White day Attraction



平日いつも通りの昼休み。
捲簾がビルの喫煙所でのんびり一服していると、パタパタと慌ただしく走ってくる音が聞こえてきた。
「けんれ〜んっ!お待たせしましたぁvvv」
現れたのは白衣を纏った美貌の医師、で捲簾の恋人。
お互い内勤日の時は、こうして待ち合わせて一緒に昼食を取っていた。
天蓬は捲簾の元まで駆け寄ると、隣に腰掛ける。
「ごめんなさい、遅れてしまって。出ようとした所でちょっと掴まってしまいました」
申し訳なさそうに天蓬がペコッと頭を下げた。
捲簾は苦笑しながら吸っていた煙草を灰皿に押しつける。
「いいって、10分ぐらい。それに仕事なんだから仕方ねーよ。でも抜けて来ちまって大丈夫なのか?」
「あぁ、入院している患者さんの薬が変わったので、その確認だけですから」
「そっか。じゃぁメシ食いに行こーぜ」
「はいっ!」
捲簾が立ち上がって歩き出すと、天蓬は素直に付いていった。
「あ、そうだ。捲簾、ホワイトデーのお返しなんですけど〜」
ホワイトデーと聞いて、捲簾の身体があからさまにビクッと跳ね上がる。
ギクシャクと強張る身体を捻って、横にいる天蓬に振り向いた。
心なしか顔も引き攣っている。
「ほ…ホワイトデー?」
「ええ、そうですけど…どうかしましたか?」
天蓬は捲簾の様子にきょとんと目を丸くした。
捲簾の視線はソワソワと泳いで落ち着かない。
「いや…何でもねー、けど」
「???」
挙動不審な捲簾にも、天蓬は不思議そうに首を傾げるだけ。
もしかしたら、もしかして。
天蓬はアノ約束を忘れているんじゃないか。
捲簾は淡い期待を寄せた。
本日の昼食は天蓬お気に入りの定食屋。
昼時で混雑しているが客入りの回転が速く、そう待たずに席へと案内された。
席について注文を済ませると、二人とも煙草を取り出す。
捲簾は火を点けて、旨そうに煙を肺に吸い込んだ。
「それで、ホワイトデーなんですけど」
不意を突かれて、捲簾は思いっきり咽せ返る。
ゲホゲホと派手に咳き込みながら喉を押さえた。
「捲簾!?大丈夫ですか??あ、お水飲んだ方がいいですよ」
心配そうに天蓬がグラスを差し出すと、捲簾は必死に頷いてグラスを手に取る。
少し咳が治まったところで、グラスの水を一気に呷った。
「はぁ…」
捲簾は漸く落ち着いて、深々と溜息を零す。
「…大丈夫ですか?」
天蓬が顔を覗き込んでくるのに、ヒラヒラと手を振った。
「へーき。いきなり気管に煙入って咽せただけ」
「それならいいんですけど」
とりあえず捲簾は水のお代わりを頼んで、再び煙草を銜える。
誤魔化せたと思ったホワイトデーの話を蒸し返されて、捲簾は気が気でない。
黙って様子を伺っていると、天蓬がニッコリと頬笑んだ。
「話の途中でしたね。ホワイトデーなんですけどね?」
「あ…うん」
捲簾の額にイヤな汗が滲んでくる。
「バレンタインに捲簾特製のケーキ貰っちゃいましたから。ホワイトデーにお返しをプレゼントしようかなーって思いまして。捲簾、何か欲しいモノはありますか?」
危惧していた話とは違っていたので、捲簾は内心で胸を撫で下ろした。
しかし、安心は出来ない。
本当なら捲簾だってバレンタインに天蓬からプレゼントを沢山貰っていた。
片や自分はケーキを作ってあげただけ。
あれだけの至れり尽くせりから考えれば申し訳ないぐらいだ。
捲簾的にはホワイトデーのお返しなんて考えなくっていい、と言いたいところだが。
その話を出せば、必然的に天蓬のプレゼントに触れなければならない訳で。
捲簾だってヤブからヘビを突くような真似をするほど浅はかではない。
ひたすらどうやって話を逸らそうかと思案していると、天蓬は黙り込んでいる捲簾を不思議そうに見つめてきた。
「捲簾?」
「ん…うーん…いきなり言われても思いつかねーよ」
「そうですか?バレンタインの時は僕が勝手に思いついて贈ったから、今度は捲簾の欲しいモノをって考えたんですけど」

ギクッ。

僅かに捲簾の身体が強張る。

思い出すな〜何も思い出すなよぉ〜っっ!
余計なことはキッパリスッパリ忘れてくれてていいんだからなっ!!

捲簾は内心必死に祈る思いで懇願した。
「じゃぁ、何か欲しいモノが思いついたら早めに言って下さいね」
「あ…あぁ、分かった」
ぎこちなく捲簾が頷く。
早いトコ欲しいモノを思いついて天蓬の気を逸らさないとマズイ。
捲簾は頭の中でグルグルと色んなモノを思い浮かべる。
あまりどうでもいいモノを要求すれば、天蓬は不満に思うだろう。
それなりの見栄えで、プレゼントにふさわしいソコソコ高価なモノ。
仕事でだってこんなに頭は使わないという程、捲簾が必死の形相で思案している。
天蓬はニコニコと頬笑んで捲簾を眺めていた。

