White day Attraction |
兄が茫然自失で自己逃避している頃、弟は。 「…八戒早く来ねぇかなー♪」 自室のリビングに座り込んでそわそわと落ち着かないでいた。 傍らには綺麗にラッピングされた大きな箱が。 ついさっき注文していたものが宅配便で届いたのだ。 何度も立ったり座ったり。 リビングやダイニング、寝室の間をウロウロ歩き回り。 5分おきに玄関ドアを開けては外の様子を窺うという挙動不審っぷり。 八戒が訪ねてくるのを今か今かと待ち侘びていた。 すると。 ピンポーン♪ 玄関チャイムの軽快な音が響く。 悟浄はインターフォンも取らずに、玄関へ猛ダッシュした。 相手を確かめもせずにドアを全開にする。 「はっかいぃ〜vvv」 「うわーっ!?」 ドアが開いた途端に突進してきた身体に、八戒は弾き飛ばされた。 ふいを突かれてせいで足許がよろめき、背後の壁に後頭部を派手に打ち付ける。 そのまま壁際に押さえ込まれて抱き竦められ、悟浄はスリスリと八戒の首筋に額を擦りつけた。 「あ〜ん、もぅっ!逢いたかったよーん!八戒ぃ〜vvv」 「…何の嫌がらせですか、これは」 「えっ?」 物騒な視線でキツく睨み付けられ、悟浄は頬を引き攣らせる。 八戒は身体を起こすと、打ち付けた後頭部に手を遣った。 「痛っ!もぉっ!コブになってるじゃないですかぁっ!!」 「えっ!うっそ!?」 悟浄の顔がサーッと青くなる。 「全く…熱烈歓迎は大変嬉しいんですけど、限度って言うモノがあるでしょう!」 顔を顰めて頭を押さえる八戒に説教されて、悟浄はしゅんと落ち込んだ。 そんなつもりはなかったけど。 ただ八戒に逢えるのが嬉しくて、ついつい羽目を外しすぎたようだ。 トレードマークの髪触覚まで垂れ下げて俯いていると、八戒の小さな溜息が聞こえてくる。 メチャクチャ呆れ返ってるのかもしれない。 そう思うと、悟浄はますます視線を落として項垂れた。 「…はい、悟浄」 いきなり八戒は大きな袋を悟浄へと押しつける。 咄嗟に受け取って、悟浄は慌てて視線を上げた。 目の前には笑顔の八戒。 「僕、コブを冷やしたいので。悟浄が荷物の整理して下さいね?生ものも入ってますから早く冷蔵庫に入れないとダメですよ?」 普段と変わりない八戒の様子に、悟浄は目を丸くしてポカンとする。 八戒は荷物を抱えたまま動かない悟浄の肩を軽く押して、部屋の中へと入っていった。 「ほら、何ぼけーっとしてしてるんですか?寒いから早く入りましょう」 「あ…うんっ!」 もう八戒が怒っていないと漸く分かった悟浄は、嬉しそうに笑うとスキップしながらダイニングへ向かう。 案外と現金なモンだ。 悟浄のそういうトコロも憎めないし可愛いと思っているので、八戒は口元を緩めながら後を付いていった。 「悟浄、湿布か何か…冷やすモノありますか?」 「あっ…えーっと。冷えピタでいい?」 「それでいいですよ。救急箱の中ですか?」 「リビングの棚の…あの箱」 とりあえず買い物袋をテーブルへ置くと、悟浄が救急箱の置いてある棚を指差す。 スチール製棚の上の方に同じスチール製の箱が置いてあった。 八戒は救急箱を取るためリビングに入る。 すると。 八戒は目の前に置かれているモノを見つけて、目を丸くした。 リビングのど真ん中にドンと大きな箱が置いてあり、部屋を占領している。 綺麗にラッピングされてある箱には、グリーンのサテンリボンが可愛く結ばれていた。 そこからどう見てもプレゼント。 しかも今日はホワイトデー。 ラッピングは八戒の瞳に合わせた綺麗な緑色。 八戒は痛む後頭部を押さえながら、まじまじと箱を見つめてしまった。 もしかして、この箱。 悟浄から僕にバレンタインのお返しなんでしょうか? 自分と悟浄の間柄でこの状況だと、そうとしか考えられないが。 