White day Attraction |
「…何だかスゴイことになってますねぇ」 開口一番、悟浄の手荷物を眺めて八戒はまん丸く目を見開いた。 目の前に置かれた段ボール箱には、可愛らしくラッピングされた箱がギッチリ詰まっている。 確かに。 園の女の子全員分のお返しともなればやっぱりこんなスゴイコトになるんだ。と、八戒は改めて実感する。 それでも想像の範疇を軽く超えていた。 「さすがにこれだけの量だと、相当お金掛かったんじゃないですか?」 「だろうなぁ。ケン兄冬のボーナス切り崩したってぼやいてたし」 「ボーナスを…何だか大変ですよねぇ。こういうコトもあるなら、やっぱり来年からは考えた方がいいんでしょうか?」 八戒としてはあまり無粋な真似をしたくなかったが、ここまで大袈裟になると保護者にとっては負担にしかならないだろう。 ましてやチョコを貰った当の簾が好きなのは、可愛らしい女の子ではなく。 どこをどう道を外して寄り道してしまったのかアノ天蓬だと言うし。 散財しなければならないような慣習は控えた方がイイに決まってる。 「んー、いいんじゃねーの?まぁ、今回はケン兄にとっては色んな意味で打撃だったけど。要は簾に好きな子が居るって言えば、来年からはココまでにはならねーんじゃね?」 悟浄は暢気に声を上げて笑った。 「まぁ…そうなんでしょうけど。でもその好きな子が問題アリじゃないですかぁ」 「別に天蓬だってバレなけりゃいーんだろ?何、アイツってばココで面割れてるの?」 「え?天ちゃんが何ですか??」 悟浄の言っている意味が分からず、八戒は首を傾げる。 「だからぁ〜天蓬のコト、ココで知ってるヤツ居るの?八戒の従兄だって」 「あぁ、それは無いです。天ちゃんココには一度も来たことありませんから」 漸く悟浄が何を言わんとしているのかが分かった。 結局、簾には好きな子がいるけど、何処の誰だか分からなければ早々揉め事も起こらない、ということだ。 「ったくなぁ〜簾はケン兄と違って、天然オンナ殺しだから大変だよ」 「…この年で確信犯だったらコワイです」 「ん?レンがなぁに〜??」 自分のことが話題になって、簾は二人をキョロキョロと見上げる。 無邪気な愛らしさに、捲簾譲りの整った顔。 ある意味、性悪な天蓬より上手かも知れない。 悟浄は深々と溜息を零した。 これで成長したらどんなタラシに成長するのか。 ケン兄より将来有望かもと、悟浄は密かに感嘆した。 「簾クンは誰にでも平等に優しいですからねぇ…」 「まぁ、その辺もケン兄譲りかもな。誰にでもそうだから、遊んでても女同士で揉めることなかったみてぇだし」 「そういうのを優しさって言うんですか?」 納得いかないのか、八戒は僅かに顔を顰めた。 生真面目な八戒には、そういう都合の良い駆け引きめいた『優しさ』が理解出来ないのだろう。 悟浄は肩を竦めて、口端を上げる。 「相手が納得ずくなんだからいいんだよ。そうじゃなきゃ、ケン兄は相手しねーし」 「何か…そういうのって…僕は嫌いです」 憮然とした表情で、八戒が呟いた。 八戒の恋愛観では遊びで付き合うなんてありえない。 ただでさえ多感な思春期に天蓬の悪癖を見たくなくても見せられ、下手をすれば巻き込まれて尻ぬぐいまでさせられていた。 八戒にとって天蓬はある意味で反面教師。 自分は絶対天蓬のような恋愛はしない。と、頑なに誓う程度にはトラウマになった。 人の好意を面白そうに弄んで、飽きたら見向きもしない。 八戒には天蓬の言う『恋愛ごっこ』の何が楽しいのか分からなかった。 「…何、天蓬ってそんなにスゴかったの?」 不機嫌そうな八戒の愚痴を聞いてるうちに、悟浄の頬が引き攣ってくる。 アイツ…ケン兄と良い勝負なんじゃねーか? 正真正銘、似た者同士だった訳だ。 「天ちゃんみたいに不誠実な人って、そうそう居ないと思ってたんですけど…捲簾さんもそうだったんですか?」 チラッと八戒は簾を伺ってから、小さな声で悟浄に呟く。 悟浄は空を見上げつつ思案した。 恋愛潔癖性な八戒に言ってもいいものか。 一概に天蓬を否定できないところが悟浄にはあった。 年齢的に天蓬や捲簾の比ではないが、八戒と出逢う以前の悟浄はご同類だった訳で。 