White day Attraction



午後のお迎えラッシュ。
職員総出で我が子を迎えに来る親たちと挨拶を交わすと、帰っていく子供達を見送っていた。
ピークは過ぎたので、残っている園児も数人になっている。
八戒は園内に戻ると、簾の姿を探した。
「あ、居た居た」
部屋の片隅で椅子に座り、何やら簾がぼんやりと空を見上げている。
いつもの元気な簾らしからぬ様子に、八戒は小さく首を傾げた。
エプロンのポケットに手を入れると、カサッと音がする。
八戒はそのまま近づいて、簾の傍らにしゃがみ込んだ。
「簾クン、どうしたのかな〜?」
「あ。八戒センセー」
嬉しそうに簾が八戒へ笑顔を向ける。
「悟浄ももうすぐお迎えに来ますからね」
ニッコリ微笑みながら、八戒が簾にキャンディーを差し出した。
しかし。
簾はキャンディーを受け取らずに、じぃっと見つめている。
「あれ?もしかして簾クン、キャンディーは好きじゃない?」
「えっ?ううん、大好きだよっ!」
「じゃぁ、はいどうぞ」
八戒が簾の小さな手を取って、掌にちょこんと小さなキャンディーを渡した。
それでも簾はキャンディーを食べようとせず、自分の掌を見つめている。
どうやら何か考えてるようだ。
小さな子供でも色々悩みだってあるだろう。
それをしっかり聞いてあげ、アドバイスするのも保父の勤め。
もし解決できないのなら、きちんと保護者である捲簾や悟浄にも報告して相談しなければならない。
八戒は簾の目の前に回ると、視線を合わせて優しく頬笑む。
「簾クンどうしたのかな?何か困ったことでもあった?」
「八戒センセー…」
簾は目を丸くすると、すぐに俯いてしまった。
すると。
ほんのり簾の頬に赤みが差してくる。
キャンディーを弄りながら照れくさそうに逡巡して、モジモジし始めた。
不可解な行動に、八戒は嫌な予感で心拍数が上がる。
「ど…どうしたのかな?簾クン」
八戒が笑顔を引き攣らせ、恐る恐る簾に問い掛けた。
チラッと八戒を見上げると、また恥ずかしそうに俯いてしまう。
「えとね?八戒センセーに訊きたいことあるんだけど…」
「…何でしょうか?」
「八戒センセーって、天ちゃんセンセーと仲良しだよね?」
「はい。天ちゃんと僕のお母さんが姉妹なんですよ。子供の頃から仲良しですよ」

もの凄く不本意ですけど、仕方ないです。
ソレよりも問題は、やっぱり。

「えーっと?天ちゃんがどうかしました?」
簾の顔を覗き込むと、途端に簾の顔が真っ赤になった。

あああぁぁ〜っ!ものすっごぉーくイヤな予感がしますぅっ!!
悟浄っ!助けてくださーいっ!!

八戒の額から脂汗が滲み出てくる。
強張ったまま笑顔を凍らせていると、簾が漸く顔を上げた。
「あのね?天ちゃんセンセーってキャンディー好き?」
小さな顔が愛らしくちょこんと傾げられる。
「えっと…天ちゃんは甘いモノが大好きなんで、きっとキャンディーも好きですよ」
「ほんと?」
簾が上目遣いに八戒を見上げた。
頬を紅潮させてドキドキと八戒の言葉を待っている。
「多分…そういえばいつもキャンディーを持ち歩いてますね。煙草を吸いながら舐めたって美味しくないでしょうって言ってるんですけどね」
「そっかぁ…」
簾は嬉しそうにホンワカと笑顔を浮かべた。
何だか八戒の心臓がチクチクと痛みを訴える。

いいんだろうか?
ほんっとーに答えちゃってよかったんだろうか?
いっそのこと嫌いだって言った方がよかったのかもしれない。

八戒の中で建前と良心が複雑に葛藤した。
しかし、確かめないわけにはいかない。
「もしかして簾クン…天ちゃんにホワイトデーのお返しを?」
そうであってくれるなと念じながら、意を決して訊いてみた。
案の定、その願いはやっぱり叶わない。
「うんっ!ほわいとでーって好きな子にキャンディーあげるんでしょ?だから…」
しきりに照れまくる簾を呆然と眺めて、八戒は途方に暮れた。

