White day Attraction |
コンコン☆ 「おい、居るか〜」 小児病棟のナースセンターでカルテを見ていると、同僚の医師がやってきた。 窓を叩いて室内の天蓬を覗き込んでくる。 「どうかしましたか?」 声を掛けると、同僚はカルテを片手にひょいと入ってきた。 「昨日入った患者のカルテ。早いとこオペ日決めた方がいいな」 「そうですか…もう少し体力が回復してからの方がいいと思うんですけど」 「うーん…お前の見解がそうなら、それでもいいけどさ」 「家族の方と相談してみますよ」 「そうだな…ところで」 同僚の医師はスススっと身体を寄せてくる。 「何かさ…イイコトあった?」 「はい?」 小声で囁かれた言葉に、天蓬は目を丸くした。 カルテを持ったまま小さく首を傾げる。 「どうしてそう思いました?」 「誰だってそう思うっての。お前カルテ見ながらニヤニヤ思い出し笑いしてたぞ?」 「えっ!?」 「面白いからちょっと観察してたけど。端から見てたら不気味だって…患者のカルテ見て含み笑いしてんだから」 同僚が指差したカルテは、入院患者のカルテ。 そんなカルテを見ながら笑っていれば、何事かと思ってしまうだろう。 「…参ったなぁ」 天蓬は小さく呟くと、ポリポリと頭を掻いた。 昼にあった時の捲簾の様子を思い出すと、ついつい口元が弛んでしまう。 あからさまにホワイトデーを警戒しているあの態度。 ああ見えて律儀な性格の捲簾は、間違いなく天蓬との約束を守ってくれるだろう。 しかし。 自ら喜んで、かどうかは別問題。 捲簾があれぐらいの道具であそこまで驚愕して嫌がるとは、天蓬も思っていなかった。 本人や悟浄の話を聞いている限りでは、自分と同等かは別として相当遊んでいたはずなのに。 「捲簾って結構淡泊だったんですかねぇ…」 「あ?タンパク?どの患者の検査??」 「いえいえ、患者さんの話じゃないです」 「は?」 天蓬は曖昧に微笑んで話を逸らした。 「コーヒー入れてきますよ」 「お、悪ぃ。ブラックな〜」 「はいはい」 同僚はカルテを見ながら、天蓬に手を振る。 給湯コーナーへ足を運ぶと、カップを取ってコーヒーのボタンを押した。 コーヒーがカップに落ちるのを眺めていると、また意識が捲簾へと向かってしまう。 捲簾は割と節操なく遊んでいたみたいだけど、実はそうでもないとか? でも、そのおかげで簾クンが居る訳だし。 それに悟浄クンの話を聞いても、捲簾と同じ様なこと言っていたしなぁ。 道具とかは余り使い慣れてないのかも。 けどバイブやローターは使ったことあるみたいだし。 う〜ん…。 でも捲簾の身体を僕がこの手で開発するって楽しみがありますよねvvv 天蓬の頭からは、使う立場と使われる立場じゃ180度違うということが、都合良く綺麗サッパリ抜け落ちていた。 またしても一人クスクス思い出し笑いしている天蓬を、看護士達が怪訝な目で見ながら遠巻きに避けて行く。 「あっと…いけない。待たせてるんでした」 二人分のカップを手に取ると、天蓬は待っている同僚の元まで戻った。 「はい、すみません。お待たせしました〜」 「…すっげぇお待ちしましたよ。コーヒー入れるのに何分かかってるんだよ?豆の収穫にでも行ってたのか?」 天蓬からカップを受け取ると、同僚は呆れた顔で肩を竦める。 「ちょっと考え事しちゃいました〜」 ニヘッと締まりのない顔で笑みを浮かべ、全く悪びれる様子もない。 同僚は溜息吐くと、カップに口を付けた。 「そういやさ。お前いつも昼飯食堂で食ってないだろ?」 突然話を切り出した同僚に、天蓬は首を傾げる。 「ええ。大抵外で取ってますけど…」 「ふーん…で?一人で食ってんの?」 「…はい?」 同僚が何を企んでいるのか分からず、天蓬は適当に笑って聞き返した。 