White day Attraction



リビングに戻ってきた悟浄は手に紙袋を持っていた。
脚色も誇張もなくタダの紙袋。
そこら辺のスーパーで買ったときに入れるような、何の素っ気もない茶色い紙袋を握っている。
ニコニコと悟浄は微笑んだまま八戒の側へと戻り、その場にしゃがんで胡座をかいた。
「悟浄…ソレは何なんですか?」
八戒は気になったのでとりあえず素直に聞いてみる。
「あ、コレ?まぁ〜どっちかってーとコッチのが今日のメインなんだけどな」
「???」
ニッと口端を上げる悟浄に、ますます八戒は首を捻った。

今日はホワイトデーで。
目の前の大きな箱は言うまでもなくお返しのプレゼントだろう。
だけど悟浄は、今手に持っている何の変哲もない紙袋が今日のメインだと言っている。
コッチの綺麗にラッピングされている箱ではなく、普通の紙袋の方が。
一体どういうコトなんだろう。

八戒は困惑気味に悟浄を見つめた。
しかし八戒の戸惑いに悟浄は気付いているのかいないのか。
一端紙袋をローテーブルに置くと、大きな箱に手を掛けてズイッと八戒の目の前に差し出した。
「ほい。俺からバレンタインのお返し〜vvv」
上機嫌に渡されて、八戒は悟浄と箱を交互に見比べる。
何だか悟浄はそわそわと落ち着かなかった。
どうやら早く八戒が箱の中身を見て、どういう反応をするかが楽しみで仕方ないらしい。
八戒は口元に笑みを浮かべると、箱を手に取ってみた。
「悟浄ありがとうございます。コレ開けてみてもいいですか?」
「おうっ!開けて見ろよ」
「それじゃ…」
とりあえずリボンを外しやすくするために箱を自分の方へと引き寄せる、が。

…何かやけに重たいんですけど?

箱の重量は結構あって、軽々と持ち上がるモノではないらしい。
大きさに比例した重さに、八戒はチラッと悟浄に視線を遣った。
悟浄は八戒に早く箱を開けて欲しいらしく、身体を揺らしてワクワクしている。

中身を聞いたら可哀想ですね。

悟浄が八戒に驚いて貰いたいのは、顔を見ていれば明白だ。
悪戯を仕掛けて成果を待つ子供のような様子に、八戒は自然と笑みが零れる。
何だか可愛いなぁ、と悟浄が聞いたら反論してふて腐れるようなことをしみじみと噛みしめた。
気を取り直して、八戒はラッピングしてあったリボンを丁寧に外していく。
箱を包んでいた紙を剥がす頃には、悟浄は前のめりになって八戒の表情を伺っていた。
悟浄の可愛らしい仕草にクスッと笑いを零すと、包み紙を全て取り払う。
さて。
そこから現れたモノに、八戒は目を大きく見開いて驚いた。
「悟浄ーっっ!!!」
八戒は大絶叫すると、もの凄い形相で悟浄へ詰め寄る。
咄嗟に身の危険を感じてか、悟浄は思いっきりわたわたと身体を後ずらせた。
「悟浄っ!あれ程言ったじゃないですかっ!食器洗浄機は高価すぎるってーっ!!」

悟浄がホワイトデーのプレゼントに贈ったモノは。
以前から八戒が欲しがっていた食器洗浄機だった。

八戒の猛烈な激怒っぷりに悟浄は慌てて逃げようとするが、ガッチリと襟首を掴まれてしまう。
「なーんーでーっ!僕がダメだって言ったことを、貴方は平然と無視するんですかねぇ?」
「ぐっ…ぐるじー!八戒ギブギブぅ!!」
猫を持ち上げるように吊り上げられ、服で首が締まった悟浄は腕を振り回して暴れた。
涙目で真っ赤な顔をしている悟浄をキツく睨め付けると、八戒は唐突に手を離す。
床に崩れ落ちた悟浄は、派手に咳き込みながら閉められた首元を手で覆った。
「…どうしてですか?僕は悟浄に負担を掛けたくはないんですよ?今まで貴方がお付き合いしてきた女性達が貴方に何を強請ったのかは知りませんけど…僕はこういうの納得出来ません」
八戒の方こそが苦しげに眉間を顰めて、悟浄へ今まで思っていた本心を吐露する。
こういう些細な悟浄の行動が。
知りたくもない今までの悟浄が付き合ってきた女性達の幻影を見せつけられるようで、八戒はその度にやりきれない想いを隠して飲み込んできた。