本当にもう…どうしましょうねぇ。

八戒が黄昏れていると、軽快な足音が聞こえてきた。
「よっ!お迎えに来たぞー…って。どうしたんだ?八戒??」
何やら悲嘆している八戒の表情に、悟浄は驚いて目を見開く。
「ごじょちゃーん♪」
そんな八戒の思いも知らずに、無邪気なお子様は勢い良く悟浄の脚にしがみついた。
簾をまとわりつかせたまま、悟浄は八戒の側に歩み寄る。
茫然自失状態の八戒が縋るように悟浄を見上げた。
「は…八戒?」

ビタンッッ!!

「…いきなり何考えてるんですかっ!」
勢いよく押し倒そうとしてきた悟浄の顔を、八戒の掌が正面から押し返す。
「何だよぉ〜んな可愛い顔してたクセにっ!誘ってるんじゃねーのかよぉ〜」
「誰が職場の保育園で誘うんですかっ!!」
なおも押し倒そうと往生際悪く足掻いている悟浄の身体の下へ、八戒は勢いよく脚を突っ込んだ。
同時に顔を押さえていた手を外すと、上着の襟を掴んで自分の方へと引き寄せる。
「いやん、八戒ってば大胆〜vvv」
喜び勇んで悟浄がキスしようと顔を近づけた瞬間、身体が宙を飛んだ。
「いっでえええぇぇ〜〜〜っっ!!!」
もの凄い破壊音と共に、悟浄は背中から壁へと叩き付けられた。
どうやら八戒に巴投げを仕掛けられて吹っ飛ばされたらしい。
「…教育的指導です」
背中を打ち付けた痛みに床を転がっていると、仁王立ちした八戒がコワイ顔で悟浄を見下ろしてくる。
「ヒデーよぉ〜よくも愛する恋人を投げ飛ばしたなぁ〜」
「悟浄が所構わずサカッたりするからでしょう。自業自得です。ここは幼気な幼児が通う保育園なんです。ちょっとは行動を慎んで下さいよ」
八戒は呆れ返りながらも、ひっくり返っている悟浄に手を差し伸べた。
邪険にされた悟浄はプイッと背中を向けると、何やらブツブツと不満を呟き出す。
「全くもぉ…仕方ないですねぇ」
転がっている悟浄の側に膝を付くと、ポンポンと背中を叩いて宥める。
まるで子供の面倒を見ているのと変わらない。
「悟浄ってば。ご機嫌直して下さいよ、ね?」
「…ヤダ」
「悟浄ぉ…」
腕を組んで転がったまま悟浄は八戒から視線を逸らす。
「もぅ…どうしたらご機嫌直して貰えるんですか?」
「…チュウしてくれたら直る」
悟浄の我が儘に、八戒が頬を赤らめた。
ムスッと唇を尖らせてふて腐れている悟浄の顔に、光を遮って影が差す。
「あ…れ?」
頭上を振り仰いだ瞬間、唇に柔らかい感触が落とされすぐに離れた。
咄嗟に指先で自分の唇をなぞる。
「…ご機嫌直りました?」
直ぐ近くで、八戒が微笑みながら見下ろしていた。
漸く八戒がキスをしたんだと悟浄は気付く。
悟浄が歓びで瞳を輝かせて八戒を見つめた。
「はぁ〜かいぃぃっっvvv」

