日々感謝
White by ハクナオヤ様 as 微温湯



 町の賑わいに、商店の経営者たちはここぞとばかりに、店頭にあれこれ並べている。
 臨時に作ったテーブルには、これでもかっ!とばかりに、総菜やらお菓子やらが乗せられているのだ。
「すごいですねぇ〜」
 初めて町に来たわけでは当然ないけれど。
 それでも、一つの寒い時期を通り過ぎての外出は、やはり興味深くそして楽しい。
 まして、大好きな人と一緒のお出かけとなれば、楽しさは倍増だ。
 キョロキョロと辺りを見渡す天蓬は、尻尾ピコピコしっぱなしである。
 そしてそんな尻尾が大好きな捲簾も、チラリチラリと視線でソレを確認し、かなりご機嫌だった。
 ウサギさんは、基本的になにもしない。
 ご飯も作れないし、掃除や洗濯もしない。
 することといったら、惰眠を貪るか、ご飯が作られるのを待つか、家事をしている捲簾の後追いぐらいだ。
 話を聞く限りでは、悟浄の方が進んでお手伝いするらしいし、実際やらせれば出来るだろう。
 どう見ても駄目駄目で、ちょっと困ったちゃんのウサギさんだけれど。
 捲簾にとっては、そんな事どうでも良い。
 自分の前では子供よりも素直に感情を表し、楽しそうにしている姿を見られれば、ソレで嬉しい。
(なぁんて思う俺も、相当駄目なんだよなぁ・・・)
 自分の甘やかしが天蓬を更に駄目にしていく。なんて事気づいているが、この尻尾ピコピコを見ちゃうと、ま、いいか?と思ってしまうのだ。
「捲簾っ、捲簾っ!あそこでお米買いますかっ!?」
「最初に米買ったら重いだろ?だから米は最後。最初は調味料」
「そうか・・・、じゃ、もう少し向こうのお店ですね」
 ふんふんv と鼻歌交じりに歩く天蓬と、こうして並んで歩いていける。
 それが嬉しい捲簾だった。

