White day Attraction |
ゴクリ。 捲簾はカレンダーを睨みながら思わず息を飲む。 マジックを持つその指も何故か震えてた。 カレンダーの日付がやけに滲んで見える。 今朝は現実を受け止めたくなくて、本日の日課をしていなかった。 涙目をゴシゴシ擦ると、捲簾は意を決して今日の日付にバツを書き込む。 「…あと1日」 いよいよXディは明日に迫ってきた。 壁に手を付くと、反省のポーズでガックリと項垂れてしまう。 「本当にアレ…使う気なのかぁ?天蓬のヤツ」 望みは薄いにしても、つい自分の都合が良い方に懇願したくなる。 しかし。 昼に逢った天蓬は、何時になく上機嫌だった。 食事を取っている間、ずーっと笑顔を絶やさずハイテンションで。 かと思えば時折意味深な視線で、じっと捲簾を見つめてきたり。 あまりの恐ろしさに、捲簾はご飯のおかわりが出来なかった。 アレは間違いなくバレンタインの約束を覚えているに違いない。 「…逃げたい」 ポツリと泣き言を漏らしたところで、状況が変わる訳でも明日が来ない訳でもないが。 どんより暗くなっていると、クイクイと袖口が引っ張られる。 「パパどうしたの〜?お出かけするんでしょ??」 しっかりとコートを羽織って出かける準備をした簾が、不思議そうに捲簾を見上げていた。 我に返った捲簾が時間を確認する。 「あっ!もうこんな時間か。腹減ったか?」 「ううん?まだへーきだよ」 息子の小さな手を取ると、二人で玄関に向かった。 本日は買い物がてらに外で夕食を取る。 玄関先で簾が靴を履いている間に、捲簾も皮のコートを羽織った。 「靴履けたか?」 「うんっ!」 息子の元気な声に捲簾は笑みを浮かべる。 「じゃぁ、先に外出てろ〜」 自分も靴を履くと、戸締まりの確認をして電気を消した。 外に出てドアの鍵を閉めると、息子と手を繋ぐ。 「簾、何食いたい?」 「うーん…お魚が食べたいっ!」 「お魚ねぇ…じゃぁ折角外食するんだから、どーんと豪勢に寿司でも食うかっ!」 「おすし〜vvv」 余程嬉しいのか、簾がぴょんぴょんと跳ね回って喜んだ。 しかし。 捲簾は複雑な面持ちではしゃいでいる息子を眺める。 今日の目的は外食ではない。 明日に控えたホワイトデーのお返しを買いに出かけるからだ。 「…一体どれぐらい掛かるんだか」 ついぼやきたくもなる。 プレゼントする方も社会人なら義理チョコなどもあって大変かも知れないが、受け取る方のお返しはそれ以上に苦痛だ。 2〜3個ならまだしも、自分と簾が貰った分のお返しは優に100個はある。 予定外の散財もいいところだ。 しかも本命じゃないのに大金を叩かなければならないのが辛い。 簾はともかく、来年こそは断固拒否してやると捲簾は誓った。 杞憂はそれだけじゃない。 今年は本命のお返しを考えなければならなかった。 もっとも天蓬は捲簾から貰えるなら、コンビニで売ってる袋入りキャンディでも喜ぶだろうが。 捲簾だって男のプライドがある。 正真正銘惚れている相手に贈るモノを、ケチるつもりはない。 まぁ、本当なら天蓬へのお返しを、捲簾が今更頭を悩ませる必要は全くないらしいが。 その事を考えるとついつい溜息が零れるぐらいは勘弁して欲しい。 「ねーねー、パパ?」 「あー?どした?簾」 捲簾はチラッと助手席に座っている息子に視線を遣った。 シートベルトを弄りながら、簾はもじもじしている。 「んと…レンね?貯金箱のお小遣い全部持ってきたんだけど、天ちゃんセンセーのお返し買えるかなぁ」 息子の無邪気な疑問に、捲簾は口元を引き攣らせた。 簾には悪いと思いつつ、やっぱり何となく気分が悪い。 「はぁ…我が子に嫉妬してどうするんだか」 「え?なぁに??」 「な〜んでもねーよ。で?貯金箱にいくらあったんだ?」 信号で止まったので、捲簾は息子の方を覗き込んだ。 小さな指を折って、簾がポケットに入れたお金の数を数えている。 「えっと…500円玉が1枚と、100円玉が8枚と10円玉がいっぱいっ!」 さすがに10円玉の数が多すぎて数えてこなかったらしい。 捲簾は小さく笑った。 