White day Attraction |
翌日の夕方。 保育園での仕事が終わった頃を見計らって、悟浄は八戒を迎えに来た。 門の前で待っていた八戒は、笑顔を浮かべてすぐに車へ乗り込む。 「何か急にすみません…バイト大丈夫でした?」 「いや?俺は全然構わねーよ。まぁ、平日で店もそんな混まねーし」 頻りに恐縮している八戒に笑いかけると、悟浄はアクセルを踏み込んだ。 向かう先は八戒宅でも悟浄の自宅でもない。 「それにしても…天蓬何やってるんだか」 「本当ですよぉ…だからいつも本を買っては妙な具合に溜め込むの止めて下さいって、散々言ってるんですけどねぇ」 八戒は相槌を打つと、深くシートに凭れた。 本日の外出先は天蓬のマンション。 抱えたディバッグには、結構な量の梱包道具が入っていた。 「しっかし災難だよなぁ、八戒も」 前を向いて運転しながらも、悟浄はチラッと八戒へ視線を流す。 「朝っぱらから天ちゃんの情けない声で目が覚めましたよ」 今朝の出来事を思い出して、八戒は重い溜息を零した。 早朝、八戒がいつものように出勤の準備をしていると電話が鳴った。 こんな朝っぱらから誰だろうと首を捻りつつ、八戒は受話器を取る。 『あっ!八戒ぃっ!大変なんですっ!!』 悲鳴混じりの情けない声音は天蓬だった。 朝っぱらから不吉な予感に、思わず受話器を下げたいと八戒は切実に感じる。 唐突に無茶苦茶なことを言い出してくるのは、嫌って言う程既に慣らされていた。 一つ息を吐いて、八戒は重い口を開く。 「…今度は何なんですか?」 『玄関先がっ!玄関先が大崩壊ですっ!!』 「天ちゃん…貴方また廊下に本を積み上げましたねっ!あれ程ダメだって言ってるでしょうっ!!」 ズキズキと痛むこめかみを押さえつけ、八戒が受話器に向かって叫んだ。 どうやら玄関先で積み上げていた大量の本が崩れたらしい。 容易に想像が付く光景を思い出すと、八戒は脱力して床にへたり込む。 『そんなには…僕ちゃんと積み上げてましたしぃー』 ボソボソと電話越しで天蓬が言い訳した。 八戒の額にピキッと怒りで血管が浮き上がる。 「そもそも積み上げちゃダメだって言ってるのが何で分からないんですかっ!バランスが悪くなる程積み上げたら崩れるのは当たり前ですっ!大体天ちゃんは昔っから―――」 子供の頃から被ってきている天蓬の悪行をコンコンと説教し始めた八戒に、天蓬は乾いた笑いをするしかない。 「ちょっとっ!何ヘラヘラ笑ってるんです。僕は毎回毎回天ちゃんのせいで…」 『八戒…お仕事の時間大丈夫なんですか?』 絶妙なタイミングで、天蓬が話の矛先を逸らした。 ハッと我に返った八戒は、慌てて時計に目を遣る。 「あ…まぁ、その話はまた後で。それで?玄関は出れるんですか?」 『ええ。どうにか道は造りましたけど…』 天蓬は小さな声で語尾を濁らせた。 大体察しが付いて、八戒は溜息混じりに途方に暮れる。 「…分かりました。今日夜にでも寄って、本の方はどうにかしますから」 『本当ですか?いやぁ〜助かっちゃいますぅ♪』 「ちょっと天ちゃん。反省してるんですか?」 『モチロンですよぉ〜?もう絶対こんなになる程は積み上げませんから』 その言葉も何万回聞いたか分からない。 八戒はまだ寝癖の付いた髪を苛立たしげにガシガシ掻き回すと、大きく息を吸い込んだ。 「とにかくっ!そんなことばっかりしてると、いつまで経っても捲簾さんを自宅にご招待なんかできませんよっ!」 『え?どうしてですか??』 「当たり前でしょうっ!天ちゃんのそんなガラクタや本ばっかりの汚い部屋なんか見たら、捲簾さん怒りで卒倒しちゃいますよ。簾クンにだって身体に悪いです。天ちゃんちの埃で簾クンが喉を痛めたりしたらどうする気です?」 八戒が日頃から危惧していることを、一気に捲し立てた。 さすがに天蓬も言葉が出ないらしい。 