White day Attraction |
天蓬は捲簾を脱衣所まで運ぶと、用意してあったバスタオルで身体をくるんだ。 相変わらず捲簾は思考が飛んでるらしく、ぼんやりとされるがままになっている。 突然正気に戻られても困るので、天蓬の行動はいつになく慎重だ。 いつもならガシガシと掻き回して拭う髪の水分も、そっとタオルで拭う程度。 捲簾の表情を伺いながら天蓬は慌てず、しかし迅速に見繕いを進めていく。 「…捲簾?」 「んー…」 「身体は大丈夫ですか?」 「んー…」 天蓬が穏やかな声音で問い掛けても、曖昧な返事を返すのみ。 顔を上げて視線は天蓬の方へ向いているが、実際分かっているのかどうか。 捲簾はクタリと弛緩して、すっかり天蓬に身を任せきっている。 「…そのままでいてくださいねー」 天蓬はほくそ笑むと、再び捲簾の身体をそっと抱き上げた。 ゆっくり静かに足音さえも忍ばせながら、天蓬が目指すのは捲簾の寝室。 音を立てないようにドアを開けると、大切に抱えてきた捲簾の身体をベッドへ降ろした。 柔らかな感触に安堵したのか、捲簾はコロンと寝返り打つとそのまま目を閉じる。 適度な疲れと心地よさで睡魔が襲ってきたらしい。 ベッドサイドに座り込んで、天蓬はじっと捲簾の顔を眺めた。 段々と呼吸も深く規則正しいものへと変わっていく。 「何でしたら、そのまま寝てしまってもいいですからねぇ…後で起こしてあげますからvvv」 捲簾が寝入ってくれた方が、多少の物音を立てても気づかれないだろう。 天蓬は暫く捲簾の寝顔を眺めてから、漸く立ち上がった。 「さてと。準備開始ですね」 グルッと室内を一瞥すると、視線が壁に作りつけのクロゼットで止まる。 「あそこですね、きっと」 ああ見えて捲簾は律儀な性格をしている。 天蓬からいくら不本意なモノを贈られたとしても、捨てるようなことはしないはず。 そう踏んで、天蓬は片側壁全面のクロゼットを慎重に開けた。 「へぇ…捲簾ってば案外衣装持ちなんですねぇ」 クロゼットは綺麗に整頓され、洋服も種類によってきちんと掛け分けしてある。 天蓬の視線が服からクロゼットの下方へと移った。 そこには、無造作に置かれたダンボール箱。 天蓬は双眸を眇めて、口元に笑みを浮かべた。 「コレですね」 早速身を屈めてダンボール箱を持ち上げると、揺らさないようにクロゼットから出す。 ふと箱を開けようとしたいた手を止め、念のため背後を振り返った。 捲簾はベッドの上で本格的に睡眠状態。 「…さてと、今日はどれにしましょうかね〜♪」 嬉しさで声を上擦らせながら、天蓬がダンボールの中を覗き込んだ。 「とりあえず〜コレとコレと…あ、コレもっ!ボールギャグはやめておこうかな。捲簾の可愛い声が聞きたいしぃ〜。まぁ、初めてみたいだからこの辺でいいか」 一つ一つアイテムを取り出しながら、天蓬はニヤニヤと頬を緩ませる。 すると。 「…あれ?何でこんなトコロに髪の毛が…しかも赤いですねぇ」 取り出した足枷の鎖にピロ〜ンと絡まる1本の髪の毛。 天蓬は不思議そうに首を傾げた。 「どこをどう見たって悟浄クンの髪の毛ですよねぇ…捲簾貸したんでしょうか?」 持ち上げた枷をクルクル回して眺めるが、使用された形跡は無い。 それにこんな普段捲簾しか開けないようなクロゼットに隠しているぐらいだから、これらの妖しいグッズの存在を悟浄に知られたくなかったのは明白だ。 そうは言っても、何故かここに悟浄の髪の毛がある。 「ふーん…多分悟浄クンは捲簾の留守中にクロゼットを開けて、コレを見つけたんですね、きっと。で、かなり興味を引かれて取り出して見てたという感じかな?」 普段の悟浄なら、まず捲簾にこれらのコトを問い質すに違いない。 一体コレをどうしたのか。 買ったのか、貰ったのか。 こんなモノどうするつもりだ、と。 ところが当の持ち主捲簾は、このオモチャのことや悟浄に何か言われたとか、そんな話題さえ出さなかった。 