White day Attraction



「い………ってぇ…っ!ダメだやっぱ」
捲簾は低い声で唸って、そのままベッドへ倒れ込む。
身体中どこもかしこも痛かった。
関節が軋んだり、口では言えないような部位がジクジク疼くのは、もうこの際慣れたからいい。
問題は何やら擦れて血が滲んだ皮膚。
手首に足首、更には首やらとんでもないトコロの付け根まで。
とにかくヒリヒリして仕方がない。
最後の方は理性も吹っ飛んでいたから、無意識に動いてしまったのだろう。
赤く腫れて血が滲んでいるのは、拘束具で擦れた跡だ。
それにしても分からない。

「…何のつもりなんだよぉ。バカ天」

仰向けに突っ伏したまま、捲簾はぼやいて髪を掻き回す。
視界を掠める白い色。
朝、目覚めると捲簾はグルグルに包帯を巻かれていた。
いちおうは気を使って手当をしたらしい。

が、しかし。

首筋や手首、足首だけでなく身体中怪我のしていないところまで包帯が巻かれていた。
どうやら手当てしているうちにいちいち包帯を切るのが面倒になって、そのまま傷口まで辿ってグルグル巻いていったようだ。
しかも適当に巻いただけの包帯は弛んで傷口からずり落ちていたから、殆ど手当てしている意味がなかった。
気を使っているのかそうでないのか。
それともただの包帯萌えでプレイのつもりなのかと疑ってみる。
裸体から垂れ下がる包帯を眺めて、捲簾は深々と溜息を零した。
「アイツ…本当に医者かよ。包帯ぐらいまともに巻けっつーの」
中途半端なミイラ男にされた捲簾は、解くのも面倒になってそのままベッドへ突っ伏す。
寝室に天蓬はいなかった。
傍らにはまだ温もりが残っているので、シャワーでも浴びに行ったのだろうか。
バレンタインから目論んでいた本願を達成して、さぞかしご機嫌で浮かれてるに違いない。
「まぁ…愉しんだってーいやぁ愉しんだけど、な」
コロンと身体を横たえて、捲簾は枕に肘を付いた。

ホワイトデーで捲簾も浮かれていたと言われれば否定はしない。
そもそも気持ち悦いことは大好きだ。
ましてや恋人とのセックスなら尚更。
特別な日にちょっと趣向を変えて愉しむのも、まぁアリかもしれないが。

但し。
あくまでも『ちょっと』ならだ。

天蓬には節操とか際限という言葉がない。
いつもギリギリでどうにか歯止めを掛けているが、放置して何も言わなければどこまで暴走するのか。
勿論そんなこと恐ろしすぎて許す訳がない。
それこそSM紛いだろうが道具で羞恥プレイだろうが、屋内だろうが野外だろうが、天蓬が望んで二人で気持ち悦くなれて愉しめれば捲簾は何だってオッケーだ。
そういう非日常的なモノに興奮を求める気持ちもたまにはある。
初めのうちは捲簾にも抵抗はあった。
スルならともかく、捲簾はされる方だ。
…勿論されっぱなしにはしないが。
厭だ厭だと思ってはいても、深層心理では案外その禁忌に惹かれているのかもしれない。
天蓬がそういう行為を強いれば強いる程、身体も頭も異常に昂ぶり、感じ易く敏感になった。
結局行き着くのは。

天蓬と気持ち悦くなれれば何でもいい。

元からセックスに関して倫理観は無いので、受け容れるのに抵抗はなかった。
それでも許容の限界はある。
丸1日動けなくなるのは勘弁して欲しい。
自分一人ならまだしも、捲簾には子供が居る。
まだ子供一人で何でもできるような年齢じゃないから、親の自分がキチンと面倒を看なければならない。
そう毎回懇々と天蓬には言っているのに。
天蓬はキレて羽目を外すと、きれいさっぱり簾の存在を吹っ飛ばしてしまう。
そして翌朝。
怒鳴りつけられて、捲簾の代わりに簾の面倒を看ることになっていた。
当然今日もだ。
「あー…今何時なんだよ?」
捲簾はゴロンと気怠げに転がり、ベッドサイドの目覚ましを掴み取る。