「じゃぁ1300円はあるんだな?大丈夫ちゃんとお返し買えるから」 「ほんと?よかったぁー…」 安心したのか、簾がほっと胸を撫で下ろす。 照れくさそうにふっくらした頬を染めて、大事そうにポケットを叩いてる姿を見つめると、捲簾としてはかなり複雑な心境に陥った。 大事な一人息子の可愛らしい初恋を成就させてやりたいのは親心としてあるが。 こればっかりはどうにもしてやれない。 「全く…そんな面食いで悪趣味な所まで俺に似なくってもいいのになぁ」 「めんくいって?」 聞き慣れない言葉に、簾がちょこんと首を傾げる。 不用意に呟いてしまった独り言を聞きつけられ、捲簾は笑顔が強張った。 「えーっとな?面食いってーのは〜綺麗なヒトが大好きってことだ」 別に本当のことを言っても問題ないので、捲簾も正直に答える。 何やら簾は腕を組んでうんうんと頷いた。 「そっかぁ〜レン綺麗なヒト好き〜♪天ちゃんセンセーとか八戒センセーも好きvvv」 よりによって選択したのがアイツらかよ。 捲簾は分かり易すぎて何だか目頭が熱くなってきた。 「ごじょちゃんもね〜綺麗なヒト大好きなんだってっ!」 「あぁ…悟浄はそうだろうよ」 「だから八戒センセーがだ〜い好きなんだって言ってたよ?」 「一目惚れだって言ってたしな」 「パパも?」 「あ?」 「だからパパも天ちゃんセンセーが大好きなの?」 息子からの鋭く的を射る突っ込みに、思わず喉を詰まらせる。 助手席からの無邪気すぎる視線が痛い。 息子相手に気恥ずかしいが仕方なかった。 捲簾は小さく深呼吸した。 「もちろん天蓬は大好きだぞ〜。確かにアイツはルックスだけは最上級だしな」 「…むずかしくて分かんないけど。パパも天ちゃんセンセーが大好きなんだよね」 「あぁ」 「天ちゃんセンセーって何だか可愛いよね〜vvv」 …子供にあの素っ頓狂な言動のヤツが可愛いって思えるモンのか? 捲簾はつい眉間に皺を寄せる。 子供の審美眼っていうのは謎だ。 確かに作為的にしろ、捲簾には天蓬の言動は可愛く思えるけど。 あばたもえくぼ、という自覚はあった。 「パパ?どうかしたの?」 「んぁ?あ…何でもねーよ。もうすぐ着くからな〜」 「うんっ!」 脚をぷらぷらさせている息子を眺めて思案する。 早く大きくなって、一時の気の迷いに気付いてくれ。 捲簾は切実に願った。 デパートの駐車場に車を止めて、捲簾は息子と手を繋いで店内へと入った。 そこで目にした光景は。 「すっごぉ〜い!お菓子がいっぱい売ってるね♪」 周囲に漂う甘い匂いに、簾はキラキラと瞳を輝かせた。 明日を本番に控えたホワイトデー特設会場。 可愛らしく飾り立てられたお菓子やプレゼント用の小物などが、かなりの売り場面積を支配している。 その場に集っている野郎連中。 しかしバレンタインの女性達のような殺気はない。 捲簾は何だかほっとして、簾の手を引き売り場をゆっくりと回る。 「保育園でもらったチョコのお返しも買わないとな〜?ちゃんと明日女の子達に渡すんだぞ?」 「………。」 「おーい?簾??」 簾は陳列されているお菓子に夢中で、捲簾の声が耳に入っていないようだ。 捲簾は苦笑すると、キョロキョロと辺りの棚に視線を巡らせる。 「適度な値段で、そこそこ見栄えのするヤツってどれかなー?」 さすがに大量購入するとなると、予算は限られている。 商品を手にとっては考えながら、売り場内を歩き回った。 「ん?コレなら結構いいかな?問題は数か」 捲簾が目を付けたのは可愛らしいケースに入ったキャンディ。 余計な揉め事が起きないように、全てを同じモノで揃えなければならない。 とりあえず店員に確かめてみることにした。 「すんません。コレなんだけど〜」 「はい。こちらの商品ですか?」 「そう。それって50個あるかな?」 「ご…50個ですかっ!?」 さすがに店員の声が驚愕で裏返る。 「うん、50個。全部同じモノじゃないとマズイんだよね〜アッハッハッ」 「しょっ少々お待ち下さい…っ!」 店員は頭を下げると、在庫の確認に走っていった。 「パパは決まったのー?」 