そうなると、結論としては。 悟浄がコレを発見していることは捲簾にバレていないのだろう。 あえて悟浄が何も言ってなかったとなると、かなり興味をそそられ気になっているのかも知れない。 「きっと、八戒をコレで拘束したいとでも思ってニヤニヤしてたんでしょうねぇ…可愛いことを。まるっきり的外れですけど♪」 八戒がこんなモノを自分に使われるのを許すはずがない。 穏やかで大人しそうな好青年然としているが、あれでかなりプライドが高い。 虐げられて悦ぶ性癖を持っているとも思えないし、聞いたこともなかった。 確かに八戒はマゾ的な要素を多分に持っているが。 それは可哀想な自分、我慢している自分を客観的に観察して悦んでいるような節がある。 片や悟浄にニッコリ笑って飴を見せびらかせ気を許すと、今度はすかさず鞭を出して嬉しそうにしばき倒したり。 表面化するのはSで深層心理はMという感じだろうか。 「仮に悟浄クンがコレ使いたいって八戒に見せたら、嬉しそうに笑って拘束しそうですねぇ…八戒の方が」 そして八戒は悟浄が我慢させられて啼いている姿を眺め、そんな悟浄にはすぐ手を出さず自ら戒め悶えるのを愉しみそうな気がする。 「まぁ、それもそれでプレイの一環ですかね?僕なんか毎回捲簾に煽られて無理矢理我慢させられたりしてますけど、それを愉しいとは思えませんよ」 天蓬は独り言ちながら、小さく溜息吐いた。 でも。 「あの二人に波風立てて煽るのは面白いので、今度悟浄クンにカタログでも上げましょうか、うんうん♪」 八戒が聞いていたら憤慨しそうな事をサラリと呟き、天蓬は口元に笑みを浮かべた。 「とりあえずあの二人よりも僕らですよね〜、捲簾vvv」 天蓬は厳選したモノをごっそり手に抱えると、ベッドサイドに戻っていく。 拘束具をベッドの足許へ置くと、改めて捲簾の様子を覗いた。 「…良く眠ってますねー。すぐ準備しちゃいますから、もうちょっとお寝んねしてて下さいvvv」 天蓬は手に持った足枷の施錠を外すと、そっと捲簾の片脚を持ち上げた。 天蓬が悪巧みしているなど思いも寄らない二人は。 リビングでコーヒーを飲みながらまったりしている。 食事も済んで、小休止中。 八戒は食器洗浄機の取説を真剣な表情で読んでいた。 「ど?そんなに難しくはないだろ?」 「そうですね…操作は難しくないですけど、どれぐらいの性能があるのかと思いまして。結構凄いですね〜」 八戒は本から目を上げると、嬉しそうに悟浄へ微笑みかける。 「ま、型落ちつっても最新版が出たからだし。そこそこ性能はいいんじゃね?」 「充分すぎるぐらいですよ」 「八戒が喜んでくれるなら俺も嬉しいし」 「…はい」 はにかむように笑みを浮かべ、八戒は頬を染めた。 悟浄の理性がグラグラと揺さ振られる。 「えーっと…八戒?」 コホンとわざとらしく咳払いをして、悟浄の身体がスススっと八戒の方へ近寄った。 八戒の背後から腕を伸ばすと、さり気なく肩を引き寄せようとする。 「あっ!お風呂のお湯忘れてましたっ!!」 勢いよく立ち上がると、八戒は慌ててバスルームへ駆け込んでいく。 取り残された悟浄の腕が、スカッと虚しく宙を斬った。 「はぁ〜っかいぃ〜っっ!!」 悟浄は拳で床を叩いて八つ当たりする。 「今のはわざとか?はぐらかして焦らしてんのかっ!?」 コロンと床に転がってじたばた癇癪を起こしていると。 「…何一人で暴れてるんですか?悟浄」 呆れた表情で、いつの間にか側に戻ってきた八戒が見下ろしていた。 悟浄がムッと唇を尖らせてむくれていると、八戒は不思議そうに首を傾げる。 「どうしてご機嫌斜めなんですよぉ」 転がっている悟浄の傍らにしゃがみ込むと、優しく頭を撫でてきた。 悟浄はそれでも不満げにじっと八戒を見つめる。 「お風呂用意出来ましたから。入ってきたらどうですか?僕はその間に洗い物済ませちゃいますから」 「……やだ」 「えっ?」 