White day Attraction



玄関先を占領していた大量の本を小分けに梱包して、手際よく廊下に束を並べていくとどうにかリビングまでの道が開けた。
今度はその本の束を、天蓬が1室潰して使っている書庫へと運び入れる。
経験のある八戒と悟浄がモクモクと作業すると、程なくして完了した。
悟浄が廊下をモップがげしている間に、八戒は買ってきた夕食の食材をとりあえず冷蔵庫へ保管する。
「八戒ぃ〜とりあえず廊下終わったぞ〜」
「ご苦労様でした。今お湯沸かしてるんで、コーヒーいれますね」
「おうっ!それにしても…どうやったらヒト一人でアレだけの本散らかせるかねぇ」
悟浄はリビングに入りながら、強張った肩をコキコキと鳴らした。
お湯を沸かしている間に、八戒は手早くキッチン周りを掃除する。
普段天蓬が立ち入ることのないキッチンは荷物もなく閑散としていたが、その分リビングは雑然としていた。
リビングに入った途端、悟浄は額を手で押さえ込む。
「何だぁ〜こりゃっ!廊下だけじゃなかったのかよぉっ!!」
乱雑に積み重ねられた本に、訳の分からない置物。
何やら古そうなおもちゃの箱などが、所狭しと広げられたままだ。
それでも廊下に比べればまだ足の踏み場は確保されていたが、ローテーブルとソファの周りだけ残して、物達が溢れかえっていた。
「…これも適当に纏めて書庫に突っ込んじまうか」
「お願い出来ますか?僕その間に夕食の準備しちゃいますから」
申し訳なさそうに、八戒が悟浄にちょこんと頭を下げる。
悟浄は苦笑を零しながら、ヒラヒラと手を振った。
「いいって。天蓬が八戒に電話してきたって話で大体想像はついてたから…気にすんなよ。それにしても〜」
悟浄は長身を屈めると、足許の物をザッと壁際へと押しやる。
「天蓬って所謂本の虫ってヤツかと思ってたんだけど、純粋に収集癖があるんだなぁ。しかも訳分かんねーもんばっかじゃん。何で一般家庭のリビングにコルゲンコーワやサトちゃんが居るんだよ?まさか薬局からパチッてきたのか?アイツ」
大きめのカエルを抱え上げると、それを壁際のオレンジのゾウの横へと並べた。
しかも妙な物はそれだけじゃない。
「天蓬…まさかコレも勝手に店先から持ってきたのか?」
悟浄は目の前でクルクル渦を巻いて輝いている青・赤・白のポールを呆然と眺めた。
間接照明と言えば見えなくもないが、これは誰でもが見覚えのある照明だ。
街中の床屋の前で必ず見かける物。
それが何故天蓬宅のリビングでクルクル回っているのか。
「うーん…酔っぱらって持ってきたって訳じゃないみたいです。天ちゃんの話だと何でもこの手の物にはマニアの入手経路があるらしくって」
「どんなマニアだよ、そりゃ」
悟浄は呆れ返りながら、大物をとりあえず全てリビングの端へと移動した。
その他にも古そうなブリキのおもちゃや、どこか地方のお土産らしい人形やらがゴロゴロと発掘される。
その収集アイテムには全く統一性もなく、悟浄にはどこがいいのか分からない。
勿論知りたいとも思わないが。
箱物は揃えて積み上げ、乱雑に放置されていた本はキッチリ紐で梱包した。
モクモクと作業を繰り返していると、どうにかリビングの使える面積が広がってくる。
「悟浄、ちょっと休憩しましょう」
「え?あぁ…そうだな」
マグカップを手にエプロン姿の八戒がリビングにやってきた。
物が避けられたローテーブルに2人分のコーヒーを置く。
「はぁ…結構ムキになってやってたなぁ」
「片付け甲斐があるでしょう?」
「そんな甲斐いらねーっつーの」
嫌そうに顔を顰める悟浄に、八戒はクスクスと笑いを零した。
悟浄はシャツのポケットを探ると煙草を取り出す。
火を点けて旨そうに煙を肺に入れると、八戒が悟浄の前に灰皿を置いた。
ひと心地付くと、悟浄は何気なく八戒に目を遣る。
エプロン姿は保育園で見慣れているが、こうして部屋の中で見るとまた趣が違う。
しかも八戒は食事の支度をして、自分はリビングの掃除。
何だか新婚さんの気分で気恥ずかしい。
「…悟浄?何笑ってるんですか?」
ニヘッと相貌をだらしなく崩している悟浄に、八戒は不審気に眉を顰めた。
「え?いやぁ〜何か八戒とこうしてるとさ、新婚さんみてぇだなぁ〜ってvvv」
悟浄が嬉しそうに口元を緩めると、八戒の頬が見る間に赤らんでくる。
「いっ…いきなり何言ってるんですかっ!もうっ!!」
恥ずかしさを誤魔化すように、八戒は闇雲に布巾でテーブルを拭きだした。
しかし、頬を赤らめていたままでは悟浄を喜ばせるだけ。
初々しい八戒の様子に、悟浄の顔はますます脂下がった。
「もーっ!八戒ってばメッチャクチャ可愛いぃ〜んvvv」
愛情を身体全体で表現して、悟浄が八戒へと突進してくる。
「ぐはっ!!」
「…ここは天ちゃんの家とはいえ人様のお宅です。慎んで下さいね〜」
八戒が足蹴にしたローテーブルの縁が、悟浄の鳩尾を直撃していた。
背後のソファとギッチリ挟まれて、悟浄は身動きが取れない。
「ぐえええぇぇ〜っ!ギブギブーッ!」
苦しそうに藻掻いて降参すると、漸く押さえつけられていたテーブルから力が抜けて隙間が出来た。
パッタリと力が抜けて、悟浄がテーブルに突っ伏す。
「ゲホッ…八戒ぃ〜無茶苦茶すんなよぉ〜」
涙目で睨み付けてくる悟浄に、八戒はニッコリと微笑んだ。
「ただの抱擁にしては身の危険を感じましたので、立派な正当防衛ですvvv」
「充分過剰防衛だってぇの…あー胃が痛ぇ」
「人様の家でサカッちゃう悟浄が悪いんですよ?天ちゃんが帰ってきたらどうするんですか。僕は悟浄を危険な目に晒したくはないですし」
「は?何で俺が危険??」
悟浄は目を丸くして不思議そうに首を傾げる。
まぁ、八戒に抑え込まれてる所を見られるのは嫌に決まってるが、それが何で危険なんだかが分からない。
溜息を零しながら、八戒はローテーブルに肘を突いて悟浄を見つめた。
「あのですね…もし仮に天ちゃんが帰ってきたところで、僕たちがエッチの真っ最中だったとします」
「え?イヤン八戒ってば大胆ねvvv」
「………悟浄」
「はい、真面目に聞きます」
思いっきり八戒に睨み付けられ、悟浄は何故だか正座に座り直す。
「で、その現場を天ちゃんが見たとしたら」
「したら?何??」
「間違いなく『あ、楽しそうだな〜。僕も混ぜてくださいよvvv』と言ってきますね」
「はあああぁぁっっ!?」
驚愕のあまり、悟浄の声が裏返った。