 調味料を買って、運良く布も安くしかも多量に手に入った。
 案の定というか捲簾の予想通り、人手がすごくて、お昼の時間帯にはお店に入ったりする事なんて到底出来ず、二人は近くの広場でベンチに座っておにぎりを食べた。
 お茶を飲んで一休みして、またお買い物に戻る。
 そんな時。
「あ、土産買わねぇとな」
「お土産、ですか?」
「そ。八戒と悟浄に。いつも世話になってるし、折角だからな」
「そうですか、お土産・・・」
 ふぅ〜ん、と妙に曖昧な返事をする天蓬を気にせず、捲簾はなにかないかなぁ〜と辺りを物色する。
 そんな捲簾の腕を、天蓬はチョイチョイと引っ張った。
「アレが良いですよ、アレ」
「アレってどれ?」
 指さされた方を見て、捲簾は一瞬、本当に意味がわからなかった。
 なんせ、指された方向にあるのは薬局。エロ臭いモノなら、その手の店で買えばいい。
 いったいなんで?と捲簾が視線で問うと。
「この間、二人が来た時、八戒が言ってたじゃないですか。『そういえば柔軟剤がなくなりそうです』って」
「・・・・・うん、言ってた」
 ソレは、捲簾も覚えてる。
 いつものようにお茶会をしてて、その際に八戒が何気なく漏らしたのだ。
 そのまま、捲簾と八戒が、ドコドコのはどうだこうだと、柔軟剤話に花を咲かせたのだが。
「・・・別に、町に来た土産が柔軟剤じゃなくても良いんじゃねぇかな?」
「え、確実に使うモノの方が良いんじゃないですか?」
「時と場合によってはそうだけどな。今は折角コッチに来てるんだし、自分達では普段買わないような、そういうモノ買ってやりてぇじゃん」
「はぁ・・・・」
 柔軟剤を却下された天蓬は、キョトリと頭を傾けて、片手で自分の片耳をニギニギしてみせる。
 変だな〜、使うのなら買えばイイのにな〜。なんて思ってるのは間違いない。
 捲簾はわかっていたが、あえてそれ以上なにかすることもなく、やはり辺りを見渡す。
「あそこ良いかもしれねぇな」
 捲簾の目に止まったのは、一軒の紅茶専門店だ。
 普段は珈琲を飲む事が多いけれど、お茶菓子によっては紅茶を飲む事だってある。
 ソレにコレだったら嵩張らないし・・・と、捲簾はスタスタと店に入っていく。
 天蓬は後を着いていき、一度店の前で立ち止まり首を傾げた。
「紅茶・・・ふーん・・・紅茶・・・」
 飲む専門の天蓬は、首を傾げたままでようやく中に入った。
 中は、しっかりと空調を利かせ、一定の状態を保っている。
 少しの変化が茶葉に影響するのか、店内に並べられている瓶も、ソレほど多く入るモノではない。
 独特の香りと雰囲気に、天蓬が鼻をヒクヒクさせている間に、捲簾は茶葉をざっと見て、二つ指さした。
「コレとコレ、試せる?」
「少々お待ちください」
 カウンターの向こうに居た店員が、準備をしているのを待つ間、捲簾はクルリと振り向き天蓬の動向を見守った。
 下手に放置しておくと、気が付いたら両手にイッパイなんて事もありうるし。
 そんな捲簾の心配を知らないのか、天蓬は興味深そうに紅茶に関係のある品物を眺める。
 家にもある紅茶を淹れる道具や、シンプルなカップ。
 他にも見ただけでは、天蓬には使い方のわからないものもあって、なかなか面白い。
 なんだこりゃなんだこりゃと、手にとって戻してを繰り返している天蓬を見ていると、捲簾の元へ先ほど頼んだ紅茶が、小さいカップに入れられてソッと置かれた。
「お待たせ致しました」
「サンキュ」
 顔をカウンターに戻して、カップを取る。
 鼻先に近づけ香りを確認し、口に入れ喉に流す。
 二つの紅茶をそれぞれ数度繰り返し、捲簾は一方を指した。
「コレ、包んでもらえる?」
「畏まりました」
 待っていると、背中から柔らかく抱きつかれた。
「捲簾、決まりました?」
「ん。俺ら用にも買うか?」
「珈琲あるから要らないです」
「そっか」 
 なんて話し合い、会計をして店を出る。しかし、その途端。
「他に茶菓子も買ってやるか」
 捲簾がポツリと呟いた。
「・・・もう紅茶買ったんだから良いんじゃないですか?」
「折角紅茶買ったんだから、一緒に食えるモノがあった方が良いじゃん」
 そうなんだけれども。確かにそうなんだけれども。
 もやもやした気持ちが湧くのを、天蓬はちょっと止められない。
 勿論、八戒と悟浄は好きだ。大事な仲間だし、同胞だし、特に悟浄が来てからは家族みたいな感覚がある。
 あるけれど、ソレとコレとは別なのだ。
 なんせ、今は折角のデート中。
 あんまり、自分の事以外考えて欲しくないなーなんていう、複雑な男心が湧いちゃったりするのだ。
「も、持って帰るの大変ですよ?」
「そんな重いの買わねぇって」
 捲簾はククッと喉で笑う。
 どうやら、捲簾の優しい気持ちに火がついてしまったらしい。
 このままではしばらくの間、捲簾は八戒と悟浄の事を考え続けるに違いないっ!と判断した天蓬は、ビシッとある屋台を指さした。
「僕っ、串団子が食べたいですっ!」
「え?」
「さっきおにぎり食べただけだしっ、お腹空いちゃいました!」
「・・・まぁ、人通りも落ち着いてきたし、食うか」
 あまりに必死な天蓬の様子を、なんだか不思議に思いつつ捲簾は屋台に歩き始めた。
 店先で焼いている餅は、白い肌を微かに茶色く焦がし、甘い匂いを放っている。
「いらっしゃいっ!あんこにするかい?それともみたらし?後は醤油つけて海苔巻くのも出来るよ?」
「僕ね、海苔巻いたのがいいですv」
「あ、俺も。じゃ海苔巻いたヤツ二本くれる?」
「はいよっ!」
 威勢の良い声を上げ、串を二本取ると、トポンと迷いなく醤油の缶に漬け引き上げた。
 ソレをまた火の上に乗せると、醤油が焦げてなんとも良い匂いが立ち上る。
「醤油が焦げる匂いってのは、マジで強烈」
「美味しいですっ!って宣言してますよね」
 出来上がりをウキウキと待つと、焼き上がったらしい団子は、再び醤油に漬けられ、海苔をクリンと巻かれて差し出された。
「ありがとうございますv」
「サンキュ」
 二本分のお金を払い、二人は歩きながらソレを口に入れる。
 熱々のお団子は、パリッとした海苔の風味と焦げた醤油の味、ソレを団子の甘味が上手く纏めて、口の中でどれも丁度良い感じになった。
「おいひ〜v」
「焼きたては美味いな〜」
 串に気を付けつつ、ハグハグと食べ終えゴミ箱に捨てると、フッと視界に飛び込んできた文字に捲簾の興味が惹かれた。
 店先に、ちょっと遠慮気味に書かれた可愛らしい文字。
「捲簾?」
「アレ、美味そうじゃねぇ?みかんソフトクリーム」
「へぇ、みかん・・・。さっぱりしてそうですね」
「だろ?食ってみようぜ」
「はいv」
 二人はウキウキと店に行き、みかんソフトクリームを注文する。
 すぐに渡されたソレは、仄かにオレンジがかかっていて、口に入れた途端、みかんの爽やかな甘味が広がった。
 バニラだけのと違い、後味も残りにくく、なかなか良い。
 天蓬は、顔を捲簾の方に向け、テヘv と笑う。
「美味しいですねv」
「ん」
 いい年した男が二人、ソフトクリーム食べて喜ぶ。
 見た目どうだろうなぁって思う気持ちも働くけれど、同じモノを食べて同じように感じる。
 人に迷惑をかけてる事じゃない。見た目がどうであろうと、幸せだからソレで良い。
「寒いのはソレはソレで趣があるけど、暖かいのも良いですね」
「・・・そうだな」
 もう長く一緒に居て、同じ事を何度も繰り返してきたけれど、それでもその度にちゃんと感動出来る。
 ソレは全部、この伴侶のお陰だ。
「ありがとな、天蓬」
「なにが、ですか?」
 本当にわからないので、天蓬がキョトンとして見せる。
「居てくれて」
 たった一言の、短い言葉。
 けれど、含まれる意味は、一言ではない。
「そんなのは当然の事です」
 今までも、これからも。
 続いていく『当然』に、なぜか胸を張っちゃう天蓬に、捲簾は暖かいモノを心に広げていた。



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