W.D.battlefield |
「三蔵。ホワイトデーはどうするんですか?」 突然何の前触れもなく、八戒が昼過ぎにやってきた。 招かれざる客の訪問に三蔵はあからさまに不機嫌な顔をしたが八戒は全然気にもせず、勝手に茶器を持ってきて自分で給仕までしている。 机の上に三蔵の分のお茶を置き、おもむろに口を開いた八戒から出たのが先だってのナゾの言葉。 「…ホワイトデー?」 三蔵には聞き覚えのない言葉だった。 「もしかしたらと思って来てみたんですが…三蔵、本っ当〜にホワイトデーを知らないんですか?」 オーバーアクションで溜息なんかをついたりして、全く以て腹立たしい。 だんだんと不機嫌さに拍車を掛けて、三蔵の眉間の皺が深く刻まれていった。 「勿体ぶってねーでさっさと吐け!何なんだよ、そのホワイトデーってのは」 三蔵はイライラと煙草を銜えながら、寺の坊主達をチビらせると噂の鋭い眼光で八戒を睨み付ける。 しかし、八戒は一見人畜無害のほのぼの笑顔で、首を傾げただけだ。 「三蔵ってば…仕方ない人ですねぇ。そんなことではオトコの沽券に拘わりますよ!」 妙に力を入れて八戒が力説する。 知らないとそこまで困るようなコトなのか? 無表情のままだが、三蔵の背筋にひやりと汗が流れた。 だからと言って、知らないモノは知らない。 そんなに重大なことなのか?ホワイトデーっていうのは?? 三蔵は硬直したまま、ただ呆然と八戒を注視してしまった。 そんな姿に八戒は深々と溜息をついて肩を竦める。 「本当に知らないんですねぇ。ホワイトデーと言うのはバレンタインと対なんですよ?」 「対?どういうことだ??」 本気で分からない顔をして、三蔵は困惑する。 「ですから、バレンタインのお返しをする日ですよ。バレンタインに愛を告白されてめでたく成就したなら、それに応える日ですね。『僕も貴方を愛していますよ』っていう気持ちを返すんです。まぁ、何を返すかは人それぞれですけど、慣習ではキャンディーやマシュマロとか…でも最近はあまり拘らずに相手にプレゼントを贈るみたいですけど?要は相手が喜んでくれるならいいんですから」 やけに熱心に八戒が説明をした。 あまりにも鬼気迫る様子に、三蔵はただただ頷くばかりだ。 八戒は一息ついて、お茶を啜る。 「ですから三蔵の場合、めでたく本願達成!悟空とラブラブになった訳ですし、きちんとホワイトデーにお返しをしないと。万が一、悟空がホワイトデーの存在に気づいて、知らなかったからと貴方が何も返さないとしたら、ヘンに勘違いしてしまうかも知れませんよ?」 八戒がニッコリと邪気タップリの笑顔を振りまいた。 三蔵の表情が途端に引きつる。 「…もし、何もしなかったら?」 「三蔵…世間ではそういうのを『ヤリ逃げ』っていうんですvvv」 語尾にハートを飛ばしながら、八戒は下品極まりない単語を口にした。 「ヤリ!?…別に俺はサルを弄んでいる訳じゃ!」 「そんなことは分かってますよ。じゃなかったら僕が三蔵にわざわざ!こ〜んなに親切に忠告しに来る訳ないでしょう?」 八戒は爽やかな笑顔で毒を吐きまくる。 怒りの為か、だんだんと三蔵の額に血管が浮き上がってきた。 「おい、さっきからてめぇは俺にケンカ売ってんのか?」 殺気さえも漂わせて、三蔵は八戒を射殺す勢いで睨め付ける。 「いやだなぁ〜、そんなつもりないですよ?僕は自分のことでめーいっぱいですもん♪」 「そーいうてめぇはどーなんだよ?」 三蔵も八戒と悟浄の間柄がただの同居人同士だとはこれっぽっちも思っていない。 八戒の悟浄に対するこれ見よがしの愛情表現(?)を、三蔵は見たくもないのに散々見せつけられていた。 気の合う仲良しさんのスキンシップ…を装った八戒の悟浄に対するセクハラオンパレードを、嫌って言う程目の前でご披露されている。 ムカツキや怒りを通り越して、寧ろ呆れる程だ。 そんなあからさまな八戒の行動に、全然不審も抱かない悟浄は鈍いのか寛容なのか。 ある意味八戒の根気強い調教の賜かも知れない。 だからといって賞賛などする気は更々ないが。 「僕ですか?その辺はモチロン抜かりなく準備万端ですよ♪バレンタインには悟浄に品物と気持ちと身体と!色々頂いてしまいましたからねぇ。僕もキッチリお返ししないとオトコの面目が立ちませんから…あ、当然3倍返しでvvv」 それはそれは楽しそうに語る八戒に、三蔵は一瞬眩暈を覚える。 余所のバカップルなど知ったこっちゃねーと思いつつも、少し悟浄に同情してしまった。 