White day Attraction



長閑なお昼時。
何故か捲簾宅のドアがガチャンと開いた。
「まいったーっ!今日寒いじゃんっ!!」
不法侵入してきたのは悟浄。
預かっている合い鍵を使って、勝手にお邪魔する。
時計を見ると1時ちょっと前。
八戒へホワイトデーのお返しを買いに行こうと、悟浄は自宅で出かける準備をしていた。
ところが。
自宅でクロゼットを開けると、お気に入りのライダースジャケットが見当たらない。
他にしまい込んでいる訳は無いし、入れるとしたらこのクロゼットしか考えられなかった。
腕を組んで悟浄が唸りながら考え込む。
「何で無いんだぁ〜?」
普段の悟浄は、身軽にバイクで移動していた。
車を使うのは簾を連れている時と、荷物のある八戒を迎えに行く時ぐらい。
大学やその辺へ買い物に出かける時は、大抵バイクを使っていた。
そうなると当然コートなんか邪魔で来ていられない。
何着かバイクで出かける用に上着を持っているが、その中でも一番のお気に入りが無かった。
着ている物をどこかで無くして今まで気づかないとは考えにくい。
と、なると。
悟浄は思い出そうと唸っていたが、ふいに思い出した。
「そっか!この前ケン兄がクリーニング出すって言うから、ついでに頼んだんだっ!」
確かあれは先週だ。
いいかげんクリーニングから捲簾が引き取ってきているはず。
「ケン兄〜俺に返すの忘れて、どっかにしまい込んでるな」
そうと分かれば話は早い。
悟浄は財布とキーを取ると、捲簾宅へと向かったのだ。
勝手知ったる身内の家。
悟浄は迷いもせずに、捲簾が寝室に使ってる部屋へ入った。
相変わらず物も少なくきちんと整理整頓されていて、男の部屋にしては綺麗すぎるぐらいだ。
その辺は八戒と似てるな、と悟浄は苦笑を零す。
ざっと部屋を見渡しても、悟浄のライダースジャケットは掛かっていない。
リビングにも置いてある形跡はなかった。
そうなると、残るはクロゼット。
悟浄は鼻歌交じりにクロゼットを全開にした。
悟浄ほど衣装持ちじゃないにしても、結構な数の服がズラリと掛けられている。
仕事用のスーツから普段着用のジャケット類まで、それなりに高価でセンスの良い物が並んでいた。
悟浄は端からハンガーをずらして、お目当てのジャケットを探し出す。
「コレじゃねーし…コレ、でもねぇな。お?ケン兄イイの持ってんじゃん!今度借りよ〜っと♪まぁ、それはいいとして〜コレ、でもないし…コレ?あっ!あったーっ!」
漸く探していたお目当てのライダースジャケットを発見した。
まだクリーニングの袋に入ったままになっている。
悟浄はクロゼットから取り出すと、ジャケットをベッドの上へと放り投げた。
「よしよし。さてと、出かけようかなー…と」
クロゼットを閉じようとした悟浄の動きがピタッと止まる。
視線はクロゼットの下方へ注がれていた。

「…この段ボール、何だ?」

見慣れない段ボール箱がクロゼットの下へ収まっている。
悟浄はクロゼットをじっと見渡して、不審げに眉を顰めた。

明らかにおかしい。

あの整理整頓にマメな捲簾が、無造作に段ボール箱のままでクロゼットにしまい込んでいる事自体、普通ではあり得なかった。
こんなところを開けるのは、常識的に考えれば捲簾だけだ。
悟浄だってジャケットを探す目的が無ければ、わざわざクロゼットを開けようとは思わない。

と、言うことは。
普段人目に触れられたくないモノが入っているということになる。
勿論、身内の悟浄にさえも。
捲簾は誰にも見られたくないのだ。

「………。」
悟浄の口端が楽しげにニンマリと上がった。
マズイと思いながらも、つい好奇心でワクワクしてくる。
チラッと腕時計に視線を落とした。
「ま、ちょっとぐらい大丈夫だよな?決まってるプレゼント買うのにそんな時間はかかんねーし〜?ちょこぉ〜っと覗いて確認するだけだから〜」
悟浄は誰も訊いてないのに言い訳しながら、慎重に段ボール箱をクロゼットから出した。
持ち上げてみると、見た目より結構重さがある。
一体ナニが入っているのか?
悟浄の好奇心が刺激されてどんどん膨らんでいく。
幸い段ボールにはテープで封はされていなかった。
これなら開けても元の位置に戻しておけば、中身を見たとはバレないだろう。
「さ・て・と♪ケン兄はナニ隠しちゃってんのかなぁ〜?いやん、ごじょドッキドキー♪」
悟浄は上機嫌で浮かれつつ、段ボールの蓋をパカッと開いた。