それでも勘違いだったら何だか恥ずかしいし、少しショックだ。 悟浄がこんなに綺麗にラッピングしたプレゼントを、自分以外の知らない誰かに贈るのなら。 どう言い出せばいいか思案していると、ダイニングで悟浄が声を上げた。 「うわっ!見つかっちゃったのかよぉ!!せ〜っかく八戒を驚かそうと思ってたのに〜」 見つかるも何も。 こんな部屋のど真ん中に大きな箱があれば、誰だって気付くだろう。 突っ込みたい気持ちをどうにか押さえ込んで、八戒は悟浄を振り返った。 「あの…コレって…もしかして?」 「今日はホワイトデーだろ?」 照れくさそうに八戒を見つめて悟浄が破顔する。 悟浄が僕のために…。 見る見る八戒の頬が赤く染まっていった。 感極まった表情で瞳を潤ませ、悟浄をウットリと見上げる。 「は…はっかい…っ」 ゴクン、と。 悟浄の喉が大きく鳴った。 「悟浄…嬉しいです。僕のために悟浄が選んでくれたんですよね?」 「あ…うん。そう…だけど」 何だか悟浄の視線がソワソワと落ち着かない。 無防備な八戒の後ろ姿に、悟浄の理性はキレる寸前。 床にペタリとしゃがみ込んで嬉しそうに箱を見つめる八戒の背後に、悟浄はさり気なく近付いた。 「何だろう?随分大きな箱ですよねぇ〜」 八戒は目の前のプレゼントに注意を奪われ、挙動不審な悟浄に気付かない。 髪から覗いている白い項がメチャクチャ旨そうなんですけどっ! あああぁぁ〜舐めて吸い上げて噛みつきたいーっっ!! 先程から心臓はバクバクとフル回転で鼓動を高鳴らせていた。 理性と本能の間で、悟浄はフラフラと彷徨っている。 抱きついて押し倒したい衝動に駆られて腕を伸ばすと、クルッと八戒が首だけ振り返った。 「…どうかしたんですか?」 「あ…え?」 両腕を伸ばしたあからさまに不自然な格好で、悟浄は硬直している。 さすがに八戒も、全く余裕の無い悟浄の不穏な気配を察知した。 胡乱な視線でじーっと悟浄を睨め付ける。 どうせ怒られるならっ! 「はっかいいいぃぃーーーっっ!!」 悟浄は本能の赴くまま、八戒を押し倒そうと飛びついた。 そうなるだろうと八戒の方も臨戦態勢万端。 「えいっ!」 悟浄のシャツの襟首と胸元を掴むと、悟浄の力を利用して投げ飛ばした。 フワッと身体が浮き上がったかと思う間もなく、背中から床にバウンドする。 「いっでええぇぇっ!!!」 打ち付けた痛みに転がっていると、パンパンと八戒が掌を叩いた。 「自業自得です。いきなり襲いかかるなんて非常識ですよ」 八戒は全く乱れることなく、ニッコリと清雅な笑みを浮かべている。 痛さに涙目になっている悟浄は、転がった状態でキッと八戒を睨んだ。 「んなのっ!八戒が悪いんじゃねーかよぉっ!」 「人聞きの悪い。僕が何をしたって言うんですか」 「俺に色気を振りまいたっ!」 「………。」 あまりにも馬鹿馬鹿しい理由に、八戒は開いた口が塞がらない。 そんな自分が故意に誘ってもいないのに、勝手に当てられてるのは悟浄の方だ。 子供の意味のない理屈じゃないんだから。 八戒は眉間を指で捏ねて、深々と溜息吐いた。 「なーんだよぉっ!感じ悪ぅ〜い!!」 「あまりにも悟浄がおバカさんだから呆れてるんです」 「…ヤなんかよ」 打って変わって、悟浄は不安げに瞳を揺らすとふて腐れてそっぽを向く。 「そうじゃなくて。時と場合を考えて下さいってことですよ」 子供に言い聞かせるように話すと、悟浄はますます唇を尖らせてふて腐れた。 「んなの…ムリに決まってんじゃん。八戒見るとどうしようもねーんだから」 「それをどうにかして下さいって言ってるんですっ!」 「ヤダ!出来ないっ!無理ぃっ!!」 「悟浄ぉー…」 次第にムキになって駄々を捏ね出す悟浄に、八戒はほとほと困り果てる。 別に悟浄に懐かれるのが嫌な訳じゃない。 過剰なスキンシップだって、実は嬉しかったりする。 