まぁ、敢えて『やぶ蛇』になるつもりはない。 八戒が不快な思いをするなら、言う必要もないことだ。 今の悟浄は八戒が全てだから。 自分の状況はさておき、捲簾は一応悟浄にとって大切な兄。 天蓬はどうでもいいけど…というか、全く良心の呵責もないだろうし弁護の仕様もないが、捲簾についてはマズイだろう。 「あー…どうかな?経験値で言ったら、似たようなモンだけどさ。でも天蓬とケン兄とじゃ決定的な違いがあるな」 「天ちゃんと捲簾さんの違い?」 八戒は不思議そうに目を丸くする。 「そ。ケン兄は自分に本気で惚れてるオンナには遊びで一切手を出したことねーよ?ケン兄ってフェミニストだから最初っから期待なんか持たせないし、最初っから自分のカラダ目当てのオンナだけしか相手にしない。だけど、天蓬は相手が自分をどう思ってようがお構いなし。自分が良ければいいんだろ?だから相手が悦ぼうが傷つこうがどうでもいい、と」 「悟浄…何で知ってるんですか?」 天蓬の悪行を見ていたかのような悟浄の言葉に、八戒は思いっきり驚いた。 驚愕のあまり固まっている八戒に、悟浄は何となくバツが悪い。 「そんなの八戒の話聞いてれば推測できるって。自分だけに都合イイ考え方は今だってそうじゃん?」 「でも…前より酷くなってる気がするんですよねぇ」 「あ、それはケン兄のせい。結局天蓬に弱いんだから…ケン兄が甘やかすから調子ぶっこいて増長してんだよ」 「もぅ…捲簾さんに天ちゃんをキッチリ躾て貰わないと。また何時人様にご迷惑を掛けるかと思うと」 八戒は深々と溜息を零しながら、額を押さえた。 悟浄はククッと喉で笑う。 「悟浄ぉ〜笑い事じゃないですっ!」 「いや、そりゃ八戒心配しすぎじゃね?」 「天ちゃんには心配しすぎで丁度良いぐらいですよ」 「それは前の天蓬が、だろ?だって今はアイツって全神経がケン兄にしか向いてねーじゃん。どうせ心配するならケン兄の忍耐力だと思うけど〜」 「確かに…ソッチの方が切実な問題ですね」 「だろ?」 ニッと口端を上げて、悟浄が笑った。 八戒も苦笑を零して肩を竦める。 二人は顔を見合わせると、プッと同時に噴き出した。 悟浄は腹を抱えて笑い出す。 「ったくよぉ〜!な〜んで俺らがこんなに心配しなきゃなんねーのよ?」 「あっはっはっ!ですよねぇ〜」 八戒も笑いすぎで滲んできた涙を指で拭った。 いきなり笑い出した二人を、簾はじっと見上げる。 「ねぇねぇ。何で笑ってるのぉ?」 簾はプクッと頬を膨らませて、八戒のエプロンをグイッと引っ張った。 二人が楽しそうなのに、仲間はずれになっているのがつまらないようだ。 悟浄はしゃがみこんで簾と目線を合わせる。 「俺と八戒とで、ケン兄と天蓬のお付き合いについて、作戦会議してたのー♪」 「さくせんかいぎ?」 意味が分からず、簾はきょとんと目を丸くする。 「しっ!簾、声がデカイ…今のは誰にも内緒な秘密の会議なんだ」 「秘密なの?」 大袈裟に当たりをキョロキョロ伺う悟浄を見て、簾は胸がドキドキしてきた。 八戒はただ呆れ返って悟浄を見下ろす。 「悟浄…何馬鹿なことを簾クンに」 「いいか?簾。ココで俺と八戒はケン兄と天蓬達がいかに平和に仲良くラブラブにお付き合いできるか作戦を立ててるんだ」 悟浄がわざと声を潜めて簾に耳打ちする。 「そうなの?秘密の作戦なんだっ!」 簾の瞳が好奇心でキラキラと輝いた。 「そうだ。簾も偶然とはいえ作戦を聞いたんだから、俺らの仲間だ。いいか?秘密だからぜってぇケン兄や天蓬にも秘密作戦は言っちゃダメだぞ?男の約束守れるか?」 「うんっ!守るっ!」 元気に返事をすると、簾が拳を振り上げる。 コトの展開を黙って見守っていた八戒は、呆れすぎて開いた口が塞がらない。 さっきの話のドコが作戦会議なのか? お互い敬礼しあってはしゃいでいる悟浄と簾から視線を外すと、腕時計を眺めた。 「うわっ!ちょっと悟浄!!」 「あ?八戒隊員どうした?」 「誰が隊員なんですかっ!もう時間です。簾クンも早く中に入らないと」 「あれ?そぉ〜んなに時間経ってた?」 夢中になって話していたせいか、時間の感覚がいい加減になっている。 悟浄も慌てて時計を見れば、既に20分経っていた。 「それじゃ、簾クン。