注文していた父親を簾が見上げる。 「今のは簾が保育園で明日お返しする分だ。バレンタインに女の子からいっぱいチョコ貰っただろう?ちゃんと明日保育園でありがとうってお返しするんだぞ?」 「うん。分かった〜」 捲簾が言い聞かせるのに、簾はコクリと頷いた。 少し待つと、先程の店員が段ボール箱を台車に載せて戻ってくる。 「えっと50個でしたよね?こちらの箱で50個になりますけどっ!」 さすがに大量なので、持っては歩けないらしい。 どうせなら自分のお返し分も一緒に買った方が良さそうだ。 捲簾は同じ棚にディスプレイされてある箱を手に取った。 先程のと違ってこちらはシンプルだが、お洒落なケースに入ってる。 「あとコレなんだけどさぁ〜。これも50個欲しいんだけど?」 「えぇーっ!?そ…そちらも50個ですかっ!?」 周りにいた店員も唖然として捲簾を見つめた。 若い女性店員は何故だか頬を染めて、捲簾にウットリ見惚れているようだが。 同じ様に熱い視線を送る年齢も様々な女性店員達と、羨望と嫉妬の混じった男性連中の視線が一気に捲簾へと集中する。 しかし、捲簾はいちいち気にしない。 「で?在庫はある?」 「えっとっ!確認して参りますのでもう少々お待ち下さいっ!」 またもや店員は在庫を探しに戻ってきた道を走っていった。 慌てて走り去る店員の後ろ姿を、簾がじっと見つめる。 「あのお兄ちゃんまた走ってったよ?パパ今度は何買うのー?」 「ん?今度はパパが会社で貰ったチョコのお返しだ」 「あっ!何かいっぱいあったよね?天ちゃんセンセーが全部食べてたけど」 「…俺は甘いのダメだからな」 結局捲簾が貰ってきたチョコは、ほとんど天蓬が食べて処分した。 天蓬の豪快な食べっぷりに、見ている自分の方が胸焼けしたのを思い出す。 それでも全部食べさせるのは無理だろうと、適当に何個かは悟浄に押しつけた。 悟浄も甘い物は苦手なので、多分八戒の胃袋へと直行しただろう。 そうして多量のチョコをどうにか全部消費したのだ。 ボンヤリ待っていると、またもや台車に段ボールを載せて戻ってきた。 「こちらで先程と同じように50個になりますが」 「あ、じゃぁ…さっきの合わせて100個会計して」 「畏まりましたっ!」 「あぁ、それとさ。さすがにコレ持って歩けねーから、このまま台車で車に積みてーんだけど?」 「それでしたら車までお持ちしますので」 「そ?んじゃ頼むよ」 捲簾は財布を取り出すと、とりあえず100個分の会計を済ませる。 脚にしがみ付いている簾へ視線を落とすと、ニッコリ笑った。 「簾?先にコレ車に積むからさ。天蓬へのお返しはそれからでいいよな?」 「うんっ!」 周囲の視線を一身に受けながら、捲簾は店員を引き連れて駐車場へと向かう。 捲簾達の姿が売り場から見えなくなると、店員達は一斉にはしゃぎだした。 「すごいわよね〜っ!お返しが100個なんてっ!」 「モテ過ぎるのも大変だよなぁ〜。普通義理にあんな金使いたくねーよ」 「でも子連れだろ?結婚しててもモテるって羨ましくね?」 「アレだけ格好良ければいいのよっ!はぁ…うちにもあんなに格好いいヒト居ればなぁ」 「…さすがに張り合う気も起きねーな。あれだけ男前だと」 店員達がワイワイ騒いでいると、台車を押した店員と共にまたもや噂の親子が戻ってきた。 え?あれだけ買ったのにまだ何かっ!? 店員達は好奇心を隠そうともせずに、捲簾を観察する。 「さてと。今度は天蓬のお返し選ぼうな〜」 「天ちゃんセンセー、どんなのがいいかなぁ?」 「あー?簾がいいなっていうのを選べば、アイツは喜ぶと思うぞ?」 「そっか…じゃぁ一生懸命えらぼーっとvvv」 簾はニッコリと父親に微笑んだ。 「俺も探すかな〜。いっそ量がいっぱいある方がアイツは喜びそうだけど」 品物がよく見えるようにと、捲簾は息子を抱き上げる。 どうやらまだ買うらしい。 ソックリ親子が嬉々として品定めしている姿を、店員達は呆然と見つめた。 |
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