「別にそんなに難しいことでは無いはずですよ?悟空が喜ぶことをしてあげればいいだけなんですから」 「サルが喜ぶこと…」 呟きながら三蔵は思案し始めた。 その姿を眺めながら、八戒は安心したようにコッソリ頬笑む。 「それじゃ、僕は帰りますね。買い物の途中で寄ったので、悟浄が心配してるかも知れませんし」 八戒が声を掛けても、三蔵は考え事に没頭しているのか無反応だ。 苦笑しながら荷物を手に取ると、八戒は三蔵の元を辞した。 「おい、サル起きろ!」 いつもなら悟空が起きるまで放っておく三蔵が、珍しく起こしにやってきた。 「うにゅ…?」 身体を揺すられて悟空がボンヤリと瞳を開く。 明るい朝の陽射しに負けないくらい、眩しくて綺麗な金色が視界に入った。 「あ…れ?さんぞ…」 目を擦りながら、悟空が寝ぼけたまま三蔵を呼ぶ。 「起きろ。今日は出かけるからな」 「え!?」 悟空は驚きのあまりパッチリと目覚めた。 勢いよく身体を起き上がらせて、まじまじと三蔵を見つめてしまう。 目の前の三蔵はいつもの法衣姿ではなく、黒のタートルネックニットにジーンズといったラフな格好だ。 「どした…の?さんぞー」 なかなかお目に掛かれない三蔵の私服姿に、悟空はぽけっと見惚れてしまった。 「街に出かけるんだよ。早く顔洗って着替えろ」 三蔵は用件を言うとさっさと部屋を出ようとする。 「え!?三蔵!!」 悟空は慌てて三蔵の袖口を掴んで引き留めた。 チラッと三蔵が振り返る。 「三蔵…今日仕事はどうしたの?」 いつもなら明け方早くから朝のお務めがある。 それが終わった後ぐらいに起き出してくる悟空と共に朝食を取るのが、三蔵のいつもの日課だった。 何よりも三蔵は法衣を着ていないし。 不思議そうに悟空は三蔵を見上げる。 「…今日は仕事しねーんだよ」 「え?お休みなの??」 悟空は小さく首を傾げた。 昨日はそんなこと言ってなかったのに、急にどうしたんだろうと考える。 ふと、悟空の表情が曇った。 「ね…三蔵。もしかして何かあったのか?」 何か自分が知らないところで三蔵に大変なことでもあったのか、と悟空は不安になる。 三蔵は的はずれなコトを心配している悟空を見下ろし、小さく目を見開いた。 悟空に視線を向けたまま、ふっと口端に笑みを刻む。 「最近休んでなかったからな。気晴らしに街に行こうかと思ったんだが…お前は行かなくってもいいのか?」 「え…あ…行くっ!俺も一緒に行くよぉ〜!!」 三蔵に緊張するような気配を感じなかったので、悟空は我に返って慌ててパジャマを脱ぎ始める。 折角三蔵と遊びに行けるのに、置いて行かれたんではたまらない。 「さっさと用意しろよ」 パジャマを足に引っ掻けてすっ転んでいる悟空に眉間を押さえながら、三蔵は淡い笑みを浮かべて煙草を銜えた。 「はぁ…どうしたもんかなぁ」 溜息混じりに呟きながら、悟浄がコーヒーを啜った。 街で最近評判のオープンカフェ、爽やかな空気を無視して悟浄はどんよりと苦悩している。 昨日は賭場へも出かけず八戒強制指導のもと、一日規則正しい生活を送っていた。 今日も朝にパッチリと目が覚めて、何とも健康的だ。 だからと言って頭の中まで爽快とはいかない。 ここ数日間、悟浄は悶々とあることについて頭を悩ませていた。 言うまでもなく今日3月14日のイベント、ホワイトデー。 バレンタインには八戒からしっかりとチョコを貰ってしまった手前、何も返さない訳にはいかない。 よく考えれば自分もチョコではないがプレゼントをあげたのだから、八戒も俺のこの苦悩を思い知れ!と思ったりもしたのだが、そこは卒のない同居人のこと。 それこそバレンタインの翌日から、綿密な計画を練り始めているのかも知れない。 いや、絶対嬉々として考えてるに決まってる。 八戒はそれこそオンナ以上にイベント事にやたらと拘りを持っていた。 まぁ、基本的にお祭り気質な悟浄も、それに付き合うのに不満がある訳ではないが。 …ないのだが、八戒が拘れば拘る程、プレッシャーというものもが当然あったりして。 一方的に計画されたイベントならまだしも、今回は恋人達のスペシャルイベントだったりする。 まぁ…一応八戒とはそういう仲な訳だし?きっと悟浄が何をしても八戒はもの凄く幸せそうに頬笑んで喜んでくれるだろう。 多大な照れくささはあるが、自分の好きな相手が喜んでくれたら悟浄だってやはり嬉しい。 ただ八戒の場合…愛情表現の度が過ぎていると言うか、悟浄を愛するあまり理性という枷が全く役に立たないと言うか。 