時計の針は7時を少し回っていた。
あと1時間もすれば、簾も腹を空かせて起き出すだろう。
「ったくよぉ…風呂入りてぇのに、天蓬何やってんだよ?」
とりあえず捲簾が失神した後に後始末はしたらしい。
身体に昨夜の淫靡な名残は無かった。
手当もしたぐらいだから、身体も拭っただろう。
それでもやっぱりシャワーを浴びてスッキリしたい。
何度か身体を起こそうとはしたが、腰と脚に力が入らず、さっさと断念した。
そうなると天蓬の手を借りて移動するしか方法がない。
その肝心の天蓬が、いつまで経っても戻ってこなかった。
風呂に入ってるとばかり思っていたが違うのだろうか。
捲簾が目覚めた時にはベッドの傍らは空だった。
既に20分は経っている。
何だか今度は心配になってきた。
濃密な夜を過ごした翌朝に一人取り残された寂しさと腹立たしさで、捲簾はムスッと顔を顰める。

「天蓬?てぇ〜んぽぉ〜!?」

返事はない。
捲簾の眉間にクッキリ皺が寄った。

俺が呼んでるんだから、直ぐに来いよなっ!

しかし幾ら待っても天蓬は戻ってこない。
恋人の自分より優先させる何かがあるなんて許せなかった。
捲簾の瞳にジンワリ悔し涙が浮かんでくる。

「天蓬のバカーーーッッ!!」

天蓬の使っていた枕を掴むと、捲簾は思いっきりドアへ投げつけた。






ピンポーン。

遠くの方で微かにチャイムの音が聞こえる。

ピンポンピンポーン。

「………ん?」
眠っていた意識がフンワリと浮かび上がってきた。
それでもまだ目覚める程ではない。
傍らの温もりを抱き締めると、八戒はまた心地良い眠りの底へと沈みそうになった、が。

ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン。

「………何ですかっ!もうっ!!」
傍迷惑なチャイムの連打攻撃で、さすがにパッチリ目が覚めてしまった。
欠伸をしながら眠い目を擦ると、八戒はベッドヘッドに置いてある目覚ましを見上げる。
「あ…え?何ですかぁ…まだ7時過ぎなのに」
ボンヤリしている間も、玄関からはチャイムが鳴り響いていた。
こんな早朝から一体誰が何の用なのか。
居留守を使おうかとも思ったが、チャイムは諦めることなく鳴り続けていた。
この分だとドアを開けて出るまで、しつこくチャイムを連打するに違いない。
段々リズムを取ってまでチャイムが鳴らされ続けた。
「全く。朝っぱらから常識知らずなヒトですね…っ!?」

常識知らず。

八戒にはその該当人物に心当たりがあった。
まさか?と思いつつ、こうもチャイムを連打されると疑問が確信になる。
しかもチャイムを鳴らしている人物は、部屋が留守じゃないのを知っているとしか思えない。
半身を起こして眉を顰めると、温もりが離れるのを厭がって悟浄の腕が絡みついてきた。
チャイムはまだ鳴り続けている。
八戒が身動いだせいで悟浄も目覚めてしまい、眩しそうに目を瞬かせた。
ぼんやり八戒を見上げると、部屋中にチャイムが鳴り響いている。
「んぁ?誰…だぁ?今何時よ??」
「7時少し回った所なんですけど」
「ったく、バッカじゃねーの。朝っぱらから迷惑だなぁっ!いーから放っておけよ」
「でも…かれこれ5分はチャイム鳴ってるんですよ?」
「はぁ?5分もっ!?」
さすがに悟浄も呆れ返って身体を起こした。

ピンポーン。
ピポピポピポピンポーン。
ピピピピピピピピピピピンポンピンポーン。

「…のやろぉ。悪戯か?」
遊んでいるようなチャイムの連打に、悟浄はムッと不機嫌になる。
「今までこんなことありました?」
「いんや?ねーけど」
「じゃぁ、悪戯じゃないんですよ」
「…どういうこと?」
八戒が頭を抱えて溜息を零すのに、悟浄は目を丸くした。
明らかにチャイムの相手を知っているような口振りだ。

