインチョコだって」
「ええっ!?」
驚愕する天蓬にまじまじと見つめられ、捲簾の頬が真っ赤に染まった。
プイッと顔を背けると、食器棚から無造作に皿を取り出す。
「んだよ…そんなに驚かなくてもいーじゃん」
「………。」
何も言い返さない天蓬に、捲簾はそわそわと落ち着かない。
様子が気になって肩越しに振り向くと、突然強い力で腰が引き寄せられた。
「おわっ!?」
バランスを崩して、皿を取り落としそうになる。
「っぶねーなぁ!何だよいきなり―――」
文句を言おうと口を開いたが、そのまま言葉を飲み込んだ。
自分を抱き締める天蓬の腕が震えている。
捲簾は肩から力を抜くと、引き寄せられるまま天蓬の腿へと座った。
更に強く抱き締められ、捲簾は困惑する。
「どーしたんだよ?」
腰に回された腕をさすると、天蓬が小さく鼻を啜った。
「…嬉しすぎて。どうしたらいいか分からないです」
くぐもった鼻声に、捲簾は上向いてポリポリと頬を掻く。

喜んで貰えるのは嬉しいけど。
ちょっとこの体勢は…何だか落ち着かない。

捲簾がもぞもぞと蠢くと、逃さないとばかりにキツく抱き締めてきた。
「えっと…コレだとお前の顔見れねーし。出来ればちゃんと顔を合わせたいんだけど?」
途端に天蓬の身体がピクッと反応して揺れる。

しかし。
反応したのはそれだけじゃなかった。

「あ…っ?」

何だか座っている捲簾の双丘に、硬いモノが押しつけられる。
それがどういうことか、分からないはずもなく。
捲簾はカッと頬に朱を上らせた。
どんどん形を変えていく天蓬のモノに、捲簾の腰が居心地悪そうに蠢いた。
「えっと…天蓬?」
離してくれそうもない天蓬へ、捲簾が困惑して声を掛ける。
天蓬がいきなり発情するのは今更で、別に嫌な訳じゃない。
ただここはキッチンで。
簾だって少し前に眠ったばかりで、何時起き出すか分からない。
天蓬の腕から逃れようと思えば簡単だけど。
そうすることを頭も身体も拒絶する。
困って溜息を漏らすと、天蓬が服越しに捲簾の背中に歯を立てた。
「嬉しすぎて…捲簾が愛しすぎて。メチャクチャにしそうです」
壮絶な愛の告白に、捲簾の身体がゾクリと戦く。
「あ…天蓬っ…ちょ…待て…っ」
「イヤです」
卑猥な意思を持って、天蓬の掌が捲簾の身体をまさぐり始めた。
シャツの裾から潜り込んで、直に熱くなった肌に触れる。
「やっ…待てって…おい…っ」
「イヤだって言ってるでしょ?」
もう片方の手は捲簾の太腿を撫でて上がり、器用な指先がジーンズのファスナーをゆっくりと下ろしていった。
天蓬に触れられただけで、捲簾の雄は下着の中で形を変え始めている。
全開にされた股間に、天蓬の指が潜り込もうとした時。

「…このままシやがったら、お前のこと許さねーぞ」
「は??」

低く唸るように吐き捨てられた物騒な脅しに、天蓬の動きがピタリと止まった。
「…捲簾?」
「折角作ったのに…テメェは食うどころか見もしねーのか」
「あっ!」
どうやら捲簾はチョコのことを言ってるらしい。
自分だって捲簾に食べて貰いたくて、ドキドキしながら見守った。
一生懸命作ったチョコを見て、捲簾はどう思ってくれるか。
食べて美味しいって言って貰えるか。
そして、喜んでくれたどんなに嬉しかったか。
捲簾だって同じ思いに違いない。
それなのに。
つい、自分は嬉しすぎて先走ってしまった。
天蓬は捲簾を抱き締めたまま、身体から力を抜く。
「すみません…嬉しすぎてキレちゃいました」
ポツリと小さな声で謝罪した。
捲簾が天蓬の拘束から立ち上がる。
しゅんと俯いて落ち込む天蓬に、捲簾は苦笑して頭を撫でた。
「俺だってお前に食べて貰いたくって作ったんだから。どれだけ旨かったかは後で身体で示してくれよ、な?」
「え…あの?捲簾??」
顔を上げると、ニヤニヤと捲簾が笑っている。
「ま。食って、それほどでもなかったら言葉だけでいいけどー?」
「そんなことある訳ないじゃないですかっ!!」
「んじゃ早く食って、ベッドで感想聞かせて貰いましょう?」
「捲簾が啼いて悦ぶ程の感想を、タップリ教えて上げますからねっ!」
天蓬の欲情を滾らせた瞳に、捲簾は艶然と微笑んだ。
「とりあえず、コーヒーと紅茶どっちがいい?」
「捲簾のお薦めは?」
「そうだなぁ〜ガトーショコラだから紅茶かな?」
「それでいいですよ」
ケーキの箱を引き寄せると、天蓬は楽しそうに箱を開けた。



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