園に入りましょうか〜」 八戒はニッコリ微笑むと、足許に置かれていた段ボール箱をヒョイっと軽々持ち上げる。 楽々と箱を抱える八戒に、悟浄は驚愕で目を見開いた。 あのクソ重い箱を、何であっさり持ち上げられるんだっ!? ぽかんと口を開けて呆然としている悟浄を八戒が振り返る。 「そうだ、悟浄。今日の予定…なんて顔してるんですか」 「あ?」 「そんなに口開けて…男前が台無しですよ」 「うっ!」 我に返った悟浄は慌てて口を閉じ、恥ずかしさで顔を真っ赤に染めた。 「まぁ、そういう悟浄は可愛いので僕的にはいいんですけどvvv」 「八戒はアホ面の俺が好きなのか?」 「どんな悟浄でも好きだってことです」 「はぁ〜っかいぃ〜vvv」 うるうると瞳を輝かせながら、悟浄が両手を広げて八戒に突進する。 が。 「ココは天下の往来ですよ、悟浄ってば♪」 「ぐあっ!?」 八戒は抱えた段ボール箱を振り回し、悟浄の身体を思いっきり吹っ飛ばした。 「これも愛の鞭…教育的指導ですよvvv」 「俺…SMに興味ねーから鞭はいらないんですけどぉ〜」 地面にへばり付きながら、悟浄はしくしくと泣き崩れる。 「じゃぁ、後で『飴』をあげましょうね」 クスッと笑いを漏らして、八戒が双眸を眇めた。 ゾクゾクと悟浄の背筋に悪寒が走る。 『鞭』の次は『飴』って…俺を調教でもしたいのか? 八戒の調教…か。 グルグルと色んな八戒を想像して、悟浄はポッと頬を赤らめた。 何を期待してるんだ、悟浄。 不気味な含み笑いを漏らして地面にのの字を描いている悟浄を、簾が引っ張って立ち上がらせる。 「ごじょちゃん、へーき?痛くない??」 挙動不審な悟浄を見て、簾はぶつけて可笑しくなったと思ったようだ。 心配そうにじっと見上げてくる。 「おぅっ!大丈夫だって!」 「ほんとに〜?」 悟浄の脚にしがみ付く簾の頭を、悟浄は笑ってガシガシと撫でた。 「それじゃ、簾クン行きますよ〜」 「はぁ〜い♪」 「あ、八戒っ!今日何時ぐらいに終わる?」 「は?えっと…いつも通りですよ。夕方には終わります」 「そっか。じゃぁ終わったら迎えにいこっか?俺丁度買い物出てるから、帰りに寄るけど?」 八戒が来ると信じて疑わない悟浄の態度。 そんな自分の居る日常を当たり前に感じてくれている悟浄に、八戒は嬉しくてはにかむように微笑んだ。 「僕夕食の買い物して行きますから、直接悟浄のところお邪魔しますよ。その方がお互い時間が掛からないでしょ?」 「そう?八戒がそれでいいなら」 「だから、僕のこと待ってて下さいね?」 ちょこんと首を傾げて強請ってくる八戒に、悟浄は顔を真っ赤にする。 かっかかかか可愛いーーーっっ!!! 「八戒…っ!」 「悟浄、コレ脳天に落とされたいですか?」 悟浄の行動などお見通しの八戒は、抱き締めようと一歩踏み出した瞬間恐ろしい脅しを掛けた。 あんな重たい段ボールを頭に落とされたら、間違いなく首が折れる。 悟浄が顔面を強張らせて硬直していると、スススと八戒が近付いた。 ちゅぅ〜。 不意打ちで八戒に唇を吸われる。 「はぁ〜っかいぃぃ〜っ!!!」 ギュッと股間を押さえて、悟浄は地面にしゃがみ込んだ。 悟浄が外でサカると散々嫌がるのに、八戒自身が煽るのは別に気にしないらしい。 自分に対する都合の良さは、やはり天蓬の血縁者。 恨めしそうに悟浄が上目遣いで八戒を睨め付ける。 「続きは後ですよ〜あははは♪」 「てめぇっ!ざけんなっ!ビンビンに勃っちまっただろっ!責任持ってどーしかしてけーっっ!!」 涙目で喚く悟浄を八戒は振り返り、蕩けるような極上笑顔を浮かべた。 思わずゴクリと悟浄は喉を鳴らす。 「だって勃っちゃったのは、悟浄が簡単に欲情しちゃうからですよ〜?イイ子だから夜まで我慢しましょうね〜vvv」 「よりによって俺を淫乱扱いする気かああぁぁっっ!!」 テクテクと簾を連れて園の中庭まで歩いていた八戒は、また振り返って小さく首を傾げる。 「…違うんですか?」 「――――――っっ!!?」 撃沈。 その場で踞って項垂れる悟浄をそのままにして、八戒は簾と仲良く園内に入っていった。 |
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