White day Attraction



ウロウロ。
悟浄はリビングをただひたすらウロついている。
たまに立ち止まっては何事かを思案し、溜息を零すとまた部屋をグルグル歩き回った。

はぁ…どーすっかなぁ。

同じコトの繰り返し。
悟浄の杞憂は深かった。
言うまでもなく、原因は簾のこと。
八戒とも示し合わせた通り、悟浄は簾の幼い恋心を捲簾には伝えてない。
よくよく考えれば子供の初恋だ。
捲簾に報告したところで、急展開が起こる訳でもない。

起きたら大問題だが。

八戒の方は天蓬に上手く伝えられただろうかと、そちらの方も気になるし。
今更簾の失恋は明白だが、できるだけ小さな心を傷つけたくはなかった。
そこらへんは天蓬の手腕に掛かっている訳だが、悟浄は思いっきり唸って頭を抱え込む。
相手が天蓬だけに、悟浄の心配も並じゃない。
「でもなぁ…簾は天蓬が好きでも、天蓬とケン兄は仲良くなけりゃヤなんだよな。子供って複雑なのね〜」
悟浄がブツブツと独り言ちては、部屋の中を徘徊した。

ひゅるるるる〜
ガコッ!!!

「いっでえええぇぇっっ!」
「…さっきから鬱陶しい。バカヤロウ」
悟浄の頭に開けていないビール缶が投げつけられる。
投げた張本人捲簾は、夕食の片づけ最中。
挙動不審に部屋中をウロウロしている弟に対して、静かにキレた。
「ったく…一人でブツブツしゃべりながら何ウロついてんだぁ?」
「へ?あー…ちょぉっと考え事しててー」
悟浄は視線を泳がせて、捲簾から顔を背ける。
その態度に、捲簾は不信感も露わに眉を顰めた。
「おい、悟浄…何企んでやがる?」
「はぁ?なぁ〜んで俺が何か企むわっけー?違うってば!!」
「…ほぅ?もういっぺん、俺の目をキッチリ見ながら言ったら信じてやる」
「………。」
マズイ状況に、悟浄の身体からはドッと冷や汗が噴き出す。
捲簾に背中は向けているが、刺さるような視線と威圧感に挫けそうだ。
あまりの恐怖に悟浄はその場で硬直してしまう。
「やっぱり疚しさがあるから俺んコト見れねーんだろ?テメェ悟浄何隠してやがんだ?あぁ!?さっさと吐きやがれ」

隠し事はあるけど、疚しいことなんかねーよっ!
つーか、ケン兄がコワすぎて身体が動かねぇんだよぉ〜!!
八戒、助けろよおおおぉぉっっ!!

涙ぐみそうになる弱気を叱咤して、悟浄はぎこちなく捲簾の方を振り返った。
「別に…俺がケン兄に隠し事できねーのなんて、一番良く知ってるじゃん」
「本当に?何もねーのか?」
じっと悟浄の真意を探るように、捲簾が悟浄の瞳を真っ直ぐに射抜く。

頑張れっ!頑張れ俺〜っ!!
これも家内安泰、しいては可愛い簾の為だ。

多少口元が引き攣ってしまうが、悟浄は無理矢理微笑みを浮かべた。
双眸を眇めて、なおも捲簾が瞬きせずに見つめてくる。
暫しの沈黙。

「…だったら別にいーんだけど」

不承不承捲簾は納得して、軽く息を吐いた。
悟浄は内心で思いっきり胸を撫で下ろす。
完璧とは言わないまでも、とりあえずこの場は誤魔化すことが出来た。
「だったら、さっきはらしくもなく難しいツラして、何ウロウロしてたんだ?」

