White day Attraction



今日も爽やかな1日の始まり。
いつも通りに起床して、慌ただしく朝食の用意をして。
すやすやと寝ている我が子を起こして、保育園に行く用意をさせる。
子供が食事している間に、自分も仕事に行く準備をして。
コーヒーを飲みながら新聞に目を通していると、同じマンションに住む弟が我が子を迎えに来て、保育園に送ってくれる。
そんな毎日。
そこに最近、新たな日課が加わった。
捲簾は壁に掛けてあるカレンダーを、じっと穴が空く程睨み付けている。
手には赤マジックが握られていた。
3月の頭。
今日の日付の部分に、持っているマジックでバツを書き込んだ。
前月の15日から続いている毎日の日課。
「…14日まであとちょっと」
強張った声で捲簾がポツリと呟いた。

3月14日。

捲簾にとってはハルマゲドン。
恐怖の大王が白衣姿で襲撃してくる日だった。






「はぁ〜っかいっvvv」
車から降りた悟浄が、簾の手を引いて保育園にやってきた。
最近は専ら悟浄が簾の送迎を担当している。
もちろん、悟浄自らの希望だ。
可愛い甥っ子の送り迎えを、悟浄は純粋に下心有りまくりで率先してやっていた。
それもこれも一秒でも長く八戒と逢っていたい切ない男心だ。
ちなみに、股間も切ない。
そう言う意味での切ない悟浄の純情は達成されていなかった。
いっそのこと八戒に一服盛って昏倒している間に縛り上げて犯してやろうか、とチラッとでも思ってしまったことはある。
だが、ソレを実行できるわけがない。
そんなことをしでかせば、まず悟浄は八戒に拒絶される。
もしかしたら嫌悪して二度と会ってくれないかもしれない。
八戒に見捨てられるのが、悟浄は何より恐かった。
それに、八戒の嫌がることをしたいとも思わない。
いつも八戒には自分の側で綺麗に笑っていて欲しかった。

そう納得はしているが。

やっぱりオトコなんだから、それだけ好きな相手は勿論抱きたいに決まってる。
悟浄の煩悶は永遠のループにはまって、脱出することはない。

「簾クンおはよう」
八戒は鮮やかな笑顔で悟浄と簾を見つめた。
「おはよーございますっ!」
ペコッと頭を下げて、簾は礼儀正しく挨拶する。
八戒は顔を綻ばせて、良くできましたと簾の頭を優しく撫でた。

…今日も八戒は可愛い。

悟浄はぼんやりと考え、ニヘッと顔中の筋肉を弛ませた。
これも悟浄にとっては毎日の日課。
こんなに可愛い八戒が俺のモノ。と、一人幸せな気分に浸っている。
「悟浄…悟浄ってばっ!」
八戒に身体を揺すられ、悟浄は漸く我に返った。
視線を合わせると、頬を膨らませてムッと睨んでいる。
その表情が、何だかメチャクチャ可愛いんですけどっ!
「…何やってるんですか?」
八戒の心底呆れた声が溜息混じりに漏らされた。
何故か悟浄は前屈みになって、股間を押さえている。
「全く…爽やかな朝から何考えてるんですか」
「いやぁ〜朝だから余計に、でショvvv」
「悟浄、教育的指導です」
そう言うと、八戒は悟浄の尻を思いっきりひっ叩いた。
「ごじょちゃん八戒センセーにお尻叩かれてんの〜」
クスクスとおかしそうに簾が笑う。
子供に突っ込まれて、悟浄はほんのり頬を赤らめた。
八戒が仕方なさそうに肩を竦めて顔を寄せて来る。
「全く…昨夜だって散々シテ上げたでしょう?もう出ないって啼いたのは悟浄じゃないですか」
笑いを含んだ甘い声音で、八戒は悟浄の耳元で囁いた。
耳朶をペロッとヒト舐めして、素早く身体を離す。
八戒の不意打ちに、悟浄は顔を真っ赤にして耳を押さえた。
「お前の方が教育的指導だっ!バカぁっ!!」
悟浄が絶叫して八戒の頭を叩こうと腕を振り上げる。
闇雲に振り回される掌を避けて、八戒が笑いながら逃げた。
結局八戒には掠りもせず、悟浄はゼーゼーと息を荒がせるだけ。
目の縁を赤く染めたまま、八戒をキッと恨めしそうに睨め付けた。