じゃぁ、何か?
アイツは恋人同士がイチャイチャとヤッちゃってるところにでも、平然と3Pで混ぜろと言うような鬼畜性欲魔神だって言うのかっ!?

さすがに悟浄も呆然として、視線を宙に彷徨わせた。
放心状態の悟浄を、八戒は複雑な笑みを浮かべつつ眺める。

まぁ、今は捲簾さんが居るからありえませんけど。
昔の天ちゃんなら絶対言いそうですから、嘘は付いてませんよね。

八戒だって悟浄と身体のスキンシップを図るのが決して嫌な訳ではないが、どこでもいつでも時間や場所を弁えずいきなり性欲スイッチが入ってしまうのにはかなり困っていた。
ちょっと姑息ではあるが予防線を張れたことに、八戒は内心でほくそ笑む。
これだけ大袈裟に言っておけば、とりあえず人前でだけでも悟浄だって自嘲してくれるだろうと八戒は踏んだ。
「悟浄だって天ちゃんに乗っかられるのは嫌でしょう?」
ボンヤリとしていた悟浄の焦点が八戒の声で元に戻る。
「…何で俺が天蓬に乗っかられちゃう方な訳?」
憮然とした表情で、悟浄はムッと唇を尖らせた。
天蓬とだったらどう客観的に見たって、悟浄の方が上背も体格的にも上回っていて分がある。
易々と天蓬にのし掛かられる気は悟浄だって無い。