昔からの付き合いで、同僚のこういう物言いの時は何か含みがあることが多い。 天蓬は探るような視線で、自分と同じ様な身長の同僚を真っ直ぐ見つめ返した。 「こえ〜。何警戒してんだよ?ただ聞いてるだけだろ?」 「僕が一人で昼食を取ってるかどうか確認して、一体何があるって言うんですかねぇ?」 穏やかな口調と裏腹に、スッと天蓬の双眸が眇められる。 「さっさと吐いちゃった方がいいですよ〜?」 「マジでコワイから、その猫撫で声はやめてくれ」 降参、と同僚は片手を上げた。 視線で天蓬を喫煙所に誘う。 二人連れ立って喫煙所に来ると、それぞれ煙草を取り出して火を点けた。 旨そうに煙を吸い込むと、同僚が話を切り出す。 「この前さ。うちのカミさんが用事で近くに来たからって昼前に電話あって。外に食事出たんだよな。で、まぁ近場でいいかって話になって、こっから5分ぐらいのところに地下にアーケード街の入ったオフィスビルがあるだろ?そこに行った訳」 「………。」 何となく同僚の話が読めてきた。 天蓬は無言で煙草をふかしている。 同僚は気にせず話を進めた。 「で、1階のエントランスから地下に降りようと思ってビルに入ったらさ。な〜んか見覚えのある白衣姿が視界に入ったんだよな〜。あれ?って思って声掛けようかとしたら、隣に連れが一緒でさ、しかもオトコ。面倒くさがりの誰かさんがわざわざ昼に外に出てくだけでも珍しいし、しかも美女ならともかくオトコ連れな〜んて気になっちゃってさぁ」 「で?コッソリ後を付けた訳ですか…」 「そーいうコト♪」 同僚は悪びれもせずにニヤッと口端を上げる。 天蓬は煙草を銜えたまま、ドッカリとソファに腰を下ろした。 「カミさんも直ぐにお前に気が付いてさ。声掛けたかったらしいんだけど」 「別に掛けてくれても良かったのに」 「いやぁ〜それがさぁ〜」 何やら複雑そうな顔をして同僚が片眉を上げた。 「お前が一緒にいた連れ。エッライ男前じゃん。で、お前とのツーショットをうちのカミさんが見て…思いっきり見惚れやがって。アイドル見つけたみてーにキャーキャーはしゃいで大騒ぎ。ったく、ダンナの俺の立場はどうしてくれる?」 「そんな難癖付けられたって知りませんよ」 同僚の無茶苦茶な言い分に、天蓬は呆れ返って眉間を押さえる。 「まぁ、それは冗談だけど。しっかしお前と並んでも遜色ないどころか、何か迫力ある男前じゃん。どーいう関係なのかなぁ〜って?」 興味津々に同僚が天蓬に詰め寄った。 チラッと、含み笑いを浮かべている同僚を天蓬が見遣る。 「僕が言わなくっても察しは付いてるんでしょ?」 「つーことは?あの男前がお前の『彼氏』ってヤツ?」 「そうですよ」 別に隠すつもりもないので、天蓬はサラリと白状した。 確認しておきながら、同僚が微妙な表情で首を捻る。 少し逡巡すると、真剣な顔で座っている天蓬を見下ろした。 「お前…主旨替えしたのか?」 「は?」 同僚の言っている意味が理解出来ずに、天蓬は間の抜けた声で聞き返す。 「いや、だって…俺の知ってる限りではお前がとりあえず相手していたタイプって、こぉ〜どっちかって言えば可愛い系なタイプだったろ?一緒にいた『彼氏』って正反対のタイプじゃん。だからお前…」 「何言ってるんですか?捲簾はものすっごぉーく!愛らしいですよvvv」 「はぁ?」 今度は同僚が間の抜けた声を上げて唖然とした。 どこをどう見れば、あの超絶男前が愛らしいになるんだ? 「天蓬。お前って乱視だったっけ?」 「失礼な。僕はただの近眼です」 「じゃぁ、糖尿が脳に回ったか?」 「誰が糖尿なんですかっ!」 「お前甘いモンばっか食い過ぎ」 「目指すは甘味王です」 段々と争点がずれてきた。 しばし互いに睨み合ったまま、無言で押し黙る。 先に折れたのは同僚の医師。 深々と溜息を零すと、天蓬の隣に腰を下ろして脱力した。 