言い返すこともせず、受話器の向こうは静かだ。 「ちょっと?天ちゃん?聞いてるんですか??」 『そこまで言わなくっても…』 「言ったって直さないでしょうっ!」 『………。』 脛に傷を持つ天蓬は、二の句が付けずに黙り込む。 天蓬の様子に溜飲下がって、八戒は改めて受話器を持ち直した。 「とにかく、それ以上被害を広げないで出かけて下さいね。夕方僕が寄って片づけますから」 『…お願いします』 「今日は天ちゃん帰り遅いんですか?」 『多分…8時ぐらいには帰れると思いますけど』 「そうですか。僕の方も天ちゃんにお話があったんですよ。夕食はどうします?」 『うーん…多分食事取ってる時間無いと思いますんで』 「分かりました。夕食も用意しておきますから」 それから少し話をしてから、八戒は天蓬からの電話を切った。 「まぁ、とりあえず玄関先だけらしいんですけどね。どうなってるやら」 八戒はぼやきながらポケットに手を入れ、飴玉を取り出すと口の中に放り込んだ。 信号待ちで停車して、悟浄は横を向いて八戒を見つめる。 「ん?八戒飴好きなんだ」 結構大きな飴玉のようだ。 八戒の頬が丸く膨らんで、モゴモゴと動いている。 「悟浄が煙草吸うのと同じですよ。何となく口寂しい時に丁度良いんです」 「何だよぉ〜!そ〜んなに口寂しいなら、俺が寂しくないように濃厚なチュウを〜」 「あ、信号変わりましたよ」 シートを乗り越え顔を寄せてくる悟浄の頬を両手で掴むと、グキッと無理矢理前を向かせた。 「いでっ!八戒お前なぁ〜」 痛さに涙目になって不満を言おうすると、後方から急かすようにクラクションが鳴らされる。 八戒は苦笑を零して、悟浄の肩をポンポンと叩いた。 「ほらほら、早く出さないと」 「わーってるよっ!」 悟浄はブツブツ文句を言いながら、サイドブレーキを下げてアクセルを踏んだ。 「あー…それにしても、簾クンのこと。天ちゃんにどう言いましょうかねぇ」 飴を口中で転がして八戒がぼやく。 やはりホワイトデー前に、天蓬には話を通しておかないとならないだろう。 「俺あれから考えたんだけどさ。案外天蓬は気付いてるんじゃねーの?」 「天ちゃんが?」 八戒は悟浄の言葉に驚いて目を見開いた。 前方を見ながら悟浄が頷く。 「だって、あれだけケン兄のところに入り浸ってるんだぜ?天蓬って天然ボケのところはあるけど、人の気持ちって言うか…そういうの聡いんじゃねーの?」 「言われてみれば…そうかもしれません」 「だったらさ。仮に簾が何か言ってきても、いつもどおり接してくれって言えば大丈夫なんじゃないかって思う訳よ」 悟浄は片手で煙草を銜えると、前から視線は逸らさず器用に火を点けた。 「何か…僕より悟浄の方が天ちゃんのこと分かってるみたいですね」 「あれ?八戒ったらヤキモチ?いやん、ごじょ嬉しいぃ〜んvvv」 悟浄の戯けた調子に、八戒は小さく噴き出す。 「そうですよぉ〜?何で悟浄はそ〜んなに天ちゃんのコト分かるんですか?僕、ちょっと天ちゃんに嫉妬しそうです」 「はっ…八戒…っ」 ゴクンと悟浄が大きく喉を鳴らした。 「悟浄。言っときますけど、運転してる最中に妙な気起こさないで下さいね。僕まだ死にたくないんで」 「うっ…うわあああぁぁんっ!八戒のイケズぅーっっ!!このままラブホに連れ込むぞぉっ!!」 運転しつつも身体を悶えさせ、悟浄が涙声で絶叫する。 ふむ。と八戒は首を傾げると、視線を下げて悟浄を眺めた。 「さすがに運転してるのに危ないですよねぇ…」 「あぁ!?何がよっ!!」 「え?何か悟浄キツそうだから、口で宥めてあげようかなーって思ったんですけ…」 八戒が言い終わらないうちに、悟浄が速攻ウィンカーを出して思いっきりハンドルを左に切った。 急激な左折に身体がぶれて、八戒はドアに頭をぶつける。 