「追いかけっこ楽しそうだなぁ」

無邪気な呟きが聞こえてくる。
はっと我に返った大人二人が、慌てて振り返った。
つぶらな瞳がじっと二人を見上げている。
コホンとわざとらしく咳払いすると、悟浄が簾の頭をグリグリ撫でた。
「これは追いかけっこじゃねーぞ?ラブラブ愛のスキンシップっつーのvvv」
「ラブラブ…じゃぁ、ごじょちゃんもパパと天ちゃんセンセーみたいに仲良しでラブラブなの?」
「う〜ん…そいつはビミョーだな。ケン兄達みてぇにって言われると複雑な感じ?俺らあそこまでイッちゃってねーし?ケン兄の域に到達出来る程、俺は人生極めてねーもん。あんなおっそろしい程変態なヤツ飼い慣らすなんて…到底真似出来ませ〜ん」
「…むずかしくて分かんない」
簾は腕を組んでう〜んと可愛らしく考え込む。
「みんな仲良しなのはいいことですよ」
取りなすように八戒が簾の頭を撫でると、悟浄を見上げて苦笑した。
「そんな子供に大人の本音言ったって仕方ないでしょう。まぁ捲簾さんに関しては、あの天ちゃんにつき合えるっていうだけで尊敬に値しますけど」
八戒の方も言ってることは結構キツイ。
今頃話題の中心人物はクシャミでも大連発していることだろう。
「あ、そうだ。八戒さぁ〜ホワイトデー何が欲しい?」
「え?」
八戒が目を丸くして悟浄を見つめた。
「チョコのお返しだよ。折角だから今度は八戒の欲しいモン上げようかと思ってさ」
「そんなチョコぐらいで…いいですよ別に」
「だぁ〜め!チョコだけじゃなかったじゃん。シルバーブレスもくれただろ?」
「あれは…悟浄ああいうの好きかなーって思ったから」
「だから同じだろ?俺だって八戒の好きなモン贈りてーの!」
意地になって引く気がない悟浄の様子に、八戒は曖昧に笑って視線を落とす。
そう言って貰えて嬉しい反面、気を使わせたくないとも思う。
でもここで何も要らないと言えば、返って悟浄を傷つけてしまうような気もして八戒は困った。
「突然言われても…そんなにすぐ思いつきませんよぉ」
「そう?じゃぁ、アレは?八戒が前欲しがってた食器洗浄機」
「そんなのダメですっ!あんな高価な物!!」
「高価って…そんな何十万もするモンじゃねーし」
「それだってホイホイ買える程安いモノでもないんですよっ!」
「いや、だから。そんな安かったらわざわざホワイトデーにプレゼントしても俺が納得できねーのっ!」
「でも食器洗浄機は高過ぎますよっ!」
八戒と悟浄は互いに睨み合ったまま一歩も譲らない。
食器洗浄機で言い争うなんてやけに所帯じみていると、エキサイトしている本人達は気付いていなかった。
「…ホワイトデーってなぁに?」
のほほんとした無邪気な声が、険悪な空気を霧散させた。
はっと我に返った二人は、何となくバツ悪そうに苦笑を浮かべる。
悟浄はしゃがみ込むと、簾と視線を合わせた。
「ホワイトデーってのはな〜、簾もバレンタインにチョコいっぱい貰っただろ?」
「うんっ!」
「そのお返しにキャンディーやマシュマロをプレゼントする日なんだ。まぁ、簾はケン兄が代わりに準備するだろうから、ちゃんとチョコ貰った女の子に渡すんだぞ?」
「ふーん…そうなんだぁ」
コクコクと頷く簾の頭を悟浄が豪快に撫でる。
「まぁ、本当はチョコをくれた好きな子にだけ『俺も好きだよ』って気持ちを返す為に、プレゼントする日なんだけどな」
「レンの…好きな子に?」
見る見る柔らかそうな頬が真っ赤に染まっていった。
恥ずかしそうに園服の袖口をもじもじと弄り出す。
一瞬悟浄は驚いたように目を見開いたが、すぐに楽しげな笑みに双眸を細めた。
「あれ?何だよぉ〜簾もしかして?お前好きな子からチョコ貰ったのかっ!?」
悟浄は照れまくる簾の頬を指先で突っつく。
八戒も以外だったのか、僅かに目を見開いた。
バレンタインの時、園の女の子がチョコを渡して大告白大会を繰り広げていたが、簾は誰に渡されても始終ニコニコしていて、今のように顕著な反応はしていなかった。
案外簾はポーカーフェイスなのか。
それともバレンタインの後に好きな子ができたのだろうか。
「じゃぁ、簾の好きな子にはちゃんとお返ししねーとダメだぞ?まぁお前に限ってフラれることはねーだろうけど。その子だって簾からのお返し期待して待ってるぞ〜」
「…そうかな?」
簾は小首を傾げて考え込む。
「そりゃそうだろっ!だってチョコ貰ったんだろ?」
「うんっ!おっきな『きのこの山』貰ったの〜♪」
「…あ?『きのこの山』貰ったのか?」
「うんっ!」
嬉しそうに返事をする簾を、悟浄は複雑そうな顔で見つめる。