「ありゃーワイルド系の超絶美形だろ?普通愛らしいとは言わねーよ。彼氏さんだって抗議するんじゃねーの?」 「もちろんルックスはそうですけど。性格と言い、立ち振る舞いと言い、セックスしてる時だってっ!もぉ〜可愛いくて可愛くてっ!バクバク食べちゃいたいぐらい愛らしいですよ〜vvv」 「え?あれ??食べちゃいたいって…」 同僚が奇妙な反応をして、マジマジと天蓬を見つめる。 「お前…『ネコ』じゃねーの?」 「何で僕が捲簾に抱かれなくちゃならないんですか」 憮然とした表情で、天蓬がムッと唇を尖らせた。 「え?と、いうことは………えええぇぇーーーっっ!?」 思いっきり声を裏返らせて、同僚が驚愕して叫ぶ。 「マジでっ!?お前の方が『タチ』なのっ!?だって、あんなガタイのイイ男前をかっ!?うっそだろぉっ!!!」 白衣の襟を掴むと、ガクガクと天蓬の身体を揺すった。 天蓬は嫌そうに顔を顰めて、掴まれた襟から同僚の指を引き剥がす。 派手に騒いでいる医師達を、患者や看護士が遠巻きに様子を伺っている。 気付いた天蓬がシッと同僚を黙らせた。 「全く…どんな固定概念なんですか。僕はオトコなんですよ?当然愛している人は抱きたいに決まってるでしょう」 「いや…相手もオトコだろ」 天蓬が呆れながら呟くのに、すかさず同僚が突っ込んだ。 しかし。 同僚は冷静になって考える。 よくよく思い出してみれば、天蓬は昔からオトコにそう言う目で見られることを嫌悪していた。 何せこれだけの美貌だ。 不埒な欲望を抱いて近付いてくる連中も後を絶たなかった。 生憎と天蓬は周りが抱いているイメージと間逆でキレやすい直情型で、そういう連中はもれなく心身共に叩きのめして撃退していたが。 見た目を裏切る程、中身も腕っ節も男前だった。 そう考えると納得出来ないでもないが。 それでもやっぱりわだかまりがある。 同僚は腕を組んで考え込んだ。 あと可能性として考えられるのは。 「じゃぁ、あの彼氏ってソッチ系のヤツだったとか?」 同僚の率直な言い草に、天蓬は驚いて目を丸くした。 「捲簾は自他共に認める女たらしですよ…まぁ、今は僕が居るから元、ですけど。そのおかげで未婚なのにパパですし」 「は?何っ!?あの彼氏って子持ちなのか!?」 「簾クンって言いましてね〜、凄くパパにソックリで可愛いんですよvvv」 「…お前子供もいねーのに親バカかよ」 やれやれと同僚は肩を竦める。 同僚にも何となく状況が見えてきた。 多分。 いや、きっと。 天蓬の見目麗しい美貌に引っかかり、手ぐすね引いて待ち構えていた所にウッカリ嵌ったんだ。 既成事実さえ作ってしまえば、天蓬の思うツボ。 あとは計略策略あらゆる手段を使って、口説き倒したんだ、と。 天蓬の天性の性悪さを同僚は知りたくなくっても知っている。 だけど。 「それだけ本気な訳だ」 「はい?」 「いや、何でもない。でもさ〜彼氏だって真性のゲイじゃなければお前のこと抱きたいって思うんじゃねーの?何にも言われない?」 これは素朴な疑問。 オトコだったら誰しも犯したい欲求はあるものだ。 同僚の疑問に、天蓬は首を傾げる。 「いえ?僕は日々捲簾を調教してますからvvv」 花も綻ぶような清廉な微笑みで、えげつないことを平然と言い放った。 さすがに同僚は口をあんぐりと開けたまま呆然とする。 「もぉ〜ホワイトデーがすっごい楽しみで〜フフフフvvv」 妖しげな笑いを漏らして、天蓬がウットリと遠くを見つめた。 恋人に対して、調教。 一体どんな付き合い方をしてるんだ? 直接対面した訳でも、勿論会話を交わしたこともないが。 天蓬の本性を知るものとして、同僚は激しく捲簾に同情した。 |
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