「イタッ…ちょっ…悟浄ってば急になんですかっ!危ないでしょうっ!!」 「いーからっ!ちょっと黙ってろよっ!!」 何だか切羽詰まった悟浄の様子に、八戒は口を噤んだ。 一体どうしたんだろうか? ぶつけた頭をさすっていると、またもや悟浄は急ハンドルを切る。 「ちょっと悟浄っ!いい加減にして下さいよっ!!」 あまりにも乱暴な運転に八戒が怒鳴ると、キキッとタイヤを慣らして急停車した。 止まったのは大きな駐車場。 車も殆ど駐車してなくて、随分閑散としていた。 状況が分からず、八戒はキョロキョロと周りに視線を向ける。 「悟浄…一体何でこんなところに?ここドコなんですか??」 「あ?ココあっちにあるパチンコ屋の臨時駐車場」 「パチンコ屋の?何でこんなところに止まるんですか?」 八戒がしきりに首を捻っている間、悟浄は慌ただしくシートベルトを外した。 ついでにジーンズのベルトも外し出すのに、八戒はギョッと驚愕する。 「ちょっ…悟浄っ!何ベルトなんか外して…こんな所でナニ出してるんですかっ!!」 ブルッと。 八戒の目の前で、悟浄のご立派な息子サンが取り出された。 しかも思いっきり筋を浮き立たせて勃起している。 「もーダメッ!漏れるっ!破裂するっ!我慢できねーっ!!八戒やってやってvvv」 「………は?」 「んだよぉっ!さっき口でシテくれるって言ったじゃんっ!!」 早く早くと悟浄は八戒の服を掴んで催促した。 八戒はきょとんと目を丸くして、視線を悟浄の股間へと落とす。 そしてまた視線を戻すと、マジマジと悟浄を見つめた。 「そんなに切羽詰まってたんですか?」 「見りゃ分かるだろぉ。煽ったの八戒じゃんっ!」 「僕…煽ったんですかね?」 自分の言動のそんな要素がどこにあったのか、八戒は分からない。 首を傾げて考え込んでいると、焦れた悟浄が力任せに八戒を引き寄せた。 「うわっ!」 ガクンと身体のバランスを崩した八戒が、悟浄の胸に倒れ込む。 咄嗟にシートに手を付いて身体を支えると、視線の先では猛った雄がビクビク震えていた。 つい八戒は小さく喉を鳴らす。 チラッと上目遣いで悟浄を見れば、すっかり欲情して涙まで滲ませていた。 うーん…さすがにこれで我慢させるのは可哀想ですかねぇ。 八戒は淡い笑みを口元に浮かべた。 しかし、ここは駐車場とはいえ天下の往来。 車中とはいえ野外でヤルことに、八戒は少し躊躇った。 「なぁ…八戒…っ…俺の舐めて…八戒の口ん中に出してぇ…よ」 掠れた甘い声に強請られ、八戒の鼓動が一気に昂ぶる。 「仕方ないですねぇ…1回だけですよ?そしたら天ちゃんちに行きますからね?」 悟浄はコクコクと必死に頷いた。 どのみちこのままじゃ運転なんかできそうもない。 「ん…分かったから…早く…っ」 必死に催促されて、八戒は悟浄の下肢へと頭を伏せた。 「うわぁ〜何だこの部屋ぁ」 悟浄の呆れた声が八戒の背後で聞こえる。 漸く辿り着いた天蓬のマンションで、八戒は玄関に入った途端金縛りにあった。 廊下を埋め尽くされた本、本、本の山。 「一体天ちゃんはココをどうやって通り抜けたんでしょうか?」 八戒は項垂れながら、手にしていた買い物袋と鞄をドサッと置いた。 天蓬が電話で言っていた通り道なんかどこにもない。 この状態ではリビングに行くことも不可能だ。 「なぁ…これってこっから片づけていかねーと無理そうじゃね?」 「…そうみたいです。全くあの人はどうして毎回毎回」 八戒は愚痴を零して、鞄から梱包用の紐とハサミを2人分取り出した。 それを後から悟浄が手に取る。 「そんじゃ、手分けしてとっとと片しちゃおうぜ」 「悟浄、お願いします」 溜息混じりに頷き合うと、二人は一心不乱に本の束を作り始めた。 |
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