そして今日も。
八戒は辛そうに唇を噛みしめて俯いた。

「けほっ…いきなり…っ…何言ってんだよ?」
漸く咳の治まった悟浄が、俯く八戒の頬を掌で覆う。
その悟浄の慣れた優しさが余計に癇に障った。
激しく首を振ると、八戒は暖かな感触から逃れる。
「僕はっ!悟浄だけ側に居てくれればそれだけで幸せなんです…見返りなんか欲しくもないし何も要りません。今まで貴方がお付き合いしてきた女性達と一緒になんかして欲しくないのに!それなのに…」
「だーれがっ!八戒と一緒になんかすっかよ」
「え…っ?」
怒気を含んだ声音に、八戒は咄嗟に顔を上げた。
目の前には。
無表情な悟浄が八戒を見つめていた。
表情からは何の感情も見て取れない。
だけど。
その瞳は怒りや哀しみを孕んで激しく揺れていた。
「ご…じょ…っ」
「何で分かんねーんだよっ!」
悟浄は叫ぶと大きく腕を振り上げる。

殴られるっ!

条件反射で八戒は腕で顔を庇った。
しかし、痛みはいつまで経っても訪れない。
瞑った目を開けると、悟浄は腕を振り上げたまま辛そうに俯いていた。
その腕を振り下ろすと、拳で床を殴りつける。
「悟浄っ!?」
普段から飄々としていて明るくて。
あまり本心を大袈裟に表さない悟浄の激情に八戒は驚愕する。
次の瞬間には。
悟浄の長い腕の中に捕らわれていた。
逃がさないとばかりに必死に抱き竦めてくる悟浄に、八戒は呆然として身動きが出来ない。
「八戒…っ…八戒ぃっ!」
ただ何度も縋るように八戒の名前を呼び続けていた。
真摯な悟浄の声に、だんだんと八戒の身体から力が抜ける。
なおも自分を懸命に呼び続ける悟浄の必死さに、八戒は不謹慎だとは思いつつ笑みが浮かんだ。

大丈夫。
悟浄は僕と同じぐらい想っている。
こんなに僕のことを好きでいてくれる。

抱き締めている悟浄の肩口に、額を落とすと擦り付けて甘えてみる。
途端に悟浄の身体がビクッと跳ねた。
八戒は悟浄の背中に腕を回して、自分からも抱き締め返す。
「は…っかい?」
悟浄は抱き締める力を抜くと、少し身体を離して八戒の様子を覗き込んだ。
八戒も顔を上げて悟浄と視線を合わせる。

悟浄の好きな、穏やかに微笑んだ綺麗な八戒。

小さく安堵の溜息を漏らして、悟浄が額同士をコツンとくっつけた。
「八戒あのさ、勘違いしてるみてぇだからハッキリ言っとくけど」
「…何ですか?」
「俺、オンナから貢がれたことはあっけど、自分からモノ贈るのなんか八戒だけなんだよ」
「え…?」
「第一、ちゃーんと手順踏んでまともな恋人らしいお付き合いなんかしてるのは、八戒が初めてなのっ!」
「……………えぇっ!?」
「なーんでソコで驚くかな?」
悟浄はムッと唇を尖らせてぼやいた。

そりゃ、驚くだろう。
上等なオンナ達と相当遊んできたし、食い散らかしてきた、と。
自分からは進んで言わないが、兄の捲簾からもその片鱗を多少は聞かされていたのだから。
それが?
きちんと恋人として付き合ったのは自分が初めてだと?
そんなこといきなり告白されたって信じられないけど。
それでも。
嬉しくて仕方ない。