「…何だ?コレ??」

乱雑に突っ込んであるだけのモノは、ぱっと見でよく分からない。
何やら金属や革製品の様ではあるが。
アクセサリーにしてはゴツ過ぎる。
箱の大きさからしても違うだろう。
悟浄はしきりに首を捻って、箱の中を観察した。
しかしゴチャゴチャとただ突っ込んであるだけのモノは、見た目じゃ分かりづらい。
「何だろうなぁ…コレ。健康器具でもトレーニング器具でも無さそうだし」
眺めて悩んでいても気になるので、悟浄は推理することを諦めて箱の中に手を入れた。
箱の中でカチャカチャと金属のぶつかる音がする。
意を決して、悟浄が箱の中から掴んだモノを持ち上げた。

ぷら〜ん。

「……………あ?」

悟浄の右手。
短めの鎖にぶら下がる、革製の輪っかが2つ。
ご丁寧に施錠まで付いている。
そして左手には。
何やら革製のベルトに穴の開いたボールがくっついている。
悟浄の顔色はさーっと青くなり、頬を引き攣らせて痙攣した。
「こ…コレってっ!?」
両手に持った怪しげな器具を放り投げると、悟浄はさらに箱の中身を確認する。
「もしかして…コレ全部っ!?」
悟浄は慌てて箱をひっくり返した。
派手な音を立てて、床に全てをぶちまける。
「うぎゃーっ!?何だよコレーッッ!!!」
出るわ出るわ。
頑丈そうな皮と金属製品のオンパレード。
複雑に絡み合った革のベルトは、身体のあちこちを拘束する為のモノ。
両手に持ってビロ〜ンと拡げてみると、上半身の形になった。
ドコをどういう風に締め上げるのかが分かってしまい、悟浄はカッと頬を紅潮させる。
「コレは腕だろ?で胸を通って…腹に脚の付け根で…この細いトコは位置からいって当然…アソコ?うげっ!マジかああぁぁっ!!」
革製ベルトのボンデージに、悟浄は一人はしゃいでしまう。
足枷手枷に口枷まで。
拘束具が一式オンパーレド。
しかもそれだけではなかった。
コレまた悟浄にも見覚えのあるモノまでゴロゴロ揃っている。
「うっへぇ!ナニこの真っ黒い極太バイブーっ!!うわっ!アナル用まであんのかっ!何本あるんだよぉ〜!ローターまでこんなに沢山?ドコに押し当てる気なんだぁ!?」
異常な量のアダルトグッズに、悟浄もさすがに呆れ返った。
床に座り込んだ自分の周りの異質な光景に眩暈がしてくる。
それにしても。

「…まさかケン兄が?」

悟浄の眉間に思いっきり皺が寄った。
しかし、すぐに首を振る。
「違うな。ケン兄にこんな性癖があるなんて聞いてねぇし。ましてや今付き合ってるのはアノ天蓬…と、言うことは」
100%天蓬が買い揃えてきたモノだろう。
何がどういう展開になって、捲簾が隠し持つ羽目になったのか。
簡単に想像がついてしまい、悟浄は熱くなる目頭を押さえた。
絶対天蓬に有無を言わさず押し切られたに決まってる。
「こんなモン使って、夜な夜なケン兄は天蓬に…うううっ」
こんなプレイを強要されているだろう兄が不憫で仕方ない。
天蓬にやたらと甘い捲簾のこと。
どうせ天蓬得意の『甘えて上目遣いで泣き落とし』攻撃に絆されてしまったのだろう。
悟浄は深々と溜息を零した。
「それにしても…ケン兄マジでコレ使わされちゃってるのかぁ〜?」
床に転がっている足枷を取ると、ジャラジャラと振り回す。
持ってみると、結構ズッシリと重さがある。
ちゃちな安物ではないらしい。
持っている足枷を悟浄はマジマジと観察した。
何だか真新しい感じがする。
皮の感触も硬いままだし、これといって妖しげな染みや汚れも見当たらない。
どうやらまだ使われてはないようだ。
乱雑に箱へ突っ込んであったので、てっきり使用済みかと思ったけど。
何となく安堵して、悟浄は胸を撫で下ろした。
兄たちの性生活に口出しする気はないが、こういうモノはきっちり隠し通して欲しい。
今まで悟浄は捲簾の生々しい部分など、女性相手の時にだっていちいち想像なんかしたことなかった。
ましてや、天蓬に抱かれている捲簾など想像の範疇を超えている。
別に兄を美化しているつもりもないが、出来るなら知りたくない。
捲簾だって弟には知られたくないだろう。