「ヤダッたらヤダ!」 悟浄が思いっきり拒否をして、八戒の腰にタックルした。 「ちょっ…悟浄っ!?」 不意打ちでバランスを崩した八戒は床に尻餅をつく。 「もぅ…一体どうしたんですか?」 ギュッとしがみ付いて頭を擦り付けてくる悟浄に、八戒は困惑を隠せない。 ほんの少し前までは、あんなに機嫌が良かったのに。 「一人じゃヤダって言ってんじゃん」 「何がイヤなんですか?」 「…マジボケか?八戒」 訳分からなそうにきょとんと目を丸くしている八戒を眺め、悟浄は思いっきり脱力する。 この場の雰囲気を何で察することが出来ないんだよっ! ラブラブな恋人と夜に二人きり。 しかも直前の話題は風呂に入るかどうかで。 その話の流れで『一人じゃヤダ』って言ったら、どう考えたって。 「一緒に入ろうってことじゃねーかよっ!!」 「えええぇぇーっっ!?」 悟浄の主張に八戒は真っ赤な顔で絶叫した。 服から覗いている肌は紅潮して、ぽかんと口をあけたまま。 身体は小刻みに震えている。 「…マジで分からなかったの?」 悟浄が訊くと、八戒はブンブンと音が出そうな勢いで首を振った。 「そういやぁ…俺らまだ一緒に風呂入ったこと無かったっけ?」 八戒はこれまた勢いよく首を振って肯定する。 あまりの動揺振りに、悟浄は暫し考え込んだ。 八戒のこの反応からすると、今まで恋人とラブラブバスタイムな〜んてしたことねーのか。 ねーよなぁ、こんなに真っ赤な顔して狼狽えてんだから。 まぁ、初心者を指導するのは恋人としての役目だよな、うん。 「じゃぁ…一緒に入ろ?俺さぁ〜八戒に髪洗って欲しーなぁ」 「えっ?でもっ…あのっ!?」 驚愕のあまり八戒は声を詰まらせ、身体を後ずらせる。 そんな八戒を逃がさずにガッチリ腰を抱え込むと、悟浄は上目遣いに八戒を見上げた。 「それとも…俺と一緒じゃヤ?」 「そんなこと無いですっ!無いです…けど」 八戒は落ち着かなげにソワソワと視線を泳がせる。 拒絶するはずがないと分かっていても、悟浄は念を押すことも怠らない。 「じゃぁさ…一緒に入ろ?俺八戒が片付けんの手伝うからさ」 八戒の下腹に頭を擦り付けながら甘えた声音で強請ると、頭上から溜息が聞こえてきた。 ようやっと覚悟を決めたらしい。 悟浄はしてやったり、とほくそ笑む。 「分かりました…じゃぁ、僕片付けしちゃいますから。とりあえず腕外してくれますか?」 「じゃ、俺も手伝う〜♪そんでさっさと終わらせて、一緒に風呂入ろうなvvv」 悟浄は勢いよく身体を起こすと、チュッと八戒の唇にキスをした。 驚いて八戒が瞳を瞬かせるが、すぐに困ったように苦笑を浮かべる。 「もぅ…そんなに可愛いコトしないでくださいよぉ」 「んじゃ、もっと可愛がってくれてもいいけど?」 悟浄はすかさず八戒に頭を差し出した。 クスクスと笑いを零しながら、八戒は悟浄の頭を優しく撫でる。 「まぁ、それは後で。髪も身体も…僕が悟浄を全部綺麗に洗って上げますね」 「八戒が!全部っ!?」 「…悟浄、ドコ押さえてるんですか」 前屈みになって股間を押さえる悟浄を、八戒は呆れて眺めた。 一瞬でどこまで想像したんだろう。 八戒の一言一句で、毎回顕著に反応する悟浄は妄想逞しいと言うべきか。 呆れるのを通り越して感心してしまう。 それだけ自分のことを好きなんだと思えば、本音では嬉しかったり。 しかしここで甘い顔を見せると、悟浄はどこまでも暴走しそうで困る。 二人きりの時ならそれでも構わないが、天蓬のように所構わず盛ったりされては恥ずかしい思いをするのは明白。 「ほらっ!早く片付けしちゃいますよ」 股間を押さえて呻く悟浄を放置して、八戒はさっさとキッチンへと向かう。 「…八戒のケェ〜チ」 八戒の背中を恨めしそうに睨むと、悟浄は半勃ちしてしまった愚息を必死で宥めた。 |
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