White day Attraction



「はぁ…悟浄クンはコーヒーいれるのお上手ですねぇv」
「…朝っぱらから人様んちで何くつろいでんの」
ピキッと額に血管を浮かび上がらせた悟浄が、のほほんとコーヒーを堪能する天蓬を睨み付ける。
八戒と言えば忙しなくキッチンで立ち回っていた。
それもこれもさっさとこのお邪魔虫の厄介者を帰したいが為に、一心不乱で鍋を掻き回している。
人の事情などどうでもいい天蓬は、のんびり部屋を見渡してぽかんと呆けた。
「捲簾もですけど、悟浄クンも綺麗好きなんですねぇ…灰皿以外は」
「灰皿は天蓬が汚してんだろうがっ!」
人聞き悪いと悟浄はムッツリ憤慨する。
部屋の中は男の独り暮らしの割りに物は多いが、その分きっちり整理整頓されていた。
見える場所にはホコリは無く、きっと八戒がマメに掃除しているのだろう。
それでもローテーブルの灰皿周りは、灰が飛び散って白く汚れていた。
「でも僕は缶を灰皿代わりにはしてませんけど?」
「うっ!」
「そうですよっ!もう悟浄ってば、何度言ってもやめてくれないんですよねぇ」
鍋から視線は逸らさずに、八戒がすかさずツッコミを入れる。
悟浄も散々八戒から小言を言われてるせいでバツが悪い。
別に直接睨まれている訳でもないが、挙動不審に視線を泳がせた。
「いや…そのぉ…なぁ〜んかクセになってるっての?」
「そんな悪癖直して下さい」
即座に八戒から否定され、悟浄はしょぼんと項垂れる。
我関せずの天蓬は、ズズズーとコーヒーを啜った。
「それは早く直さないといけませんよね〜」
「天蓬にだけは言われたくねーよっ!」
ガラクタ部屋に平然と住んでいる天蓬に言われる筋合いは無い。
悟浄が聞く耳持たない天蓬を睨み付けていると、キッチンからは良い匂いが漂いだした。
クンクンと鼻を鳴らすと、急に腹が減ってくる。
「なーんかすっげ旨そう」
「ホントですねぇ…僕もお腹空いてきちゃいました」
「何二人して暢気なこと言ってるんですかぁ」
オーブンで焼いているパンの様子を確認しつつ、八戒は溜息混じりに呆れ返った。
スープも出来上がったし、後はパンが焼けたら具材をサンドするだけ。
本日の強制朝食メニューはスモークチキンとフレッシュハーブ&卵とベーコンのピタパンサンド。
香ばしいベーコンの香りが食欲をそそった。
「だ〜ってぇ?俺昨夜のすっげハードな運動のせいで腹減ってるもぉ〜ん」
「そんな…ハードって」
悟浄が上目遣いでわざと拗ねてみせると、途端に八戒の頬が赤く染まる。
二人の様子をキョロキョロ観察していた天蓬が、訳知り顔で頷いた。
「なるほど。八戒達もラブラブな夜を過ごしたんですねぇ」
「…天蓬もじゃねーの?」
不可抗力で事情を知りたくもなかったが知ってしまった悟浄は、じっとり厚顔無恥な天蓬を横目で睨んだ。
すると。
「そうなんですよっ!聞いてくれます?捲簾ってばもぉ〜スッゴク可愛くてっ!!」
悟浄の手をガッチリ両手で握り締めた天蓬が、恍惚とした表情で力説してくる。
頬をピンク色に紅潮させ、夢見る瞳はキラキラと喜びで輝いていた。