悟浄に執着されればされる程、八戒こそが歓喜のあまり頭の中がどうにかなりそうなぐらいだ。 しかし。 八戒は悟浄に襲われたい訳じゃない。 襲いたい。 そりゃぁもう、無理矢理押さえつけて啼いて縋り付くまでグチャグチャに犯したいっ! でも。 八戒はそう言う感情を普段表に出すことはなかった。 いや、単純に分からないだけだが。 だから、尚更悟浄にストレートに求愛されると、八戒の中でジレンマが湧き上がる。 それはっ!僕の台詞でしょうっ!! いっそ鳩尾ぶん殴って、意識の無くなった身体をガクガクに犯しちゃいますよっ! そうは思っても口には出せない。 だから、余計に八戒の態度は硬化していった。 八戒にとっては煩悩の悪循環。 悟浄にとっては命拾いだが。 結局は。 いつも通り身体の中で燻る熱を、八戒は溜息混じりに吐き出した。 背中を向けてブチブチと床にのの字を書いていじける悟浄に、八戒が躙り寄る。 「―――――っ!?」 悟浄の背中に暖かな感触が包み込んだ。 背中から八戒にギュッと抱き締められている。 「…僕だって色々我慢してるんですからね?」 「…何で我慢なんかすんだよ?」 「しなくても…いいんですか?」 低く甘い声音で耳元に吹き込まれ、悟浄の背筋がゾクリと痺れた。 背後の八戒を振り返ると。 欲情を孕んだ昏い瞳で、悟浄を射るように見つめていた。 ドクン、と。 悟浄の鼓動が大きく跳ね上がる。 「は…っかい?」 震える声で八戒を呼ぶと、八戒は強い力で悟浄を抱き締めた。 肩口に顔を伏せて、その表情が見えない。 「僕はこういうの…初めてで…どう感情を表せばいいのか良く分からないんです。だから余計に考えますよ?こんなことをしたら、言ったら悟浄に嫌われるんじゃないかとかって。僕は悟浄を傷つけたくも無いし、出来る限り優しくしたいけど…でも…っ」 「あ、それはねーから」 「え…?」 「俺が八戒を嫌いになるってのはねーから」 「そんなこと…っ」 「分かるよ?俺、多分八戒が何をしたって、されたって。俺のことを考えてるんなら何だってアリなんだよ」 悟浄は八戒の頭を抱えて、愛おしそうに頬を擦り寄せた。 「それぐらい分かれよなぁ。じゃなかったら俺が素直に八戒に抱かれるとでも思ってんの?」 「…毎回抵抗するじゃないですか」 「それはっ!お前が恥ずかしいコトばっかゆーからだっ!!」 悟浄が顔を真っ赤にして八戒の身体を抱き締め返す。 向かい合わせで抱き合ったまま、八戒は悟浄の肩にコトンと額を乗せた。 「悟浄が可愛いのがいけないんですよ?」 「…俺は男前だっての」 ふて腐れた口調に、八戒がクスクスと小さく笑いを零す。 八戒は顔を上げると、真っ直ぐ悟浄を見つめた。 「とにかく…もう少し待ってみてくれませんか?僕が貴方の愛情に慣れるまで」 「…しょーがねーから待ってやるよ」 「何かえらそうですねぇ…」 「お願いしてるクセに恐い顔すんなよっ!!」 非難しながらも悟浄は八戒を抱き締める。 「やだなぁ〜普通ですよぉ?」 ニコニコ微笑む八戒に、悟浄は殺気を感じて顔面蒼白になった。 怯える余り何故かその恐い相手に縋り付いていると、八戒が小さく首を傾げる。 「ところで、アレ。開けてもいいんですかね?」 「ん?アレ??」 「そう。アレですよ、アレ」 八戒は後の箱を指差した。 悟浄から八戒へのホワイトデープレゼント。 「もっちろん!あ、ちょっと待ってて!まだあるんだよ〜ん♪」 突然悟浄は立ち上がると八戒をその場に残して、寝室ではなく机やパソコンが置いてある部屋へと入っていく。 「まだあるって…一体何なんでしょうか?」 八戒は頻りに首を捻って、床にしゃがみ込んだままとりあえず悟浄が戻ってくるのを待った。 |
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