White day Attraction



八戒と悟浄は暫し箱の中身をボンヤリと眺める。
何でこんなモノがソファの下に隠されていたのかが分からない。
「ねぇ悟浄?捲簾さんって犬でも飼うんですか?」
「さぁ…俺は何にも訊いてねーけど」

箱の中身は。
革製の首輪と細いチェーン製のリードだった。

八戒ははて?と首を傾げる。
「でもコレって…首輪ですよね?」
「どっから見ても首輪だけど。でもこの大きさからいって大型犬用だろ?あのマンションでさすがに大型犬は飼えねーよ」
「…ですよねぇ」
再び八戒と悟浄は首を捻った。
天蓬の意図が全く分からない。
プレゼント用にラッピングしていたことから察するに、捲簾へ贈るモノには間違いなさそうだが。
肝心の捲簾は犬を飼う予定は無いらしい。
「どういうことなんでしょうかねぇ?」
八戒は訳が分からず腕を組んで考え込んだ。
悟浄も眉間に皺を寄せて唸る。
「ケン兄犬が好きだからさぁ〜昔は実家で飼ってたけど。また飼うのかなぁ?それで天蓬がケン兄に内緒でプレゼントしようと思ってるとか?」
とりあえず有り得そうなコトを考えた。
しかし、八戒は首を振る。
「でもどう考えてもコレって時期から考えてもホワイトデー用のプレゼントでしょう?そんな日に首輪なんか贈りますか?それだったら別に他の日でもいいでしょう」
「…だよな。それに犬飼うんだったら絶対簾が大喜びで俺に言ってくると思うし」
「でしょう?普通はそうだと思うんですけど。でも悟浄は何にも聞いてないんですよね?」
「ああ。八戒だって簾から聞いてねーだろ?」
「僕も聞いてないです。それに何かヘンですよ、コレ」
「ん?ドコが??」
八戒に言われて、悟浄は目の前の首輪を眺めた。
別に普通の首輪に見えるが。
「だって、おかしいですよ。普通犬を飼うのって子犬から飼いませんか?まぁ、ボランティアで飼い主が居なくなったり飼えなくなった犬を引き取って育てる方も居ますけど。そういう話は悟浄も聞いてないわけでしょう?それなら首輪はまず子犬用を用意しませんか?」
「言われてみれば…そうだよな。コレどう見たって大型犬の…しかも成犬用だし」
考えれば考える程、ますます天蓬の思惑が分からなくなる。
悟浄は箱から首輪を手に取ってみた。
割としっかりした作りで、金具もリードの鎖もシルバー製だ。
持ってみて気づいたが、皮は合皮でなく全てエナメルで作られていた。
これだけの素材を使っているモノなら相当高価だろう。
感心して眺めていると、八戒が小さく声を上げた。
「ん?どうかした??」
「あの…このリードの持ち手部分なんですけど」
「あ?持ち手??」
八戒が手にしている持ち手に悟浄は視線を遣る。
「何で持ち手なんかに施錠が付いてるんでしょうか?」
「へ?施錠ぉ〜!?」
目を丸くしている悟浄へ八戒は持ち手を差し出した。
確かにベルトを抑える部分に何故だか鍵穴がある。
ふと箱の中を見れば、小さなプラスチックケースに鍵が入っていた。
「持ち手って輪っかになってるだけじゃないんですかね?何でこんな厳重に固定する必要があるんでしょうか?」
八戒の疑問は尤もだ。
悟浄は首輪をぐるりと回して眺める。
すると。
「ん?こっちにも鍵が付いてる、ほら」
悟浄は八戒にその部分を見せた。
持ち手と同じように、ベルトを抑える部分にシルバーの小さな施錠が付いている。
八戒と悟浄は揃って首を傾げた。
「…あれ?」
ふと八戒が何かに気づいたらしい。
「悟浄っ!ここにネームタグが付いてますよ」
「え?ただの飾りじゃねーの?」
「何か文字が刻んであるみたいですよ?」
首輪の一部に小さな小判型のプレートが下がっていた。
悟浄はどれどれ?と指先でプレートの文字に目を走らせる。
「えーっと…ブランド名じゃねーな」
「何て書いてあるんですか?」
「ちょっと待って。ん?K・E・N・R・E・N…」
「は?それって…」
「ケン兄の名前じゃんっ!?」
悟浄は驚愕のあまり、思わず首輪を落としてしまう。
ネームプレートに刻まれていたのは捲簾の名前。
それが意味するのは。
「まさかこの首輪…捲簾さんに?ってことですかっ!?」
八戒は目を丸くして首輪を眺めた。

それって…それって…もしかして。
いや、もしかしなくったって!!