「悟浄…昨日は何の日でした?」
「あ?ホワイトデーだろ?」
「そう、ホワイトデーです。そして世間の恋人達が僕たち同様、散々濃密な夜を過ごした翌日な訳です」
「まぁ…確かに濃密だったよな。この節操なしっ!」
「それはお互い様でしょう?悟浄だってキュウキュウ締め付けて、自分が失神するまで離してくれなかったで…」
「わーっっ!!」
悟浄が真っ赤な顔で耳を塞ぐのを、八戒はニッコリ笑顔で手を引き剥がす。
「だって悟浄が『もっともっと奥突いてっ!』とか『ソコもっと擦って〜』とか『八戒のアレが挿ってるトコ見たい』とか可愛らしくお強請りするから、歯止めが利かなくて大変だったんですよぉ?」
「そんなハッキリゆーなっ!!」
両腕を八戒に掴まれたまま、悟浄は脚をバタつかせて抗議した。
厚顔無恥なところはやっぱり天蓬の血縁故か。
朝日の似合う爽やか笑顔で、平然と卑猥なことをペラペラ話す。
「もうっ!悟浄ってば可愛いですvvv」
「うっせーっ!俺は男前だっ!!」
目覚めからテンション高くイチャつき始めた二人にもお構いなく、チャイムは相変わらず鳴り止まない。
八戒がギューッと抱き締めてくるのを悟浄は真っ赤な顔で押し返す。
「あーっ!チャイムうるせーっ!新聞の勧誘だったらド突き倒すっ!!」
「新聞屋さんじゃないですよ」
「じゃぁ、誰なんだよっ!」
「ですから。目眩く官能の一夜を過ごしながらも、平然として人様の迷惑顧みない自分本位なヒトですよ」
八戒の歯に衣着せぬ痛烈な説明で、悟浄の脳裏に一人の人物が浮かび上がった。

「もしかして…天蓬?」
「もしかしなくっても天ちゃんですよ」
「居留守だ居留守」
「通用しませんよ。僕らが出るまでずーっとチャイム鳴らしてますよ。絶対」
「あああぁぁああっ!もうっ!何だってんだよっ!!」
「用件は分かってます。多分…朝ご飯です」
「は?何で天蓬が朝飯タカリにわざわざ来んの?」
「買いに行くのが面倒だからですよ」
「面倒って…んな理由で朝っぱらからラブラブな俺らの邪魔しに来てんのかっ!?」
「…天ちゃんはそういうヒトですから」

八戒が諦めながら溜息を零すのに悟浄は呆然とする。
「まぁ、きっと簾クンの朝食を調達したいんでしょうけどね」
「でもなんでわざわざ八戒に?」
「天ちゃんは決して食い意地が張ってる訳じゃないんですけど、グルメなんです」
「確かに八戒のメシは旨いけどさ。それならケン兄だって居るんだし…そうだっ!ケン兄が居るのに何で八戒に作らせようとするんだよっ!?」

悟浄の疑問は尤もだ。
しかし、哀しいかな八戒には分かってしまう。
天蓬には前科があった。

「ですからね?昨夜はその…天ちゃんが…捲簾さんにご迷惑お掛けしたんじゃないか…と」
「天蓬が?ケン兄に………あっ!」
悟浄の脳裏に捲簾の部屋で発見した怪しい道具の数々が浮かんだ。
きっと、間違いなく。
捲簾は天蓬とすっごいプレイをした。というか、されちゃったに違いない。
さすがに悟浄でも、兄がヒーヒー言わされてる姿は想像できなかった。
というより、脳が拒絶する。
「…ケン兄は起き上がれないんだな」
漸く天蓬の迷惑極まりない行動が分かった。
分かったが、納得できる訳じゃない。
折角八戒と二人っきりでいるのを誰にも邪魔されたくはなかった。
悟浄がふて腐れた表情で煩悶していると、八戒は苦笑いを浮かべる。
「こればっかりはね?天ちゃんだけでしたら僕だって無視しますけど、簾クンがいますからねぇ」
「う…っ」

確かに。
オトナの二人だけなら知ったこっちゃないが。
簾は悟浄にとっても可愛い甥っ子。
何の落ち度もない幼気な子供にお腹を空かせたまま我慢しろとは言えなかった。
簾がお腹が空いて泣きそうになっているのを、叔父バカな悟浄が黙っていられるはずもない。
悟浄は八戒の腰にしがみ付いて、ガックリと項垂れた。
とりあえずは譲歩するしか無さそうだ。

「八戒ぃ…頼むわ」
「そうですね…天ちゃんには貸しばっかりで。そのうち纏めて返して貰いますからね」

八戒は悟浄の頭を優しく撫でると、しつこくチャイムを鳴らす玄関へ向かった。



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