ケン兄…一体どんな可愛い格好させられちゃったんだろう。

悟浄は頬を引き攣らせながら、心の中で不憫な兄を思いひっそり涙する。
悟浄が偶然兄のクロゼットで発見してしまった、ありとあらゆる玩具や拘束具の数々。
こんなに天蓬が朝っぱらからハイテンションで舞い上がってるぐらいだ。
相当な無茶をさせられたことは、想像に難くない。
その証拠に捲簾は立ち上がることはおろか、身動きも出来ずにベッドで撃沈中。
だからこそこうして天蓬が、嬉し恥ずかしラブラブカップルが迎える眩しい朝から迷惑極まりない襲撃をしてきた訳だ。
今頃兄はベッドの中で羞恥と痛みに悶絶しているだろう。
自分はまだマシだ。
この天蓬に比べれば、八戒の言動はまだまだ可愛い…と思える気がする。
ただし八戒も天蓬の血縁者。
油断するとこの腹黒悪魔が何を八戒に吹き込むか気が気じゃないのも確か。
「…どうかしたんですか?悟浄」
顔を顰めて独り唸っている悟浄を、八戒がきょとんと見つめた。
天蓬は悟浄の手を取ったまま、勝手に昨夜の捲簾が如何に可愛かったかを勝手に話している。
「ちょっと、天ちゃん。いつまで悟浄の手を馴れ馴れしく握ってるんですか!」
ムッとしながら八戒が天蓬の手を叩き落とした。
赤くなった手の甲をスリスリさすって、天蓬が不思議そうに小首を傾げる。
「八戒はご機嫌斜めですねぇ…何かあったんですか?」
「何かって…天ちゃん以外何があるんですかっ!」
「僕?」
ますます首を傾けて、んー?と顎に指を当てて考え込んだ。
「あぁっ!気が付きませんでした!もしかして、ヤッてる最中にお邪魔しちゃいましたか?」
「テメェのチャイム攻撃で起こされたんだっ!第一起き抜けに出来るかよっ!!」
「え?悟浄クンって意外に淡泊なんですか?」

…この場合はドコに突っ込むべきだろうか?

チャイム攻撃は悪いとも思ってないところか。
それとも天蓬とケン兄は起き抜けだろうと、朝っぱらから速攻勃たせて発情しまくってるのかよ、オイッ!と言った方がいいのか。
そんな二人に比べたら俺じゃなくても世間の野郎は充分淡泊だ!と言わせたいのか。

悟浄が固まってグルグル考え込んでいると、八戒が天蓬を睨み付ける。
「全く悟浄の言う通りです。朝から人様のお宅のチャイムをあんなにしつこく慣らして。迷惑極まりないですよ。今日はたまたま僕と悟浄が居たから良かったですけど、ご近所の方が見たら何事かって不審に思いますよ。今度からは携帯に連絡入れてからにして下さいね」

八戒…何気に天蓬の行動肯定してねーか?

「そうですね、気が付きませんでした。今度からは連絡してからお邪魔しますね」
「っだあああぁぁーっっ!!」
ほのぼのとした雰囲気で話し合っている従兄の間を割って、悟浄がとうとう我慢できずに絶叫を上げた。
「そうじゃねーだろ?邪魔ったら邪魔なのーっ!!連絡してから来るとかじゃなくって、ラブラブな俺らを邪魔しに来るんじゃねーよっ!!」
バシバシとローテーブルを叩いて、悟浄は切実に訴える。
毎度毎度八戒とゆっくり微睡んでいるところを、邪魔されたんでは堪らない。
涙目でキレる悟浄を注視し、天蓬と八戒は目を丸くした。
しかし二人の反応はそれぞれ。

「悟浄ぉ…そんなに僕との時間を大切に思ってくれてるんですね。嬉しいですvvv」
「僕だって貴方達を邪魔するヒマがあったら捲簾と微睡んでいたいですけど。簾クンがいるからそうはいきませんし」

悪びれもせず肩を竦める天蓬へ、悟浄が眉間に皺を刻んだまま身を乗り出した。
「それだよっ!大体そうなるって天蓬もケン兄も分かってるんだろ?だったら前の晩に買っておけばいいだろうが。天蓬だって電子レンジぐらい使えるだろっ!」
「電子レンジぐらい僕だって使えますよ…加熱する時間が分かれば」
「そうですよ。それだったら天ちゃんが捲簾さんちへお邪魔する時に朝ご飯を買っていけばいいじゃないですかっ!」
「いや…ちょっと待てよ?」
悟浄は座り直して腕を組んだ。
ハッと何かに気付くと、頭を抱えてテーブルへ突っ伏す。
「悟浄?どうしたんですか??」
「ケン兄…ケン兄が夜朝飯の分用意しておけばいーんじゃねーかよぉ」
「………あ」
「その手がありましたねっ!」
今気付いた天蓬がポンッと手を叩いた。
要するに。
捲簾が朝食の準備をして暖めるだけにしておけば、朝天蓬が簾の食事を面倒看れる。と言うことだ。
何で今まで気付かなかったのか。
力が抜けて、悟浄はガックリとテーブルに懐いた。
八戒も苦笑いしていると、キッチンでタイマーの音が鳴る。
パンが焼けたらしい。
後は具材を挟めば出来上がりだ。
キッチンへ戻る八戒の姿を見遣って、悟浄は深々と嘆息する。
「とにかく。ケン兄には俺から言っといてやるから…」
「何だか気を遣わせちゃったみたいで。すみませんvvv」