悟浄にとっては引いてしまうどころか、ハッキリ言って恐怖以外の何者でもない。 ニッコリ笑ってキレる八戒を誤魔化せる自信など皆無だった。 「あーっ!もう!!どーすればいいんだよぉ〜」 悟浄は情けない声を上げながらテーブルへと突っ伏す。 朝食を取った後、キッチンで片づけをしている八戒に、 「ちょっと買い物に行ってくるから!」 と声を掛け、返事も聞かずにそそくさと逃げるように家を出てきた。 結局散々考え込んでいた割には、何一つ名案が思い浮かんでいない。 やはり、どうせなら八戒が喜んでくれるモノを贈りたかった。 こうやって煩悶しながらあれこれ考えるのだが、全くと言っていい程名案は浮かばない。 「あ〜あ…なぁ〜んでアイツってば物欲がないかねぇ」 悟浄が嘆きたくなるぐらい、普段から八戒はモノを欲しがらなかった。 八戒が買いたいと悟浄にお伺いを立てるモノは、生活必需品やら最低限必要な電化製品など。 どうにも生活感がありすぎて、わざわざホワイトデーに贈ろうとは思えない。 「オンナに贈るモンなら簡単なんだけどなぁ」 綺麗な花束やアクセサリー、香水や服なんかも大喜びだろう。 しかし、八戒は立派に(?)オトコだ。 オトコの八戒にそういうモノを贈るのも違う気がする。 簡単イコールどうでもイイ。 やっぱり八戒が好きだから、簡単にはできないし、したくなかった。 好きな人には本当に喜んで欲しいから。 例え、それが自分の自己満足だとしても。 「で、堂々巡りなんだよな…これが」 悟浄はガックリと項垂れた。 八戒に悟浄が贈って、何が彼を一番喜ばせることができるか。 そんなモノはとっくに分かってる。 分かってはいるけれども。 最終的には何だかんだと言って、そうなってしまうのも分かってはいるんだけれども! 「ホワイトデーだからってメチャクチャしそうなんだもんなぁ…」 そのメチャクチャを色々と想像してしまって、悟浄の背筋がゾゾッと怖気る。 バレンタインも狂喜乱舞してキレまくった八戒に一服盛られた挙げ句、散々な目に遭わされたのだ。 結構自分でも身体は頑丈な方だと自負していた悟浄が、5日間もロクに身動きできずに撃沈させられた。 やはり妖怪と半妖では基礎体力が違うとでも言うのだろうか。 しかし、オトコとして不本意だとは思っても、さすがに張り合おうとは悟浄も思わなかった。 八戒とセックスで張り合おうなんて、自滅行為だ。 「マジでどぉしよっかなぁ〜。はぁ…」 もう考えすぎて溜息しか出ない。 煙草を吸いつつぼんやりと通りの向かいへ視線を向けた。 ホワイトデー商戦も最終決戦とばかりに、菓子屋の前にはソワソワした野郎共が集っている。 「菓子ねぇ…現金だからお返しの値段で愛情の価値決めてそうだよな、オンナの場合」 ぼそっと悟浄が一人言ちた。 まぁ、愛情と物欲を天秤で推し量る様なオンナには興味ないけど。 「あっ!そうじゃねーよ、八戒だよはっかい〜」 悟浄は頭を振って、雑念を追い払った。 八戒が喜びそうなモノ、かぁ。 「そういや…八戒はどうすんだろ?」 やっぱり自分同様色々と考えているんだろうか? そう思うとかなり照れくさい。 きっとその時の八戒は悟浄のことだけど考えているだろうから。 「俺かぁ…俺だったら何が欲しいかなぁー…」 酒・煙草。 別に八戒からじゃなくっても、貰えればラッキーと思うから違うよな? 服・アクセサリー。 欲しけりゃ自分で買うし。 結局堂々巡りで何も浮かばない。 参ったなぁと項垂れていると、 「愛して貰ってるって分かっていても、やっぱり目に見える形で伝えて欲しいもんなの」 斜め後ろの席の女性客が、何やら気になることを話していた。 いけないと思いつつも、悟浄は聞き耳を立ててしまう。 「見えないとさ、やっぱ不安じゃない?別にね、高価な物が欲しい訳じゃないのよ。その物を見ればその人の事を思い浮かべられるとか、愛情が感じられるとか。そういう形での愛情ってのも必要だと思うの」 何やら一人の女性が友人の女性に向かって熱心に話していた。 「そう言う物をいつも身につけて居られれば、例え少し離れている時間があっても、寂しくない気がするの」 何気なく聞いていたけど、悟浄にとって女性の話は目から鱗だった。 思わず「いい話を教えてもらった!参考にするよ」とブンブン手を握って感謝したいぐらいだ。 ずっと身につけていられる物。 それでいつでも自分のことを思いだして貰える物。 「よーっし!」 悟浄は気合いを入れて立ち上がって、プレゼントを探すために歩き出した。 |