「…まさか、僕が初恋とかって言わないですよね?」
「いや、さすがにそれは…オトコとしてかなりヤバいだろ?」
「ですよねぇ」
八戒はおかしそうに笑うと、自分を見下ろしている悟浄の唇にキスを送った。
「えーっと…八戒?」
悟浄は期待で心臓をバクバクと高鳴らせ、腕の中の八戒を見下ろす。
「悟浄ぉ?そんなキスしてるのに目をまん丸く見開いてるなんて…デリカシーないですよ?」
八戒が微笑みながら、悟浄の唇をペロッと舐めた。
そこまでされたら、悟浄に迷いはない。
呆気なく理性を放棄すると、強く八戒の頭を引き寄せ貪るように口付けた。
「あ…ん…っ…ごじょ…ぉ」
「っかい…はっ…んぅっ」
八戒も悟浄の頬を引き寄せると、絡みつく舌に応えて強く吸い上げる。
何度も角度を変えて、互いの口腔を余すことなく舐って。
どちらのものか分からなくなる程混ざり合った唾液を、喉を鳴らして飲み干して。
唇が熱くなって。
痺れる程感覚が無くなるまで、二人は互いの口付けの甘さを味わい続けた。






唐突に口付けを終わらせたのは八戒の方。
追い縋る舌を宥めて、触れるだけの口付けを悟浄へ送った。
目尻に涙を浮かべた悟浄は、物欲しげに八戒を見つめてくる。
あからさまな悟浄の誘惑に、八戒は小さく苦笑を浮かべた。
もの凄く惜しいけど、まだ1日は長い。
悟浄とはセックスだけじゃないから。
「まだご飯も食べてないし、ね?まだ夕方なんですから。夜までお楽しみはお預けですよ♪」
「うーっ!!」
納得いかないのか悟浄は上目遣いに八戒を睨むと、唇をへの字に結んで拗ねた。
ポンポンと悟浄の背中を叩くと、八戒はゆっくり身体を離す。
ふと視界に件の箱が目に入った。
「もぅ…悟浄ってば。アレ買うのに無理したりしたんじゃないですか?高かったでしょう?」
「え?あぁ、食器洗浄機?そうでもねーよ」
「…そうなんですか?」
聞き返しても八戒は半信半疑だ。
八戒だって以前からいつかは買おうと、電器屋を覗いたりカタログを貰ったりしている。
機能面を考慮して、大体の相場は4〜5万円ぐらいだったはず。
それでも最近は各メーカから新製品が出たり、価格競争をしているとは言っても。
そう多くはない給料でホイホイと買える代物ではなかった。
だからこそ八戒はボーナスが出たら買おうと決めていたのに。
「まぁ、そのまま普通に買ったら結構するかもしれねーけど」
悟浄はニンマリと楽しげに笑みを浮かべた。
一体どんな手を使って入手したのか。
八戒は眉を顰めて、探るように悟浄を窺った。
不審な目を向けられ、悟浄は慌てて手を振る。
「別に妙なコトしてねーぞっ!ただ俺のダチで大手量販店に勤めてるヤツがいてさ。頼み込んで安く売って貰ったんだよっ!」
「あ、そうだったんですか」
それなら八戒だって納得がいく。
「丁度新製品との切り替え時期で、現行のが型落ちになるからって安くしてくれたんだよ」
「へぇ…成る程ね。でもそれだって結構したでしょ?コレ」
悟浄の買ってきた食器洗浄機は結構ランクが上のモノだ。
八戒もさすがにここまでは、と手を出しかねていた製品。
きっと八戒がカタログを見ていたのを悟浄は知っていたに違いない。
「でも半額以下だったけど?」
「えっ!そうなんですかっ!?」
それにはさすがに八戒も驚いた。
あまりにも驚いている八戒に、悟浄はククッと喉で笑う。
「そうなんですよー。だから、八戒はいちいち気にしねーの!あんまバラしたくはなかったんだけどな。何かプレゼント代ケチッたみてぇだし」