気ぃ遣わねーと、性懲りもなくまた邪魔しに来んだろーが。

鬱陶しげに髪を掻き上げていると、八戒が出来上がった朝食を持ってきた。
「ほら天ちゃん。こっちの包みがピタパンサンドです。こっちのお鍋はミネストローネスープですからね。ちゃんと零さないように持っていって下さいね」
「あ、美味しそうな匂いです〜vvv」
鍋の中を覗いて天蓬がニッコリ微笑んだ。
「悟浄はどうしますか?すぐ食べます?」
「ん?俺はもうちょっと後でいーや」
それよりも、と悟浄が八戒をちょいちょい手招く。
八戒が悟浄の横へ座ると、ギュッと抱き締めた。
「充電〜vvv」
「もぅ悟浄ってば…子供みたいですよ」
「子供でいーもぉ〜んvvv」
スリスリ八戒の項に鼻を擦りつけて甘えているのを、天蓬がじっと見つめている。
「仲良しさんですねぇ」
「天蓬だって早く戻ってケン兄にすればいーじゃん」
「そうですよねっ!捲簾だってもう起きてるだろうし」
「ん?チョット待った。天蓬ここに来てることケン兄に言ってきてねーの?」
「はい?いえ…捲簾すっごく気持ちよさそうに眠ってたんで起こしちゃ可哀想かな〜って」
「ヤバイんじゃねーの?メモは?何も言ってきてねーなら、ケン兄心配してっかも」
「そうですか?」
「そうですよ。いきなり居なくなったら誰だって心配しますよ」
「ちょっとケン兄に電話してみ?携帯なら近くに置いてあるだろ?」
八戒と悟浄双方から言われて、天蓬はポケットから携帯を取り出した。
メモリーから捲簾の携帯へかけてみる。
暫く呼び出し音が鳴ってから回線が繋がった。
「あ、もしもし捲簾?今僕ね…って、えっ!?」
天蓬が携帯を握り締めたまま呆然と固まっている。
すぐ我に返ると、再度携帯から捲簾へ電話した。
「もしもし捲簾っ!僕は…だからっ!あ…っ」
天蓬の様子を眺めていた八戒と悟浄は、顔を寄せてひそひそ話す。

「やっぱケン兄…怒ってるみてぇ」
「出たらすぐに切られちゃってるみたいですね」

何度も同じコトを繰り返していた天蓬が、携帯を握り締めて床へ突っ伏した。
「けんれぇ〜ん…何でなんですかぁ〜っっ!!」
身体をくねらせグジグジ床へ泣き言を漏らす。
「ケン兄…何だって?」
恐る恐る悟浄が声を掛けると、鼻を啜って天蓬が顔を上げた。
「捲簾酷いんですぅ〜僕が話そうとしても『死ね』とか『誰?』とか『帰って来んなバカ』とか言って通話切っちゃうんですよおおぉぉっっ!!」
「…昨夜ケン兄怒らせるような真似散々シちゃったんじゃねーの?」
あまり兄の濡れ場など想像はしたくないが、予想は出来たのでそれとなく聞いてみる。
天蓬は小さく首を振って悟浄の言い分を否定した。
「そんなことありません。だって捲簾すっごく気持ち悦いって…明け方まで離してくれなかったのは捲簾の方なんですよぉっ!」
天蓬が惚気混じりに切々と訴えるのに、八戒と悟浄は顔を引き攣らせる。
「それに眠る時抱き締めてあげたら、嬉しそうに擦り寄ってきて。ちゃんと僕の背中へ腕を回して抱き締め返してくれたんですからねっ!」