スカッ。

抱き寄せようと伸ばした腕が見事に空振りする。
拍子抜けして顔を上げると、八戒の身体は素早く後方へ移動していた。
「八戒ぃー…」
恨めしそうに悟浄が八戒を睨め付ける。
「言ったでしょう?時と場所を考えて下さいって」
「何だよぉっ!八戒だって俺にチュウしたじゃん…」
言い募ろうとしている悟浄の目の前で、スッと八戒が双眸を眇めた。
「今度は地獄車ですよvvv」
「…ごめんなさい」
あまりの恐ろしさに、悟浄は正座に座り直して深々と土下座する。
簾もいつものことで慣れてるのか離れた所にちょこんと座って、八戒から貰ったキャンディーを舐めていた。
「ごじょちゃん弱い〜カッコわるぅ〜い♪」
キャッキャと笑って、悟浄を指差す。
さすがにバツ悪いのか、悟浄は赤くなった顔を誤魔化して俯いた。
ドッカリと胡座で座り直すと、ガシガシと髪を掻き上げる。
「ったく…簾、ケン兄には言うなよぉ〜!マジ、カッコ悪ぃ」
悟浄と簾の会話を聞いている八戒の顔色がふと変わった。
何かを考え込んでる様子に、悟浄は首を傾げる。
「どした?八戒」
そういえば、ここに来たときも。
八戒は何やら思い詰めた表情で悟浄を見つめてきた。
何か保育園であったんだろうか。
「あの…ですね?これは言った方が良いのかどうか考えちゃって」
「へ?何を??」
悟浄が聞き返すと、八戒はチラッと簾の方へ視線を向けた。
「簾、ちょこっと八戒センセーと話あっから、庭で遊んで待っててくれよ」
「うん、わかった〜」
「そんなに時間待たせねーから」
靴を履いて走っていく背中に、悟浄は声を掛ける。
簾が砂場で遊びだしたのを確認すると、悟浄は八戒の方へ視線を戻した。
「それで?簾に何かあった?」
「どうしましょうっ!悟浄っ!!」
「はい!?」
切羽詰まった様子の八戒に、悟浄は頬を引き攣らせる。
コワイぐらい真剣な顔で、悟浄に詰め寄ってきた。
「簾クンが、本気で天ちゃんを好きみたいなんですっ!」
「何か…朝もんなこと…言ってたっけ。でもあれは…」
「冗談じゃなかったんですよっ!現にさっき僕は天ちゃんがキャンディー好きかどうか簾クンに訊かれちゃいまして…ほんっとーに!ホワイトデーに簾クンは天ちゃんへキャンディーをプレゼントしたいらしいんですよぉ」
ほとほと困り切った八戒は、床に手を付くと、ガックリと項垂れる。

簾が、天蓬をマジで好き、と?

「うわあああぁぁっ!?どっ…どーすんだよぉっ!!」
漸く状況を把握した悟浄も、一緒になって慌てだした。
「何だって簾がっ!いや…簾だからか?」
意味不明なことを呟いて、悟浄が思いっきり顔を顰める。
「もぅ…悟浄何言ってるんですかぁ」
「いや、簾ってさ。もー、親戚一同が全員一致で感心する程、ケン兄ソックリなんだよな」
「はぁ…それは僕もそう思いますけど」
「と、いうことはだ。つまり…惚れるタイプもこれまたソックリで当たり前っつーか」
「そんなぁ…簾クンはまだ子供なんですよっ!年相応の可愛い女の子じゃなく、よりによって何で天ちゃんなんかにっ!!」
八戒の言い草も随分だ。
しかし、悟浄は反論もせずうんうんと頷く。
「でもさぁ…そうすっと…簾は間違いなく『失恋』なんだよな」
「悟浄…」
苦笑を零す悟浄を、八戒も悲しげに見つめた。

ちっちゃな簾の初めて好きになった人は。
大好きな父親の恋人。
ましてや天蓬が捲簾しか見ていないのは明らかで。
小さな心が傷ついてしまわなければいいけど。
「…ケン兄には言えねーよなぁ」
「やっぱり…黙っていた方がいいですよね」
「ん…簾が天蓬に懐いてる分にはケン兄もヘンに勘ぐったりしねーだろうし」
「僕、天ちゃんにはそれとなく釘刺しておいた方がいいでしょうか?」
八戒が心配そうに砂場で遊んでいる簾へ視線を向ける。

簾が自分で初恋を昇華出来るように。
好きな子が現れれば、すぐに思い出に変えられるだろう。

「そうしてくれる?いつも通り…簾のこと面倒見てくれるようにさ」
「はい…」
「ったく…参っちゃうよなぁ。無邪気なお子様は」
「本当に…天ちゃんのどこがいいんでしょう」
「顔だ、顔。絶対間違いない」
「悟浄…いくら天ちゃんでも、それじゃあんまりですよ」
「でもそうだもん。そんな所までソックリ親子じゃなくったっていいのにさ〜」
八戒と悟浄は互いに見つめ合うと、深々と溜息を零した。



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