「そんなことないです。だって悟浄は僕が欲しがっていたからって考えて買ってくれたんでしょう?値段なんか関係ないです」
「じゃ、喜んでくれる?」
「もちろんですよっ!」
漸く悟浄の気持ちを素直に受け入れる気になったらしい。
八戒は嬉々として箱を開けると、取説を楽しそうに眺めた。
喜んでくれる八戒を見ることができ、悟浄もご満悦だ。
「とりあえず、明日にでもそれ八戒んちに取り付けてやるよ」
「あ…それなら…ココに置いて貰っちゃダメですか?」
「へ?うちに??」
「ええ。だって僕は殆どここに来ているでしょう?それなら悟浄の所に置いて貰った方がいいかなーって」
八戒は照れくさそうに俯いた。
それは。
これからも毎日八戒がココに来るという確約。
もちろん悟浄に異論があるはずがない。
「いいぜ。んじゃ明日一緒にとりつけよっか?」
「はいっ!」
心底幸せそうな八戒の笑顔を見れて、悟浄は内心でガッツポーズを決める。
「食器洗浄機は分かったんですけど、その紙袋は何なんですか?さっきはソレがメインだって言ってましたよね?」
八戒の指差したテーブルには、放置されていた紙袋が。
「ああっ!そうだった♪」
悟浄は思いっきり手を叩いて、紙袋も八戒へと差し出した。
勢いで受け取って、八戒はぽかんと目を丸くする。
とりあえず振ってみると、袋の中でゴロゴロと音がした。
「ま、見てみ?」
「はぁ…それじゃ」
八戒は紙袋を開けると、中を覗き込んだ。
「あっ!悟浄コレ!」
「…八戒好きなんだろ?大玉の飴」
袋の中身は色とりどりの飴が入っていた。
昔懐かしい量り売りの、ザラメを塗した大きな飴玉。
味も色も豊富で、八戒の大好物だった。
昔は良く量り売りのお菓子屋で買えたが、最近は売っている店を探す方が困難で。
運良く出店で見つけたときは、必ず全種類買っていた。
だけど、何で悟浄が知っているのか。
不思議に思っているのが顔に出ていたのか、悟浄は笑いながら肩を竦めた。
「前に八戒のアパート行ったときに、デッカイ瓶に入ってるの見つけてさ。俺も懐かしいなーって思ったんだよ。そういうの最近売ってるの見かけねーじゃん?八戒余程好きなんだって。違った?」
悟浄に指摘され、八戒は左右に首を振る。
「いえ…僕この飴玉好きで、見つけたときは必ず買ってるんです。悟浄が気付いてたなんてちょっとビックリしちゃいました」
「そりゃぁ〜?愛する八戒のためだしvvv」
悟浄がおどけて八戒にウィンクを送った。
途端に八戒の頬が真っ赤に染まる。
恥ずかしそうに視線を逸らすと、袋をぎゅっと握り締めた。
「嬉しいです…悟浄」
「そ?俺も八戒が喜んでくれると嬉しいからさ」
「もぉ…悟浄ばっかり格好良すぎですよ」
「あれ?今頃気付いたの?」
わざと格好付けてこれ見よがしに髪を掻き上げる悟浄に、八戒は小さく噴き出す。
「そこっ!笑う所じゃねーぞ!『悟浄カッコイ〜んvvv』って見惚れてくれねーと!」
「やだなぁ。僕はいつでも悟浄に見惚れてますよ?」
これまた確信犯で蠱惑的な微笑みを浮かべた八戒に、悟浄はカッと頬を火照らせた。
真っ赤な顔で固まっている悟浄に、八戒は躙り寄る。
「お礼は後で…ね?」
耳元で甘く囁かれ、悟浄は簡単に撃沈した。



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