しかし。

「悟浄…天ちゃんは捲簾さんを平然と押し倒せる人なんですよ?ああ見えて凶暴で腕っ節も強いんです。武道も全般習得してますから、同じ格闘技でもしている人じゃない限り簡単に組み伏せることが出来るんです」
「…マジで?」
あの細身の身体のドコにそんな腕力が?
想像付かなくて、悟浄はポカンと口を開けたまま驚いた。
天蓬に押さえ込まれている姿を思い浮かべ、悟浄は激しく頭を振る。
そういえば。
以前天蓬とのハードセックスで動けなくなっていた捲簾を、悟浄はからかったことがあった。






『あーあ…天蓬ってば見かけに寄らずケダモノなのね♪』
『ホントだよ…たっくぅ〜アイツの性欲はバケモノ並だ』
顔を顰めながら、捲簾は腰に温湿布をペタペタ貼っている。
相当ダメージが残っているようで、掴まり立ちしても膝が崩れてまともに歩けないらしい。
手っ取り早く回復しようと捲簾は悟浄を呼びつけ、近所の薬局まで使いっ走りさせた。
低く呻いている捲簾を悟浄はニヤニヤと眺める。
『それにつき合えるケン兄も相当なモンだと思うけど?』
『うっせーよっ!最後までアイツの言う通りになんか出来っか!俺が眠さと体力消耗し尽くして失神するまでヤリやがってっ!』
『うっわぁー…そりゃすげぇや。でもそれじゃ身体気持ち悪くね?』
『あ?何が??』
『んー?だってよぉ〜まぁ天蓬が適当には後始末するだろうけど、やっぱそのまんま寝ちまったらベタベタのカピカピで起きてからヤじゃね?』
悟浄はあっけらかんと露骨な言葉で捲簾に突っ込みを入れた。
しかし捲簾は気にもせず、腕を組んで首を捻るだけ。
『別にすぐ風呂入ってシーツも替えるから、別に気持ち悪くねーぞ?』
『えっ?だってケン兄失神しちまうんだろ?どうやって風呂に…』
『………あ』
捲簾の頬がほんのり赤味を帯びた。
誤魔化すように視線を泳がせる捲簾に、悟浄はピンッと閃く。
『もしかして…ケン兄。天蓬がお姫様抱っことかして、風呂まで連れてって貰っちゃってたりして〜』
まさかねぇ、と半分冗談のつもりで悟浄は言ってみただけなのだが。
捲簾は俯きながら、顔とは言わず全身真っ赤に染め上げ低い声で唸っていた。
そんな捲簾の姿に言った悟浄さえも驚いてしまう。

天蓬が?自分よりでかいケン兄を?お姫様抱っこおおぉぉ〜???

想像の域を超えてしまい、悟浄はそれ以上何も言えずに硬直した。






そう考えると確かに天蓬は見かけに寄らず剛腕らしい。
あの捲簾を撃沈させる程のセックスなら、天蓬にだってそれなりの疲労はあるはず。
それを物ともせずに、平然と捲簾を抱き上げて風呂に入れることの出来る体力に筋力。
確かに悟浄でも本気で抗って逃げ切れるかどうか。
「ん?逃げる…何で俺が天蓬から逃げなきゃならねーんだよおおぉぉっっ!!」
悟浄は大声で絶叫すると、苛立たしげに髪をガシガシと掻き回した。
何やら意味不明に悪態吐いて悶える悟浄を、八戒は頬を引き攣らせて眺める。