そこまで聞いちゃいねーよ。

悟浄は突っ込みそうになった言葉をすんでの所で飲み込んだ。
それなら捲簾が怒っている理由は何だろう。
「やっぱり天ちゃんが黙って出て来ちゃったからじゃないんですか?」
八戒が何気なく言った言葉で、悟浄はピコッと閃いた。
それは自分にも覚えがある。
「天蓬。多分ケン兄…起きた時に天蓬が居なかったから寂しかったんじゃねーの?」
「え?」
「だってそうだろ?折角のホワイトデーに熱ぅ〜い夜を過ごした恋人が、自分を置いて勝手に居なくなってりゃ」
「………悟浄vvv」
八戒も思いだしたらしく、嬉しそうに悟浄を見つめた。
二人で過ごした初めての朝。
今日のように朝食が無いと天蓬に呼びつけられ留守にした八戒を、悟浄は散々拗ねまくって怒った。
その事を悟浄も言っているに違いない。
ニコニコと上機嫌で見つめてくる八戒に、悟浄は真っ赤な顔をしながらも照れ隠しに視線を逸らせた。
ラブラブの甘い空気の中、どんよりと黒い陰鬱なオーラが漂ってくる。
「どうしましょう…捲簾凄い怒ってるしいいいぃぃっっ!!」
うるるるっと瞳に涙を浮かべ、沈痛な表情で天蓬が項垂れた。
このままだといつまでも居座って、グジグジ鬱陶しいったらない。
八戒と悟浄が大きく溜息を吐くと、悟浄が自分の携帯を充電器から外した。
メモリーからかけ慣れた番号を呼び出す。
「あ、ケン兄。悪いんだけどさ〜天蓬怒んねーでやってよ。いちおう簾とケン兄の朝食心配してた訳だし。つーか、このままココに居られても困るし…うん?うん…そうそう。うん…分かった、言っとく。んじゃね〜」
少しの会話後、悟浄は携帯を切った。
じっと天蓬が悟浄を見上げて様子を窺う。
「…とっとと帰って来いってさ」
「ホントですかぁっ!?」
ぱぁっと現金に全開笑顔になった天蓬へ、八戒は鍋と朝食の包みを手渡した。
「ちゃんと捲簾さんにごめんなさいって謝まるんですよ?」
「分かってますって〜」

…ホントに分かってんのかよ。

八戒に言われて弛みきって笑う天蓬に、悟浄は胡乱な視線を向ける。
「それじゃ、お邪魔しました〜」
「全くな。八戒とイチャイチャすんだから、もう邪魔すんなよっ!」
「僕だって捲簾とイチャイチャしますも〜んvvv」
負けずに言い返してくるのに悟浄が思いっきり中指を立てると、あはははと笑いながら漸く天蓬が帰っていった。
「ったく…世話が焼けるヤツだな」
「すみません…天ちゃんがいつも我が儘ばかり言って」
「何で?八戒が悪いんじゃねーんだから」
八戒に抱きついて悟浄は不思議そうに首を傾げる。
「でもいちおう身内ですから」
「いーよ。ソレを言うならケン兄が躾するべきだっての」
「躾って…まぁそうでしょうけど」
漸く八戒が笑みを浮かべると、悟浄もニッと口端を上げた。
二人でリビングへ戻ると、八戒が何かを見つけた。
テーブルの上に袋が置いてある。
「何でしょうコレ?さっきまでありませんよね??」
「ん?天蓬が忘れてったんじゃね?でも何だろコレ?」
何の警戒もせずに、悟浄は紙袋を開けて中を覗いた。

ぼと。

悟浄の手から紙袋が床へ落ちる。
驚愕で目を見開いた状態で硬直している悟浄に、八戒は首を捻った。
床に落ちた紙袋を拾うと、中を確認しようと開けてみる。
「わああああぁぁっ!開けるなっ!見るなああああぁぁぁーーーっっ!!」
悟浄が断末魔の絶叫を上げて紙袋を取り返そうとするが、一瞬遅かった。
興味津々に八戒が中身を取り出して眺める。

「…コレって。鎖付いて…手枷?
「てぇーんぅーぽおおぉぉぉっっ!!!」

天蓬は朝食の恩をちゃんと返して戻っていった。



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