ギクンッ。

またもや核心を突っ込まれ、悟浄の肩が小さく跳ねる。
ここでまた妙な態度を取れば、捲簾が不審に思ってしまう。

うわぁっ!どうしよう、どうしよう、どうしよーっっ!!
えーっと…俺が悩むコトってー…
あ。

名案を思いついた悟浄が、ふと表情を曇らせた。
少し俯くと、上目遣いに捲簾を見遣る。
「ケン兄…訊きたいコトあんだけどさ」
「あ?何だよ??」
悟浄の甘えて縋るような視線に、捲簾は目を丸くした。
とりあえず悟浄はソファへと腰を下ろす。
捲簾も何事かとリビングに入ってきて、床に直接胡座をかいた。
話を訊く体勢になると、煙草を銜えて一服し始める。
「で?」
「あのさぁー、ケン兄は天蓬にホワイトデー…」
「グッ…ゲホゲホゲホッッ!!」
突然捲簾が咽せ返って、大きな体を二つ折りに屈めた。
「へ?ちょっと…ケン兄大丈夫かよぉ??」
激しく咽せている兄の背中を、悟浄は慌ててポンポン叩く。
暫く咳き込むと、少し咳が落ち着いてきた。
咳が止まると、捲簾は大きく肩で呼吸して喘ぐ気管を宥める。
「はぁ…苦しかった」
目尻に滲んだ涙を拭うと、捲簾が漸く顔を上げた。
「いきなり咽せちゃったりしてどうしたん?」
「別に…吸い込むタイミングが悪かっただけだって」
「ふーん…」
適当に言いくるめると、悟浄もさして気にせず納得する。
捲簾は消えてしまった煙草を灰皿へ投げると、床に転がっていたビール缶を拾い上げた。
プルトップを勢いよく開けると勢いよく呷る。
一気に半分程飲み干すと、漸く気分が落ち着いてきた。
「そんで?ホワイトデーが何だよ?」
捲簾は缶をローテーブルへ置くと、今度は自分から聞き返す。
「あ、そうそうっ!ケン兄はさ…天蓬にお返しやんの?」
「いちおう…まぁ、考えてっけど。ん?何で俺が天蓬からチョコ貰ったって知ってんだ?」
「そりゃ、当然でショ?だってバレンタイン前にすっげぇ八戒が嘆いてたもん」
「は?何で八戒が嘆くんだよ??」
あの天蓬が引き起こしたチョコに係わる壮絶な惨劇をしらない捲簾は、きょとんと目を瞬かせた。
「いや…俺も話に訊いただけなんだけど。ケン兄、危うく病院送りになる寸前だったらしいぜ?」
「病院…送りぃっ!?」
全く穏やかじゃない話に、捲簾の声もひっくり返る。

たかがチョコで?
何だってそんな物騒なコトになるんだ??

捲簾の顔が無意識に強張った。
天蓬から貰ったチョコは、本人の手作りで。
捲簾も最初聞いたときは心底驚いたけど。
確かに天蓬は家事が全くと言っていい程出来ない。
しかし。
チョコなんてどんなに家事能力のない素人でも、溶かして固めればどうにかなると思うモンだろう。
元あった形をただ変えるだけの作業で、何をどうやったら病院送りになるような危険物に仕上がると言うんだ。
考えれば考える程、捲簾の眉間に深い皺が刻まれていった。
「おい、チョコ溶かして固めるだけじゃねーのか?」
「うん。八戒はそう言ってた。天蓬はただ溶かして固めようとする作業で、謎の物体を作っただけじゃなく、更に噴火させたらしいぞ?」
「噴火ぁっ!?どうやったらチョコが噴火なんかすんだよ??」
「それは…天蓬しかしらねーよ。八戒も訊いたけど、よく分からないらしいし」
「そうか…八戒が俺の命を救ってくれたんだな?」
「ま、そう言うことらしいね〜」
捲簾は今更ながら八戒の気遣いに感謝する。
八戒が天蓬を諫めなければ、あの時自分は謎の物体を突き付けられて食べなければならなかった。
そう考えると、急激に動悸が激しくなった。
「よ…よかったぁー…」
「どうせケン兄のことだから、天蓬がどんなブツ持ってきたって食うんだろ?八戒もそれすっげぇ心配だったらしくって」
「………。」
捲簾の頬が赤く染まって火照り出す。
「あ?何かケン兄赤くなってねー?」
「うっせぇっ!!」
恥ずかしさを誤魔化したくて、捲簾はわざと乱暴に吐き捨てた。
悟浄は別に深い意味もなく言ったんだろう。
しかし。
捲簾はその言葉のもつ意味を敏感に感じ取ってしまった。