悟浄は首輪を贈る意味を理解して、サーッと顔面蒼白になった。
天蓬はこの首輪で捲簾を拘束するつもりだ。
何の為にといったら考えられるのはアレしかない。

天蓬のヤツ!ケン兄をSM拘束プレイするつもりかあああぁぁっっ!!

ついついプレイしている二人の姿を想像してしまい、悟浄はポカンと口を開けたまま愕然とした。
どうしようかと頭を抱えて、悟浄はグルグル考え込む。
こんなこと捲簾に話していいのだろうか?
しかし話しておかないと確実にマズイことになる。
悟浄が一人煩悶していると、八戒がローテーブルに落ちた首輪を拾い上げた。
首輪を回して観察しながら、小さく首を傾げる。
「でも…何で捲簾さんに首輪なんでしょうか?」

ゴイン。

間の抜けた八戒の疑問に、悟浄は額をローテーブルに打ち付けた。
「え?ちょっと悟浄!何やってるんですかぁ??」
額をつけたまま突っ伏していると、八戒の呆れた声が聞こえてくる。
無知って恐ろしい。
八戒は首輪にどんな意味があるのか、全く気づいていなかった。
天然で可愛いと言えば可愛いが。
成人した大人なら少しは察してもいいだろう。
悟浄は俯せた状態で大きく溜息吐いた。
「悟浄?」
「あのな、八戒」
ヨロヨロと身体を起こして、悟浄が八戒を見つめる。
「これはただの首輪じゃねーのっ!」
「え?他に何か使い道があるんですか??」
八戒は悟浄と首輪を交互に見遣る。
「その前に訊きてぇんだけど…八戒ってSM知ってる?」
「えっ!?」
八戒の声が思いっきりひっくり返った。
「えっ…えすっ…SMっていうと…っ」
「いちおう知ってる訳ね」
「SMって鞭で叩いたり、蝋燭垂らしたり、縄で縛ったりするんですよねっ!?」
恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めて、八戒は辿々しく悟浄へ確認する。
一般的なSMの認識はそんなモンだろう。
悟浄は八戒の言葉に大きく頷いた。
「まぁ…代表的なプレイはそうだな」
「え?他にもあるんですか??」

何でそんなに瞳が輝いてるんだ、八戒?

ゾクリと背筋に悪寒が走ったが、悟浄は無視して話を続ける。
「色々あるけどな〜。詳しく羅列してもしょーがねーから、コレに関して言えば羞恥プレイだな」
「羞恥プレイっ!?」

いや、だからさ。
何でそんなに嬉しそうなんだよ、八戒…。

悟浄は胡乱な視線で八戒を睨んだ。
不審げな悟浄の視線に気づいて、八戒がコホンとわざとらしく咳払いする。
「えーっとぉ。何で首輪を付けると恥ずかしいんでしょうか?」
「そりゃ、普通イヤだろうっ!犬扱いされるんだぜっ!?しかも素っ裸で首輪だけで拘束されるなんてみっともねーし、恥ずかしいだろうがっ!!」
「全裸で首輪…拘束、かぁ」

八戒…何を想像してるんだ?

何やら夢見るように視線を彷徨わせている八戒が、悟浄には不吉でならない。
「とにかくっ!こんなモンケン兄に贈るなんて何考えてるんだかっ!」
ドンッとローテーブルを叩きながら悟浄が憤慨すると、惚けていた八戒の視線が現実に戻ってくる。
じっと首輪を見つると、小さく溜息を零した。
「こんなの天ちゃんが贈るって知ったら…捲簾さん怒っちゃって大変ですよねぇ」
「あったり前だろっ!」
「でもそういうのもアリなんですよね?」
「へ!?」
悟浄は間抜けな顔で八戒を注視する。
「だってセックスにはそういうプレイもある訳でしょう?」
ニコニコと笑みを浮かべて八戒が問い返した。
一瞬悟浄はグッと言葉が詰まる。
「そうだけどっ!でもそういうのはお互いの性癖とか〜合意あってこそだってのっ!俺ケン兄がSMマニアだなんて訊いたことねーよっ!!」
悟浄が真っ赤な顔でムキになって反論すると、八戒は指を顎にあて暫し考え込む。
「天ちゃんはどうなんでしょう?特に訊いたことはないですけど…でも」
「でも?何だよ??」
ゴクリと悟浄が息を飲んだ。
「んー?天ちゃんだったら何でもありかなーって?あははは♪」
「笑いごっちゃねーっ!!」
暢気にケラケラ笑っている八戒に、悟浄は叫びながら頭を抱える。
「じゃぁ、コレ。どうしますか?」
コレ、と言って八戒は首輪をクルクル回した。
悟浄が顔を顰めて低く唸る。
煩悶すること数分。
「…俺は何も見てない」
悟浄は八戒から首輪を取り上げると、慌てて箱に戻した。
さすがに以外だったのか、八戒がきょとんと目を瞬かせる。
「いいんですか?捲簾さんに教えなくても??」
「いいんだよっ!これは天蓬とケン兄二人の問題なんだから、俺らが口出ししても無粋だろ?」
「無粋ねぇ?」
双眸をスッと眇めて、八戒が意味深な視線を悟浄へ向けた。