別にそこまで話を進めて想像しなくてもいいのに。
第一悟浄が天ちゃんに押し倒されるなんて、僕がさせる訳無いのにねぇ。
まぁ、そういうおバカな悟浄は可愛いですけど。

八戒はコーヒーを飲んで、床を転がって嫌がる悟浄を楽しげに見つめた。
「ん?何だ…コレ」
突然転がるのを止めた悟浄が、ソファの下を覗いて声を上げる。
「どうかしましたか?悟浄??」
「ん…ちょっと待って…よっと!」
何やらソファの下をゴソゴソとまさぐって何かを掴もうとしていた。
八戒も不思議に思いながらも黙って悟浄を見守る。
「届いたっ!」
何かを掴んだ悟浄が腕を戻した。
ソファの下から出てきた物は。
「…何でしょう?ソレ」
「プレゼント…かな?」
悟浄の手にあるのは綺麗にラッピングされた箱だった。
大きさはデコレーションケーキの箱ぐらいか。
重さはそんなに無い。
悟浄は試しに箱を振ってみた。
カタカタと何か入っている音はする。
「何でそんな物がソファの下にあるんでしょう?」
普通そんなところから出てくるようなモンじゃないのは確かだ。
八戒と悟浄は二人して首を傾げる。
「何だろ?何かの景品で貰ったとか?」
悟浄はとりあえず箱をローテーブルに置いた。
二人してじっとその箱を観察する。
「景品とかじゃないでしょう、コレ。どう見たってプレゼント用にラッピングして貰った物ですよ。結構丁寧に包んでありますし」
「う〜ん…言われてみれば…パチンコ屋の景品とかはこんな凝ったことしねーよなぁ」
「それに天ちゃんはパチンコとかしませんよ」
「じゃぁ何だろ?結構高価なモン入ってそうじゃね?」
「そうですねぇ…僕はそういう物には詳しくないですけど」
二人は顔を見合わせた。
そしてまた箱へと視線を落とす。
「…気になるな」
「気になりますねぇ」
「それにソファの下に隠してたってのが怪しくねーか?それって八戒が来るのを見越して隠したとか考えられねー?」
「天ちゃんのことだからありえますねぇ。でも天ちゃんがプレゼント用意するなんて、当然捲簾さんにでしょう?別に僕に見つけられたって口止めすれば問題ないと思うんですけど?」
八戒は腕を組んで思案する。
すると。
突然悟浄がニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべた。
悪戯を思いついたような悟浄の表情に、八戒は目を見開く。
「…開けて見よっか?」
「ええっ!?ダメですよっ!!だってきっと天ちゃんが捲簾さんへ贈ろうと思っているプレゼントですよ?」
八戒は慌てて箱を掴むと、身体の後に隠した。
「そうだろうけど〜?でもさ、わざわざソファの下に隠してあるなんて、ぜってぇ怪しいモンに決まってるって!あの天蓬だぞ?俺もケン兄の弟としては〜やっぱ心配だし〜?」
「そうかも…しれませんけど…でもぉ」
「大丈夫だってっ!綺麗に外して、またラッピングし直して戻しておけばバレやしねーよ♪」
悪魔の囁きに、八戒の好奇心もグラグラと揺さ振られる。
悟浄の言う通り、天蓬がわざわざ自分の目を避けるように隠していること自体怪しいかもしれない。
日頃面倒見ている大事な園児のお父さんに、またもや多大な迷惑を掛けるかも知れなかった。
中身が何か確認して騒動を未然に防げれば、八戒としても安心だ。
「じゃぁ…天ちゃんが帰って来る前に開けてみましょうか?」
「そーこなくっちゃ!」
八戒は注意を払って、包装を止めてあるテープをゆっくりと剥がす。
丁寧に包み紙を外し、中留めしてあるテープも剥がして中の箱を取り出した。
箱の作りも随分としっかりしていて何だか高そうな物が入っている印象だ。
一体何が入っているのだろう?
これといってブランド名も刻印されていないシンプルな箱だった。
「それじゃ、開けますね」
八戒は蓋の部分を掴むと、ゆっくり引き上げる。
そこに入っていた物は。

「………は?何コレ??」
「何でこんな物が??」

箱の中に入っていた物は一見決して怪しくもないが、二人とも全く予想していない物だった。



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