天蓬が好きだから、どんなにとんでもないモノを作ってきたとしても。
自分のためだけを想って一生懸命作ったなら、出来がマズくても嬉しくて仕方がない。
そういう天蓬が愛しいから、無理をしてでも平らげるだろう。

と、弟に図星を突かれたようなモンだ。
間違ってはいないがストレートに指摘されると、我ながら恥ずかしくって恥ずかしくって。
「…何でいきなりケン兄真っ赤になってんの?もしかして具合悪ぃの?風邪??」
「違ぇよ、バぁカ」
「何だよ〜っ!心配してんのに!!」
悟浄はムッと唇を尖らせて拗ねた。
子供みたいな反応に、捲簾は苦笑する。
「ヘソ曲げんなって。今更ながら八戒に感謝した訳だよ。そのおかげで天蓬が持ってきたチョコは形は悪くても味はまともどころか旨かったしなぁ」
「あ、そうだったんだ。んじゃ、天蓬もケン兄に旨いって言って貰えてご機嫌だったんじゃねーの?」
「あぁ…ご機嫌だったな。ご機嫌過ぎて…俺…俺はっ!」
「け…ケン兄ぃ〜?」
苦渋を頬に滲ませて握った拳を震わせてる捲簾に、悟浄はゴクリと息を飲んだ。

一体…ご機嫌な天蓬がどこまで暴走したんだろう。

気にはなるが、どうせ捲簾は話そうとはしないはず。
仮に自分だって、バレンタインデーでの八戒の暴走っぷりは絶対口にしたくなかった。
まさか、あんなコトまでさせられるとはっ!
思い出すだけでも、こっ恥ずかしくて失神しそうになる。
…実際失神したんだが。
同じ境遇の兄弟は、互いに口を噤んで放心する。
「お前は?何贈るんだよ、八戒に」
先に重い口を開いたのは捲簾。
悟浄は落ち着かないのか、何度も髪を掻き上げた。
「んー…まだ決めてねー。どうせなら八戒の欲しいモノ上げようと思ってさ。ずっと前から食器洗浄機欲しがってたからソレにしようかって言ったら、高価すぎるからイヤだとか文句つけるしさぁ」
「その前に…色気が全くねーよ。八戒はどこぞのお母さんかっての」
「どうせなら人妻にしてvvv」
「そう言う問題か?バ〜カ」
捲簾は呆れ返って、悟浄の脚を叩く。
「そういうケン兄はどーなんだよ?天蓬もすっげぇ期待しまくってんじゃねーの?」
特に他意もなく、悟浄は何の気無しに捲簾に言い返した。

ところが。

「ケン兄?どっ…どうかしたっ!?」
悟浄の目の前で、見る見る捲簾の顔色が悪くなる。
顔面蒼白の捲簾は、震えながら強く唇を噛みしめた。
「…黙秘権行使する」
「はぁ?それって…もしかして口にするのもヤなこと…天蓬に要求されてる、とか?」
「………。」
今度は打って変わって。
捲簾の顔が一気に真っ赤に染まった。
何となくだが。
悟浄には分かってしまった。
多分、自分の想像は間違ってないだろう。
「なぁ、ケン兄。そんなスッゴイこと…されちゃうの?」
「う…」
「天蓬、何しようとしてんだよ?」
「………。」
捲簾は真っ赤な顔のまま、悟浄と視線を合わせない。

こっ…こえぇぇっ!天蓬のヤツ、何ヤラかそうとしてんだよぉっ!?

悟浄の顔色もサーッと青くなる。
ヘタをすれば、自分にもとばっちりが来る可能性もありえた。
だけど、捲簾は頑なに口を閉ざして何も語ろうとはしない。
そうなると、ますます悟浄は気になってきた。

絶対調べてやるっ!

密かに悟浄は天蓬の悪巧みを暴こうと決意した。



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