ギクン。

悟浄の心臓が小さく跳ね上がる。
異常に鼓動が激しくなり、冷たい汗が噴き出した。
「とにかくっ!俺らには関係ねーのっ!」
蓋を閉めると、悟浄はラッピングごと八戒へ箱を押しつける。
やたらと警戒している悟浄に、八戒は口元に苦笑を浮かべた。
「まぁ…僕は天ちゃんが簾クンにまで余計なことをしなければ別にいいんですけどね。悟浄の言うとおり、こういうことは当人同士の問題ですから」
ブンブンと悟浄は必死になって頷く。
八戒は包装を丁寧に拡げると、折り目に沿って箱を包みだした。
「後は…廉クンですよねぇ」
「いや、今日の最重要課題は簾だろう?」
「本当に。何で簾クンは天ちゃんなんか好きになっちゃったんでしょう」
「だから顔だって」
八戒のぼやきにすかさず悟浄が突っ込む。
綺麗にテープを貼り直すと、プレゼントは元のように戻った。
八戒が悟浄へと差し出す。
「コレ、ソファー下へ戻してください」
「オッケー。よっと…」
身体を屈めて悟浄はソファーの下へ手を入れた。
心の中だけで悟浄は捲簾に土下座する。

ケン兄ゴメンッ!
俺はケン兄みてぇに達観してねーから、極力自分の身を危険に晒したくねーんだよーっっ!!
これ以上係わったら、八戒が何言い出すかっ!!
とにかく話を逸らさねーとっ!!!

プレゼントを元の位置に置き、屈していた姿勢を戻すと、悟浄は気を落ち着かせようとコーヒーに口を付けた。
「ところで、悟浄?」
カップを傾けて何?と悟浄は視線だけで問い返す。
すると。
目線が合った途端、八戒は僅かに頬を染めた。
すぐに恥ずかしそうに視線を逸らすと、俯いてもじもじとエプロンの裾を弄り出す。
あからさまに挙動不審な八戒を見つめ、悟浄は眉を顰めた。
恥じらっている様子は押し倒したくなるほど可愛いが、明らかに怪しい。
嫌な予感に悟浄が睨め付けていると、八戒がチラッと上目遣いに様子を伺ってきた。
「なん…だよ?」
妙な緊張で喉が渇いて、悟浄は大きくカップを傾けた。

「あのぉー…悟浄は羞恥プレイって興味あります?」
「ブーーーーッッッ!!!」

とんでもない言葉に不意を突かれた悟浄は、勢い良くコーヒーを噴き出す。
「悟浄…」
「………。」
「鼻からコーヒー垂れてますよ」
八戒はティッシュを取ると、硬直して動かない悟浄の鼻を拭った。
鼻を押さえてるティッシュを八戒から取り上げると、悟浄は思いっきり鼻をかむ。
「もぅ…悟浄ってば子供みたいなコトして〜」
「お前がヘンなことゆーからだろっ!」
「え?僕が??」
周りに零れたコーヒーを布巾で拭いながら、八戒が不思議そうに見つめた。

よし。
このまま無かったことにしよう。

悟浄は押し黙って、鼻をかんだティッシュをゴミ箱へと放り投げた。
「それで〜羞恥プレイなんですけどぉ〜」
「誰がスルかあああぁぁっっ!!!」
肩を怒らせ、悟浄が絶叫する。
息を荒がせて涙目になっている悟浄に、八戒は満面の笑みを浮かべた。
「あれ?興味ないんですか??」
「ある訳ねーだろっ!大体普段のセックスでお前のヤらかすことは、充分羞恥プレイだっ!!」
「えー?今まで僕達普通でしかシテないじゃないですかぁ」
「あんな普通があるかっっ!!」
悟浄は首まで真っ赤に染め上げて喚き散らす。

毎回毎回ネチネチネチネチわざと焦らすわしつこいわ、卑猥な言葉を大連発するわ、とんでもねー格好させるわ。
アレは立派に羞恥プレイだっ!!!

ジットリと悟浄が恨めしそうに睨んでも、八戒の微笑みは崩れない。
「え?普通ですよ。うーん…でも僕悟浄や天ちゃんみたいに無駄な経験がある訳じゃないので、本音を言えばよく分かんないんですよね〜。そうだっ!天ちゃんに確かめてみましょうっ!」
「するなーーーっっ!!!」

「…一体何を騒いでるんですか?」

背後からのほほんとした声が聞こえて、思わず振り返る。
リビングの入口に帰宅した天蓬が、首を傾げながら立っていた。



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