僕からのプレゼントをあんなに必死になって考えて。
捲簾ってば本っ当ぉに可愛らしいですねvvv

幸いなことに、天蓬は捲簾の葛藤など全く気づいていなかった。
ダラダラと脂汗を流しながら唸っていると、食事が運ばれてくる。
本日の日替わり定食。
天蓬がおかずのカツ煮に箸を付けようとしている間も、捲簾は腕を組んで考え込んでいた。
「捲簾。考えるのは後にして、食事来ましたよ?」
「へ?あ…そっか」
「冷めない内に食べましょうね」
そう言うと、天蓬は茶碗を手にとってモクモクと食事を始める。
捲簾も箸を取ると、いつも通り豪快に食べ出した。
「あ、天蓬も考えとけよ?お返し」
「え?お返し…ですか??」
天蓬はふと箸を止める。
「お前だってチョコくれただろ?」
この場合プレゼントのお返しだと捲簾は言わない。
あくまでもチョコのお返しだと強調した。
箸を持ったまま天蓬は目を見開くが、すぐ口元に笑みを浮かべる。

艶やかな、何かを含んだ妖しい微笑み。

天蓬は双眸を眇めると、捲簾の方へと身を乗り出した。
何となく嫌な予感がして、捲簾は眉を顰める。
「な…んだよ?」
「だって、僕へのプレゼントはもう決まってるじゃないですか」
「は?」
そんな約束何時しただろうか。
全く覚えていない捲簾が首を捻っていると、天蓬の笑みはますます深く意味深なモノに変わった。
テーブルの下に手を回して、捲簾の膝頭をゆっくり撫でる。
ピクッと捲簾が身体を硬直させると、更に天蓬が顔を寄せてきた。
「僕がバレンタインに贈ったモノ…使わせてくれる約束でしたよねぇ?」
内緒の睦言を、低く掠れた甘い声で囁く。
「あ…う…っ」
捲簾の顔が羞恥で真っ赤に染まった。
言われた瞬間天蓬に贈られた卑猥なモノの数々を思い出し、動揺のあまり言葉が出ない。

やっぱり覚えてやがったのかーっっ!!

捲簾は唇を噛み締めると、ぎこちなく天蓬から視線を逸らした。
恥ずかしそうに頬を染めて俯く捲簾の姿を、天蓬はウットリと蕩けた視線で見つめる。
「もちろん…忘れてませんよね?」
天蓬の掌が膝から内股へと滑って撫で上げた。
捲簾はいやらしく蠢く掌に、身体を小さく震わせる。
「天蓬…っ…こんなトコでっ」
目の縁を赤く染めて、捲簾がキツく睨め付けた。
身体の芯がじんわりと熱を上げ、一点に集中し始める。
覚えのある感覚に捲簾は焦った。
執拗に悪戯を仕掛ける指先を必死で払い除ける。
「てんぽっ…やめ…っ」
「忘れて、ませんよね?」
天蓬は艶然と微笑みながら、念を押した。
意志を持った指先が、確実に捲簾の股間へと伸びてくる。
「忘れてないっ!忘れてねーからっ!!」
「そうですかvvv」
捲簾が必死に叫ぶと、天蓬の指は呆気なく離れていった。
呆然とする捲簾へ、天蓬が嬉しそうに口元を上げる。
「…楽しみにしてますね」
天蓬は一瞬だけ獲物を見据える眼差しを向けると、何事もなかったように食事を再開した。
暫く固まったまま身動ぎしなかった捲簾が、ふっと身体から力を抜くとテーブルに項垂れる。
緊張で止まっていた鼓動が忙しなく昂ぶった。
頭の中で響いて、耳鳴りさえしてくる。

あんな顔、こんな場所でするんじゃねーよ…バカ。
自分を組み敷いて蹂躙する時の。
雄の本性丸出しの表情。
思い出すだけで皮膚が粟立つ。

一体俺はどんな目に遭わされるんだろう。

捲簾は沸き上がった熱と一緒に、深々と溜息を吐いた。
自他共に認める下半身に節操なく経験豊富な捲簾ではあったが、生憎とSM紛いのプレイは経験がない。
セックスするのに嗜虐的な趣向も求めなかったし、相手もしかり。
気持ち悦ければ大抵のことはオッケーだが、捲簾自身至ってノーマルな嗜好だと思っている。
所詮は挿れて吐き出すだけ。
退廃的で何も生み出さない、互いを空にするマイナスの行為。
それで充分だった。

考えてみれば、結構自分本位だったよなぁ。

もちろん相手が悦がって喘ぐ姿を見るのは、それなりに興奮する。
でも結局はそれさえも、自分がイク為に必要だったから。
それだけだ。
愛情なんか掛けられても邪魔なだけで、有り難迷惑。
吐精するのに上等な器があれば、あとはどうでも良かった。

まさか自分がこんなに誰かに執着して、際限なく欲しがって。
自分と同じだけ、いやそれ以上に求めて欲しい、独占して欲しい。
何も考えられなくなるぐらい愛して欲しいなんて。

「恐ろしすぎて天蓬には言えねぇ…」

つい捲簾は頬を引き攣らせて独り言ちた。
そんなことバラしたら最後、天蓬がどこまで暴走するのか想像を絶する。
「え?捲簾…僕が何ですか?」
昼食を終えてから入ったカフェ。
天蓬はカップを片手にきょとんとしている。
「ん?いや…何でもねーよ。お前が砂糖入れまくるから呆れてんの」
「えー?だってペットシュガー3つぐらい普通ですよ」
「…おえ、胸焼けがする」
「大袈裟ですねぇ」
天蓬が美味しそうにカフェオレを飲みながら小さく笑う。
どうにか誤魔化せたようだと、捲簾は心の中でホッと安堵した。



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