あの捲簾が。
こんなモノで拘束されて。
悦んで喘いでいる姿なんて。

難しい顔をして腕を組むと、悟浄は頻りに頭を振った。
「…ぜぇ〜んぜん思い浮かばねーわ」
悟浄が苛立たしげにガシガシと髪を掻き回す。
第一、あの百戦錬磨の捲簾が天蓬に翻弄されてひーひー言わされてる事自体、悟浄としては未だに疑問だった。
チラッと革製のボンデージに視線を落とす。
確かに、捲簾にはこういうのが似合うかも知れない。
「あのケン兄の引き締まった身体を、コレでキリキリ締め上げたいんだろ〜なぁ、天蓬は」
簡単に分かってしまう所が、ヤな感じだ。
天蓬だとそういう性癖もアリだな、と納得出来てしまう。
まぁ、何にせよ。
捲簾が了承しているのなら、悟浄がいちいち出しゃばることもないだろう。
何も見なかったことにした方が得策だ。
もし悟浄が余計な詮索や捲簾に忠告でもしようものなら。
天蓬にどんな悪辣な報復を受けるか。
「こういうことは当人同士の問題だ。俺は何も知らない、見なかった。うんうん」
一人で納得して頷くと、悟浄は出した卑猥な品々を元の段ボール箱へと戻す。
何をどうやって入れていたかは、捲簾だっていちいち覚えていないだろう。
悟浄は何も考えずに適当に放り込んだ。
「で、後はコイツを戻してっと」
最後に残ったのは、革製のボンデージ。
箱に放り込もうとした悟浄の手がふいに止まった。
再度持ち上げてビロ〜ンと広げて眺める。
「…八戒にも似合いそうかも?」
ボンデージを握り締めたまま、悟浄はぼんやり想像し始めた。

『や…こんなっ…恥ずかし…っ』
八戒の全身が羞恥で色付く。
白く細身の身体に、食い込む革ベルト。
両手足の自由も枷で拘束されて身動きが取れない。
悟浄の卑猥な視線から逃れようと、八戒はもじもじと身体をくねらせた。
閉じることを許されない綺麗な唇からは、唾液が滴って顎から首筋まで濡らしている。
下肢へ視線を落とせば、八戒の雄は濡れながらヒクヒクと屹立していた。
悟浄に視姦されてるだけで、感じているらしい。
『八戒…すっげ可愛い』
双眸を眇めると、悟浄は興奮で乾いた唇をペロリと舐めた。
胸を喘がせている八戒の声が聞きたくて、悟浄は噛ませていたギャグを取り外す。
『ごじょ…っ…もぅ…イヤで…すっ』
あまりの恥ずかしさで、八戒の瞳からは涙が溢れてくる。
『嘘付け。イイんだろ?八戒のココ…すっげぇ勃ってるじゃん』
『あ…そんなこと…っ…言わないでっ』
『もっともっと…恥ずかしいコト、シテ欲しい?』
『ふ…っ…』
八戒は拒絶するように、緩く首を振った。
頭では否定しているのに、身体は勝手に熱を上げて感じてしまう。
八戒の扇情的な姿態に、悟浄はゴクリと喉を鳴らした。

「あ…ヤベ…っ」
ハッと我に返った悟浄は、ズキズキと脈動する股間を押さえ込んだ。
八戒を拘束するのを想像しただけで、思いっきり勃起してしまう。
片手で股間を握り締めながら、悟浄はう〜んと唸った。
「…結構イイなぁ。今度俺も買ってこよっかなー」
不気味な含み笑いを漏らして、悟浄は楽しげに身体を揺らす。

しかし。
悟浄は分かっていなかった。

そんなモノを与えれば、八戒がどういう反応をするか、と。
すっかり自分に都合良く、八戒の性質を失念している。
「今度天蓬にイイ店紹介してもらおーっと♪」
悟浄は自分こそが拘束されるとは考えもせず、勝手に墓穴を掘ろうとしていた。



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