バレンタインによりによって『きのこの山』を?
しかも特大パックの?
それってどう考えてもウケ狙いの義理チョコじゃねーか。
うーん…。

簾にどう言ったらいいか悟浄は困惑した。
八戒も気付いたらしく複雑な笑みを浮かべる。
コレはどう考えてもマズイ。
簾にとっては『きのこの山』の君は、大本命好きな子でも。
相手にとって、簾は義理チョコで済ませようとしか思ってないということになる。
「悟浄…でもほら、子供ですから。普段慣れ親しんでいるお菓子で大きなモノって、ちょっとした憧れがあるじゃないですか。だからそれを簾クンにプレゼントしたってことも考えられますよ?」
「そうだけど…なぁ、八戒。保育園で誰が簾に『きのこの山』あげたか覚えてる?」
「え?えっと…そういえば…」
悟浄に言われて八戒はバレンタイン当日を思い出す。
園の女の子全員はしゃいでいて。
それぞれが綺麗にラッピングされた可愛らしい箱を、次々と簾に渡していた。
その中に『きのこの山』は―――――――
「悟浄。園の女の子で、簾クンに『きのこの山』を渡してた子はいませんよ」
「えっ!?マジで?」
「だって、大きな特大版の『きのこの山』って見たことありますけど、箱も大きいんですよ。そんな大きな箱だったらラッピングしてても分かるでしょう?でも、園の女の子達が簾クンに渡していたのは、みんな小さめの可愛らしい箱でしたから」
「と、なると?誰が簾に??」
「マンションに住んでる女の子は?」
「んー…いや。マンションに簾と同年代の女の子はいねーよ。あぁ?じゃぁ一体どんな子なんだ??」
八戒と悟浄が困惑している間も、簾は一人考え込んでいた。
「う〜ん…どうしよっかなぁ。おこづかいで買えるのかな?」
簾は子供なりに真剣らしい。
しかも、ちゃんと自分のお小遣いでお返しを買おうと思っているようだ。
「なぁ…簾?」
「ん?なぁに?ごじょちゃん」
「簾は誰に『きのこの山』貰ったんだ?」
いくら考えても分からなければ、本人に確かめるしかない。
このまま分からないままでいると、気になって1日中悩みそうだった。
それだけじゃない。
明らかに『きのこの山』の君は簾の片思いだろう。
そうなれば簾をホワイトデーに慰めることも考えなければならなそうだ。
そんな大人二人の気遣いも、簾は全く気付かない。
はにかみながら簾が笑みを浮かべた。
「えっとね?天ちゃんセンセーに貰ったっ!」
八戒と悟浄は一瞬目が点になる。

簾は天蓬から『きのこの山』を貰った。
しかも、簾は『きのこの山』をくれた子が好きだと言う。
あんなに顔を真っ赤にして照れまくってるんだから、嘘ではないだろう。
正真正銘、簾の可愛らしい初恋だ。
その相手が、よりによって天蓬?

「はあああぁぁっ!?」
「何ですってーーーっっ!!!」

朝の爽やかな空気を引き裂いて、大人二人の悲痛な絶叫が響き渡った。



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